明治ハイカラ恋愛事情 ~伯爵令嬢の恋~

泉南佳那

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第二章 侯爵家の舞踏会と図書室での密会

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 桜子の通う女学校は築地にあった。

 明治初期、まだ、その辺りが外国人居留地であったころに創立されたミッション系女学校のうちのひとつだ。

 華族の令嬢は、通例、かつての華族女学校を併合した学習院女学部に通う。

 だが桜子の父は、英語教育に力を入れているこの私立校に娘を入学させた。

「桜子さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 なんとなく上の空のまま、桜子は級友たちと挨拶をかわし、自席についた。

 天音とはじめての接吻を交わしたあの夜からずっと、勉強に身が入らない。
 授業中も家で宿題をしていても、気づくと天音のことばかり考えている。
 
 今度はいったいいつ、共に過ごせるのだろう。
 天音と近しい関係になってから、桜子の心は常に満たされない状態にあった。

 
 今も彼を思い、窓からたくさんの船が停泊している港を眺め、やるせないため息をひとつ、もらした。


「あら、桜子さんもついに恋しいお相手に巡りあえたのかしら」
「えっ?」
 
 そんな桜子に、登校したばかりの三橋鞠子が声をかけてきた。
 鞠子は桜子の一番の仲良しだ。

 髪型はマアガレット。
 臙脂えんじ色のリボンを垂らした彼女は、リスのように丸い目を大きく見開いて、わざとらしく小声で囁いた。

「だって、窓の外を見て、ため息をつくなんて、まったく貴女らしくないのですもの。それに最近、めっきりお美しくなられたし」

「そんなことは……」
 なんとなく言葉を濁してしまい、これでは暗に認めているようなものだと心のなかで苦笑した。

 鞠子も自分の予想の正しさを疑おうともしない。
 確かに間違ってはいないのだけれど。

「まあ、でも自由恋愛を楽しめるのも今のうちよ。いつ、八重子様みたいなことが、自分の身に降りかかるかわからないのだし」

 八重子様か……
 学校一の美貌の才媛と謳われ、憧れの的だった高藤八重子様。

 彼女はもう、ここにはいない。
 先日、退学されたから。
 三十歳あまりも歳の離れた、山陰地方の鉄鋼王の元に嫁ぐために。

 高藤家は公家の流れをくむ由緒正しき家柄であったけれど、維新後は家勢が傾き、苦しい生活を強いられていたと、噂に聞いたことがあった。

 おそらく、今回の婚礼も家の事情が大いに絡んでいるのだろう。
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