明治ハイカラ恋愛事情 ~伯爵令嬢の恋~

泉南佳那

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第二章 侯爵家の舞踏会と図書室での密会

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***

 その週は、それきり天音に会う機会がなかった。

 そして迎えた日曜日。

 その日が、中島侯爵家での舞踏会の日であった。

 桜子にとって、社交界にデビューする大切な日なので、女中総がかりで念入りに支度を進めた。

 夜会用のドレスは、名前にちなんで桜色。

 ゆるく束ねた髪には白い薔薇の髪飾り。

 薄く化粧を施した顔は果実のようにみずみずしく。

 首には真珠の首飾り。

 そして、初めて履く、絹張りのかかとの高い靴。

「まあ、なんてお美しい」
 すっかり支度の整った桜子を見て、女中頭の芳野が感嘆の声を漏らす。

 鏡に映る自分の姿を眺めながら、桜子は、目を細めて嬉しそうに自分を見つめる天音を想像した。

「さあ、そろそろお出かけのお時間ですよ」

 芳野に促され、部屋を出る。
 玄関に向かうと使用人が見送りのために整列して待っていた。

 人に気取られないように密やかに、桜子は天音の姿を探した。
 
 いや探すまでもない。
 桜子の目には天音しか入ってこないのだから。

 彼はいつものお仕着せの上下を着て、列の最後尾に立っていた。
 ぱっと目を交わしたとき、彼女は思いの丈をその視線に込めた。

 他の誰でもない。
 天音に見てほしくて、こんなに着飾っているのだと。

 もし天音にエスコートされて舞踏会に行けるのであれば、どんなに良いだろう。
 叶わぬことと知りながら、桜子の夢想は止まらない。

 美しく着飾った天音はきっと誰よりも優雅で、会場中の注目を浴びるはず。

 そのなかで、わたくしたちは誰よりも上手にワルツを踊るの。


 桜子はそっと目をつぶり、あの夜、彼女をリードして踊った天音を思った。
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