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第二章 侯爵家の舞踏会と図書室での密会
三
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その週は、それきり天音に会う機会がなかった。
そして迎えた日曜日。
その日が、中島侯爵家での舞踏会の日であった。
桜子にとって、社交界にデビューする大切な日なので、女中総がかりで念入りに支度を進めた。
夜会用のドレスは、名前にちなんで桜色。
ゆるく束ねた髪には白い薔薇の髪飾り。
薄く化粧を施した顔は果実のようにみずみずしく。
首には真珠の首飾り。
そして、初めて履く、絹張りのかかとの高い靴。
「まあ、なんてお美しい」
すっかり支度の整った桜子を見て、女中頭の芳野が感嘆の声を漏らす。
鏡に映る自分の姿を眺めながら、桜子は、目を細めて嬉しそうに自分を見つめる天音を想像した。
「さあ、そろそろお出かけのお時間ですよ」
芳野に促され、部屋を出る。
玄関に向かうと使用人が見送りのために整列して待っていた。
人に気取られないように密やかに、桜子は天音の姿を探した。
いや探すまでもない。
桜子の目には天音しか入ってこないのだから。
彼はいつものお仕着せの上下を着て、列の最後尾に立っていた。
ぱっと目を交わしたとき、彼女は思いの丈をその視線に込めた。
他の誰でもない。
天音に見てほしくて、こんなに着飾っているのだと。
もし天音にエスコートされて舞踏会に行けるのであれば、どんなに良いだろう。
叶わぬことと知りながら、桜子の夢想は止まらない。
美しく着飾った天音はきっと誰よりも優雅で、会場中の注目を浴びるはず。
そのなかで、わたくしたちは誰よりも上手にワルツを踊るの。
桜子はそっと目をつぶり、あの夜、彼女をリードして踊った天音を思った。
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