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旧ver(※書籍化本編の続きではありません)
ヴィクトリアは口を噤む
ヴィクトリアが目を覚ますと、フィルとナハトがいつもと同じように朝の仕度をしてくれた。
フィルがぬるま湯を張った洗面器を持ってきてくれて、そのぬるま湯で顔を洗い、渡されたフワフワのタオルで軽く押し当てるように優しく拭き取る。
その後は着替えを済ませ、ナハトが朝食を運んできてくれた。
ハムやチーズを挟んだホットサンドに瑞々しい季節の野菜を使ったサラダ、トウモロコシのポタージュスープ。
(……本当に、いつも通り……)
朝食を食べつつ、チラリと二人の様子を横目で見遣る。
ヴィクトリアの視線に気付くと、蕩けるような笑みを浮かべてくれる。だが、それ以外の反応は無い。
(やっぱり夢渡りとは違ったから、私が精神体でアスモデウスと会った事に、二人は気付いてないのね……)
しかも、従属契約で繋がっている者には、ヴィクトリアが何らかの強い感情を露にすると、離れていてもそれを感じ取れるようになっている。
実際、今まで誰かと……
例えばエリックの夢へ夢渡りして、情事を交わせば、ヴィクトリアが夢渡りした事と、ヴィクトリアが情事によって快楽を感じている事を、フィルとナハトはしっかり感じ取っていた。二人のようにお仕置きしては来ないけれど、恐らく同じ様に従属契約しているルカとシュティも気付いているだろう。
しかし、昨晩のアスモデウスとの事は、気付かれていない。
それはつまり、アスモデウスの力で、一時的に従属契約によって本来であれば伝わるべき信号さえも強制的に遮断されてしまったという事だ。
あの男は、それだけ上位の存在。
ただの魔物では太刀打ち出来ない程の力を持つ者。
ヴィクトリアは食後の紅茶を飲みつつ、僅かに眉根を寄せて短く嘆息した。
(一応名前は分かっているし、図書館で調べてみた方がいいわね。参考になるような本があるか分からないけど)
朝食を終えて、ヴィクトリアは学園へと向かうべく、アルディエンヌ公爵家所有の馬車へ乗り込む。
馬車の中には当然のようにフィルとナハトも共に居て、ヴィクトリアは少しだけ気まずそうに感じ、視線を逸らして馬車内にある小さな窓へ顔を向けた。
いつもの景色がガタゴトと通り過ぎていく。
ヴィクトリアは迷っていた。
二人にアスモデウスの事を話した方がいいかどうか。
「ヴィクトリア様」
「!」
不意に向かい側の席に座っていたフィルが、ヴィクトリアの隣へ移動して、ぎゅっと抱き締めてきた。
フィルだからか、インキュバスだからかは分からないが、良い匂いがする。制服越しだけれど、微かに感じる温かな体温が心地良い。
「どうかなさいましたか?何か心配事が?」
「フィル……」
二人の様子を見て、ナハトもヴィクトリアの隣へ移動して来る。
「フィル、ズルいぞ。……ヴィクトリア様。何か不安になってるなら、俺がその不安を取り除くから。何でも言って欲しい」
腰を抱かれて引き寄せられ、耳元でそう囁くナハトに、ヴィクトリアの胸の内は自然と温かさで満たされていく。
「大丈夫よ。まだ少しだけ眠たいだけだから。……心配してくれてありがとう。フィル、ナハト。」
「……っ。い、いえ、礼など不要です」
「ま、まだ眠たいなら、学園に着くまでの間、目を瞑ってるといい。好きなだけ俺に凭れていいから」
あんなお仕置きをしてくるクセに、今の彼等は照れているらしく、ほんのりと耳が赤く色付いてしまっている。ナハトなんて首まで赤い。
(好き)
ヴィクトリアは堪らない気持ちになった。胸が苦しいくらいにきゅうっとなってしまう。
フィルとナハトが好き。
だから、ヴィクトリアは二人に余計な心配はかけまいと、微笑んで口を噤んだ。
それに、話せばただでさえ過保護な二人が、更に過保護になってしまうかもしれない。自分達の力が及ばぬ相手に目をつけられていると分かれば、尚更だ。下手をすると、ヴィクトリアを閉じ込めてしまおうとするかもしれない。
そうして、更に危惧すべき事は、二人がアスモデウスに喧嘩を売ってしまわないかという事だ。
そのような事態に陥れば、此方に勝機は無いだろう。
(シュティが参戦すれば、少しは違うかもしれないけど……)
シュティは聖なる気を纏う聖獣だ。
アスモデウスに対し、唯一太刀打ち出来うる存在がいるとするならば、ヴィクトリアが知る限りで、それはシュティしかいない。
ヴィクトリアの心を大きく占めているのは、フィルとナハト。そして、王太子であるエリックだ。
エリックに関しては、この身体の本来の持ち主である悪役令嬢ヴィクトリアの恋情が関係している。
魂が完全に混ざり合った事で、その深い恋情は、今のヴィクトリアに引き継がれているからだ。
魂が混ざり合う前に、既に絆されてしまっていた部分もある為、その恋情は本来のヴィクトリアだけのものではなく、彼女自身の気持ちも入ってしまっているが。
それ故にヴィクトリアの中では、フィルとナハト、エリック以外の者達に向ける感情は種類が違う。
しかし、だからと言って、他の者達がどうでもいい存在という訳ではない。大切な者達であるという部分は変わらないのだ。
(だから、シュティにも傷ついて欲しくない……)
シュティの力がどれ程のものなのか、ヴィクトリアには分からない。
だが、アスモデウスは明らかに強大な力を持つ存在。下手に刺激しない方がいいし、誰にも傷ついて欲しくない。だから、ヴィクトリアは口を噤む。
(無理矢理精神体で喚ばれたり、変な触手魔物で歓迎されたりしたけど、害意はなさそうだったし……)
――――今はまだ、大丈夫。
馬車がガタンと停車する。
フィルとナハトの温もりに包まれて目を瞑っていたヴィクトリアは、馬車から降りる為に、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
睫毛が微かに震えて、瞼の下からは、まるで宝石のような藤色の瞳が現れる。
そうして席を立ったフィルとナハトは、恭しく頭を垂れ、ヴィクトリアの手を取った。
「「参りましょう、ヴィクトリア様。愛しき我が主」」
* * *
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