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本編

2作目のヒロインと、リズとユーリ。

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海を隔てた向こう側。
若き皇帝、シュナイゼルが治める帝国にて。
まるで要塞のような城の一室では、二人の女性が声を弾ませて驚き興奮しながら会話をしていた。

「本当にマリアンヌだった!本物のマリアンヌ、めちゃくちゃ美人じゃない!!しかも肌綺麗過ぎ!!」
「わ、私も驚きました!ゲーム画面に映っていたマリアンヌはいつも睨んだような顔をしていましたし、肌の透明感なんて分かりませんでしたから」
「リズ、ベールつけてたのにちゃんと前見えてたの?」
「見えてましたよ!澪さんこそ、隣にシュナイゼル様が居て緊張したでしょう?」
「緊張したけど、彼はマリアンヌしか眼中に無い感じだったからさ。とりあえずドレスの裾さえ踏まなければ大丈夫かなって」
「シュナイゼル様があそこまでマリアンヌに執着していたなんて、驚きですよね」
「というか、マリアンヌに驚いたわ。ゲームのマリアンヌと全然雰囲気が違うんだもの」

ゲームの中に登場した悪役令嬢のマリアンヌは、幼い頃から家族に蔑ろにされて育ち、唯一自分に対して優しく接してくれた婚約者である王太子フェリクスに異常なまでに依存し、執着してしまう。
愛に飢えたマリアンヌは、フェリクスの愛を欲し、フェリクスに近付いてきた邪魔なヒロインのシュゼットを虐めるようになる。そうして、悪質な虐めを繰り返してしまったマリアンヌはフェリクスに軽蔑され、最後には断罪、婚約破棄される。
フェリクスはシュゼットと結ばれ、マリアンヌは断罪によって平民落ちしてしまい、ヴィラント侯爵家を追い出され、好色家なヤデル伯爵に拾われて悲惨な最期を迎える。

それがゲームでの、フェリクスルートのシナリオだった。


しかし、やはりそれはあくまでもゲームの中の話で、この世界は紛れもない現実。
いくらゲームと酷似した世界であっても、全てが全く一緒という訳ではない。マリアンヌが愛に飢えた陰湿な悪役令嬢にならなかったのも、ゲームの中のマリアンヌとは違う、自分の意思で物事を考えられる生きた人間だからだ。

「……この世界はゲームとは違うのね。だけど、それならどうして私はここに来ちゃったんだろう?」
「…………」

リズの向かいの椅子に座っているのは、リズの前世での故郷、日本から異世界転移してきてしまった富岡とみおか みおという名の女性だった。

彼女は、2作目のヒロイン。

2作目のシナリオ通りに、彼女は数日前、突然空から降ってきた。
帝国の皇帝、シュナイゼルの元に。

ゲームとは違う世界。
しかし、ゲームの中で重要だったいくつかの出来事は必ず起こるらしい。ヒロインや悪役令嬢、攻略対象者達の背景や周囲の環境、舞台となったマルティス王国と帝国の歴史。
だからこそ、リズのゲーム知識はシュナイゼルにとって大いに役立つものだった。
乙女ゲームにおいて、ヒロインの登場は最も重要なイベントだ。むしろ、ヒロインが登場しなければゲーム自体が始まらない。

この世界を創った神様的存在が定めた事なのか。
それ故に、澪は強制的にこの世界へ転移させられてしまったのだ。

「まぁ、こうなったら腹を括って恋愛楽しんじゃうのもいいよね!」
「……そうですね」

リズのように転生だったなら気持ちを割り切れただろう。
けれど、転移であれば話が違う。
本人の気持ちなど関係無く、この世界に転移してしまった澪にとって、例えこの世界が好きな乙女ゲームと酷似した世界だったとしても、すぐに割り切れるものではないのだ。

しかし、澪は元々前向きな性格をしているらしい。空元気だが、あまり元の世界の事は考えずに、この世界を楽しもうと気持ちを切り替えようとしているようだ。

シュナイゼルがマルティス王国の舞踏会へ参加すると聞いた時も、自ら行ってみたいと言い出し、シュナイゼルのパートナー役を務めて見せた。ちなみに、従者であるユーリのパートナーを務めていたのはリズだ。
澪がやって来た日に、既にシュナイゼルとユーリにはバレていたのだが、リズ自ら自分の性別を打ち明けた。この世界にやって来たばかりで戸惑う澪と二人で話をする為には、性別を偽ったままでは無理だと判断したからだ。

「澪さんの推しって誰なんですか?」
「私、1作目のリアンが推しなの。だけど、多分会う機会は無いよね?帝国は2作目の舞台だし」
「2作目に推しはいないんですか?」
「うーん。皆イケメンだし、見た目だったらシュナイゼルだけど、あの人マリアンヌに夢中でしょう?」
「た、確かに。それに、私の予言のせいでシナリオも変わってしまった部分が結構ありますし…………すいません」
「あはっ!別にリズのせいじゃないでしょ。生きていく為に必要な事だったんでしょ?それに、やっぱりリズが居なくてもシナリオは変わってたと思う。だから変に気にしな……」

「入るぞ」

ノックも無しに、突然部屋に入ってきたのはシュナイゼルとユーリだった。
普段、ユーリは必ずノックをするのだが、シュナイゼルのする事は盲目的に絶対なので、ユーリは何も言わずに瞳を伏せて背後に控えている。
シュナイゼルの身体の事に関しては口を出すが、それ以外の事に関しては基本シュナイゼル第一主義だ。

リズが慌てて立ち上がり、「し、シュナイゼル様!何かご用ですか?」と口にするも、澪は座ったまま至って冷静だ。

「澪。そろそろ時間だ」
「というか、ノックくらいして下さい。この世界ってマナーには厳しいんでしょう?」
「ああ。だが、俺は皇帝だぞ?着替えていた訳でもないし、このくらい許せ」
「……っ」

シュナイゼルに色気たっぷりに微笑まれて、澪とリズは一気に顔を赤くさせた。
澪は手にしていたティーカップをテーブルに置いて、すくっと立ち上がる。

「の、ノックはした方がいいとは思うけど、とりあえずもういいです。行きましょう」
「顔が赤いな。何なら抱き上げて運んでやろうか?」
「結構です!!」

シュナイゼルの申し出を断りながら、澪は肩をいからせてさっさと部屋から出ていく。
シュナイゼルは面白い生き物でも見るかのように、澪の隣に並んで歩いていった。

(……あれ?いつもシュナイゼル様について行くのに……)

部屋に残されたリズが、この場に留まっているユーリに対して不思議そうに首を傾げる。
ややあって、一向に動く気配の無いユーリに、リズは瞳を泳がせながら「お、お茶飲みますか?」と口にした。

「……リズが淹れてくれるのですか?」
「え?えっと、はい。僭越ながら私が……………………あ、その、誰か呼びます?」

もしや、何か疑われているのだろうかと焦るリズに、ユーリは小さく首を振った。

「いえ。貴女のお茶が飲んでみたいのでお願いします」
「ふぇ?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまい、リズはバッと両手で自分の口を塞いだ。
何故、ユーリが自分の淹れるお茶を所望するのか、まるで理解出来ない。

(まさか、私を試してる?お茶に何か異物を混入していないか、もしくはお茶くらい淹れられるよな?この穀潰しが。とか、そういう事??)

リズは緊張し、変な汗を掻きながら、震える手でお茶を淹れ始めた。
ユーリは特に試しているつもりは無かったのだが、あえてリズに何も言わない。

ビクビクと怯えるリズを見て、僅かに瞳を細める。
その瞳が、やたらと穏やかだった事を、背を向けて用意していたリズには、知る由もなかった。


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