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本編
人ではないもの③*クロside*
しおりを挟むそれは遠い、アリスの前世での記憶。
『みーこ、聞いて。今日はさ、残業ないし、金曜日なんですよ』
『だね。金曜日だね』
『行きますか』
『行こう。今すぐ行こう』
『『串が私達を呼んでるぜ!!』』
……………………
…………
『あーめっちゃ食べた。やっぱりここの焼き鳥美味しい~~』
『エリンギ串ばっかり食べてたくせによく言うよ』
『みーこだって餅チーズベーコンばっかりじゃん』
『美味いわ。マジ美味い』
『だね。お酒もおかわりしちゃおっかな~』
『駄目!!この間調子に乗ってベロベロになったから絶対駄目!!あんたは2杯まで!!』
『ええええ?!明日休みなのに2杯までとか酷くない?!』
『しゃーないな。家飲みしよ家飲み。乙女ゲームしながら家飲み』
『新作?前のやつ?』
『新作。平日はなかなか出来ないからね。やっと週末だし、一緒にイケメンに癒されよう。今日はあんたもやってみる?いつも見てるだけじゃつまんないでしょ?』
『いいよいいよ。私、見てるの好きだから』
『えー、やってみればいいのに』
『自分で好感度上げていくの面倒だし、みーこがイケメンをサクサク落としていくのを見てる方が楽しいから』
『もー。本当に“ゆき“は面倒くさがりなんだから』
* * *
…………アリスの魂にくっついて、一緒に違う世界を渡り歩いていた僕は、アリスとして転生する前の彼女―――『ゆき』の事を思い出していた。
ゆきは普通の女の子で、学校を卒業後、会社に就職して事務員となり、事務員なのに残業ばかりの会社で、あの子―――『みーこ』と出会った。
その会社に同期で入って来たみーこは、乙女ゲームが大好きな普通の女の子だった。同期という事もあり、ゆきとみーこはすぐに仲良くなって、週末はいつも二人で飲みに行っていた。
アリスは思い出せないようだけど、僕は覚えてる。アリスが『ゆき』だった時の最期を。
あの日。
あの日もゆきは残業していて、終わったのが夜の10時過ぎだった。くたくたに疲れた彼女が帰路に着いていると、少し離れたところに、信号待ちしているみーこが見えた。
ゆきは『みーこ!』と声を掛けながら、小走りでみーこの元へと向かった。そして…………
みーこに向かって突っ込んでくる車に気付き、ゆきはみーこを突き飛ばして、車に撥ねられてしまったんだ。
……………………
…………
空は真っ暗で、星の見えない夜だった。撥ねられたゆきは、交差点の端まで飛ばされて、もう動く事が出来なくなっていた。
『ゆき、ゆき。どうして?』
『…………無事……?』
『あんたは全然無事じゃないよ!!』
『……みーこ、は』
『私はピンピンしてるよ!!』
『は、は…………良かっ……』
『良くない。全然良くないよ!だって私は、車に撥ねられたって平気なのに!!』
『…………週……末に、また……』
『ゆき?』
『また、家……のみ………………』
『……………………っ』
それが『ゆき』の最期だった。
ゆきの世界に、僕は何も干渉する事が出来ない。ただただ、見ている事しか出来なくて、僕はゆきの最期を見届けて、また身体から抜け出た魂について行ったのだ。
『車に撥ねられても平気』だと言ったみーこの言葉に、僕は何の疑問も持たなかった。自分を庇ったゆきが、こんな事になってしまって、みーこは悲しみ故にそんな事を口走っただけだと思っていた。
だけど、それは違ったんだ。
「……みーこは、ゆきが……アリスが好きなんだと思ってた」
時の精霊の眷属なら、魔法の存在しないあの世界であっても、条件さえ揃っていれば力が使える。彼等は精霊の中でも僕達とは異なる、特異な存在だからだ。
僕の言葉に、デラクール伯爵令嬢はその口元を歪ませた。
「私はアリスが大好きよ?だからこうして、この世界に呼んだの。アリスに、私の大好きな乙女ゲームの世界を楽しんで欲しくて!魅了の魔法を使えば、好感度なんて気にしなくていいし、沢山のイケメンに好かれてチヤホヤされるなんて夢のようでしょう?」
「アリスはそんな事、望んでないと思うけど?」
「だから困るのよ!せっかく乙女ゲームの世界を楽しんでもらおうと思ったのに、まだ入学1年目なのよ?序盤で相手を決めちゃうなんて早すぎるでしょ?!イベントも全然覚えてないし!!」
「…………みーこ、ここはゲームの世界じゃない」
「何言ってるの?……私からすれば、世界は全部ゲームだよ。だから運命なんていらないし、好きなように楽しむ。アリスはその身を犠牲にしてまで私を助けた。馬鹿なアリス、可愛いアリス。そんなアリスが、私は大好き。だからね……」
みーこであるデラクール伯爵令嬢の身体から、禍々しく光る力が溢れ出てきた。
僕が張り巡らせた闇の結界から、パキッとヒビ割れる音が聞こえてくる。
「大好きだから、アリスには私の世界で幸せになってもらうの」
* * *
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