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本編
人ではないもの 終
しおりを挟む「幸せになってもらうのが目的なら、放っておけばいいでしょう?何故アリスお嬢様に危害を加えようとするのですか?」
ニールの質問に、デラクール伯爵令嬢はほんの少し慌てて見せた。今日のギルバートの愚行は、自分のせいではなかったのだと。ニールに嫌われたくないと、まるで言い訳をするように。
「ニール先生!!私は危害を加える気はないんです!お兄様の事はちょっと想定外で、私は悪くないって言うか…………あれ?そういえば、ニール先生はどうしてここに来られたんですか?」
「……アリスお嬢様が学園内で防御系魔法を使用なさいましたから」
「ああ、成程!あー、確かにそーゆう設定あったかも…………」
中身がみーこであり、時の精霊の眷属であるデラクール伯爵令嬢は、ニールの答えを聞いて、暫し自分の世界に入り込む。
その隙に、アリスの契約精霊である闇の最上位精霊クロは、少し苦しげな表情でニールに小さく話し掛けた。
「ニール、君はみーこの意識を奪う事が出来る?」
「さぁ?どうでしょうね。仮に意識を奪う事が出来たとして、貴方はあの化け物をどうにか出来るのですか?」
「夢の中に引き摺り込めれば何とか出来る。時の精霊の力は厄介だけど、その分奴等は多くの制約に縛られているからね」
「成程。では、やってみましょう」
その言葉を合図に、ニールとクロは行動に移った。まずは敵であるデラクール伯爵令嬢の動きを封じる為に、互いに魔法を繰り出していく。
ニールは以前騎士団長にも使用した、相手を生きたまま氷漬けにする高位魔法、【停滞する氷】を唱え、クロは視覚を奪う【暗闇】と聴覚を奪う【静寂】、拘束する【影の鎖】を展開するが、それに気付いたデラクール伯爵令嬢も【時間逆行】で応戦していく。
【時間逆行】は繰り出す魔法を発動前の状態に戻してしまう魔法のようで、ニールとクロの魔法は瞬時に消えていってしまう。ニールは消された魔法を見て眉間にシワを寄せるが、化け物染みた魔力量を保持している為、構わず魔法を発動させていく。クロは力が弱まっているせいか、途中から魔法をあまり使わずに物理攻撃にチェンジしたようだ。人間の姿から狼の姿へと変身して、直接デラクール伯爵令嬢に襲い掛かる。身体は少し小さくなってはいるが、牙と爪を遮る為に、デラクール伯爵令嬢は防御魔法を展開した。魔法に対して【時間逆行】が使えるのに、クロ自身にはそれを使ってこない。ここにも何か制約があるのだろう。
そして、ニールは魔法攻撃を続けながら、ある事に気付いた。その事にデラクール伯爵令嬢も気付いたのだろう。それまで涼しい顔をしていたのに、口元を醜く歪めて舌打ちをした。
「流石は私の最推しであるニール先生。もう気付かれたのですね」
「……貴女は馬鹿なんですか?そんな事を口にしたら……」
「別に構いません。だって、これも全てゲームですから」
そう言って、デラクール伯爵令嬢は自分の周りに丸いバリアを張った。
「【空間断絶】」
「「?!」」
ニールの魔法もクロの爪や牙も、そのバリアには全く通らない。二人は一旦攻撃を止めて、ニールが防護障壁を展開し、クロもその障壁の中へと身を潜めた。今度はデラクール伯爵令嬢が攻撃してくると思ったからだ。しかし―――
「私はここで退散させてもらいます。【空間断絶】はあまり長く持たないし、やっぱりニール先生相手じゃ分が悪いので」
「何……?」
『待て!僕にかけている呪いを解け!!』
クロが狼の姿故に念話を飛ばしたが、デラクール伯爵令嬢は【空間転移】を展開し、にこりと笑みを浮かべながら手を振って消えていった。
壊れかけの闇の結界の中で、ニールがクロにヒールを唱える。
『……この光の魔力はアリスの?』
「ええ。やはり光属性の魔法は、光属性を所持している方の魔力の方が効きますからね」
『人間のくせに、とことん君は規格外の存在だね』
「闇の精霊。デラクール伯爵令嬢は、アリスお嬢様と…………いや、聞いた所で何も変わりませんね」
『ああ。みーこは、あいつはもう、アリスの敵だ』
「彼女の目的は何なのですか?」
『恐らくアリスの婚約を破棄させるのが目的だと思う。序盤で相手を決めた事に腹を立てていたようだから』
「“序盤“ですか。彼女が言っていた、よく分からないシナリオの話ですね」
『そうだ。……ニール。今日の事、アリスには……』
クロがそう言いかけると、ニールは冷ややかな瞳で、口だけが弧を描いた。それは正しく嘲笑と言えるだろう。最上位精霊に対し、契約者でもないのにこれだけの態度を取れる者はそうは居ない。しかし、ニールはそんな事など歯牙にもかけず、淡々と話を続ける。
「まさか話さない方が良い、なんて言いませんよね?」
『!』
「私はアリスお嬢様に並々ならぬ熱い想いを寄せておりますが、今回は甘やかしたりしません」
『ニール!』
「結果的にアレを倒すのは私や貴方でも構いませんが、自分を狙っている者が居ると、知っているのと知らないのとでは反応がまるで違います。いざという時の対策は取っておかなくては。常に危機感を持ち、万が一誰も傍に居ない時に襲われたとしても、即座に反応出来るように」
ニールの言葉に、クロは苦々しく顔を歪めた。ニールの言っている事は正しい。クロは遠い日の事を想った。もしもアデルの恋人が、自分ではなくニールだったなら…………
彼女はきっと、あんな悲惨な最期を迎える事は無かっただろう。
『わかった。僕は力が弱まっているせいで、影の中から出る事が出来ない。アリスに……君からアリスに、話して欲しい』
「分かりました」
『デラクール伯爵令嬢の中身がみーこである事は、話すか話さないか、ニールに任せるよ』
「…………」
ニールは少し思考を巡らせてから、クロに問い掛けた。
「貴方は、話した方が良いと思いますか?」
『…………僕は、アリスが傷付く事は嫌いだ。話したくはない。だけど……』
「?」
『アリスは、違うかもしれない。アリスは知りたいと思うかもしれない。……みーこはアリスにとって、大切な友達だったから』
「……そうですか」
内心、ニールは厄介だなと思った。
相手が倒すべき敵であるなら、情けは邪魔になる。下手に情をかけて、アリスにいらぬ危険が及んだら…………
アリスはニールにとって、想いを寄せる相手であり、可愛い教え子でもある。そう、ニールは魔法を使用する戦いにおいて、甘さを不要とする非情な男であった。
「……ならば、中身の事は話す必要ありませんね」
* * *
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