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「ありがとうございます。それではお元気で」
俺はそう言って出発する。
千鶴は目頭をハンカチで押さえながらずっと手を振っていた。
おじいさんはむすっとした顔でいつまでもこちらを見なかった。

ところで、ここは讃岐の国という。
ここは南に行くほど山が多い。
つまり北に行けば、まっすぐ、まっすぐ行けば、海に出るってことだ。
俺は歩きながら、キビダンゴをひとつ口の中へ入れた。

フニュフニュ
美味しいが、粘りが強くて歯に、歯だけならまだしもなんだか喉の奥にへばりつくような感じがする。
そんなことを思っていると、急に木の葉が揺れた。

そちらを見ると、リスが座っている。
「おーい、リスじゃないか、何してるんだい?」
「ふん、それはこっちが言いたいな。小さい子供が、なんでこんな所へ?」
鬼退治に行くのだというと、リスはふふんと笑った。
「なるほど、それでお前は大人びているのか。ふん、気をつけるがいいさ」
「待って!君のことを聞いてないよ」
「確かにそうだ。では言おう。私は哲学をしていたのだ」
「哲学?」
「そうだ。例えば何故私は今お前と話しているか、とまあこういうことだ」
「分かるわけないじゃないか」
「そうなんだよ、それでも楽しくてね」
「ふーん、変なの。じゃあね」
「じゃあな」

俺はまた進みかけて、なんだか後ろを向いた。
リスは動いていなかった。
「あのさ、今何考えてるの?」
「お前のことだ」
「俺、いや僕のこと?」
「そうだ」リスはちらりとこちらを向いた。
「時間の話だ。相対性があるのだ」
「どういうこと?」俺は聞いた。もともと勉強は得意じゃないんだ。
「お前が感じている時間と、私が感じている時間は、違うのだ」
「ははん、なるほど」俺は納得した。
「じゃあ最初からそんな風に簡単に言えば良いのに」

「そう、それが相対性だ」リスが笑った。
「んん?どういうこと?」
「私は初めから難しく言ってないつもりだが、君とは違った。つまり一つの事柄に対して感じるもの、その事柄自体の理解が食い違うということだ」

俺はポカンとした。
本当に哲学者らしい。
俺はすぐに「他人をポカン賞」をあげないとダメだと気がついた。

「ああ、これ、キビダンゴと言うんだけど、あげるよ」
俺が差し出すと、リスは注意深く眺めだした。
「ふむ、匂い、色、周りの空気、これを定義づけるものはいくらでもある。しかし、私が見ていると思っているこれは、本当にキビダンゴか?キビダンゴに化けた狐かもしれない。ふーむ…」

俺はだいぶ歩いてまた少し後ろを盗み見た。
リスは素早く顎を動かしてキビダンゴを少しずつ食べながらしきりに考えているようだった。
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