上 下
31 / 88

32

しおりを挟む
海までもうすぐだ。
俺は足を急がせる。
ある村を通った。
俺はそこでやっと生きた心地がした。
ああ、人と会える。

何せ山の中には家が少ないのである。
人はほとんどおらず、廃墟みたいなところもあった。

俺は少し寄り道して村の中を回った。
綺麗なところだなあ。
俺は少し千鶴とおじいさんのことを思いながらそう呟いた。

でもそれにしては、おかしいことに人がいない。
俺は心配になってきた。
村を走り回っていると、向こうの方から声がした。

俺が一心にそこへ駆けつけると、人だかりができている。
俺が中に潜り込んで見ると、どうやら小さな池のようだった。

誰かが叫んでいる。
「えー、つまり、今日の獲物は、この生きたキジなんだな。このキジを今はキビダンゴ三つで交換してると言ってるのだ」

「そんなもんあるわけねえだろ!」と周りから声があがる。
「無いんならいいんだ、取引しなければね」
奇妙な事には、それを誰が言っているのかわからないのだ。

「何を売ってるんだい?」俺が群衆の一人に聞く。
「ああ、生きたキジさね。いつもみんななら殺してとっちめるんだども、奴は生きたまま、それも赤外線センサー付き麻酔銃でなくて、捕縛光線銃で絡め取るんだからすごいんだ。」
ふーん。
俺はもう一歩内側に踏み込む。
けれどもやはり売り手が見えない。

俺はさっと手を挙げた。
みんな始めは気づかないと見えて、ざわざわし、「おい、いい加減値段で表せやコラ」など声が飛んでいたが、売り手がこちらを指差しでもしたのかみんな一斉にこちらを向き、さあっと道を開いた。

売っていたのは一匹のカエルだった。
カエルよりとても大きなキジが固まったまま横たわっている。
ははん、捕縛銃というのは、光線を当てて相手を固めるのだなと思った。

カエルは目を細めてぱちくりと瞬きをした。
白い薄い膜が一瞬目を覆う。
「それで、買うのかね」
カエルが背中に背負った小さな捕縛銃を触りながら言った。

「買います」
俺がそう言った途端、周りがざわめきだす。
「おいおい、金じゃねえんだぜ坊ちゃん」という声、
「どこの子?」
「さあ知らないわ」という声。
それらをみんな無視して、俺はキビダンゴをきっちり二つカエルの前に置いた。

カエルはそれを見る。
群衆の輪からどよめきが起こる。
カエルはしばらくしてニッコリ笑った。
「よろしい。今日の客はあんただ」
カエルはそのまま池にひきあげていく。

「そのキジはしばらくして動き出すから」という言葉を聞いた後、トポンと音がして水面が揺れ波紋が踊った。

キビダンゴ一個ケチったんだけどな。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

未来に向かって突き進め!

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,096

逆算方程式

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

となりの宮川さんは人気Vtuberになりたい

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

オタクをプロデュース。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

瑠壱は智を呼ぶ

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

悪役令嬢とあおり運転

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...