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「あ、こんなところに」
そう言って女は木の枝を取る。
落ちていたのだが、ここはジャングル。
波の音が聞こえるから島でもあるのだろう。
そこで棒一本で喜ぶっていうのもどうかと思う。

でも俺は今、ここで過ごすかどうか、という選択を誤ってしまったので、頭が上がらない。
それでさっきから何度も言葉になりかけたものを押し込んでいる。

「あ、そ、いや、あー、なんか、んー」
「名前のこと?」
「あ、そうそう」
「あんたから言えば?」

俺は困った。
えー、自分の名前に困る必要なんてないのだけれど、昔の名残が…
「桃太郎っていうんだ」
…よし、これからも異空間では元の空間と区別するために『異空間ネーム』として桃太郎にしよう。

「は?桃太郎?なにそれダッサ」
「ば、馬鹿にするな!こ、このっ!すっごい英雄なんだからな!」
「へえ、あんたが?」
「いや、その、桃太郎…としては」
「『としては』?!」
「ごめん、訳わかんないよね、とにかく英雄だから」

ブフッと女が笑う。何がおかしいんだ。
「それにしても、あんた声が大きいのね」
「え?お前も同じくらいじゃないか」
「…私喋ってないし」
「ん、ん?」
「ほらこれ」

女が口を開けると、歯の間に黒い球が挟まっている。
「言おうとした事はね、目の動きとか、手の向きとかを、この機械に読み込ませて音声にするのね。でもあんたにはそれが無い」

はは、なんで気づかなかったんだ?こいつ口をそんなに開けてないよ。なるほど、機会が通訳みたいにしてたのか。
「でも、それじゃ話したくない時も勝手にヘンテコな言葉が出てくるじゃないか」
「その心配はないわ。ここの奥歯をね、連続して二回カチカチと噛めば止まるの。その後もう二回噛めば起動するのね」

「すごいもんだな。でもそんな機械いらないだろ」
「なんでも効率化するのはいいことなのよ」
「そうか?それじゃ思った事をダイレクトに伝える機能を作れば…」
「そんなこと出来ないのよ。人の心は大体言葉で表されるほど単純じゃないし、もしそんなことが可能だとしても、それじゃあプライバシーもクソもあったもんじゃないわね、隠し事も何もないんだから」

また女はふふふと笑っている。
しかしよく見ると口元は全く動いていないのだ。右手の指がひらひらと動いている。
それが「ふ、ふ、ふ」か。
なんだか俺は悲しくなった。

でも女は指を止めて、しばらく目をつぶって、「カナエハルカ」と音声を伝えてきた。
「え?」
「名前。カナエハルカ」
「ああ、ハルちゃん」
俺は不思議な感覚がした。
ハル、ハルちゃん、ハル、ハナ、…
もうこの事を考えるのはよくない。
俺は「分かった」と頷いた。
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