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第1部 第1章「七歳の朝、勇者の記憶」
第2話「勇者の遺産」
第2話「勇者の遺産」
「レオ、リナ…起きて。大丈夫だから」
双子の肩に手を置きながら、俺は再び空間収納の画面を見つめた。
目の前に浮かぶ半透明の魔法陣。その中に整然と並ぶ、無数のアイテムのアイコン。
全部ある。本当に全部ある。
女神セレスティアは、約束を守ってくれたんだ。
俺は画面をスクロールし、空間収納の中身を確認していく。見覚えのあるアイテムが次々と表示される。
まず武器カテゴリ。
勇者の剣――魔王討伐に使った、伝説級の聖剣。その刀身は決して錆びることなく、あらゆる魔物を切り裂く力を持つ。
ミスリル製の予備の剣が三振り。エルフの職人が鍛えた短剣が二本。さらには、あまり使わなかった槍や弓、斧まで。
次に防具カテゴリ。
ミスリル製の鎧一式。竜の鱗で作られた胸当て。魔法防御力を高める魔導ローブ。盗賊ギルドから譲り受けた隠密用の黒装束。
アクセサリーカテゴリには、各種の魔法の指輪やアミュレットが並んでいる。身体強化の指輪、火炎耐性の腕輪、魔力増幅のペンダント、状態異常無効化のブローチ。
そして、最も重要な消費アイテムのカテゴリ。
回復薬(上級)×200個。これは傷を瞬時に癒やす赤い液体の入った小瓶だ。
魔力回復薬(上級)×150個。青い液体で、枯渇した魔力を回復させる。
解毒薬×100個。万能解毒剤で、あらゆる毒を中和する。
そして――万能丸薬×29,998個。
さっき一粒使ったから、二個減っている。でも、まだ三万個近くある。
この丸薬は特別だった。前世で勇者として活動していた時、王宮の錬金術師たちが総力を挙げて開発した、勇者専用の非常食兼万能薬。
一粒で二十四時間分の完全な栄養補給ができる。空腹を完全に満たし、満腹感が丸一日続く。
しかも、それだけではない。あらゆる病気を治癒し、怪我を回復させ、体力を完全に回復させ、状態異常を解除し、毒を中和する。
つまり、これ一粒で、回復薬、解毒薬、万能薬、非常食の全ての役割を果たせる。
魔王討伐の長い旅路で、いつ補給が途絶えるかわからなかったから、俺は可能な限り備蓄していた。最終的に三万個まで集めた。
当時は「使い切れないだろう」と思っていたが、まさかこうして転生先で役立つとは。
他にも、保存食の乾パンや干し肉、魔法書のコレクション、貴重な鉱石や宝石、さらには金貨が数千枚。
前世の五年間で蓄積した、全ての財産がここにある。
「ありがとう…セレスティア…」
思わず呟く。女神は本当に、全てを転生させてくれた。スキルも、記憶も、そしてこの膨大な遺産も。
これがあれば、この貧困から抜け出せる。家族を救える。
俺は画面を閉じ、手の中の二粒の金色の丸薬を見つめた。
柔らかな光を放つ小さな粒。これで、双子を助けられる。
ベッドに目を向けると、レオとリナが相変わらず弱々しく眠っている。顔色は悪く、呼吸も浅い。このままでは本当に危ない。
「すぐに元気にしてやるからな…」
俺は慎重に、二人の身体を揺すった。
「レオ、リナ…起きて…」
最初は反応がない。でも根気強く呼びかけ、優しく肩を揺らし続けると、ようやくリナの瞼が薄く開いた。
「…お、兄…ちゃん…?」
か細い声。焦点の合わない目。
「リナ、起きられるか?」
「…うん…でも…お腹…痛い…」
次いでレオも目を覚ました。
「アレン…兄ちゃん…」
「ああ、俺だ。大丈夫、今助けるから」
二人とも、起き上がる力もないようだ。ベッドに横たわったまま、俺を見上げている。その目には涙が浮かんでいる。
「お腹…すいた…」とレオ。
「喉…渇いた…」とリナ。
見ているだけで胸が痛む。四歳の子供が、こんな苦しみを味わうなんて。
でも、もう大丈夫だ。
「これを食べて」
俺は二人の口元に、金色の丸薬を差し出した。
二人は不思議そうに丸薬を見つめる。
「これ…何?」とリナ。
「薬だよ。食べたら、お腹いっぱいになって、元気になれる」
「本当…?」とレオ。
「ああ、本当だ。お兄ちゃんを信じて」
二人は互いに顔を見合わせた後、小さく頷いた。
俺はまずリナの口に、丸薬を一粒入れる。次いでレオにも。
最初、二人は警戒したような表情を見せた。でも舌の上で丸薬が溶け始めると――
「甘い…」
リナの目が、驚きに見開かれる。
「美味しい…」
レオも同じ反応だ。
そして二人が丸薬を飲み込んだ瞬間、変化が起きた。
温かな光が、二人の身体を包む。ほんの一瞬、金色の靄のようなものが見えた気がした。
そして――
「あ、あれ…?」
リナが身体を起こした。さっきまで起き上がる力もなかったのに、すんなりと上半身を起こせている。
「お腹…痛くない…」
レオも驚いた表情で、自分の身体を触っている。
「それどころか…お腹いっぱい…」
「すごい! 本当にお腹いっぱいになった!」
二人の顔に、みるみる血色が戻っていく。青白かった肌が健康的な色を取り戻し、うつろだった目に光が宿る。
そして二人は、ベッドから飛び降りた。
「元気になった!」
「すごいよお兄ちゃん!」
双子が俺に抱きついてくる。その身体は、もう震えていない。しっかりとした力で、俺にしがみついている。
ああ、良かった。本当に良かった。
「お兄ちゃん、これ魔法?」
リナが目を輝かせて聞いてくる。
「うん、魔法だよ」
厳密には魔法というより魔法で作られたアイテムだが、四歳の子供に細かい説明をしても混乱させるだけだろう。
「お兄ちゃん、魔法使えるの!?」
レオも興奮している。
「ああ、使えるよ」
これは嘘じゃない。前世のスキルがそのまま残っているなら、俺は全属性の魔法をレベル10――つまり最高レベルで使える。
「すごーい!」
「かっこいい!」
双子の無邪気な笑顔を見て、俺の胸も温かくなる。
前世では、こんな風に誰かに喜ばれることなんて、なかった。いや、最初の頃はあったかもしれない。でも次第に、人々は俺を「便利な道具」としか見なくなった。魔王を倒すための、使い捨ての駒としか。
でもこの世界では違う。家族がいる。俺を必要としてくれる人たちがいる。
守りたいと、心から思える存在がいる。
「お兄ちゃん、お母さんは? ソフィアお姉ちゃんとマルクお兄ちゃんは?」
リナの問いに、俺の表情が引き締まる。
そうだ。まだ全員が揃ったわけじゃない。母エレナと姉ソフィア、兄マルクは、まだ戻っていない。
「それを、今から探しに行く」
「探しに?」
「ああ。でもお前たちは、ここで待っていてくれ」
「やだ! 一緒に行く!」
レオが駄々をこねる。
「お兄ちゃんと一緒がいい!」
リナも同じだ。
気持ちはわかる。せっかく元気になったのに、また一人にされるのは不安だろう。
でも、これから向かう先は危険かもしれない。母さんたちが帰ってこない理由が、単なる遅刻ではない可能性がある。
盗賊か、魔物か、あるいは何か事故に巻き込まれたか。
どちらにしても、四歳の子供を連れて行ける状況じゃない。
「わかった。じゃあ、約束な」
俺は二人の頭を優しく撫でた。
「お兄ちゃんが、必ずみんなを連れて帰ってくる。だから、お前たちはここで、少しだけ眠って待っていてくれ」
「眠る…?」
「ああ。魔法で、気持ちよく眠れるようにしてあげる。そうしたら、お兄ちゃんが帰ってくる頃にはちょうど目が覚めるから」
「本当…?」
「本当だ。お兄ちゃんを信じて」
二人は少し不安そうな顔をしたが、最終的には頷いてくれた。
「わかった…」
「でも、絶対帰ってきてね」
「約束する」
俺は二人をベッドに寝かせた。そして、手を二人の額にかざす。
睡眠魔法――前世で何度も使った、対象を眠りに誘う魔法。
「スリープ」
小さく詠唱すると、二人の身体が柔らかな光に包まれる。
ゆっくりと瞼が閉じていき、穏やかな寝息が聞こえ始める。
これで、大体三時間は眠るだろう。その間に、母さんたちを見つけて帰ってくる。
俺は双子の寝顔を見つめた。穏やかに眠る二人。さっきまでの苦しそうな表情とは、まるで違う。
「待っていてくれ。必ず、みんなで帰ってくるから」
そして俺は立ち上がり、空間収納から装備を取り出し始めた。
まず、服。今着ているのはボロボロの麻の服だ。これでは動きにくい。
空間収納から、動きやすい革製のズボンと、シンプルなシャツを取り出す。子供用のサイズはないので、魔法で縮小させる。
「サイズ・アジャスト」
服が、七歳の身体に合わせて小さくなる。これで完璧だ。
次に、武器。さすがに勇者の剣を持ち歩くわけにはいかない。七歳の子供が聖剣を持っていたら、どう考えても怪しい。
短剣を一本取り出し、これも縮小魔法をかける。小さなナイフ程度のサイズになったそれを、ベルトに差す。
防具は…目立たないものを。空間収納から、魔法防御力を持つ薄手の下着を取り出す。これなら服の下に着ていても、外からはわからない。
アクセサリーは、身体強化の指輪と、状態異常無効のブローチ。どちらも小さくて目立たない。
最後に、回復薬を数個、ポケットに入れておく。万能丸薬も小袋に百個ほど。
これで準備完了だ。
俺は粗末な木の扉に向かう。その前に、もう一度双子の方を振り返った。
安らかに眠る二人。
前世では、俺は誰も守れなかった。いや、守ろうとさえしなかったかもしれない。自分のことで精一杯だった。
でも、この世界では違う。
家族を守る。絶対に。
俺は扉を開け、外に出た。
快晴の空が広がっている。でも、村は妙に静かだ。人の気配はあるが、活気がない。みんな家の中に引きこもっているような、そんな雰囲気。
貧困が、この村を支配している。
でも、今はそれを考えている場合じゃない。
隣町グランベル。そこに母さんと姉さんが向かい、兄さんが追いかけた。
距離は約十五キロ。大人の足で四時間ほどの道のり。
だが、俺には身体強化魔法がある。
「ブースト・アップ」
全身に魔力を巡らせる。筋力、敏捷性、持久力、全てが飛躍的に向上する。
七歳の小さな身体だが、今の俺は大人の兵士十人分以上の身体能力を持っている。
そして、俺は走り出した。
風を切り、地面を蹴り、森の小道を駆け抜ける。
時速八十キロを超える速度。周囲の景色が流れていく。
この速さなら、十五分もあれば隣町に着く。
待っていてくれ、母さん、姉さん、兄さん。
必ず、助けに行く。
――勇者の力で。
俺の二度目の人生、最初の戦いが、今始まろうとしていた。
次回:第3話「双子の涙と兄の決意」
「レオ、リナ…起きて。大丈夫だから」
双子の肩に手を置きながら、俺は再び空間収納の画面を見つめた。
目の前に浮かぶ半透明の魔法陣。その中に整然と並ぶ、無数のアイテムのアイコン。
全部ある。本当に全部ある。
女神セレスティアは、約束を守ってくれたんだ。
俺は画面をスクロールし、空間収納の中身を確認していく。見覚えのあるアイテムが次々と表示される。
まず武器カテゴリ。
勇者の剣――魔王討伐に使った、伝説級の聖剣。その刀身は決して錆びることなく、あらゆる魔物を切り裂く力を持つ。
ミスリル製の予備の剣が三振り。エルフの職人が鍛えた短剣が二本。さらには、あまり使わなかった槍や弓、斧まで。
次に防具カテゴリ。
ミスリル製の鎧一式。竜の鱗で作られた胸当て。魔法防御力を高める魔導ローブ。盗賊ギルドから譲り受けた隠密用の黒装束。
アクセサリーカテゴリには、各種の魔法の指輪やアミュレットが並んでいる。身体強化の指輪、火炎耐性の腕輪、魔力増幅のペンダント、状態異常無効化のブローチ。
そして、最も重要な消費アイテムのカテゴリ。
回復薬(上級)×200個。これは傷を瞬時に癒やす赤い液体の入った小瓶だ。
魔力回復薬(上級)×150個。青い液体で、枯渇した魔力を回復させる。
解毒薬×100個。万能解毒剤で、あらゆる毒を中和する。
そして――万能丸薬×29,998個。
さっき一粒使ったから、二個減っている。でも、まだ三万個近くある。
この丸薬は特別だった。前世で勇者として活動していた時、王宮の錬金術師たちが総力を挙げて開発した、勇者専用の非常食兼万能薬。
一粒で二十四時間分の完全な栄養補給ができる。空腹を完全に満たし、満腹感が丸一日続く。
しかも、それだけではない。あらゆる病気を治癒し、怪我を回復させ、体力を完全に回復させ、状態異常を解除し、毒を中和する。
つまり、これ一粒で、回復薬、解毒薬、万能薬、非常食の全ての役割を果たせる。
魔王討伐の長い旅路で、いつ補給が途絶えるかわからなかったから、俺は可能な限り備蓄していた。最終的に三万個まで集めた。
当時は「使い切れないだろう」と思っていたが、まさかこうして転生先で役立つとは。
他にも、保存食の乾パンや干し肉、魔法書のコレクション、貴重な鉱石や宝石、さらには金貨が数千枚。
前世の五年間で蓄積した、全ての財産がここにある。
「ありがとう…セレスティア…」
思わず呟く。女神は本当に、全てを転生させてくれた。スキルも、記憶も、そしてこの膨大な遺産も。
これがあれば、この貧困から抜け出せる。家族を救える。
俺は画面を閉じ、手の中の二粒の金色の丸薬を見つめた。
柔らかな光を放つ小さな粒。これで、双子を助けられる。
ベッドに目を向けると、レオとリナが相変わらず弱々しく眠っている。顔色は悪く、呼吸も浅い。このままでは本当に危ない。
「すぐに元気にしてやるからな…」
俺は慎重に、二人の身体を揺すった。
「レオ、リナ…起きて…」
最初は反応がない。でも根気強く呼びかけ、優しく肩を揺らし続けると、ようやくリナの瞼が薄く開いた。
「…お、兄…ちゃん…?」
か細い声。焦点の合わない目。
「リナ、起きられるか?」
「…うん…でも…お腹…痛い…」
次いでレオも目を覚ました。
「アレン…兄ちゃん…」
「ああ、俺だ。大丈夫、今助けるから」
二人とも、起き上がる力もないようだ。ベッドに横たわったまま、俺を見上げている。その目には涙が浮かんでいる。
「お腹…すいた…」とレオ。
「喉…渇いた…」とリナ。
見ているだけで胸が痛む。四歳の子供が、こんな苦しみを味わうなんて。
でも、もう大丈夫だ。
「これを食べて」
俺は二人の口元に、金色の丸薬を差し出した。
二人は不思議そうに丸薬を見つめる。
「これ…何?」とリナ。
「薬だよ。食べたら、お腹いっぱいになって、元気になれる」
「本当…?」とレオ。
「ああ、本当だ。お兄ちゃんを信じて」
二人は互いに顔を見合わせた後、小さく頷いた。
俺はまずリナの口に、丸薬を一粒入れる。次いでレオにも。
最初、二人は警戒したような表情を見せた。でも舌の上で丸薬が溶け始めると――
「甘い…」
リナの目が、驚きに見開かれる。
「美味しい…」
レオも同じ反応だ。
そして二人が丸薬を飲み込んだ瞬間、変化が起きた。
温かな光が、二人の身体を包む。ほんの一瞬、金色の靄のようなものが見えた気がした。
そして――
「あ、あれ…?」
リナが身体を起こした。さっきまで起き上がる力もなかったのに、すんなりと上半身を起こせている。
「お腹…痛くない…」
レオも驚いた表情で、自分の身体を触っている。
「それどころか…お腹いっぱい…」
「すごい! 本当にお腹いっぱいになった!」
二人の顔に、みるみる血色が戻っていく。青白かった肌が健康的な色を取り戻し、うつろだった目に光が宿る。
そして二人は、ベッドから飛び降りた。
「元気になった!」
「すごいよお兄ちゃん!」
双子が俺に抱きついてくる。その身体は、もう震えていない。しっかりとした力で、俺にしがみついている。
ああ、良かった。本当に良かった。
「お兄ちゃん、これ魔法?」
リナが目を輝かせて聞いてくる。
「うん、魔法だよ」
厳密には魔法というより魔法で作られたアイテムだが、四歳の子供に細かい説明をしても混乱させるだけだろう。
「お兄ちゃん、魔法使えるの!?」
レオも興奮している。
「ああ、使えるよ」
これは嘘じゃない。前世のスキルがそのまま残っているなら、俺は全属性の魔法をレベル10――つまり最高レベルで使える。
「すごーい!」
「かっこいい!」
双子の無邪気な笑顔を見て、俺の胸も温かくなる。
前世では、こんな風に誰かに喜ばれることなんて、なかった。いや、最初の頃はあったかもしれない。でも次第に、人々は俺を「便利な道具」としか見なくなった。魔王を倒すための、使い捨ての駒としか。
でもこの世界では違う。家族がいる。俺を必要としてくれる人たちがいる。
守りたいと、心から思える存在がいる。
「お兄ちゃん、お母さんは? ソフィアお姉ちゃんとマルクお兄ちゃんは?」
リナの問いに、俺の表情が引き締まる。
そうだ。まだ全員が揃ったわけじゃない。母エレナと姉ソフィア、兄マルクは、まだ戻っていない。
「それを、今から探しに行く」
「探しに?」
「ああ。でもお前たちは、ここで待っていてくれ」
「やだ! 一緒に行く!」
レオが駄々をこねる。
「お兄ちゃんと一緒がいい!」
リナも同じだ。
気持ちはわかる。せっかく元気になったのに、また一人にされるのは不安だろう。
でも、これから向かう先は危険かもしれない。母さんたちが帰ってこない理由が、単なる遅刻ではない可能性がある。
盗賊か、魔物か、あるいは何か事故に巻き込まれたか。
どちらにしても、四歳の子供を連れて行ける状況じゃない。
「わかった。じゃあ、約束な」
俺は二人の頭を優しく撫でた。
「お兄ちゃんが、必ずみんなを連れて帰ってくる。だから、お前たちはここで、少しだけ眠って待っていてくれ」
「眠る…?」
「ああ。魔法で、気持ちよく眠れるようにしてあげる。そうしたら、お兄ちゃんが帰ってくる頃にはちょうど目が覚めるから」
「本当…?」
「本当だ。お兄ちゃんを信じて」
二人は少し不安そうな顔をしたが、最終的には頷いてくれた。
「わかった…」
「でも、絶対帰ってきてね」
「約束する」
俺は二人をベッドに寝かせた。そして、手を二人の額にかざす。
睡眠魔法――前世で何度も使った、対象を眠りに誘う魔法。
「スリープ」
小さく詠唱すると、二人の身体が柔らかな光に包まれる。
ゆっくりと瞼が閉じていき、穏やかな寝息が聞こえ始める。
これで、大体三時間は眠るだろう。その間に、母さんたちを見つけて帰ってくる。
俺は双子の寝顔を見つめた。穏やかに眠る二人。さっきまでの苦しそうな表情とは、まるで違う。
「待っていてくれ。必ず、みんなで帰ってくるから」
そして俺は立ち上がり、空間収納から装備を取り出し始めた。
まず、服。今着ているのはボロボロの麻の服だ。これでは動きにくい。
空間収納から、動きやすい革製のズボンと、シンプルなシャツを取り出す。子供用のサイズはないので、魔法で縮小させる。
「サイズ・アジャスト」
服が、七歳の身体に合わせて小さくなる。これで完璧だ。
次に、武器。さすがに勇者の剣を持ち歩くわけにはいかない。七歳の子供が聖剣を持っていたら、どう考えても怪しい。
短剣を一本取り出し、これも縮小魔法をかける。小さなナイフ程度のサイズになったそれを、ベルトに差す。
防具は…目立たないものを。空間収納から、魔法防御力を持つ薄手の下着を取り出す。これなら服の下に着ていても、外からはわからない。
アクセサリーは、身体強化の指輪と、状態異常無効のブローチ。どちらも小さくて目立たない。
最後に、回復薬を数個、ポケットに入れておく。万能丸薬も小袋に百個ほど。
これで準備完了だ。
俺は粗末な木の扉に向かう。その前に、もう一度双子の方を振り返った。
安らかに眠る二人。
前世では、俺は誰も守れなかった。いや、守ろうとさえしなかったかもしれない。自分のことで精一杯だった。
でも、この世界では違う。
家族を守る。絶対に。
俺は扉を開け、外に出た。
快晴の空が広がっている。でも、村は妙に静かだ。人の気配はあるが、活気がない。みんな家の中に引きこもっているような、そんな雰囲気。
貧困が、この村を支配している。
でも、今はそれを考えている場合じゃない。
隣町グランベル。そこに母さんと姉さんが向かい、兄さんが追いかけた。
距離は約十五キロ。大人の足で四時間ほどの道のり。
だが、俺には身体強化魔法がある。
「ブースト・アップ」
全身に魔力を巡らせる。筋力、敏捷性、持久力、全てが飛躍的に向上する。
七歳の小さな身体だが、今の俺は大人の兵士十人分以上の身体能力を持っている。
そして、俺は走り出した。
風を切り、地面を蹴り、森の小道を駆け抜ける。
時速八十キロを超える速度。周囲の景色が流れていく。
この速さなら、十五分もあれば隣町に着く。
待っていてくれ、母さん、姉さん、兄さん。
必ず、助けに行く。
――勇者の力で。
俺の二度目の人生、最初の戦いが、今始まろうとしていた。
次回:第3話「双子の涙と兄の決意」
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