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欲しいものとは
欲
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「ご馳走さまです」
僕は満足げにコーヒーカップを受け皿に置く。嬉しいことに今日は喫茶店が開いていたのだ。
「ええ、ありがとうございます」
彼女はカウンターの向こう側で微笑みを漏らす。
相変わらず客は僕の他には一人もいない。外は秋の冷たい風が吹き荒れているはずだが、店内はいたって静かだ。
それにしても、なぜ今日は開店しているのだろう。ちらりと彼女を盗み見るが、いつもと変わらないように見える。いつもと言っても三回しか会ったことがないのだけど。
「今日は…寒いですね」
『何故、喫茶店を開けたのですか』と聞きたいのに当たり障りのないことを言ってしまう。
ビビりなのは昔からだ。自分のふとした発言で相手を傷付けてしまうのではないか。言いたいことを言えない。他人から見ても、やはり臆病に見えるのかもしれない。
「そうですね、今日は志那都比古が近くに来ていましたから」
「しなつひこ…さん?」
「風神と呼ばれることもある有名な神様ですよ」
風神と言えば、風神雷神図屏風絵にも描かれているように、とても有名な神様だ。
「近くにいるだけで天候を変えてしまうとは、神様も大変そうですね」
「いえいえ、今回は彼が酔った勢いで団扇を扇いだせいで」
そんな理由でホイホイ天候を変えられたんじゃ、たまったものではない。しかし、天の候と書くのですし、天の気分次第で変えられるというのは、そういうことなのか。
「と言っても、団扇を扇いだだけなんですね」
「それもそうですね」
高良玉垂命が苦笑にも似た表情を浮かべる。
大きな動物は大きさゆえに行動しただけで、小さな動物を踏み潰してしまう。力を持つと言うことは、それだけで脅威になり得ると言うことなのだろう。
「志那都比古は風神様、風を司っているのですよね?」
「そうですよ」
「高良玉垂命さんは何の神様なのですか?」
「そうですね…」
彼女は困った表情を浮かべる。
「高良玉垂命という神は、強いて挙げるとすれば芸能、武芸と言ったところでしょうか」
『高良玉垂命という神』と彼女が表現したことに少し違和感を覚える。明らかに第三者の目線に近い表現の仕方だ。
「芸能、武芸。なんというか…」
「意外ですか?私もそう感じます。神格というのは人の子の信仰によって生まれるのです。菅原道真が後に学問の神様として祭られたように」
「なるほど、納得です」
それでも、さっきの表現は少し違和感があった。なにか別の人を指して言ったような。
「…………人の子…」
すぐとなりで男とも女ともとれない声が突然聞こえた。
反射的に隣を向くと顔に紙の面をしている何かがいた。黒い装束に身をまとっているそれは、明らかに人じゃない。
「いらっしゃいませ」
にこやかに高良玉垂命が応じる。
「お知り合いですか?」
「いえ、お初お目にかかります」
全く動じないとは、流石にプロだと感心しそうになるが、考えてみれば神自体もなかなか怪異なわけで 。こういうことには慣れっこなのだろう。
「ご注文は?」
お水をテーブルの上に置きつつ聞く。
「…私が欲するのは」
紙の面は言葉につまる。メニューを見ているようで、顔は下を向いている。どうやって、紙越しに文字を見ているのか。
「…欲、喉が乾いている。それは、水を飲むことで解決する。お腹が空いている。さんどいっちが欲しい」
不思議な話し方だ。欲に忠実というか、無駄を省いているというか。
「あの、喉が乾いているのでしたら、コーヒーやジュースはどうですか?」
少し質問をしてみる。万年コミュ症の僕にしてみれば、なかなか珍しい行為だ。
「…水で欲は満たせる。他のものを頼む必要はないであろう?」
紙の面がこちらを向く。紙で表情は見えないのに、まるで鋭い眼光に目を覗き込まれているような感覚がした。
「あ、味を楽しむこともいいかなと…」
「………それは、何の欲であろうな?」
「えっと……」
言葉が出ない。確かに喉が乾いているだけであれば、水でいい。だけどそしたら、何故人はコーヒーやジュースを作り出したのか。
「……人は嗜好品を造りたがる。何故か?私は知りたいのだ。これは知識欲なのであろう」
「お客様、サンドイッチ出来ていますよ?」
ナイスタイミングで高良玉垂命が口を挟む。
人が妖怪を不思議がるように、妖怪も人は不思議な存在なのか。
「…ありがとう」
紙の面は紙の口元を少しめくり、サンドイッチを口へ運ぶ。
「…ふむ、おいしい。ところで、人の子よ。お主、何故我らが見えるのだろうな」
何故見えるのか。
見えてしまうのだから、仕方がない。
「見たいと思ったのでしょう」
なんとなくそんな事を言ってみる。根拠はないのだけど、なんとなく正解に近いような気がした。
僕は満足げにコーヒーカップを受け皿に置く。嬉しいことに今日は喫茶店が開いていたのだ。
「ええ、ありがとうございます」
彼女はカウンターの向こう側で微笑みを漏らす。
相変わらず客は僕の他には一人もいない。外は秋の冷たい風が吹き荒れているはずだが、店内はいたって静かだ。
それにしても、なぜ今日は開店しているのだろう。ちらりと彼女を盗み見るが、いつもと変わらないように見える。いつもと言っても三回しか会ったことがないのだけど。
「今日は…寒いですね」
『何故、喫茶店を開けたのですか』と聞きたいのに当たり障りのないことを言ってしまう。
ビビりなのは昔からだ。自分のふとした発言で相手を傷付けてしまうのではないか。言いたいことを言えない。他人から見ても、やはり臆病に見えるのかもしれない。
「そうですね、今日は志那都比古が近くに来ていましたから」
「しなつひこ…さん?」
「風神と呼ばれることもある有名な神様ですよ」
風神と言えば、風神雷神図屏風絵にも描かれているように、とても有名な神様だ。
「近くにいるだけで天候を変えてしまうとは、神様も大変そうですね」
「いえいえ、今回は彼が酔った勢いで団扇を扇いだせいで」
そんな理由でホイホイ天候を変えられたんじゃ、たまったものではない。しかし、天の候と書くのですし、天の気分次第で変えられるというのは、そういうことなのか。
「と言っても、団扇を扇いだだけなんですね」
「それもそうですね」
高良玉垂命が苦笑にも似た表情を浮かべる。
大きな動物は大きさゆえに行動しただけで、小さな動物を踏み潰してしまう。力を持つと言うことは、それだけで脅威になり得ると言うことなのだろう。
「志那都比古は風神様、風を司っているのですよね?」
「そうですよ」
「高良玉垂命さんは何の神様なのですか?」
「そうですね…」
彼女は困った表情を浮かべる。
「高良玉垂命という神は、強いて挙げるとすれば芸能、武芸と言ったところでしょうか」
『高良玉垂命という神』と彼女が表現したことに少し違和感を覚える。明らかに第三者の目線に近い表現の仕方だ。
「芸能、武芸。なんというか…」
「意外ですか?私もそう感じます。神格というのは人の子の信仰によって生まれるのです。菅原道真が後に学問の神様として祭られたように」
「なるほど、納得です」
それでも、さっきの表現は少し違和感があった。なにか別の人を指して言ったような。
「…………人の子…」
すぐとなりで男とも女ともとれない声が突然聞こえた。
反射的に隣を向くと顔に紙の面をしている何かがいた。黒い装束に身をまとっているそれは、明らかに人じゃない。
「いらっしゃいませ」
にこやかに高良玉垂命が応じる。
「お知り合いですか?」
「いえ、お初お目にかかります」
全く動じないとは、流石にプロだと感心しそうになるが、考えてみれば神自体もなかなか怪異なわけで 。こういうことには慣れっこなのだろう。
「ご注文は?」
お水をテーブルの上に置きつつ聞く。
「…私が欲するのは」
紙の面は言葉につまる。メニューを見ているようで、顔は下を向いている。どうやって、紙越しに文字を見ているのか。
「…欲、喉が乾いている。それは、水を飲むことで解決する。お腹が空いている。さんどいっちが欲しい」
不思議な話し方だ。欲に忠実というか、無駄を省いているというか。
「あの、喉が乾いているのでしたら、コーヒーやジュースはどうですか?」
少し質問をしてみる。万年コミュ症の僕にしてみれば、なかなか珍しい行為だ。
「…水で欲は満たせる。他のものを頼む必要はないであろう?」
紙の面がこちらを向く。紙で表情は見えないのに、まるで鋭い眼光に目を覗き込まれているような感覚がした。
「あ、味を楽しむこともいいかなと…」
「………それは、何の欲であろうな?」
「えっと……」
言葉が出ない。確かに喉が乾いているだけであれば、水でいい。だけどそしたら、何故人はコーヒーやジュースを作り出したのか。
「……人は嗜好品を造りたがる。何故か?私は知りたいのだ。これは知識欲なのであろう」
「お客様、サンドイッチ出来ていますよ?」
ナイスタイミングで高良玉垂命が口を挟む。
人が妖怪を不思議がるように、妖怪も人は不思議な存在なのか。
「…ありがとう」
紙の面は紙の口元を少しめくり、サンドイッチを口へ運ぶ。
「…ふむ、おいしい。ところで、人の子よ。お主、何故我らが見えるのだろうな」
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