神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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欲しいものとは

記憶の坂道

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「大丈夫ですか?」

 高良玉垂命こうらたまたれのみことが心配そうに覗き込む。

「え、ええ…」

 普段なら慌てて顔をそらすところだが、ふと思い出したことで脳がいっぱいで、それどころではない。

朧気おぼろげって知っていますか?」

 さっき思い出したことは、おそらく僕の記憶ではない。もっと思い出そうと、記憶を探る。

 しかし、あれほど鮮明に思い出したにも関わらず、思い出そうとすればするほど、記憶は靄にかかったように引っ込んでしまう。

「朧気?」

「はい」

「聞いたことがありますよ。確か、天山のとある祠に祀られていた土地神だったと、それが?」

 どうしてその事をといった具合に、彼女はこちらを見る。

「実は朧気の記憶があるんです」

「…朧気の?」

 高良玉垂命は目を見開く。

「ええ、あの妖怪は朧気という名かと」
「…私が聞いた噂では、朧気は聡明で美しく、貴賓溢れる男神だと聞いています。あのような身なりでは…」 

 少しあの妖怪の容姿を思い出してみる。黒装束に身を包んでいて、紙の面をしていた。

 そこまで思い出したときに、あの妖怪の姿をよく見ていなかったんだと気づいた。

「貴賓溢れるって感じではなかったですね」

「でしたら、朧気の社に行ってみましょう?」

「行くと言っても、天山まではかなり距離がありますよ?」

 高良玉垂命は少し微笑み、こちらに振り向く。

「私は神様ですよ?」

 嬉しそうにそう言うと、突然僕の手を繋ぐ。

「え?」

ーー ーー ーー

「何を…」

 言葉を続けようとしてが、言葉が途中で喉につっかえる。

 辺りを見回す。

 一瞬前までの風景は掻き消え、知らない風景が広がっていた。とりあえず、何処かの神社の境内であることは分かる。後ろに拝殿があるからだ。比較的新しい神社なのか、壁は小麦色に塗りあげられている。

「綺麗な神社…」

 思わずそう口にする。山の開けた丘に建てられ、背後にはダム湖があるため心地よい風が吹いている。

「そう言われると嬉しいですね。ですけど、この神社は元々、ダムで沈んでしまった土地にあった神社なんですよ」

「え?といことは…」

「この土地に元々あったわけではないんです」
「それは……」

 なんと声をかければ良いのだろう。残念ですね、お気の毒、様々な言葉が脳裏を飛び交う。

 軽々しく言葉をかければ、なんとなく彼女を傷つける気がした。

「ここの主祭神は淀姫なのですよ」

 彼女は気を取り直したように言う。

「淀姫…すみません、知らないです…」

「そうですよね。最近は豊玉姫や乙姫と同一視されているけど。ここらの地域の土着の神なのですよ」

「ん、淀姫が主祭神と言うことは…?」

「ええ、私は末社に祭られているだけですよ」

 高良玉垂命は隅にある社を指差す。

 この社も小麦色に塗りあげられ、建てられてからあまり時間が経っていないのがわかる。

「高良玉垂命さんのお社もダムに沈んでしまったんですね…」

「ええ、まあ、仕方ないことです。ダムも人の子にとってとても重要なものですから」

 高良玉垂命はダム湖の奥を見つめる。人ではない彼女にとって、それはどのように見えるのだろうか。

「…さあ、ここにいても仕方がありません。行きますよ!」

「行く…?」

「朧気のお社です!」

 高良玉垂命は元気良くそう言いきる。

 そう言えば、ここに来た理由を聞いていなかった。朧気のお社に行くと言うことは、ここは天山と言うことだ。

「はい、いきましょう!」

 高良玉垂命は頷くと、鳥居の方に向かう。慌てて背を追いかける。 

 鳥居を抜けてすぐ、直角の方向に真新しい道が走っていた。樹木が周辺に生えていないいないため、とても見晴らしの良い道路だ。

「この道路もダムが出来てから出来たものなんです」

 高良玉垂命は道路の先を見つめる。

「さて、朧気の社までしばらく歩きますよ」

 そう言うと、すっと歩き始める。彼女の歩みは澱みない。その道は少し傾斜があり、上り坂になっていた。

 一歩踏み出す。

 それと同時に、誰かの記憶が流れ込んでくる。取り壊された社、人が消えた街、立ち尽くす私。

「…大丈夫ですか?」

 立ち止まったことを不審に思たのか、高良玉垂命が振り向きこちらを見る。

「いえ、大丈夫です」

 ぎこちなく笑顔を作り、足を進める。
 うまく笑顔を作れているか不安だ。頭の中は自分の記憶と他の記憶で混沌としていた。
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