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出勤すると岡田先輩が電話で応対をしているのが見えた。きり終わった後、僕と目が合うとすぐに近寄ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。早々にあれだが、倉田さんとこの植木を見に行ってくれないかな」
「いいですよ。どうかしました?」
「なんだか木の元気がないんだと。できれば早く診察してもらいたいってさ」
「うーん。どうしたんでしょうね。早速行ってきますよ」
「そうしてくれ。上得意様だからな」
「軽トラ借りていきますね」
「おう。よろしく」
僕は鞄の中の荷物を確認して診察に出かけることにした。
倉田さんの家は会社から車で10分ほど走った町から遠ざかった場所にある。都会から田舎暮らしがしたくて引っ越してきたらしく、退職金をもって夫婦二人で暮らしている。程度の良い中古の家を手入れしながらスローライフを送っているのだが、奥さん曰く、ご主人がきっちりとした性格らしく庭の木々を刈り込んでしまうのだとか。
木の元気がないというのはご主人が必要以上に葉を刈り込んでしまったのではないかとにらんでいる。
山道を上がっていき、家と家の間隔が広くなってくると道幅は狭くなっていき、やがて倉田邸が見えた。
砂利が敷かれた駐車場に車を置き、荷物を出していると待ち構えていたらしくご主人が声を掛けてくる。
「おはよう。早くからすまないね」
「おはようございます。いえ、大丈夫ですよ。どの植木ですか?元気がないというのは」
「こっちなんだ。植木というか、裏庭に元々生えていた金柑で、うちが植えたものじゃないしほっといたんだけど」
家の周りをぐるりとまわり裏に出ると一本の金柑の木がひっそりと立っている。緑の葉に茶色い斑点が出来ていてさらにうらぶれた雰囲気を醸し出している。かわいそうに『かいよう病』にかかっている。
「これって病気だよね。なんかまだらになってて気持ち悪くてさあ」
「ええ、かいよう病というもので、症状の出ているところを取り除いて、雨風を防いでやれば大丈夫ですよ。でも、いきなりですね」
「ああー。あれのせいかな」
倉田さんは空に向かって指をさすので僕も上を向くと、確か前に合ったヤマボウシの枝がバッサリと失くなっている。
「えっ、切っちゃいました?」
「え、ああ、うん。だめだったか」
「いやあ、ダメというか。あの枝がたぶん金柑の雨よけになっていたんじゃないかと。この病気は雨で広がりやすいものですから」
「そんなものかね。へえ。雨には降られた方がいいとばっかり思っていたよ」
「そうですね。確かに雨は大事ですからね。とりあえず金柑は処置しておきますから」
「頼むよ。俺はどっちでもいいんだけど、正月、遊びに来る孫が金柑を楽しみにしてるらしくってさ」
「そうですか。大丈夫ですよ。そうだ、ヤマボウシの枝を切った後になにか処置をされてます?」
「え?切った後?なにすんの?」
「切り口が腐敗する場合がありますので保護剤を塗るんです。ついでに塗っておきますよ」
「うーん。剪定をするのも面倒だねえ」
はあっと大きなため息をついて倉田さんは家のほうに戻っていった。木は何も言わない。痛いともかゆいとも。僕をそれを聞きたいと願っている。
今日の仕事はほぼ肉体労働で久しぶりにへとへとになり、食事もできずにベッドに倒れ込んだ。
「ちょっと休憩してから食べるか……」
ぼんやりとシーツに顔を埋めているとそよ風と甘い香りが僕の髪を撫でた。
「あ、桂さん……」
いつの間にか静かにそばにいる彼は薄暗い夕闇の中でも輝いているように見える。
「疲労が激しいようだな」
「ん、ちょっと今日はしんどいかな」
「食事をしないのか」
「少し休んでからにちゃんと食べますよ」
無表情で彼は僕の両頬を大きな手で包むと「熱い」と呟いた。
「ちょっと熱っぽいかな……。横になってれば大丈夫です」
少し目の周りに熱を感じ始め視界が緩む。今日は無理をし過ぎたのかもしれない。倉田さんのヤマボウシの切り口が思ったより多く、さらには綺麗な断面でないものがほとんどで、僕がやり直したからだ。
「お前は、頑丈ではないが多くの木がお前を支えている。それというのもお前が木を守っているからだ」
はっきりしない頭で桂さんの言葉を聞く。
「人間は木が――植物がないと生きていけませんからね」
「私たちは人間がいなくても生きていけるのだが、私は――私たちはお前を生かしたい。だからちゃんと受け取れ」
荒く熱っぽい息をはき出す僕の唇に桂さんの少し硬くてひんやりした唇が重なる。清涼な息が吹き込まれると、僕は森の中に抱かれるような安心感を得た。
「案ずるな。お前たちと違って苦痛を与えるような真似はしない」
「桂さん……」
疲労した動かないからだと深いリラクゼーションが僕の思考を奪う。
するりとネクタイがほどかれ、カッターシャツの前がはだけ、滑らかな指先が胸の上をマッサージするように撫でられる。
身体中を優しくほぐされ、撫でまわされる間中、新鮮な酸素が送り込まれ続けている。
彼の身体がローブを着たまま僕の上に重なり、全裸で身体中愛撫された後、足を広げられた。
「桂……さん? 何を?」
「直接、注入する」
そういうと彼は自身の指先をがりっと噛んだ。
「あっ――」
噛まれた指先から飴色の透明な液体がぬるりと流れ出た。
「だめっ。身体を傷つけないで――」
ふっと初めて桂さんは笑顔を見せた。
「これくらいは傷のうちに入らぬ。お前は自分の心配をもっとした方がいい」
濡れた指先を僕の臀部からくぼみへ這わせ、閉じられた蕾をほぐされる。
「んん――」
襞の周りを優しく円運動しじわじわと中心に向かってくる。
「あ、は、あぁ――」
丹念にほぐすと彼はゆるゆると指先を忍ばせてくる。かき回したり、前後運動をさせたりすることなく優しく内壁を探る様に押しながら侵入を進める。
「くぅ、な、そ、こっ――ふっ」
身体の中を甘い電流が走るような感覚があった。
静かな愛撫を優しく受け続けると身体の発熱が違う『熱』に変わっていく。
「そのまま力を抜いておけ」
ぼーっとしたままの頭にそう囁かれるのが響くのを感じていると、外部から自分の内部に向けて力強い刺激が伝わった。
「かぁっ、あっ、はぁっ」
「苦しいか?」
桂さん自身に貫かれたのだ。痛みはなかった。しかし先ほどの指先とは確実に違う、桂さんのそれは僕のぼんやりした感覚を払拭し、鋭敏な神経に変えた。
「あ、あ、あぁ――」
滑らかに挿入され、苦痛なく甘い疼きと痺れが身体の中から全身に広がる。
「消耗させるつもりはない。すぐに終わらせよう」
一度だけ桂さんは腰をゆっくり引き、そしてまた奥まで押し付ける。
「む、んっ」
「やっ、な、あ、あったか、い――」
桂さんのエキスが注がれるのがわかった。
しかし彼は息一つ乱すことなく僕とつながっている。さらりとした掌が頬を撫で「熱はもうない」と身体を起こす。
そして何事もなかったように「そのまま朝まで寝ると良い」と僕に掛け布団をふわりとかける。
荒くなっていた呼吸も脈も正常な様子になったことを確認し「ではまた」と彼は帰って行った。僕は重くなった瞼が落ちるままにゆだねた。
ぐずついた天気なのに身体も頭もすっきりとした目覚めを得る。
「なんだか、すごく軽くて調子がいいな」
昨晩の桂さんとの行為を思い出して一人赤面してしまう。本当にあった出来事なのだろうか。全裸の上体を起こすと朝の起立を目の当たりにし、また赤面する。
「こ、こんなに強く立ってるなんて……」
身弱な僕は精力も弱い方でこのような『朝起ち』を若いころから得ることは少ない。欲情もないのでそのままにし着替えを探した。
職場につくと、社員の大黒君が一番若い坂下君に造園技能士の資格について説明をしていた。入社して実務経験を2年得たので2級造園技能士の資格を取るつもりなのだ。坂下君は自信なさげな態度をとっている。
「おはよう」
「あ、おはようございます。影島さん」
「おはようございます」
「聞いてくださいよ。坂下ってば落ちる心配ばっかりしてるんですよ」
「だって俺、あんまり覚えよくないし」
「まーた、そんなこと言って。俺だって頭よくねーよ」
大黒君よりも大柄な坂下君は気は優しくて力持ちと言ったタイプで更に心配性だ。
「大丈夫だよ。ここでちゃんと仕事できてるし、坂下君の説明はお客さんにわかりやすいって評判だよ」
僕がそう告げると少しだけ明るい表情を見せ「じゃ頑張ろうかな」と坂下君がつぶやいた。
「そうそう、影島さんの言う通りだよ」
大黒君は励ましながら坂下君の肩を叩いている。二人の隣を抜けて席に着こうとすると大黒君が「あれ?」っと声をあげた。
「ん?」
振り返ると「なんか花の匂いがするなあ」と周囲を嗅いだ。そして僕の方に着目し「影島さんからかあ」と鼻先をこちらに向けた。
「え、そう?そんな匂いするかな」
袖口をそっと鼻腔に近づけたが自分では感じない。
「しかも今日の影島さんてなんかツヤツヤしてませんか?」
「ツヤツヤ?」
「ああ、ほんとだ。なんか綺麗」
「気のせいだよ。気のせい」
「かなあ」
僕はそそくさと席に着きパソコンの電源を入れて仕事に集中するふりをした。
昨日の行為が見られたような気になって僕は内心ドギマギする。あの行為で自分が何か変わっているのだろうか?深く考えないように新しい造園のプランを企画することにした。
今日一日、仕事がよく捗った。頭も冴え、造園プランを岡田先輩に提出すると、返されるどころかいいプランだと褒められた。
岡田先輩は実行よりも計画に重きを置いているので企画にエネルギーを注ぐ。企画書などは一度で通ることはほぼなく、2度3度と練り直すことが多々ある。今回の企画は一発合格だ。
「桂さんのおかげかなあ」
帰って出てきてくれたならお礼を言おうと自宅のほうの窓の外に目をやった。
「あ――」
雨が降り始めた。静かに降り始めた雨は金木犀の花を散らしてしまうかもしれない。開花して5日近いのでもう花の時期は終わりだろうが、この雨で決定的に開花時期が終わってしまうだろう。
「花が散ると、もう会えないのだろうか……」
時計を見ると4時過ぎだ。基本的に残業がなく定時に帰ることのできる会社で時間を気にしたことがなかったが、今日はとても終業時間が待ち遠しい。金木犀の様子が気になってしょうがない。仕事のキリも付いているので時間が余っている。他の仕事について考えても金木犀が気になって落ち着かないので、インターネットで金木犀について調べることにした。
雨のせいかバスも遅延し、帰宅もいつもより30分ほど遅かった。
薄暗い庭先でしとしとと雨に打たれ、金木犀は佇む。地面には黄金の花々が散らされていた。それでも艶やかな緑の葉はしっかりと雨を受けとめ堂々と立っている。
しゃがんで小さな花の一つ一つを眺める。つい朝まで黄金の紙吹雪が立体的に舞っているようだったのに、今は平面にオレンジ色のプールを作っている。中途半端に花を残したりせず一斉に散ってしまう金木犀の花言葉『気高い人』を思い出す。
「また来年かなあ」
こんなに秋を惜しむのは初めてだとしみじみ思った。
長雨の音を聞きながら眠っていると温かいような、それでいてひんやりとしたものが頬を撫でる。
ハッと目を開けると桂さんがいた。
「居たんだ! もう会えないかと……」
「花が散ったからか?」
「ええ……」
彼の様子は特に変化がない。相変わらず豪華で威風堂々とし尊大だ。
「咲かせるのに少し力が必要だが大したことはない。長く咲かせたりもしないしな」
「そうですか。あんなにいい香りなのに開花時期が短いから残念ですよね」
「お前はこの香りを好むか」
「そりゃあ」
桂さんから漂う甘い香りをすうっと吸い込むととても安らぐ。万民受けしそうだと思う香りだが、実際、この香りを楽しむのは日本と中国だけで他の国の人たちにこの香りは知られておらず、苦手な人もいるらしい。
花の香りというのは受粉のために虫を惹きつけるものが多いが金木犀の香りを多くの虫が嫌う。例えばハナアブは好むが蝶は逃げる。金木犀が好き嫌いが多いのか、金木犀に対して好き嫌いがはっきり分かれるのか不思議な話だ。
「咲かせたところで何かになるわけではないがな」
自虐的ではないが、そういう実りのない言葉を聞くと僕は切なくなる。
「みんなあなたの香りを待ってます。僕はもう来年の秋の事、考えてます」
彼の顔に表情が現れる。
「ふふ。そんなに感傷的になるな。私はただそこにあるだけなのだ」
「で、でも」
「しかしこの姿を得ると、なんとなくお前たちが持っている『心』がわかるような気がする」
一番最初に出会った時より、桂さんは確かに人間らしい気がする。それが桂さんにとってどういう意味を持つのか、どうなるのかは知る由もないが。
「ああ、そうだ。桂さんのおかげで今日とても調子が良かったです」
「そうか。いつでも与えてやるから遠慮するな」
「あ、いえ。大丈夫です……」
ベッドの隣で何事もなかったかのように立っている彼は美しい芸術品のようだ。
「あの、座りませんか?隣にでもどうぞ」
「ん? ふむ」
甘い香りの空気が動き僕の隣に桂さんが座る。これが人同士なら僕には耐えられない沈黙のプレッシャーを感じるが彼とは何時間無言でも安らいだまま過ごせるかもしれない。自然と質問が口をつく。
「桂さんは寂しいとか思わないのですか?」
「思わない」
即答にためらう。
「しかし、お前がいるほうが今はよい。いないときはなぜか退屈に感じる」
「そ、そうですか」
「お前は寂しいのか」
「寂しい……か……」
僕自身はどうだろうか。
「家族はいないのか」
「数年前に事故で両親は亡くなって、とくに親戚づきあいもないから」
「寂しいのか」
「どうなんだろ。親切にしてくれる人も多いし――寂しくはないです」
「そうか」
子供のころから病弱でよく入院もしていたし、両親も研究者だったので家族間の親密度は薄かった。入院中に人の死に触れることも多かったので両親の死が僕に大きなダメージを与えることはなかった。一人で過ごす夜のほうが圧倒的に多い。
「でも、桂さんが側にいるととても安心します」
「そうか」
思わず彼の胸元に寄りかかってしまった。
「あ、すみません」
「よい。そのままで」
彼は僕の頭に手を添え、心音のしない胸に抱く。彼の懐は深く静かだ。甘さと清涼さを兼ねた酸素を吸いながらまどろんだ。
「おはようございます」
「おはよう。早々にあれだが、倉田さんとこの植木を見に行ってくれないかな」
「いいですよ。どうかしました?」
「なんだか木の元気がないんだと。できれば早く診察してもらいたいってさ」
「うーん。どうしたんでしょうね。早速行ってきますよ」
「そうしてくれ。上得意様だからな」
「軽トラ借りていきますね」
「おう。よろしく」
僕は鞄の中の荷物を確認して診察に出かけることにした。
倉田さんの家は会社から車で10分ほど走った町から遠ざかった場所にある。都会から田舎暮らしがしたくて引っ越してきたらしく、退職金をもって夫婦二人で暮らしている。程度の良い中古の家を手入れしながらスローライフを送っているのだが、奥さん曰く、ご主人がきっちりとした性格らしく庭の木々を刈り込んでしまうのだとか。
木の元気がないというのはご主人が必要以上に葉を刈り込んでしまったのではないかとにらんでいる。
山道を上がっていき、家と家の間隔が広くなってくると道幅は狭くなっていき、やがて倉田邸が見えた。
砂利が敷かれた駐車場に車を置き、荷物を出していると待ち構えていたらしくご主人が声を掛けてくる。
「おはよう。早くからすまないね」
「おはようございます。いえ、大丈夫ですよ。どの植木ですか?元気がないというのは」
「こっちなんだ。植木というか、裏庭に元々生えていた金柑で、うちが植えたものじゃないしほっといたんだけど」
家の周りをぐるりとまわり裏に出ると一本の金柑の木がひっそりと立っている。緑の葉に茶色い斑点が出来ていてさらにうらぶれた雰囲気を醸し出している。かわいそうに『かいよう病』にかかっている。
「これって病気だよね。なんかまだらになってて気持ち悪くてさあ」
「ええ、かいよう病というもので、症状の出ているところを取り除いて、雨風を防いでやれば大丈夫ですよ。でも、いきなりですね」
「ああー。あれのせいかな」
倉田さんは空に向かって指をさすので僕も上を向くと、確か前に合ったヤマボウシの枝がバッサリと失くなっている。
「えっ、切っちゃいました?」
「え、ああ、うん。だめだったか」
「いやあ、ダメというか。あの枝がたぶん金柑の雨よけになっていたんじゃないかと。この病気は雨で広がりやすいものですから」
「そんなものかね。へえ。雨には降られた方がいいとばっかり思っていたよ」
「そうですね。確かに雨は大事ですからね。とりあえず金柑は処置しておきますから」
「頼むよ。俺はどっちでもいいんだけど、正月、遊びに来る孫が金柑を楽しみにしてるらしくってさ」
「そうですか。大丈夫ですよ。そうだ、ヤマボウシの枝を切った後になにか処置をされてます?」
「え?切った後?なにすんの?」
「切り口が腐敗する場合がありますので保護剤を塗るんです。ついでに塗っておきますよ」
「うーん。剪定をするのも面倒だねえ」
はあっと大きなため息をついて倉田さんは家のほうに戻っていった。木は何も言わない。痛いともかゆいとも。僕をそれを聞きたいと願っている。
今日の仕事はほぼ肉体労働で久しぶりにへとへとになり、食事もできずにベッドに倒れ込んだ。
「ちょっと休憩してから食べるか……」
ぼんやりとシーツに顔を埋めているとそよ風と甘い香りが僕の髪を撫でた。
「あ、桂さん……」
いつの間にか静かにそばにいる彼は薄暗い夕闇の中でも輝いているように見える。
「疲労が激しいようだな」
「ん、ちょっと今日はしんどいかな」
「食事をしないのか」
「少し休んでからにちゃんと食べますよ」
無表情で彼は僕の両頬を大きな手で包むと「熱い」と呟いた。
「ちょっと熱っぽいかな……。横になってれば大丈夫です」
少し目の周りに熱を感じ始め視界が緩む。今日は無理をし過ぎたのかもしれない。倉田さんのヤマボウシの切り口が思ったより多く、さらには綺麗な断面でないものがほとんどで、僕がやり直したからだ。
「お前は、頑丈ではないが多くの木がお前を支えている。それというのもお前が木を守っているからだ」
はっきりしない頭で桂さんの言葉を聞く。
「人間は木が――植物がないと生きていけませんからね」
「私たちは人間がいなくても生きていけるのだが、私は――私たちはお前を生かしたい。だからちゃんと受け取れ」
荒く熱っぽい息をはき出す僕の唇に桂さんの少し硬くてひんやりした唇が重なる。清涼な息が吹き込まれると、僕は森の中に抱かれるような安心感を得た。
「案ずるな。お前たちと違って苦痛を与えるような真似はしない」
「桂さん……」
疲労した動かないからだと深いリラクゼーションが僕の思考を奪う。
するりとネクタイがほどかれ、カッターシャツの前がはだけ、滑らかな指先が胸の上をマッサージするように撫でられる。
身体中を優しくほぐされ、撫でまわされる間中、新鮮な酸素が送り込まれ続けている。
彼の身体がローブを着たまま僕の上に重なり、全裸で身体中愛撫された後、足を広げられた。
「桂……さん? 何を?」
「直接、注入する」
そういうと彼は自身の指先をがりっと噛んだ。
「あっ――」
噛まれた指先から飴色の透明な液体がぬるりと流れ出た。
「だめっ。身体を傷つけないで――」
ふっと初めて桂さんは笑顔を見せた。
「これくらいは傷のうちに入らぬ。お前は自分の心配をもっとした方がいい」
濡れた指先を僕の臀部からくぼみへ這わせ、閉じられた蕾をほぐされる。
「んん――」
襞の周りを優しく円運動しじわじわと中心に向かってくる。
「あ、は、あぁ――」
丹念にほぐすと彼はゆるゆると指先を忍ばせてくる。かき回したり、前後運動をさせたりすることなく優しく内壁を探る様に押しながら侵入を進める。
「くぅ、な、そ、こっ――ふっ」
身体の中を甘い電流が走るような感覚があった。
静かな愛撫を優しく受け続けると身体の発熱が違う『熱』に変わっていく。
「そのまま力を抜いておけ」
ぼーっとしたままの頭にそう囁かれるのが響くのを感じていると、外部から自分の内部に向けて力強い刺激が伝わった。
「かぁっ、あっ、はぁっ」
「苦しいか?」
桂さん自身に貫かれたのだ。痛みはなかった。しかし先ほどの指先とは確実に違う、桂さんのそれは僕のぼんやりした感覚を払拭し、鋭敏な神経に変えた。
「あ、あ、あぁ――」
滑らかに挿入され、苦痛なく甘い疼きと痺れが身体の中から全身に広がる。
「消耗させるつもりはない。すぐに終わらせよう」
一度だけ桂さんは腰をゆっくり引き、そしてまた奥まで押し付ける。
「む、んっ」
「やっ、な、あ、あったか、い――」
桂さんのエキスが注がれるのがわかった。
しかし彼は息一つ乱すことなく僕とつながっている。さらりとした掌が頬を撫で「熱はもうない」と身体を起こす。
そして何事もなかったように「そのまま朝まで寝ると良い」と僕に掛け布団をふわりとかける。
荒くなっていた呼吸も脈も正常な様子になったことを確認し「ではまた」と彼は帰って行った。僕は重くなった瞼が落ちるままにゆだねた。
ぐずついた天気なのに身体も頭もすっきりとした目覚めを得る。
「なんだか、すごく軽くて調子がいいな」
昨晩の桂さんとの行為を思い出して一人赤面してしまう。本当にあった出来事なのだろうか。全裸の上体を起こすと朝の起立を目の当たりにし、また赤面する。
「こ、こんなに強く立ってるなんて……」
身弱な僕は精力も弱い方でこのような『朝起ち』を若いころから得ることは少ない。欲情もないのでそのままにし着替えを探した。
職場につくと、社員の大黒君が一番若い坂下君に造園技能士の資格について説明をしていた。入社して実務経験を2年得たので2級造園技能士の資格を取るつもりなのだ。坂下君は自信なさげな態度をとっている。
「おはよう」
「あ、おはようございます。影島さん」
「おはようございます」
「聞いてくださいよ。坂下ってば落ちる心配ばっかりしてるんですよ」
「だって俺、あんまり覚えよくないし」
「まーた、そんなこと言って。俺だって頭よくねーよ」
大黒君よりも大柄な坂下君は気は優しくて力持ちと言ったタイプで更に心配性だ。
「大丈夫だよ。ここでちゃんと仕事できてるし、坂下君の説明はお客さんにわかりやすいって評判だよ」
僕がそう告げると少しだけ明るい表情を見せ「じゃ頑張ろうかな」と坂下君がつぶやいた。
「そうそう、影島さんの言う通りだよ」
大黒君は励ましながら坂下君の肩を叩いている。二人の隣を抜けて席に着こうとすると大黒君が「あれ?」っと声をあげた。
「ん?」
振り返ると「なんか花の匂いがするなあ」と周囲を嗅いだ。そして僕の方に着目し「影島さんからかあ」と鼻先をこちらに向けた。
「え、そう?そんな匂いするかな」
袖口をそっと鼻腔に近づけたが自分では感じない。
「しかも今日の影島さんてなんかツヤツヤしてませんか?」
「ツヤツヤ?」
「ああ、ほんとだ。なんか綺麗」
「気のせいだよ。気のせい」
「かなあ」
僕はそそくさと席に着きパソコンの電源を入れて仕事に集中するふりをした。
昨日の行為が見られたような気になって僕は内心ドギマギする。あの行為で自分が何か変わっているのだろうか?深く考えないように新しい造園のプランを企画することにした。
今日一日、仕事がよく捗った。頭も冴え、造園プランを岡田先輩に提出すると、返されるどころかいいプランだと褒められた。
岡田先輩は実行よりも計画に重きを置いているので企画にエネルギーを注ぐ。企画書などは一度で通ることはほぼなく、2度3度と練り直すことが多々ある。今回の企画は一発合格だ。
「桂さんのおかげかなあ」
帰って出てきてくれたならお礼を言おうと自宅のほうの窓の外に目をやった。
「あ――」
雨が降り始めた。静かに降り始めた雨は金木犀の花を散らしてしまうかもしれない。開花して5日近いのでもう花の時期は終わりだろうが、この雨で決定的に開花時期が終わってしまうだろう。
「花が散ると、もう会えないのだろうか……」
時計を見ると4時過ぎだ。基本的に残業がなく定時に帰ることのできる会社で時間を気にしたことがなかったが、今日はとても終業時間が待ち遠しい。金木犀の様子が気になってしょうがない。仕事のキリも付いているので時間が余っている。他の仕事について考えても金木犀が気になって落ち着かないので、インターネットで金木犀について調べることにした。
雨のせいかバスも遅延し、帰宅もいつもより30分ほど遅かった。
薄暗い庭先でしとしとと雨に打たれ、金木犀は佇む。地面には黄金の花々が散らされていた。それでも艶やかな緑の葉はしっかりと雨を受けとめ堂々と立っている。
しゃがんで小さな花の一つ一つを眺める。つい朝まで黄金の紙吹雪が立体的に舞っているようだったのに、今は平面にオレンジ色のプールを作っている。中途半端に花を残したりせず一斉に散ってしまう金木犀の花言葉『気高い人』を思い出す。
「また来年かなあ」
こんなに秋を惜しむのは初めてだとしみじみ思った。
長雨の音を聞きながら眠っていると温かいような、それでいてひんやりとしたものが頬を撫でる。
ハッと目を開けると桂さんがいた。
「居たんだ! もう会えないかと……」
「花が散ったからか?」
「ええ……」
彼の様子は特に変化がない。相変わらず豪華で威風堂々とし尊大だ。
「咲かせるのに少し力が必要だが大したことはない。長く咲かせたりもしないしな」
「そうですか。あんなにいい香りなのに開花時期が短いから残念ですよね」
「お前はこの香りを好むか」
「そりゃあ」
桂さんから漂う甘い香りをすうっと吸い込むととても安らぐ。万民受けしそうだと思う香りだが、実際、この香りを楽しむのは日本と中国だけで他の国の人たちにこの香りは知られておらず、苦手な人もいるらしい。
花の香りというのは受粉のために虫を惹きつけるものが多いが金木犀の香りを多くの虫が嫌う。例えばハナアブは好むが蝶は逃げる。金木犀が好き嫌いが多いのか、金木犀に対して好き嫌いがはっきり分かれるのか不思議な話だ。
「咲かせたところで何かになるわけではないがな」
自虐的ではないが、そういう実りのない言葉を聞くと僕は切なくなる。
「みんなあなたの香りを待ってます。僕はもう来年の秋の事、考えてます」
彼の顔に表情が現れる。
「ふふ。そんなに感傷的になるな。私はただそこにあるだけなのだ」
「で、でも」
「しかしこの姿を得ると、なんとなくお前たちが持っている『心』がわかるような気がする」
一番最初に出会った時より、桂さんは確かに人間らしい気がする。それが桂さんにとってどういう意味を持つのか、どうなるのかは知る由もないが。
「ああ、そうだ。桂さんのおかげで今日とても調子が良かったです」
「そうか。いつでも与えてやるから遠慮するな」
「あ、いえ。大丈夫です……」
ベッドの隣で何事もなかったかのように立っている彼は美しい芸術品のようだ。
「あの、座りませんか?隣にでもどうぞ」
「ん? ふむ」
甘い香りの空気が動き僕の隣に桂さんが座る。これが人同士なら僕には耐えられない沈黙のプレッシャーを感じるが彼とは何時間無言でも安らいだまま過ごせるかもしれない。自然と質問が口をつく。
「桂さんは寂しいとか思わないのですか?」
「思わない」
即答にためらう。
「しかし、お前がいるほうが今はよい。いないときはなぜか退屈に感じる」
「そ、そうですか」
「お前は寂しいのか」
「寂しい……か……」
僕自身はどうだろうか。
「家族はいないのか」
「数年前に事故で両親は亡くなって、とくに親戚づきあいもないから」
「寂しいのか」
「どうなんだろ。親切にしてくれる人も多いし――寂しくはないです」
「そうか」
子供のころから病弱でよく入院もしていたし、両親も研究者だったので家族間の親密度は薄かった。入院中に人の死に触れることも多かったので両親の死が僕に大きなダメージを与えることはなかった。一人で過ごす夜のほうが圧倒的に多い。
「でも、桂さんが側にいるととても安心します」
「そうか」
思わず彼の胸元に寄りかかってしまった。
「あ、すみません」
「よい。そのままで」
彼は僕の頭に手を添え、心音のしない胸に抱く。彼の懐は深く静かだ。甘さと清涼さを兼ねた酸素を吸いながらまどろんだ。
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