降りしきる黄金の雫は

はぎわら歓

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毎日ではないが愛し合うことが多くなった。
初めて知る快感に酔いしれ、毎日でも、とせがんでしまったが桂さんが僕の体力を配慮し応じてくれない。
「ダメですか?」
「だめだ」
「僕は元気です」
「聞き分けが無くなったな。最初は拒んで恥じらっていたのに」
「そ、そんなこと――」
そのことを言われるとさすがに恥ずかしくなり僕は我慢した。
「過剰にしては良くない。何事も中庸がよい」
「桂さんは僕を欲しいと思わないんですか?」
「――欲しい、か。もう得ている。お前も私を得ている」
深い懐に抱き寄せられ金木犀の香りを吸い込むと安堵を得た。
「この身体になって少しずつお前たちのことがまた分かってきた。しかし私自身の欲望というものは自覚が持てぬ。お前が歓ぶと嬉しいがな」
「桂さん……」
心も満たされる。そして僕は欲張りなのだなと実感した。



 すこぶる調子のよい僕は仕事も良い評価を得ている。仕事を終えて早く帰り桂さんに会いたいが彼がやってくるのは夜だけなので早く退社してもしょうがない。また植物に関する仕事の内容に関心があるようなので彼に話すべく、必然的に仕事を頑張っている。ただ仕事の合間に桂さんのことを考えることが増えているのでたまにぼんやりしていると岡田先輩に注意されてしまう。
こんなにも誰かのことを想う日が来るとは夢にも思わなかった。幸せな日々だ。


ちょっとしたデータの入力ミスを直していると終業時間になり皆帰ってしまった。
「うーん。久しぶりに残業になるかなあ」
急ぎではないので今日中にやる必要はないが、ミスのまま残しておくのは気持ちが悪いので少しばかり残業することにした。
集中していると後ろでカチャリとドアが開く音がし、振り向くと岡田先輩が立っていた。
「あ、社長」
「まだ――帰らないのか? 芳樹」
「もう、終わります。ほんの少しなので」
「送ってやるよ。バスの時間、微妙だろ」
「え、いえ。平気ですよ。コンビニで買い物でもしてますから」
「ついでだ、遠慮すんな」
「は、はい。じゃお言葉に甘えて」
「じゃ、俺もあちこちチェックして閉めてくるから」
「はい」
作業を終え、鍵をかけて駐車場に向かうとちょうど先輩が車を回しているところだった。
赤いSUV車はよく磨かれていて彼が大事にしていることがよくわかる。
「終わったか。乗れよ」
「はい」
乗り込んで事務所のカギを渡すと彼は「お疲れさん」と笑顔を見せてから発車した。

道は空いていてスムーズに家に着いた。
「ありがとうございました」
僕は礼を言い、降りようと車に手を掛けたとき「芳樹」と強い意志がこもった声で岡田先輩が名前を呼ぶ。
「はい、なんですか?」
彼の方に振り返ると突然暗闇になった。
「えっ、あ、あの」
「芳樹。お前、本当に恋人はいないんだよな」
覆いかぶさるように岡田先輩は僕を抱きしめた。男っぽいシェービングフォームの香りが僕の鼻腔をかすめる。
「せ、先輩、何を」
「お前が好きだ、芳樹」
「え?」
「ずっと好きだった。初めて大学で会って見かけたときから」
「先輩……」
僕は力強い腕の中で先輩の弱音を吐くような告白を聞き身動きが取れなかった。ずっと大事にしてきてもらっていることは分かっていたが、家族愛のようなものだと思っていた。
先輩は中学時代に実弟を失くしている。弟さんは僕と同じく身体が弱かったらしい。そして僕にとてもよく似ているらしく、初めて会ったときから弟のように思っていると一度話してくれたことがある。
家族との縁が薄い僕には岡田先輩とどう接していいのかわからなかったが、彼のリードに任せ、彼が喜んでくれることをしてきたつもりだった。

「最近のお前は、どっか行ってしまいそうだ。告白は一生するつもりはなかった。そばにさえ居てくれてたらって」
「ど、どこにも行きませんよ。先輩のおかげでとても満足してます。ずっと居させてほしいと思うのは僕の方です」
「違う。そういう意味じゃないんだ」
先輩の抱きしめる力が強くなってくる。
「せん、ぱい。苦し……」
「あ、す、すまん」
ぱっと身体を離すと彼はため息をついた。沈黙が流れ僕は「失礼します」と頭を下げ車から降りると、もう先輩は引き留めることなく「すまなかった、また……明日」と言ってから車を出した。
赤い車が見えなくなるまで僕は家の前で見送った。

月もなく真っ暗闇で見えない天井を見ていると甘い香りが忍び込んでいた。僕は起き上がって彼を迎える。いつものようにふわりとしたローブの中に顔をうずめ、香りを吸い込む。そのままベッドになだれ込む様に横たわる。
口づけを求めると彼はじっと僕を見つめ「いつもと違う匂いがする」と言う。
「えっ」
風呂に入ったが先輩の香りが残っているのだろうか。
先輩とのことを話してよいものなのか判断が付かず困惑していると「言わなくてもよい」と唇をふさがれた。
甘い息を吸っていると、さっきまで悩んでいた先輩とのことが薄れていく。気が付くと僕は歓びの声をあげて桂さんにしがみついていた。



しばらくぶりに『ナカムラ・グリーン』を訪れる。飼い犬のタロウが僕に気づき舌を出しながら駆け寄ってきた。
「タロウ、久しぶりだね」
手を伸ばせば触れられる位置に来た時、突然タロウは立ち止まり「うー、うー」と唸り始めた。
「どうしたの?そんなに唸って。僕だよ」
タロウは強い警戒を見せ、近寄ろうとしても一定の距離をとっている。そのうちに中村さんがやってきた。
「影島先生、こんにちは」
「お世話になります」
タロウは中村さんに駆け寄り後ろに隠れてしまった。
「どうしたんだ。タロウ。変なやつだな」
くーんくーんと濡れた鼻を鳴らして中村さんに何か訴えかけているようだ。
「僕、タロウに嫌われちゃったかも」
「んんー?なんだろなあ。タロウあっちで遊んでおいで」
ポケットから小さな骨のおもちゃのようなものを取り出し中村さんはできるだけ遠くの野原に投げると、タロウは弧を描く骨を見ながら駆けだした。

「やれやれ、まだまだ元気だな」
「ええ。ほんとに元気ですね」
長生きなうえに元気で活力があるタロウを見ると中村さんの愛情と自然の豊かな環境が大事なのだとしみじみ感じる。
「なんか影島先生も、色つやがやけにいいなあ」
「色つや――ですか」
「わははっ。人に色つやって言い方はおかしいよなあ」
「ええ、まあ、あんまり言わないですかね」
「それに――この匂い。金木犀か。なるほどなあ。タロウは金木犀の香りが苦手なんだよー」
「え、そうなんですか?」
「うん。だから変な態度だったのかも。しかし先生、珍しいねえ、そんな香料の匂いさせて。さては、いい人でもできたのかな」
にやにやと中村さんは僕の様子をうかがう。
「や、やだなあ。違いますよ」
「そうかい? やけに 美人さんになってると思ったけど」
「そんな、ことないですよ。えっと、あの新しい植木を見せてもらいたいんです」
「えっ、ああ、悪い悪い、こっちこっち」
仕事の話に戻し、入荷したばかりの苗木を見せてもらうことにした。

「田中さんの庭はうまく落ち着きましたよ」
「そうかそうか。木が小さいうちは寂しいかもしれないけど、すぐに賑やかになるよ」
「ええ。スカスカだなあとおっしゃってたんですが、木のための十分なスペースのことを説明すると納得してくれましたよ」
「うんうん。植え替えるって労力のほうが大変だからなあ」
「木、自身にも負担ですからね」
植え替えられた金木犀の桂さんを想う。
「ほうー。先生はますます木に優しくなってるねえ」
「え、いえ。まだまだですよ」
桂さんにわがままばかり言ってしまっていることを反省する。
「さて、そこら辺が秋入荷の苗木だよ。桜が欲しいんだっけ」
「はい。今度、街中のメイン通りを一本はいった道を桜並木にしたいそうなんです」
「桜並木かあ。あの通りはあんまり住宅なかったっけ?」
「ええ。公園と駐車場くらいだったかな。そんなに狭い間隔にはならないから大丈夫かなって思うんですけど」
「うん。並木道を作るのはいいけど、育った木の樹高やら剪定やら病気予防なんか考えないでやっちまうもんだから、結局切っちまうことが多いからなあ」
「そうなんですよね。植える場所も狭くて、地盤を固められるから根が伸ばせないし……」
多くの植物は黙って人の見る目を楽しませ、新鮮な酸素を与えてくれている。病気になって、切られ、焼却されても沈黙のままだ。
中村さんと二人でなんとなくそれらの木々を想い黙とうをささげる。

「そこにあるのが桜と、こっちは梅だな。良さそうなの選んでよ」
「ええ」
一メートルほどの桜の苗木が数十本ある。
「ソメイヨシノ、河津桜、山桜、んー、これなんだろ」
桜と一口に言っても種類は野生種だけでも100以上、人が交配した園芸品種でも300種類以上ある。樹木医として木の扱いや病気に関しては随分詳しくなったと思うが、まだまだ木々の種類は勉強不足でタグがついていないとよくわからない。
ぼんやりタグのないひと固まりの恐らく桜をぼんやり眺めると、苗木たちが黄緑色の柔らかい光を放ち始めた。
「なんだろ……」
目がおかしいのかとまばたきをし、他の苗木に目をやるとやはり薄紅色の光が放たれている。
「あの……。中村さん、この桜はピンクじゃないんですか?」
「ん? ああ、これは黄緑色の花を咲かせるよ。御衣黄(ギョイコウ)って名前なんだ。珍しいでしょ」
「え、ええ。ほんとに……。えっと、この梅は紅梅で、こっちは白梅ですか?」
「そうだよ。先生、良く分かったねえ。『梅』としかタグつけてなかったのに」
中村さんが感心して僕を見る。僕は苗木が放つ光のオーラの色がいずれつける花弁の色だと知った。


「苗木だけしかその色は見えなかったんです」
今日の出来事を桂さんに話す。
「人間でいうと赤ん坊のようなもので、四方八方に生命力が放出されているのだろう」
「なるほど」
納得して頷いていると桂さんが僕の頬に手を添え目を覗き込んだ。
「お前はこちら側にき始めているのかもしれない」
「えっ、桂さんに近くなってるってことですか?」
彼は答えずに沈黙する。
「私も――お前たちに近づいているかもしれない」
遠い目をする桂さんに僕は腕を回し抱きしめる。
「僕は嬉しい。桂さんにもっと近くなりたい。そして――ずっとずっと桂さんと一緒に居たい」
永遠の命を持つだろう彼に命の限りのある僕が願うことだった。
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