スカーレットオーク

はぎわら歓

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第二部

7 検査

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 気軽に受けた検査だったが結果を医師から聞かされた時、直樹は動揺を隠せなかった。
 (乏精子症)
これ以上精密検査をしても原因解明も改善も難しいらしい。
 子供を望めないわけではない。
ただ夫婦間の自然妊娠が難しいと言われた。
 今の状態だと恐らく顕微授精になるだろうとも言われた。

  ぼんやりと帰宅し食事をする。
 緋紗がする話の内容がほとんど頭に入ってこなかった。
 気もそぞろでベッドに入るとさすがに緋紗が聞いてきた。

 「直樹さん、調子が悪いの?ずっとぼんやりしてる」
 「ん。ちょっと今日は疲れてて。ごめんね」
  直樹は検査の結果を話せなかった。
 「早く寝ましょ」
  優しく緋紗は笑って直樹の胸に頭を乗せて目をつむる。
 愛しい緋紗の寝顔を見ながら、直樹は小さくため息をついて目を閉じた。


  ゴールデンウィークが始まった。
 直樹は休みだったが緋紗はペンションの繁忙期で仕事だ。
 家に居てもよかったが直樹は緋紗と一緒にペンションを手伝うことにした。

 「直君、緋紗ちゃんと泊まり込みでバイトする?」
  小夜子が和奏を抱きながら訊ねてきた。
 和奏は直樹が気に入っているようで抱っこされたがり手を伸ばしてきた。
そこで直樹は慣れた手で和奏を抱き上げる。

 「もちろん帰りますよ」
 「あら。懐かしくなーい?色々」
  ふふんと笑いながら小夜子は紅茶を啜った。
 「まだ懐かしがるほど過去じゃないんで」
 「相変わらず何だから」
  傍で聞いていて緋紗が恥ずかしくなってしまった。
  和夫がやってきて直樹に抱っこされている和奏をみて、「パパのとこおいで」と言ったが和奏はまだ直樹が良いようだ。

 「ちぇー」
  和夫は子供っぽく言う。
 「和奏は直君が好きねえ」
  小夜子が言うと緋紗が「直樹さん、姪っ子の聖乃ちゃんにも人気ですよ」と面白そうに言った。
 「モテモテだな」
  和夫がうらやましげに言うので直樹は笑った。

 「じゃ本格的に忙しくなる前にもうちょっと散歩でもしてきます。緋紗、行こう」
  立ち上がると直樹は「またね」と言って和奏を和夫に渡した。


  ペンションの周りには、モミの木や色々な楢の木が植えられており、ちょっとした外国のような雰囲気がある。
 直樹の好きなスカーレットオークは若い緑のギザギザの葉をつけて、紅葉とはまた違った初々しさを見せていた。
 木陰が気持ちいい。
 緋紗と手をつなぎスカーレットオークを見上げる。
 「幹が太くなってきたなあ」
 「うちのも早く大きくなるといいですね」

  二人が結婚してから記念樹に家の裏にスカーレットオークを植えた。
 今年の秋は紅葉が見られるだろうか。
 結婚記念日は二人が初めて出会った直樹の誕生日だ。
 誕生日と記念日が重なってしまうが、こんな偶然はもうないだろうと言う事で入籍もその日にした。
 嬉しそうにスカーレットオークを見つめる緋紗を見ていると直樹は初めてここで過ごした日々を思い出し懐かしく感じていた。
 (さっき過去じゃないって言ったばっかりなのにな)

  ただ検査のことを思い出し、直樹は暗い気持ちになった。
 緋紗がいつの間にか心配そうな眼差してこちらを見ていることに気づきハッとする。
 「そろそろ行こうか」
  緋紗の手を引き厨房へ向かった。


  五月もあっという間に終わり、そろそろ梅雨がやってくる。
 今日は小雨がぱらつく中、直樹は下刈をした。
 鬱蒼と茂るシダ植物が梅雨をより鬱陶しく感じさせる。
それでも刈った後の草の青臭い匂いが好ましかった。
 山の変わりやすい天気になれた直樹は雨も嫌いじゃなかった。
ただ機械を扱うのに困難さが伴うことが億劫になるだけだ。
もう少し降ってきたら重機の整備を始めようと考えていると、先輩の望月が声を掛けてくる。
 「どうした。なんだかこのところ集中力がねえな。危なっかしいぞ」
 「すみません。気を付けます」
  直樹はいつの間にかぼんやりしていたようで、珍しく望月に注意されて反省した。
 (そろそろ話さなければ)
あれから一度も緋紗を抱いていない。
 緋紗は直樹の身体を心配しているがとても不安だろう。
 自分がこんなにデリケートだとは思わなかったくらい検査の結果が直樹の体調にも影響を与えている。
しかし今は気を引き締めて再度仕事に取り掛かった。


 「ログインします?」
  直樹がベッドで落ち着きなくゴロゴロしていると緋紗が聞いてきた。
ネットゲームで毎週恒例の戦争が始まる。
 「今日はよすよ。話があるんだ。いい?」
 「ええ、もちろん」

  直樹は身体を起こしてベッドにもたれかかり、緋紗を自分の身体に引き寄せた。
そしてこの前の検査結果を話した。
 緋紗は少し驚いたが、ここのところの直樹の様子でなんとなく察していたようだ。
 「そうでしたか。直樹さん。とても辛かったですね」
  涙をためた目で緋紗は直樹を見つめた。
 (俺が辛いのか)

 「子供が作れないわけではないけど、なんだか気が滅入ってしまって」
  緋紗が直樹を抱きしめながら「変なこと考えないで下さいよ」と、ここ数週間の直樹の考えていたことを見透かすように言った。
 「ごめん。色々考えてた。別れることも想像した」
 「だいたいわかります。伯母さんがそうでしたから」

  緋紗の伯母は子供ができないことで自分を責め、夫に対する申し訳なさで離婚を申し立てた。
しかし伯母を愛していた夫は二人で寄り添っていく人生を選んだ。
 阪神淡路の震災で二人が離れるまで。

 「伯母が言ってました。最初は相手に悪いと思ったらしいです。他の女性なら子供を産んであげられるのにって。そのうちに自分が不完全だと思う気持ちが湧いてきて、どんどん卑屈になってしまったらしいです。それでも伯父さんが愛情深い人だったから伯母さんは自分の人生をとても幸せだったと言ってましたけど」

  緋紗はどこか遠くの伯母と交信しているかのように話した。
そして直樹の涙を女性にしては無骨なごつごつした指で拭った。
 (ああ。泣いていたんだ。俺は)

 「私には直樹さんの辛さも伯母さんの気持ちも本当にはわからないかもしれませんけど、ずっとそばに居させてください。手放そうとしないで」
  直樹の首に手を回し緋紗は強く力を込めた。
 「離さないよ。もう離した痛みは一度だけで十分だ」

  直樹はいつも感情がワンテンポ遅れてついてくる。
 身体の反応でやっと自分がそう感じていることに気づいてきた。
それでも緋紗に出会う前は自分の感情をピックアップすることはなかったし、必要性も感じなかった。『感情』を一度知ってしまうと同じ出来事でも不思議なもので重要度が変わってくる。
 悲しい思いをすることが決して嬉しいわけではないが不感症な昔の自分よりも、悲しくなって怒って喜ぶ今の自分のほうが直樹は好きだった。

 「直樹さんはいつも一人で辛い時を乗り越えてきたんでしょうね。私は短絡的なので深く考えることも得意じゃないから。直樹さんがずっと静かに考えて結果を出すのを待ってるだけですけど。出来るだけ邪魔はしませんから、これからは何でも一緒に乗り越えさせてください」
 「ありがとう」

  直樹はなんとか感謝の言葉を告げたがもう胸がいっぱいで言葉が出なかった。
 緋紗の胸に涙を流れるままの顔をうずめて少年が母親に甘えるような気持ちで直樹は目を閉じ眠る。
 緋紗はそんな直樹が愛しくて堪らなかった。
 柔らかい黒い髪を少し撫でて緋紗も目を閉じた。
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