スカーレットオーク

はぎわら歓

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第二部

20 誕生

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「ご主人!もっと励まして!」
  直樹は出産に立ち会っている。

 予定より十日ほど早く夜中に産気づき、分娩台に上がってから三時間経つ。
 緋紗は脂汗をにじませながらずっと苦しそうに呻いている。
 乾いた声を出す緋紗に直樹は水を飲ませ彼女の手を強く握り見守った。
 相当な痛みを耐えている緋紗を見ていると、荘厳な気持ちになって直樹はすでに感動していた。
 代わってやりたいとも、苦痛が軽くなるようにとも思わなかった。
ただただ緋紗が苦痛と喜びの狭間で頑張っている姿に釘付けになっている。

 「ああっ!直樹さんっ!」
  おぎゃあと声が聴こえた。
 産まれた。
 緋紗の顔が苦痛から輝くような喜びに満ちた表情になる。
くしゃくしゃの赤い顔をした赤ん坊が緋紗の胸に寝かされた。
 「ああ。赤ちゃん……」
  直樹は胸がいっぱいになって、涙で視界がにじんだまま緋紗と赤ん坊を見つめ続けた。


  緋紗が入院している間に、直樹は実家に寄った後ペンションを訪れて和夫に出産の報告をした。
 「よかったなあ。お前が父親かあ。まったく想像できなかったなあ」
  笑いながら感慨深そうに言う和夫に直樹も率直な感想を言う。
 「まだ父親って実感ないけどね」
 「そんなもんだよ」
 「しかし、あれだね。男ってなんかああいう時の無力感ってすごいね」
 「そのせいかなあ。他のこと俺が全部してやるから頑張ってくれって思ったよ」
 「ああ。わかる」

  直樹は緋紗の輝いた笑顔を思い出していた。
 「小夜子。綺麗だったなあ……」
  思い出したかのようにいう和夫の言葉を聞くと、直樹はピアノが弾きたくなった。
ピアノのカバーを取りふたを開け鍵盤に優しく指を置き、アヴェマリアを弾きはじめる。

 『こんにちは。小夜子さん。元気な男の子が生まれたよ』
 『おめでとう。直君。あなたにとても似てると思うわ』
 『名前は和奏がつけてくれたようなもんだよ』
 『緋紗ちゃんを大事にね』
 『わかってる』

  和夫には直樹と小夜子が対話しているように感じられた。
 温かいオーラがペンション全体を包むような気がする。
 和夫は目を閉じてその柔らかく優しい音楽と雰囲気に身を委ねていた。

 「お前。ほんとピアノうまくなったな」
 「ありがとう」
  小夜子のエッセンスがあちこちに降り注いでいる。
 人々の心の中にも。
 『じゃあまた。ごきげんよう』
  小夜子の力強い華やかな声が聴こえたような気がした。
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