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王子様といっしょ!

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僕はふと考える。この間ルカス殿下と廊下で話した時のアレはセーラとルカスの出会いイベントになったのだろうかと。
まー、そもそも二人は同じ治癒クラスなんだから元々名前と顔くらいは知っていたとは思うけど、恋愛ゲームにおいてはお互いに恋愛対象という壇上に登らないと出会ったとはいえないからな。
ただのクラスメイトその一じゃなくて、個として認識しないと。

「集中出来てないみたいだね」

いつの間にか隣に居た筈のファルクが背後に回っていて、耳元で囁かれる。
僕はビクッと肩を跳ねさせた。

「ご、ごめん……」

今日は休日なので、鷲寮のファルクの自室で勉強会という名の僕がファルクに勉強を教えて貰う会が開かれていた。
戦闘に重きが置かれているとはいえ、そこは名門学校。座学だって他とは比べ物にならないくらいにハイレベルだ。
僕は算術だけは前世の記憶のお陰で優秀だったが、他はまぁまぁとかそこそこ、シルヴァレンス語は落第レベルだった。
というのも、算術とは逆に前世の記憶のせいで日本語とシルヴァレンス語が脳内でごっちゃになったり、シルヴァレンス語で書いてるつもりが日本語になっていたり、気を抜くと文字が複雑怪奇な図にしか見えなくなってしまうのだ。
そんな訳で僕はいつもシルヴァレンス語を重点的にファルクに教わっていた。

「何考えてたんだい?」
「えーと……ルカス殿下の事を」

あっ、やば。脳直で喋っちゃった。
案の定ファルクは美しい顔を顰めて「ルカス……?」と低い声で呟いた。

「なんでルカス……? 学園来てから会った事ないよね」

座ってた椅子ごとファルクの方に向けさせられ、物凄い近距離で詰められる。いや、怪しかったのは分かるけどなんでそんな尋問するみたいな雰囲気なんだよ。
近い近い。お前の顔はアップに余裕で耐えられるかもしれないけどこっちの顔は耐えられるような造りしてないんだから!

美形の不機嫌顔に怯んでしまい、僕はぼそぼそと懺悔を始める。

「この前、お前が行軍訓練で居なかった時あるだろ。その時偶然会って声をかけられたんだよ。それで……浮……いや、今度鷲寮のサロンで一緒にお茶しようって誘われたんだ。いや、もちろん社交辞令だと思うんだけど、サロンってどんな所なのかなってちょっと気になって」

ファルクの目が益々鋭さを増す。
普段は常に温和な表情をしているから薄らいでいるが、アリスおば様もファルクも氷のような冷たさを感じる顔立ちなので、こういった表情をされると人ならざる者のような迫力がある。
こ、こわい。僕に耳と尻尾があったらきっとぺたりと伏せられぷるぷると震えてるだろう。

「……なぁんであの人達はレイルにちょっかいを出そうとしてくるんだろうな……。はぁ、だから行軍訓練なんか行きたくなかったんだ」

ぶつぶつ言うファルクに頭を抱え込むように胸に抱き寄せられて、髪に顔を埋められる。そのまま頭上ですーはーと深呼吸された。
これたまにやられるんだけど、僕を吸うより絶対猫とか犬とか吸った方が癒されると思うんだよな。ここには居ないから仕方ないけど。

それでも多少の癒し効果はあるのか、僕を吸って落ち着いたファルクはいつもの温和な表情に戻った。

「ルカスが居るかどうかは分からないけど、サロンに行ってみる? 美味しいお菓子があるよ」


鷲寮のサロンは二階にあり、三階のフロアから直接降りられる階段がある。
そこはサロン内の別室に繋がっており、三階フロア同様王族専用ルームとして使われている。
攻略対象に王族とその関係者が多いゲーム内でもちょくちょくこのVIPルームは出てきており、本物が見られると僕は少しだけワクワクしていた。
美味しいお菓子ってなんだろう。

ファルクに連れられ足を踏み入れたサロンの王族ルームは、現代でいう所のアンティーク調の喫茶店のような内装をしており、王族専用という割には落ち着いた雰囲気の所だった。
もちろん、調度品はそれぞれ最高級品がふんだんに使われているのだろうけど。
革張りの黒いソファとオーク材で出来たテーブルのセットが三席あり、ステンドグラスが埋め込まれた窓の外から柔らかい光が差し込んでいた。
ゲームの背景まんまだ! なんて喜んでいられたのなら良かったのだが、その一席に輝くような金色の頭と柔らかなライトブラウンの頭を見つけてしまってぎくり、と硬直する。

「おー、ファルク。珍しいなお前がサロンに来るなんて」
「おや、うさぎちゃんも一緒ですね」

隣で嫌そうな顔をしている銀色頭を含めて我が校の王族全員が一堂に会してしまった。
……帰ろうかな。

ーーーーーーーーーーーーーー

「ん……! 美味しい」

ファルクが持って来てくれた前世でいうフィナンシェみたいな焼き菓子は、外はカリッと中はしっとりとしていて、噛むと焦がしバターがじゅわっと染み出して、口の中が芳醇な香りで満たされた。とても美味だ。
思わず笑みが溢れて、感動を伝えるべく隣のファルクの顔を見る。ファルクもうんうん、とにっこり笑ってくれた。

「ファルク、お前のそんな締まりのない顔初めて見たぞ。若いってのは良いな……」

しみじみぼやくダリオン様に「貴方も同い年でしょうに」とルカス殿下が突っ込む。

「レイル、こっちのお菓子も食べてごらん」

さながら餌付けのように差し出されたクッキーを反射的に口に入れる。
ファルクさん。さっきから殿下をスルーしまくってるけど良いんですかな?
もぐもぐしながら困惑の眼差しでファルクを見つめると、ファルクは渋々といった様子で一席離れた場所に座るダリオン様の方に視線をやった。

「ダリオン、俺は今休日のレイルを堪能してるんだから邪魔しないでくれないか」

……休日のレイルって何?
いや、確かに休日のレイルだけども。平日のレイルとは何か違うの?
堪能も理解に困るし、ツッコミどころが多すぎて僕の頭には疑問符が飛び交う。

「毎日堪能してんだろーが。折角来たんだからお前も知恵を貸せ。ほら、レイル・ヴァンスタイン。東の島国の商人が持って来た菓子があるぞ」

そう言ってダリオン様が見せつけるように掲げたのは……魚を模ったきつね色の……たい焼きだっ!!
僕が目を輝かせ手を伸ばそうとすると、ファルクに身体で止められる。
代わりにファルクがたい焼きを受け取り、僕の口にたい焼きが差し込まれた。

「レイルに食べ物を与える時は俺の許可を得てからにして下さいますか、殿下。……で、知恵って何?」
「飼い主かお前は! 近頃北の国境付近の森での魔物被害が酷くてな。あちらの兵士は対人慣れはしていても、魔物に対しての練度はそれほどねぇ。援軍を送って一斉征伐を行う計画が出てる。学園からも精鋭を何人か出せないかって親父達から言われてて、俺が今その面子を考えてる」

ちょっとしょっぱいカリカリの皮と甘い餡子の組み合わせは鉄板だなぁ。
餡子は甘さ控えめで豆の味が分かるのが嬉しい。
流石王子への献上品、これは美味しい!

「ダリオン様、頂いたお菓子、とても美味しかったです。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。

「あぁ、うん。そうか、それは良かった。……でだ、貴族の子息の能力は大体把握しているが、平民からも推薦出来そうな人材を探している。レイル、お前の適性属性は?」
「僕は闇です!」
「駄目だな。魔物退治には向いてねぇ」

ばっさり……。確かに闇耐性高い魔物は多いけどさぁ。刺さる時は凄い刺さるんだぞ。
ゲームでもあったなぁ、北の国境での征伐イベント。難易度は低めで、頑張りによって報奨金が沢山貰えて、参加している攻略対象全員の好感度も上がるお得なイベントだった。
ここで稼いだお金で装備を整えて、本格的にダンジョンに潜るって言うのがゲーム序盤のセオリーだった。

「どの道レイルに行かせる訳無いよ。王命だとしても絶対に母上が覆させる」
「へぇ……レイルくんがアリス様の寵愛を受けてるというのは本当の話なんですね」

ルカス殿下が僕を見て意味ありげに笑う。
な、なんですか……。こわいです。
僕はファルクの陰に隠れるように身体を縮こませる。そんな僕に気付いたのか、ファルクにそっと肩を抱き寄せられる。
人前でそれはどうなのと思ったが、王子二人は特に気にしていないようだ。

「そうだ、レイルくん。私の事も気軽にルカスって呼んでくれて良いんですよ」
「る、ルカス様……」
「よく出来ました。かーわいいですねぇ」
「ルカス」
「はー、余裕の無い男って嫌ですねぇ」

何やらよく分からない所でファルクとルカス様の攻防が始まっているようで、視線がばちばちと火花を上げているように見える。
ダリオン様はそんな二人を意に介さず、マイペースに資料のような物に目を通していた。

「他人事みたいな顔してるが、ファルク、お前は征伐メンバー確定だからな」
「はぁ~……だろうな」
「ちなみに私は居残り組です。ダリオンにもしもの事があるかもしれませんから、ね」
「はっ、言ってくれるじゃねーか。こんな所で俺がくたばるかよ」

和気藹々、と言って良いのかは微妙な所だが、多分この三人にとってはいつものノリなんだろうなという雰囲気が流れる。
ゲームの時よりもずっと仲が良さそうな三人に、僕もなんだか嬉しくなる。
ってあれ……平民から選抜……。これはチャンスなのでは!?

「あ、あの……! ダリオン様」
「ん?」

僕はその場で立ち上がった。思ったよりも大きな声が出てしまって恥ずかしくなる。
僕は注目されたり、皆の前で自分の意見を言ったりするのが凄く苦手だ。
今なんて三人の王族、ファルクはともかくとしても、二人の注目を一身に受けていると思うと声も足も震えそうになる。
だが、ここしかない、と心を奮い立たせた。

「推薦したい人が、居ます!」
「ほう……?」

ダリオン様は面白そうな表情を浮かべると、腕を組んだ。ルカス様は相変わらずの読めない笑顔。
ファルクは驚いたように目を見開いている。うん、そりゃ驚くよね。普段の僕だったら絶対にやらない行動だ。

「ちっ、治癒クラスのセーラ・エーテリアさんは全属性適性があり、治癒だけじゃなく攻撃魔術にも長けていて、きっとダリオン様の期待に応える事が出来ると思います」
「あぁ、今期の数少ない特待生だな。学園長自らでスカウトしてきたっていう。もちろん候補に入っている」
「そ、そうですか……」

なんだ、僕が言わなくても最初から候補に入っていたのか。そうか、当たり前だ。あんな逸材普通見逃す訳ないか……。
僕は力が抜けたようにソファへと腰掛けた。気合い入れて推薦したのが恥ずかしい。

「だが、孤児院の出だからな」
「……孤児院出身じゃ、駄目ですか?」

難しい顔をするダリオン様に僕は反射的に尋ねた。

「あぁ、別に孤児だからどうこうって訳じゃない。徴兵する時に身元引受人を立てたりだとかの色々面倒な手続きが必要になるってだけだ」
「……エーテリアは魔法だけじゃなく身のこなしも優れていた。先天的に戦闘センスがあるんだろうな」

別にそんなつもりは無いんだろうけど、ファルクが助け舟を出してくれた。
やっぱり、ファルクもセーラの事かなり評価してるんだな……。

「ほーう、お前にそう言わせるって事は相当なものなんだろうな。そう言えば前のダンジョン探索でお前ら三人組んでたのか。俺の次にクリアしたらしいな?」
「ああ。それに全属性適性は魔物狩り向きだ。今のうちに登用しておくのも良いだろう」
「特待生なだけあって、セーラさんは治癒クラスでも上位に入る成績優秀者ですよ」
「ふぅん……一度実力を見てみたいものだな」

ダリオン様が恐らくセーラの資料を見ながら呟く。
僕はここだ! と思った。

「なら、一度セーラと一緒にダンジョンに潜ってみるのはどうでしょうか」

これが上手くいけばスキップされてしまった出会いイベントも征伐イベントも起こす事が出来る!
一石二鳥、いや一石で鳥食べ放題だ!

「ふむ、そうだな。そうするか」

ダリオン様は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、直ぐに頷いてくれた。

ッッッシャ!!!!!
僕は心の中で何度もガッツポーズをした。
この場にたまたま居合わせた運と自分の手腕に惚れ惚れとする。やはり世界もシナリオを遂行させようと僕に味方してくれてるのでは!?

「……レイルくんは、随分セーラさんと親しいようですね。この前も……おっと、これは内緒でしたね」

そんな舞い上がった僕のテンションは、ルカス様の含みを持った視線と釘を刺すような発言によってしおしおと萎れた。
これってもしかして王子に自らの息がかかった女性を送り込もうとしてるって疑われてる……!?

「ゆ、友人です」
「この前って何? というか、いつから『セーラ』って呼び捨てにするようになったの? 前はセーラさん、って呼んでたよね」
「そ、それは……」

何故か据わった目のファルクが食いついてきて、僕は参ってしまった。別にやましい事なんて何もないのに!
あうあう、と狼狽えているとダリオン殿下が呆れたようにため息を吐いた。

「おいおい、痴話喧嘩はほどほどにしろよ。俺はこれからそのセーラって生徒の所に行ってくる」
「えっ、今からですか!?」
「手続きが色々面倒だって言っただろう。特に今回の作戦は国境に兵を引き連れていく事になるから、色々と煩雑なんだ。登用するなら早いに越した事は無い。ルカス、行くぞ。治癒クラスの生徒ならお前が居た方が良いだろう」
「はいはい、それじゃまたね。レイルくん」

ダリオン様とルカス様はひらひらと手を振りながら、VIPルームを後にした。通常のサロンと繋がる扉から出て行ったので、そちらに居たであろう生徒達が慌てて挨拶をする声が聞こえた。

残されたのは僕とファルク。

「レイル、色々聞かせてね」
「……はい」

驚くくらいに上手くいったけど、その代償は大きそうです。
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