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一章
17.決意の朝
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結局香澄のスマホは震えることのないまま、朝を迎えた。
少しでも不安を和らげようと、彼にもらったネックレスを御守り代わりに身につけ家を出る。
ようやく永瀬から連絡があったのは通勤途中のこと、いつもとなんら変わらない調子のメッセージだった。
――『おはよう。昨日連絡できなくてごめん。なんとか片付いたから、昼頃には帰社する予定』
その一文からはトラブルが無事に収まったのかも、天沢と何かあったのかどうかも察することはできない。
香澄は聞き出したい気持ちをぐっと堪えて労いの言葉を返しただけだったが、トラブルの方については、出社するなり聞こえてきた営業事務の女性達の話によって状況を知ることができた。
どうやら永瀬が直接出向いたことで、ひとまず契約打ち切りは回避されたらしい。
その話を聞いて、香澄はほっと胸をなでおろした。
だがもう一つの問題…天沢の件については、今も心がモヤモヤしたままだ。しかしこれに関してはもう永瀬を信じるしかない、と香澄は諦めていた。
「朝礼を始めます」
色々考え事をしているうちに町谷から召集の声がかかって、香澄は慌てて起立した。
町谷から今日の予定、業務割振等の連絡事項が全員に伝えられる。
香澄は今日も稟議精査から始まって慌ただしくなりそうだが、昨日ある程度目途をつけたおかげで、多少の余裕は持ちながら作業できるだろう。
とはいえ、突発的に稟議が飛び込んでくる時期なので油断はできない。
ひとまずは、目の前の仕事をきちんと片付けなければ。
香澄は深呼吸して昨日から続く雑念を何とか振り払うと、着席して仕事に取り掛かった。
始業後しばらくして、1件の特別稟議が総務の元に届いた。
申請者は天沢、昨日の出張に関する件のようで、どうやら最終的に今四半期の売上額を減額することで先方合意となったらしい。
減額は痛手に違いないが、比較的大きい受注なので、契約打ち切り――すなわち失注となるよりは遥かにマシだ。
現在の営業担当では全く聞く耳を持ってくれない状況だと昨日聞いていたので、永瀬がその手腕を発揮してなんとかうまく収めたということなのだろう。
午後一時頃、出張に出向いていた永瀬と部下の営業担当、そして天沢の三人が揃って帰社した。
永瀬はさすがに疲れた顔をしている。
天沢も確かに疲れているようだが――彼女の場合はそれとは違う何かで表情が暗いようにも見えた。
というのも、すれ違いざま、ふと香澄と目が合った瞬間に、あからさまに視線を逸らして距離を置いたのだ。
いつもは強気な視線をぶつけて、決して自分の進路を変えることなどなかったのに。
香澄はそんな彼女に違和感を覚えたが、必要最低限しか関わりたくないので、敢えて気にする必要はないと判断した。
そんなことよりも、香澄には他に優先せねばならない、強い決意があった。
それは昨夜、押しつぶされそうな不安と戦いながら考えていたこと。
彼に自分の気持ちを、彼の告白に対する本当の答えを伝える。
迷いなく好きだと、自分だけの人でいてほしいと。
彼を他の誰かに奪われてしまう前に――。
香澄はタンブラーを持って給湯室に向かう途中で、ちらりと永瀬の方に視線をやった。
思わぬ出張だったため、仕事が溜まっているのだろう。彼はいつになく険しい顔でパソコンに向かっている。
そんな忙しいところにメッセージを送っても大丈夫だろうか、と迷いがないわけではなかったが、建前と本音が鬩ぎ合った結果、彼に会いたいと思う本音が勝った。
加えて彼が今日身に着けているネクタイが、ショッピングモールで香澄が購入したものであることも、彼女の背中を大きく後押しした。
――『出張お疲れ様でした。落ち着いたらで構いませんので、お会いできませんか。お話したいことがあります』
思い切って送ったその数分後、永瀬から想像以上に早い返信が届いた。
――『了解。俺も話したい事がある。何とか仕事の都合つけるから、今夜どう?』
少しでも不安を和らげようと、彼にもらったネックレスを御守り代わりに身につけ家を出る。
ようやく永瀬から連絡があったのは通勤途中のこと、いつもとなんら変わらない調子のメッセージだった。
――『おはよう。昨日連絡できなくてごめん。なんとか片付いたから、昼頃には帰社する予定』
その一文からはトラブルが無事に収まったのかも、天沢と何かあったのかどうかも察することはできない。
香澄は聞き出したい気持ちをぐっと堪えて労いの言葉を返しただけだったが、トラブルの方については、出社するなり聞こえてきた営業事務の女性達の話によって状況を知ることができた。
どうやら永瀬が直接出向いたことで、ひとまず契約打ち切りは回避されたらしい。
その話を聞いて、香澄はほっと胸をなでおろした。
だがもう一つの問題…天沢の件については、今も心がモヤモヤしたままだ。しかしこれに関してはもう永瀬を信じるしかない、と香澄は諦めていた。
「朝礼を始めます」
色々考え事をしているうちに町谷から召集の声がかかって、香澄は慌てて起立した。
町谷から今日の予定、業務割振等の連絡事項が全員に伝えられる。
香澄は今日も稟議精査から始まって慌ただしくなりそうだが、昨日ある程度目途をつけたおかげで、多少の余裕は持ちながら作業できるだろう。
とはいえ、突発的に稟議が飛び込んでくる時期なので油断はできない。
ひとまずは、目の前の仕事をきちんと片付けなければ。
香澄は深呼吸して昨日から続く雑念を何とか振り払うと、着席して仕事に取り掛かった。
始業後しばらくして、1件の特別稟議が総務の元に届いた。
申請者は天沢、昨日の出張に関する件のようで、どうやら最終的に今四半期の売上額を減額することで先方合意となったらしい。
減額は痛手に違いないが、比較的大きい受注なので、契約打ち切り――すなわち失注となるよりは遥かにマシだ。
現在の営業担当では全く聞く耳を持ってくれない状況だと昨日聞いていたので、永瀬がその手腕を発揮してなんとかうまく収めたということなのだろう。
午後一時頃、出張に出向いていた永瀬と部下の営業担当、そして天沢の三人が揃って帰社した。
永瀬はさすがに疲れた顔をしている。
天沢も確かに疲れているようだが――彼女の場合はそれとは違う何かで表情が暗いようにも見えた。
というのも、すれ違いざま、ふと香澄と目が合った瞬間に、あからさまに視線を逸らして距離を置いたのだ。
いつもは強気な視線をぶつけて、決して自分の進路を変えることなどなかったのに。
香澄はそんな彼女に違和感を覚えたが、必要最低限しか関わりたくないので、敢えて気にする必要はないと判断した。
そんなことよりも、香澄には他に優先せねばならない、強い決意があった。
それは昨夜、押しつぶされそうな不安と戦いながら考えていたこと。
彼に自分の気持ちを、彼の告白に対する本当の答えを伝える。
迷いなく好きだと、自分だけの人でいてほしいと。
彼を他の誰かに奪われてしまう前に――。
香澄はタンブラーを持って給湯室に向かう途中で、ちらりと永瀬の方に視線をやった。
思わぬ出張だったため、仕事が溜まっているのだろう。彼はいつになく険しい顔でパソコンに向かっている。
そんな忙しいところにメッセージを送っても大丈夫だろうか、と迷いがないわけではなかったが、建前と本音が鬩ぎ合った結果、彼に会いたいと思う本音が勝った。
加えて彼が今日身に着けているネクタイが、ショッピングモールで香澄が購入したものであることも、彼女の背中を大きく後押しした。
――『出張お疲れ様でした。落ち着いたらで構いませんので、お会いできませんか。お話したいことがあります』
思い切って送ったその数分後、永瀬から想像以上に早い返信が届いた。
――『了解。俺も話したい事がある。何とか仕事の都合つけるから、今夜どう?』
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