憧れの彼は一途で優しくて時々イジワル

RIKA

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一章

挿話 懸想のランチタイム1 ※永瀬視点

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挿話「Turn ON」の1年後&一章開始の数ヶ月前、永瀬が香澄に片思い中の頃のお話です。
※まだ営業と総務は別フロア
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永瀬は急いでいた。その手に押印依頼の契約書を持って、総務部へ続く廊下を速足で歩いていく。
時刻は11時50分で昼休み目前だが、だからこその時間である。

(町谷がいない今がチャンスだ)

総務部で契約管理を担当しているのは複数人いるが、その筆頭となる同期の町谷は午前中いっぱい社内研修で離席中だ。
チーフを対象に実施される年一の人事研修は時間通りに終わることは稀で、高確率で足が出ることを経験上知っている。
そして町谷が不在時、契約管理のナンバー2として対応するのは久遠香澄――永瀬がここ1年近く想いを寄せる彼女であることもまた、知っていた。

(久遠さんにこれを渡して、話を繋いで12時を待つ。それでさりげなくランチに誘う、今日こそは)

頭の中で何度も行ったシュミレーション。ようやくそれを実行に移す時が来た。
女性限定の定食が提供されるレディースデーの日、彼女は弁当を持参せず、食堂でランチを取る。
その際はしばしば町谷と一緒だが、彼女がいない今日は一人だろう。つまり、ほぼ間違いなくランチに誘える千載一遇のチャンス。

(食堂でもいいけど、邪魔が入らないようできれば外でランチする流れに持っていきたい。もし仕事とかで無理そうなら、せめて連絡先だけでも)

彼女に彼氏がいないこと、出会いがないと嘆いていることは、町谷にそれとなく聞き出したので知っている。
でもそれもいつまで続くか分からない。
早く手を打たなければ、誰かに奪われてしまうだろう。
仕事ならどんな顧客でも強気で渡り合えるのに、恋愛となると途端に奥手で消極的になる自分が情けないが――だからこそ、今日という今日はそんな自分を打破して前に進みたいのだ。

上手くいくかどうかは分からない。
他の女性社員と違って必要以上に愛想を振りまくことのない彼女だ。
自分のことなど、本当にただの同僚か先輩としてしか見ていないことは、この1年見てきて嫌というほど分かっている。
でもだからといって可能性がないわけではないと思う。まずは意識をしてもらうことから、そうすれば自ずと道も開けるはずだ。

そう意気込んで総務部に足を踏み入れた永瀬だが、執務スペースの奥、目的の彼女を見つけた瞬間に足が止まった。
思ったとおり彼女の隣席に町谷はいなかったのだが――既にそこには先客がいたからだ。

(なんで宮原が…)

そこにいたのは宮原みやはら一真かずま、永瀬と町谷の同期で、サービス部門のマネージャーである。

宮原は町谷の席に座って、隣の香澄と何やら談笑している。
しかもそれに応える香澄はとても楽しそうで――いかに二人が親しいのか、その笑顔だけで分かってしまう。

(あいつ、彼女いるくせに…ていうか近いんだよ、離れろ)

そう毒づいたのは、宮原があろうことか突然椅子ごと香澄との距離を縮めたからだ。
そして何か一言二言告げたあと、その手に何かお菓子らしきものを握らせた。
思いがけないプレゼントに、香澄は目を輝かせて喜んでいる。

(そんなの、俺がいくらでもあげるのに)

その笑顔を向けてくれるなら、お菓子でも何でも――望む全てを。

(くそ。なんであんな仲良いんだよ)

永瀬はぎゅっと拳を握った。
宮原は彼女持ちだから香澄に対して恋愛感情はないはず――と信じたい――が、それにしたって親しすぎやしないか。
例え同期の中で一番親しい宮原でも、こんな場面を見せられてはさすがの永瀬も心穏やかでいられない。
彼はなるべく平常心を纏ったつもりだったが、不機嫌が足音に出てしまったようだ。
近づくと、香澄と宮原が二人同時にこちらを振り向いた。

「あれ、永瀬じゃん。おつかれ、どうしたの?」

宮原が驚いて尋ねたが、それはこっちの台詞だ、と永瀬は思った。

(どうしたはお前だよ。よりによって久遠さんと仲がいいとか、ふざけんな)

「…おつかれ。押印依頼したくて。お前こそなんでここに?」
「作ってもらった名刺の受け取りに。そういえば総務には久遠さんがいたはずだよなーと思って覗いてみたら大当たり、久しぶりって再会を喜んでたところ」
「再会?」

聞き捨てならないキーワードを問いただしたら、その回答は隣の香澄から返ってきた。

「あの、私以前サービス部門にいたんです。その時の現場責任者が宮原さんで」
「…なるほど」
「そうそう。久遠さんが可愛いひよっこ新人ちゃんだった頃からよーく知ってる仲なのよ、俺らは」
「あの宮原さん、色々誤解生むのでそういう言い方やめてもらっていいですか?」

香澄が咄嗟に突っ込んだものの、宮原は「俺は別に誤解されても平気だよ?」と(永瀬的には到底)笑えない冗談で答えた。
香澄はそれに動じることなく「私が困るんですよ、察してください」と応戦したが、その表情は驚くほどにこやかで。
言葉とは裏腹に本気で嫌がっているわけでもなさそうな香澄を見て、永瀬の中で焦りに似た何かが急速に広がっていく。

さっきも言ったように宮原は彼女持ちだが、独身だ。
見た目も悪くないし、肩肘張らない気さくな性格なので下のメンバーからも慕われているらしい。それは、異動して管理下から外れた香澄の態度からも明らかだろう。
そのこと自体は多分、同期としては喜ばしいことである。だが彼女に想いを寄せる一人の男としては、不愉快以外のなにものでもない。

「おつかれさまです、永瀬さん。押印依頼、承ります」

椅子から立ち上がり永瀬に向かって丁寧に両手を差し出した香澄は、今日も相変わらず仕事行儀だ。
愛想のいい笑顔を浮かべているが、さっき宮原に向けていたものとは歴然の差がある。その事実が、永瀬に暗い影を落とした。

「うん。これ、お願いします」

封筒に入った書類を手渡すと、「お預かりします」と香澄は恭しく受け取り、着席して早速中身を取り出した。
そして件数、ヘッダーの有無、原本の添付有無を手早く確認すると、永瀬を見上げた。

「全6件でよろしいですか」
「うん。上2件はできれば急ぎたい。明後日の午前中までに返却してもらえると嬉しい」
「承知しました。優先して対応します。お忙しいと思いますので、完了したら席までお持ちしますね」
「ありがとう。助かるよ」

さりげない配慮に感謝を告げると香澄は頷き、自席に備え付けられた書類トレイに契約書を手際よく格納していく。
トレイは受付待ち、受付済み、保留中…といったようにステータスごとに区分けされているらしく、更にカラーファイルで優先順位を区別しているようだ。
彼女のデスクには他にもPCのショートカットキーをまとめた手書きのメモが貼られていたり、業務のTODOリストが貼られていたりと、随所に仕事を効率的に進めるための工夫が見られる。
一つ一つは小さくとも、相乗効果によって生産性は大きく向上する。
些細なことでも知恵を絞り仕事に妥協しないそういう姿勢を、永瀬はとても好ましく思っていた。

「忙しいのに急かしてごめんね」

そう言ったら、香澄が柔らかく笑って永瀬を見上げた。
彼女は集中力が凄い。そのため基本的にあまり笑わない印象なのだが、だからだろうか、時折見せる笑顔は想像以上に愛嬌があってそのギャップに驚かされる。実際――そうやって心を奪われた。

「とんでもないです。仕事もちょうど落ち着いたところなのでいいタイミングでした」

稟議も契約も、日々積もることはあっても途切れることなどない。
だから彼女の言葉は恐らくただの気遣いだろう。
それでも、そう言ってくれる優しさに救われる。

「それなのに宮原に捕まっちゃったわけだ、かわいそうに。こいつ話長いから困ってたんじゃない?邪魔すんなさっさと帰れって言っていいんだよ」
「そうしたいのは山々ですが、一応元上司ですので…」
「おーっと久遠さん?どういう意味かな今のは?」

宮原が思わず口を挟んだが、香澄と永瀬は敢えてスルーしたまま会話を続けた。

「ならいつでも呼んで。俺が代わりにつまみ出してやるからね」
「え、本当ですか?ありがとうございます、助かります。ただ、その時は角が立たないよう、こっそりお願いしますね」
「おいおいそういう話は俺がいないところでやってくれよ、全部筒抜けだぞ?」

宮原が香澄と永瀬の言葉に傷付くようなそぶりを見せたところで、12時のチャイムがフロアに鳴り響いた。
と同時に周囲の雰囲気が緩んで、ぞろぞろと社員達が席を立つ。
執務スペースから出て行く人、お弁当を広げる人。
1時間という限られた時間を自由に過ごそうとそれぞれが行動を起こす中、確認するように腕時計を見遣った宮原も席から立ち上がった。

「もう昼か。永瀬、この後急ぎの用事でもあんの?一緒にメシ食おうぜ」

その誘いに永瀬は困惑した。
いつもなら特に考えず頷くところだが、今日はそうもいかない。
香澄とランチをとる、それが最大の目的なのだ。
だが断ったら断ったで、今度は彼女をランチに誘いづらくなる。
察しのいい宮原のことだ、そんなことをしたら間違いなく永瀬の気持ちに気付くだろう。そうなったとき、あとが色々とめんどくさい。
全くもって遠慮を知らない上、おせっかいな奴なのである。

どう答えるべきか永瀬が考えを巡らせていると、宮原は何か思いついたように香澄を振り返った。
そして次にその口から零れた言葉は、あろうことか永瀬がずっと言いたくて言えずにいた言葉で…。

「よかったら久遠さんも一緒にどう?」

あっさりとその一言を放った宮原を、永瀬は羨望と嫉妬の入り混じった視線で見やった。
加えて香澄が嬉しそうに顔を綻ばせたものだから、永瀬の中で焦燥が大きくなる。

「それは奢ってくれるということでいいですか?」

香澄が冗談めいて言うと、「おーそりゃもちろん、永瀬が気前よく。な?」と宮原が笑いながら永瀬の肩に手を回した。
もちろん最初からそのつもりだが、宮原に言われたからだと受け取られるのは癪だ。
しかも、この言い方から察するに、あわよくば自分も奢ってもらいたいと宮原は思っているらしい。
だから永瀬は早々に釘を打つことにした。

「久遠さんの分なら喜んで。お前の分は出さない」
「え~ケチ!」

厚かましくも宮原が抗議するそばで、香澄が慌てたように首を横に振った。

「すみません、今のはただの冗談で…!それに永瀬さんに奢ってもらうなんて申し訳ないです…!」
「いいよ、遠慮しないで」
「そうそう、遠慮すんなって。こいつ金は持ってるからさ。先月も奨励金インセンティブ入ってがっぽりだろ?また飲み連れてって」

永瀬の肩に回していない方の手で飲みのサインを作った宮原に、永瀬は呆れた視線を投げつけた。

「割り勘な」
「ええ~!」

そんなバカな、と吠える宮原を無視して、肩に回った腕を追い払う。
そして気を取り直すように、永瀬は香澄に微笑んだ。

「うるさい奴は放っておいて、ランチ行こう」

本当なら、宮原抜きで言いたかった台詞。
だがこの雰囲気で二人でとは言いにくい。残念ながら、今日のところはお預けとなりそうだ。

「はい。あの、でも本当に自分の分は出しますので…」
「おい永瀬、俺の後輩を勝手に連れて行くのは許さんぞ」
「上司面はやめろ、今はもう赤の他人なんだから」

言い返したら、宮原が怪訝な顔をした。

「なに、今日はやけにつっかかるじゃん」
「別に?事実を言ってるだけ」

冷たく寄越したその視線が、もしかしたら全てを物語っていたのかもしれない。
ふと何かに勘づいたらしい宮原が目を見張った、その時。

「――あれ、宮原に永瀬。二人して何してるのこんなところで」

背後から声が聞こえてきて、振り向くと町谷がこちらに向かって歩いてくるところだった。
こちらも想定外、どうやら研修が時間通りに終わって帰って来たらしい。

「おー町谷、お疲れ。俺も永瀬も仕事のことで来ててさ。ちょうど12時になったから久遠さんとメシ行こうかって。お前も一緒にどう?」

ついでとばかりに宮原が誘えば、町谷が嬉しそうに頷いた。

「え、行く行く!」
「言っとくけど俺らは自腹だぞ、久遠さんの分は永瀬が出すらしいが」

どこかいじけたように宮原が言う。その意味を理解した町谷も乗っかるように言った。

「え~そうなの?同期なのに」
「同期だからだろ」

永瀬が反論すると、宮原がうんうんと頷く。

「ま、確かに可愛い女の子に出させるわけにはいかねーもんな」
「だろ」
「可愛い女の子ってことならほら、私もそうじゃない?」

期待した瞳で町谷が自分を指さす。
ところが宮原と永瀬から返ってきたのは、無言の冷たい視線だった。
言外の非難にさらされて、町谷がしょんぼりと肩を落とす。

「…はい、ごめんなさい。冗談です。可愛いくもなければ女の子っていう歳でももうないです。申し訳ありません」
「うん、だよな」
「よかった冗談で。俺も永瀬もどう突っ込めばいいかマジで困ったわ」
「あんたたちねえ!?」
「…ふふふっ、皆さんほんと仲良いですね」

遠慮のない同期同士のやりとりを見て、香澄が声をあげて笑った。
くすくす笑う後輩に、「ほら、カスミンも呆れてるじゃん!」と町谷が口を尖らせたが、永瀬の耳には届いていない。
彼の視線も心も、目の前にある香澄の笑顔に完全に奪われていたから。
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