お飾り結婚だからと自由にしていたら、旦那様からの愛が止まらない

よどら文鳥

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15話【Side】衣装

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「ダメだ! レイチェルのことを諦めるだなんて俺にはできない!」

 父親のバケット子爵からは、レイチェルのことを諦めるように命じられていた。
 だが、レイチェルに対する愛は重く、会えない日が続くにつれてその執着はさらに重いものとなっていたのである。

 バケット子爵が管理している領地関係の仕事部屋に、そろりと侵入した。
 将来的に領地はガルムが継ぐことになっている、レイチェルも商談の際に何度も出入りしていたため、入ること自体は用意である。
 しかし、ガルムは冷や汗をたらしながら手が震えていた。

「これは将来のため……領地のため……レイチェルが必要なんだ……!」

 ガルムの目的は大量の金貨である。
 予備の金貨が保管されているのも仕事部屋。領地での緊急時のために、いつでも使えるようになっていた。

「ラフィーネ公爵の跡取りは、女が嫌いで結婚なんてするはずがない。きっと裏があってレイチェルはただ利用されているだけにすぎないんだ。だから、俺がなんとしてでも取り返さなければならない」
「領地の所有権は個人に委ねられているから、領地から集めた金だって領主の父上のものなんだ。いずれ俺が継ぐのだし、この金は俺のものでもある」

 ガルム自分自身に言い聞かせるように何度も同じことを繰り返し呟く。
 最初は緊張して震えていたものの、やがて正当な行為だと思い込んで自信に変わった。

「これは未来のための投資だ。俺はなにを躊躇していたんだろうか……」

 レイチェルやバケット子爵が関わっているそれぞれの領地は、すべてにおいて責任は領主になっている。
 そのため、領民から集めた資金の一部は国に献上するが、残りは全て領主に託される。
 使い方も自由であるため、たとえ私利私欲に使おうとも問題はない。
 その代わり、責任の全てが領主らに関わってくるため、誰も好き勝手に使うようなことはしなかった。

 ガルムはそのことを知らない。

「国を救った勇者とまで言われている男の罠から目を覚まさせるためには、夜会で俺が目立つ必要がある。衣装をもっと豪華にしなければ」

 ガルムは大量の金貨を巾着袋に収納し、それを持って仕事部屋を退室した。

 ♢

 ガルムが一人で向かったのは、あらゆる貴族の衣装をオーダーメイドしている国内屈指の仕立て屋である。

「仕立て屋よ、俺の夜会用の衣装を見繕ってほしいんだ」

 本を読んでいた女性はゆっくりと立ち上がり、物珍しそうにしながらガルムに近づき頭を下げた。

「あらまあ、わざわざいらしてくださったのですか。貴族様のご依頼でしたら出向きますのに」
「い、いや、諸事情があるんだ。それに直接来た方が労力もかからんだろ?」
「あらあらまあまあ、そんなことはございませんのよ。家柄や普段の雰囲気も考慮しデザインしますもの」
「そうなのか……」
「まあそこにおかけください。詳しくお話をお伺いしますから」

 ガルムは言われたとおり、椅子に腰掛けた。
 仕立て屋の女性はガルムを観察する。
 その姿勢から、彼のだらしなさを即座に見抜くのである。
 女性はガルムにバレないように一瞬だけため息をつき深呼吸。
 仕事として向き合う覚悟を持った。

「夜会用の衣装ですね。お客様のスタイルにお似合いの物を選んでよろしいでしょうか?」
(予算には限りがあるのだが……どうしたものか)

 ガルムは多量の金貨を持ち出ししている。
 しかしここはレイチェルを確実に取り戻すため、出し惜しみをする余裕などなかった。

「かまわん! とにかく高額のデザインで頼みたい」
「そうですねぇ……失礼ですが、どちらの貴族様であらせられますか?」
「バケット子爵の子息、ガルム=バケットだ」
「なるほどなるほど。そうしましたら、少々お待ちくださいね」

 ガルムはだらしない格好で椅子に腰掛け、足をテーブルの上に乗せる。
 それを見ていた女性はガルムの前では特になんの反応も示さなかった。
 しばらくすると……。

「子爵令息様でしたら、こちらの生地をベースにしたものがよろしいかと」
「これは高いのか?」
「いえ、貴族様用のものですと、当店の中で十種類中六番目の予算のものになります」
「舐めているのか? 一番高くて良いと言っている」

 ガルムは舐められていると思い、苛立ちをあらわにした。
 乗せていた足でテーブルをドンドンと叩く。
 明らかに挑発的な態度をとっているガルムだが、女性は冷静に対応する。

「高ければよいというものではございません。特に夜会では、上位貴族様に対しそれを超えるようなデザインや金額をかけた衣装は失礼にあたることもございます」
「ならば、超えなければ良いのだろう? 具体的に、公爵が着るような衣装だと上から何番目だ?」
「公爵様にしても、当店においてはそのお方の一番似合うと思う生地や蝶ネクタイを用意するため、一概に断定することが難しく……」
「ええい、かまわん! 一番高い生地を使うのだ。よいな?」

 貴族が相手のため、女性は命令に逆らうことができない。
 本当はどんなに金をつまれたとしても、仕事として引き受けたくないと思っていた。

「ではこちらの最高級の生地を使い、仕上げます……」
「よし、それでよいのだ」
「しかし、正直なところ、この生地を使って仕上げてもお客様に似合うかどうかは別の話になってしまうかと……」
「どこに目があるのだ? 最高の仕立て屋なのだろう? どう見ても俺に似合いそうな品質だと思うぞ」
「かしこまりました……」

 ガルムは持ち出した金貨の大半をこの衣装のためだけに使った。
 それは今回の夜会に参加する貴族の中でも、一番お金をかけたことは間違いない。

(思ったよりも金貨が余ったか。レイチェルさえ戻ってくれば金はいくらでも手に入る。緊急と言っても今まで使うようなこともなかったわけだし、必要になるのは結婚した後になるだろう。残りは遊ぶとしようか。休憩も必要だ)

 その日、バケット子爵領の予備に保管していた金貨のほとんどがなくなるのだった。
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