つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 最後の客を見送り、扉に掛けてあるプレートを『CLOSE』に返し、残っている洗い物や店内の掃除を簡単に済ませ、売り上げの締めをして問題がなければ、大学生のアルバイトの子が「お先に失礼します、お疲れ様でした~」と帰っていく。
 
 何事もなくいつもの1日が終わった。

 一平はほっと一息つくとコーヒーを淹れ、余った食材で適当に夕飯を作り始めた。これもいつもの日常だ。
 
 店は昼間の営業が11時から14時、夜が18時から21時まで。定休日は毎週月曜と毎月15日。時々臨時休業することもある。夜の営業時間はカフェレストランにしては短くしている。昼は主婦のパートさん、夜は大学生のアルバイトを1人ずつ雇っているが、料理やドリンクは基本的に一平が全て作っていてメニューも多めなので、食材の仕入れや料理の仕込みなど色々考えて自分の代から営業時間を変更した。常連客がほとんどだし、人通りが少ない目立たない場所にあることから満席になることは滅多にないが、店は持ち家で家賃がなく人件費もそれほどかかっていないのでなんとかやっていけている。

 残ったビーフシチューとササッと作ったエビピラフを食べていると、ふと、坂井繭子という女性のことが頭をよぎった。
 
 先月、見慣れない顔の、折れそうなくらい痩せ細った女性が店に入ってきた。久しぶりのいちげんさんだと思ったが、親父のマスター時代に何度か来たことがあるという。昔から出しているアップルパイを懐かしげに見つめながら顔を綻ばせて美味しそうに味わってくれていたのが印象的だった。親父のことを聞かれたので亡くなったと告げると、いけないことを聞いてしまったという顔をしてすぐに謝ってきた。謝る必要なんて全くなかったのに。
 ちょっと気になったのが、じいちゃんの写真を見せた時だった。一瞬だが、表情が曇り悲痛な顔をしたのだ。何か辛いことを抱えているかのように…。すぐにまた明るい調子に戻ったが空元気なのがありありと見えた。

 それからはだいたい平日に週に一度くらいのペースで来店してくれている。
 いつもカウンター席に座り、コーヒーの時もあるが、ハーブティーを頼むことが多い。
 これまで接していて気づいたのは、静かに1人でいる時も自分と他愛ない話をしている時でも、ふとしたことで表情が翳ることが何度かあることだ。それに、余計なお世話かもしれないが、明らかに痩せすぎなことも気になる。何か病気でもしているのだろうか…大丈夫だろうか…。こういうことにはつい敏感になってしまう。
 だが気になっていても自分から聞くようなことはしない。店に来てくれるお客さんと色々な話をするのは楽しいが、それでもきちんとけじめをつけるところはつけ、自分からむやみにお客さんのプライバシーに土足で踏み込むようなマネはしないと決めているからだ。もし何か思い悩んでいることがあるなら話を聞くぐらいはできるのだが…。
 そこでハッとする。どうしてそんなに彼女のことが気になるんだ? ただの常連客の1人じゃないか。
 
 でも……。 
  
 彼女のことでもう1つある。
 今日、ラベンダーティーのことに触れた時のことだった。
 彼女が口にした感想に、思わず動揺が走った。
 
 "一平が淹れるラベンダーティー、香りが強すぎず弱すぎずホントに絶妙ね。ほっと優しい気分にさせてくれてリラックスできる。ここのハーブティーはどれも美味しいけど、中でもこれが一番好きよ"

 同じことを言ったのだ……あいつと。

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