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しおりを挟む毎月15日の定休日。早朝、一平は車で1時間ほどのところにある海へ向かう。
駐車場に車を止め、アールグレイアイスティーを入れたステンレスボトルを手にいつもの場所へ。
今日は雲一つない快晴だ。爽やかな風が心地いい。
一平は、海岸沿いにいくつも並ぶ白やブルーや黄色のペンキが塗られたカラフルなベンチではなく、端の方にポツンと置かれた寂れたベンチに腰を下ろす。ここは一平の指定席だ。
穏やかな海に朝日でキラキラと水面が輝く。さざ波に耳を傾け、磯の香りに包まれながら、しばらく静かに海を眺めていた。
そして、いつものように心の中で海に向かって語りかけた。
"1ケ月ぶりだな。今日は快晴でとても気持ちがいいな。今までお前はどこを漂っていた? 今はちゃんとここに戻ってきてくれてるだろうな?"
それから一平は、ここ最近の店の様子や面白かった出来事などを報告する。
それが済むと一息入れ、アイスティーをぐいっと飲んだ。
"今回はアールグレイのアイスティーにした。お前の好きなラベンダーじゃなくてごめんな。ラベンダーはやっぱりホットで飲みたいんだ。俺の淹れるホットはお前のお墨付きだしな"
"それにしても、元々コーヒー党の俺がお前の影響で今ではすっかりお茶党だ"
軽く苦笑いをし、一旦言葉を切ると、しばらく迷ったが、思い切って告げた。
"実はな、この前、ラベンダーティーを飲んだお客さんがお前と全く同じ感想を言ったんだ。すごい偶然だろ? 本当に驚いたよ。その人は…若い女性の常連さんなんだけど、何か思い悩んでいるというか、心に傷を負っているようで、時々見ててとても痛々しい表情をするんだよ。それが妙に気になってしまって……。恋愛感情とかではないんだが、何だかほっとけなくてな。おこがましいかもしれないが俺でよければ話を聞いてやりたい、少しでも彼女の気持ちを楽にしてあげたいと思ってしまうんだ…。お前は…どう思う?"
すると、一平の顔にふわっと風が当たった。
"……一平、一平…聞こえる? 私よ"
「……えっ?」
"今日もここに来てくれてありがとう。いつもはいろんな海でバカンスを楽しんでるけど、この日だけはちゃんとここに戻っているから安心して"
「…!」
驚いて一瞬身体が固まった。確かに…聞こえた…! 俺の呼びかけに初めて答えてくれた…!
"いつもはあなたの話を静かに聞いているだけだったけど、今日は思わず出て来ちゃった”
"驚いたけど嬉しいよ。それにちゃんと俺の話を聞いていてくれてたんだな。ありがとう”
一平は改めて在りし日の面影を想いながら微笑んだ。
"ねえ、さっきの話だけど、その女の人、私と同じ感想を言ったなんて、ナカナカじゃない。私も会えるものなら会いたいわ"
一平は思わずフッ…と笑ってしまった。
"お前とは全く違うタイプなんだがな"
"何よ、どうせ私は気が強くて可愛げがない女だったわよ"
"そんなこと一言も言ってないだろう。それに…俺はそんなお前を愛しているんだ"
"そんなお前って、やっぱりそう思ってたんじゃない!"
"ハハッ…! 悪い悪い、怒らないでくれ"
"…まあ、その後の言葉に免じて許してあげる"
"よかった。ありがとう"
"……ねぇ、一平、聞いて。こうして毎月私に会いに来てくれるのはとても嬉しい。でもね、もうそろそろ新しい人生を歩んで行ってもいいんじゃない?"
「えっ…」
"その女の人のこと、一平は恋愛感情はないと言っているけど、ほっとけないと思っている時点ですでに少なからず気持ちが彼女に向いているんじゃない? なら、その気持ちを大事にして。彼女があなたに助けを求めた時は寄り添って支えてあげて。彼女の気持ちは分からないけど、もしこれからあなたたちがただのマスターとお客さんから一歩でも踏み込んだ関係に変わって行くことがあったら、迷わず進んでほしい。あなたの人生はまだまだ続くのよ、私の分まで幸せになってほしいの。私のことは、完全に忘れられてしまうのはちょっと悲しいから、時々でいいから思い出してくれればそれでいい……。じゃあそろそろ行くね、バイバイ!"
そしてまた、ふわっと風が顔に当たると、急に凪いだ。
一平はベンチから立ち上がった。
「待ってくれ、まだ行かないでくれ! お前を忘れるわけないじゃないか! 俺が今でも愛してるのはお前だけだ! おい、聞いてるか!? 頼むから返事をしてくれ!」
だが、何度願ってももう呼びかけに答えることはなかった。
目の前には来た時と変わらず穏やかで静かな海が広がっているだけだった。
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