つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 一平がキッチンに入っている間、2人は簡単に自己紹介をし合った。
 予想通り美沙絵は繭子の2つ下の24歳で、母校の大学で図書館の司書をしているのだという。古時計には2年ほど前から通うようになったそうだ。
 繭子も自分の年齢と、在宅でデータ入力などの仕事をしていて、店には短大に通っている時に何度か行ったことがあって、また6年ぶりに行くようになったと話した。
 繭子が前に美沙絵が超イケメンさんと一緒に店にいるのを見たことがあると言うと、美沙絵が少し頬を染めながら、彼は私の夫なんです、とはにかんだ。繭子は彼女と一平との会話でそのことを知っていたが盗み聞きしていたと思われたらと嫌なので初めて聞いたかのようなフリをして驚いた表情を見せた。
 その時、美沙絵のスマホが振動した。繭子に詫びながら確認すると、駿からのメッセージで、急遽飲み会が中止になったという連絡だった。美沙絵が、今ちょっと事情があって古時計のマスターの家にお邪魔しているが、それなら私も家に戻ると返信すると、あと30分くらいでそっちに迎えに行けるから一緒に帰ろう、ということになった。
 美沙絵が急いで一平に伝えると、
 「そうなんだ、了解。一緒に食事できなくて残念だけど、美沙絵ちゃんを返してあげないと俺が駿君に睨まれちゃうからね」
 と笑った。
 「マスターの料理、食べたかったのに残念です。せっかくのご厚意を無駄にしてしまってすみません」
 「あ…それなら私も…」
 繭子もお暇すると告げると、一平が首を横に振った。 
 「繭子さんは食べてってね。もう作り始めちゃったし。美沙絵ちゃんは待ってる間お茶だけでも飲んでってよ。今淹れるから」
 でも…私だけご馳走になるなんて…と思っていると、繭子の考えていることを察した美沙絵が、
 「お願い、私の分も一緒に食べてください」
 と、拝むように手を合わせた。
 
 しばらくすると、ラベンダーのいい香りが漂ってきた。
 「さあ、マスター特製のラベンダーティーをどうぞ召し上がれ」
 「わぁ~! 私、これ、久しぶりかもしれない、ありがとう、マスター!」
 美沙絵が歓声を上げた。
 繭子の顔も明るくなった。私も久しぶりだ…嬉しい。
 一緒に、美味しいね、と言いながらお茶を飲んでいるうちにお店のメニューの話などで盛り上がり、さらに打ち解け、いつの間にかお互いを名前で呼び合うようになっていた。
  
 ちょうど飲み終わった頃、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
 「美沙絵ちゃん、お待ちかねの旦那さんだよ」
 マスターがドアを開けたので繭子もそちらに目をやると、スーツ姿のあの超イケメンさんがいた。マスターとにこやかに話をしている。
 美沙絵が玄関に向かうと繭子も一緒について行き、素晴らしく整った容貌に圧倒されながらも、頭を下げた。
 「あの、初めまして。坂井繭子と申します。実は、古時計の前で具合が悪くなっているところを奥様がご親切に助けてくださいまして。大変ご迷惑をお掛けいたしまして誠に申し訳なく思っております。奥様には近いうちにお礼をさせていただきますので、連絡先を交換させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
 繭子が挨拶をすると、すでに大まかな事情を聞いていたのか、特に驚いた様子ではなかった。
 「とにかくあなたが無事に回復なさって何よりです。お礼などお気になさらないで下さい」
 「駿さん、私たち友達になったんだ。今度店でゆっくり色々おしゃべりするの!」
 友達…繭子は胸が一杯になった。美沙絵さんは見ず知らずの自分を助けてくれ、私にとっては「恩人」であり「友達」なんて恐れ多いのに…。それに、過呼吸を起こしたことには一切触れず、私のことを根掘り葉掘り聞くようなこともなく、本当に普通に明るく接してくれて…。有難くて感謝の気持ちで一杯で涙が出そうになった。 
 「そうか。よかったな、新しい友達ができて」
 「うん、嬉しい! じゃあ、行きましょうか。マスター、お邪魔しました。夕飯のことは本当にごめんなさい。美味しいお茶ご馳走様でした」
 「気にしないで。また店に来てね」
 「はい! 繭子さん、どうぞお大事にね」
 「美沙絵さん、本当にご親切にありがとうございました。必ずご連絡します」
 繭子は再度深く頭を下げた。
 「繭子さん、頭を上げてください、私たちもう友達でしょう? また会えるのを楽しみにしてますね!」 
 美沙絵が一平と繭子に手を振り、駿が美沙絵の背に手を添えながら軽く頭を下げて挨拶して帰っていった。
                                            
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