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しおりを挟む予想だにしなかった一平からの申し出に、繭子は戸惑った。
「…? 私に聞きたいこと、ですか? それがお礼になるのですか…?」
「うん。今日のことも含めて前から気になっていることがあるんだ。これまでお客さんのプライバシーにむやみに立ち入らないようにしていたから心苦しいし君に嫌な思いをさせてしまうかもしれないが、それでも知りたいんだ」
「…はい」
「まず、前に初代の写真を見せた時に一瞬表情が曇ったこと、店で過ごしている間、時折悲痛な表情をすること、あと、失礼なことを言って申し訳ないけど、病的に痩せていること。ダイエットして痩せたんじゃないよね? そして今日のこと…。何か相当辛いことを抱え込んでいるんじゃないか? もしよかったら話してくれないだろうか」
繭子は驚いた。まさかマスターに全て気づかれていたとは……。
「話せることだけでもいい。君を苦しめているものは一体何なのか、何が君をそんな悲痛な表情にさせているのか。さっきも言ったけど、お客さんの個人的な事情を詮索するマネなど本当はしたくないんだけど、どうしても気になってしまうんだ…。俺では頼りにならないかもしれないけど、話して少しでも楽になるなら、いくらでも聞くから。繭子さんがこれから心から笑えるように、おこがましいかもしれないが少しでも力になりたいんだ」
「……っ!」
一平の言葉に心が大きく揺さぶられた。
ああ…美沙絵さんといい、マスターといい、何て温かくて思いやりのある人たちなんだろう…。
会社を辞めて以来、久しぶりに触れた人の優しさに胸が詰まった。
心療内科の先生以外に会社のことを誰かに話したことはなかった。親にも、疎遠になってしまった地元の友達にも言えなかった。パワハラに負けてしまった自分が惨めに思えてならないからだ。
でも、本当は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない、自分の胸の内を打ち明けたかったのかもしれない…。
気がつくと、繭子は話していた。
製造機器メーカーで営業アシスタントをしていたこと、会社の業績悪化で社長が交代し、高橋亜希という派遣社員が来てから、彼女が仕事を仕切るようになったこと、そして彼女に仕事がどんどん奪われていき、上司に相談しても何も対処してくれなかったこと、彼女が来てから会社の業績が上がったことから上司や他の社員から自分が疎まれ攻撃されるようになり、会社で孤立するようになったこと、だんだんと心身共に疲弊していって適応障害となり5年間勤めた会社を退職したこと、心療内科に通院しながら社会復帰を目指していること、おじい様の写真を見た時、その表情がとても幸せそうだったので今の自分と比較してしまい落ち込んでしまったこと、幸せそうな人を見ると辛くなってしまうこと、まだ体調に波があり、ちょっとしたことで動悸や息切れやめまいなどの不調に襲われることなど、とめどなく流れる涙を拭うこともなく、ただただ泣きながら打ち明けていた。
それから、今夜は古時計で夕飯を食べようと店に向かう途中で、亜希と社長が一緒に歩いているところに出くわし、彼女の勝ち誇ったような態度に会社での辛い記憶が甦ってしまい過呼吸を起こしてしまったこと、家に戻るつもりが無意識の内に店に足が向かってしまったこと、店に着いてから定休日だったことに気づいたこと、力尽きて倒れてしまった時に美沙絵に助けられたことを話した。
繭子は話すのに夢中で気づいていなかった。いつの間にか一平の腕の中にいることに、一平が繭子の髪を優しく慰めるように撫でていることに。
一平は、痩せ細った肩を震わせながら大粒の涙を流して話し続ける繭子に胸が痛くなり、思わず繭子を抱き寄せていた。
俺のシャツをハンカチ代わりにいくらでも濡らしていい、好きなだけ泣いて好きなだけ気持ちを吐き出せばいい、俺が全て受け止める…。そう思いながら一言も口を挟まずただ黙って繭子の話を聞いていた。
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