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しおりを挟む月曜日、繭子が部屋の掃除を終えた頃、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
時計に目をやると10時半過ぎ。誰だろう…セールスだったら居留守を使おうと思いながらドアスコープを覗いた瞬間、繭子は飛び上がった。
えっ! 何でマスターがここに…!? それにどうして私のアパートが分かったんだろう……あ、そうだ、あの時車でここまま送ってもらったんだ……でもここに来るなんて一体何事だろう、と思いながら急いでドアを開けた。
そこには少しぎこちない笑みを浮かべた一平が立っていた。
「こんにちは、いきなり家に来てしまってごめんね。繭子さんの連絡先を聞いていなかったから、こうして訪ねるしかなくて…。でも家にいてくれてよかった」
「い、いえ、大丈夫です。狭いですが、どうぞお上がりください。今、お茶を煎れますね」
ああ、掃除して後でよかった、と繭子はホッとした。
一平は慌てたように声を掛けた。
「あ、いや、どうぞお構いなく。ちょっと事情があって遅くなってしまって申し訳なかったけど、この前のお礼がしたくて来たんだ。とりあえず、ほんの気持ちなんだけど、これ、受け取ってもらえる? 店のケーキで悪いんだけど、繭子さんがよく頼んでくれるアップルパイとチーズケーキ」
紙袋に入った箱を手渡すと、繭子の顔がパァァ…と明るくなった。
「え、ホントですか! 悪いなんてとんでもない、すごく嬉しいです! 本当にありがとうございます。とにかく上がってください」
繭子が再度勧めると、じゃあ、少しだけお邪魔します、と言って一平が中に入った。この1DKの部屋に両親以外の人が入ったのは初めてだ。ドキドキしながらケーキを冷蔵庫にしまうと、テーブルの上に置いてあるノートパソコンをどかし、狭くて申し訳ありませんが…、と言いながら予備のクッションを出して一平に座ってもらった。
「ありがとう。いつもここで仕事をしてるの?」
「はい。本当は仕事用の机が欲しいんですけど置き場所がなくて」
一平がさっと部屋を見渡した。
「配置を工夫すれば置けるんじゃないかなぁ……。あ、そうだ…! 家に小さめのライティングデスクがあるんだけど、もう使ってないしここに置くのにちょうどいいサイズだと思うから、よかったら貰ってくれない? 古いけど物は悪くないよ」
「えっ!? それって、もしかして年代物の骨董品とかなんじゃないですか? とんでもない、そんな高級なもの頂けませんよ!」
繭子が驚くと、一平が笑った。
「骨董品でも高級品でもないから。まあ、ずっと昔から家にあったから年代物ではあるけどね。写真を撮って送るから。気に入らなかったら断ってくれて全然構わないから。なので、今頃改めてなんだけど、連絡先を交換しよう」
繭子は一瞬躊躇したが、結局連絡先を交換した。
「あと、これから時間あるかな? 昼をご馳走したいんだけど」
「えっ、そんな、お礼でしたらもうケーキを頂きましたし、お気になさらないでください」
「あれは礼の内に入らないから。美味しい料理を何品も作って持ってきてくれたり、俺のために朝までいてくれたり、本当に感謝しているんだ。あ、ごめん、今日は都合悪いかな…?」
美味しい料理って…。マスター、ちゃんと食べてくれたんだ…。
「いえ、大丈夫ですが…」
「よかった! じゃあ、行こう。繭子さんの行きたい店があればそこにしよう」
「わ、分かりました…。すぐに支度をしますので、少々お待ちください」
繭子は寝室として使っている部屋に行くと扉を閉めた。
まさかマスターと食事に出かけるなんて……。
着替えながら、胸が高鳴るのを抑えることができなかった。
一平はホッと胸を撫でおろしていた。
よかった……突然来てしまったので驚かせてしまったが、嫌がられてはいないようだ…。それに、店のケーキを渡した時の彼女の笑顔といったら…。思い出してクスッと笑った。一気に顔が明るくなって…可愛かったな。
ほんわかした気持ちに浸っていた時、テーブルに置いてあった繭子のスマホから着信音がしてメッセージ受信の知らせが入った。音につられて思わず画面をチラッと見てしまった瞬間、まるで一気に頭に冷や水を浴びせられたように顔がサーッとなり固まった。
画面に表示されていたのは「広岡智久」という男の名前だった。
広岡智久……? この男は誰だ? 繭子さんの友人か、それとも…考えたくないが…恋人か……? でも、恋人がいるならいくら看病のためとはいえ、一人暮らしの男の家に朝までいるか? でも、恋人がいるから、あの時の俺の言葉に慌てるように家から出て行ったのか…? 考えれば考えるほど分からなかったし何となく面白くなかった。だがすぐに、そもそも何で俺がムカつかなきゃいけないんだ? 彼女に恋人がいようがいまいが俺には関係ないじゃないか、と思い直した。
立ち上がって玄関に向かい靴を履いて待っていると、繭子が出てきた。
「すみません、お待たせしました」
繭子は以前も見たことがある明るい色の花柄のワンピースに着替え、メイクも直したようで綺麗だった。表情が少し硬くなっているように見えたが、テーブルに置いていたスマホを手に取った時、軽く微笑んだのを一平は見逃さなかった。心がざわついたが、気持ちを抑えて明るい声を出した。
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか!」
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