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しおりを挟む駅に向かって歩きながら、前に美沙絵に教えてもらったオーガニックレストランに興味があると繭子が言うと、一平は行ったことがなかったらしく「じゃあ、そこにしよう」と即決した。
繭子は隣を歩いている一平をチラッと見上げた。
ブルーデニムに白いポロシャツ姿がとてもよく似合っていて、20代後半と言っても通用するほど爽やかでカッコよかった。
そういえばこういう風にお店の外で会うのは初めてだし、まるで、デ、デートみたい。さっきから心臓の音がうるさい。どうかマスターに聞こえませんように…。
店に着き、席に案内されると、一平は職業柄か店内の様子を興味深げに観察し、メニューをじっくりと読みながら、へぇ…こんな料理もあるんだ…やっぱり野菜を使った料理が多いな…色々工夫してるな…なるほど、オーガニックコーヒーね…全体的に値段設定はそれほど高くないな…、などブツブツ言っている。当たり前だが、研究熱心だな、と思いながら繭子がその様子を見守っていると、ハッと我に返った一平が苦笑いをした。
「ごめんね、繭子さんを放っておいて。他の店に行くとついつい癖で…。職業病だな……」
繭子は笑った。
「いいんですよ。やっぱり他の店のことって気になりますもんね」
「俺の店とはカラーが違うけど参考になる部分とかあればウチでも取り入れられるかなってね。でも、今日は視察はやめて純粋に客として繭子さんと楽しく食事をしよう」
一平は、何にしようかなぁ、と微笑を浮かべながらメニューに目を戻した。
繭子はこんな時間を一平と過ごせる喜びを改めて感じていた。
繭子も、どれにしようかな、わぁ、これも美味しそう、これも…。うーん…迷っちゃうな…どうしよう、と表情をコロコロと変えながらメニューを見ていた。そんな繭子の様子に一平は心が和んだ。表情豊かで可愛らしいな…これが本来の彼女なんだろう。つらい出来事を乗り越えられたようで本当によかった。
だが、不意にまた疑念が頭をもたげた。もしかしてあの広岡という男のおかげか…? 店にしばらく顔を出さなかったのはその男と会っていたからか…? 黒い感情が再び湧き上がり、思わず顔をしかめてしまった。
「…? あの、どうかしましたか…? 」
タイミング悪く繭子に気づかれてしまい、心配そうに見つめる彼女に、一平は慌てて「ごめんね、何でもない」と言って微笑んだ。
一緒にあれこれ話しながら、一平はべジミートを使ったベジタブルバーガーにスープとサラダが付いたセットに、繭子は5種類の野菜料理、玄米、ひじきの煮物の小鉢、味噌汁付きの定食に決めた。
「マスターは、最近、何かお変わりはないですか?」
繭子の問いかけに、一平は本当は黙っていようと思っていたが、話すことにした。
「実はね、先日、父方の叔母が亡くなってね。葬儀のために田舎の叔母の家に数日いたからその間店を閉めていたんだ。たまたま今月は日曜と15日の定休日が繋がっていたから実質閉めていたのは2日間だけだったんだけど。だから繭子さんへのお礼も遅くなってしまったんだ。申し訳なかった」
繭子は驚いた。
「えっ、そんな、謝らないでください。私の方こそ申し訳ありません…。それはご愁傷様でした、お悔やみ申し上げます」
「ありがとう。叔母には本当にお世話になってね。小さい頃に母親を亡くした俺を不憫に思って、親父が店をやっている間、よく俺の面倒を見てくれたんだ。親父が亡くなった時も駆けつけてくれて色々助けてもらった。亡くなったという知らせを受けて飛んで行ったよ。まだ息があるうちにこれまでの恩に感謝を伝えられなくて残念だったけど、無事に叔母を見送ることはできたからよかった」
繭子はゆっくりと頷いた。
「マスターにとってはお母様代わりだったんですね…。叔母様はマスターのお気持ち、ちゃんと分かっていると思います。すぐに自分の元に駆けつけてくれて見送ってくれたことを天国で感謝していますよ。そして、マスターのご両親と一緒にマスターを見守っていると思います」
もちろん依子さんも…と言おうとしたが、やめた。
「…うん、そうだね。あの世にいるみんなに心配をかけさせないよう、これからもしっかりと店を守って続けていかないとね」
そう言って一平は笑ったが、その笑みが少し寂しそうに見えた。
「あの、私、マスターが私にしてくれたように、私も少しでもマスターの力になりたいと思っているんです。私にできることがあれば何でもします。どうか1人で悲しみや苦しみを抱え込まないでください。話して楽になれることとかあれば私でよければいくらでも聞きますので」
一平はじっと繭子を見つめた。
「…ありがとう。繭子さんは優しいね。その気持ちだけで十分だよ」
そしてポツリと小声で呟いた。
「……恋人でもない男に向かって、何でもしますなんて…」
「?」
聞き返そうと繭子が口を開きかけた時、注文した料理が運ばれてきた。
一平が顔を綻ばせ、
「わぁ、旨そうだな、繭子さんもお腹空いたでしょう、食べよう。いただきます」
と言いながら、一平は早速バーガーに齧り付いた。
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