輪廻Ⅱ

壺の蓋政五郎

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輪廻Ⅱ『口下手』

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 福富町でギターを抱えて歩いている男は流しの善こと酒井善三郎である。
「歌どうです?伴奏だけでカラオケもいいですよ」
 ガラリ戸を開けて営業したが返事はない。
「寒いから閉めろよ」
 客の一人に追い出された。
「あの人いい声してるんだけど愛想がないのよ」
 女将が熱燗の徳利をカウンター越しに差し出して言った。
「流しも営業だからな、あいつを見るとムカッとするんだ」
 追い出した客が怒りを露わにした。
「悪い男じゃないのよ、ただの口下手なだけなのよ」
 女将が庇う。
「善さん、善さん、仕事よ」
 通りを歩いていると声が掛かった。スナック樹里のホステスで茜だった。
「善さん、ほら店に入る前に笑って、愛想が無いと嫌われるから」
「笑えないよ、楽しくないのに」
「愛想笑いでいいのよ」
 茜がドアを開ける。軽く頭を下げた。
「ちぇ、なんか酒がまずくなるなあ、時化た面みてるとよ」
 営業マンの客が舌打ちした。
「それでリクエストはなんでしょう」
 客の不機嫌はお構いなしとリクエストを訊ねた。
「サーカスの唄をやってくれねえか?」
 カウンターの一番隅に座るやくざ風の男がリクエストした。

♪ 旅のつばくら  淋しかないか
  おれもさみしい サーカスぐらし
  とんぼがえりで 今年もくれて
  知らぬ他国の 花を見た ♪
 
 善の細くてキーの高い声がギターに乗せて流れていく。リクエストしたやくざは瞳を熱くしている。涙が一粒カウンターに落ちた。ママの樹里がおしぼりを差し出した。
「ありがとうよ。想い出してな昔を」
 やくざは1万円札を一枚差し出した。
「お客さん、こんなにもらっちゃ困ります」
 善はテーブルに差し返した。
「善ちゃん、お客さんの行為を無にして、あんたって人は」
 樹里ママが膳を叱り飛ばした。
「ママ、いいから、そうかい、それじゃもう一曲聞かせてくんな。それで受け取ってもらえなきゃ俺も困る」
「リクエストは?」
「命短しで始まる歌があるだろ、タイトルは分からねえが」
 やくざが言い終える前にギターがなびいた。
 
♪いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを♪

 やくざが目を瞑った。善の歌が悲し過ぎる。肩が震えている。善は一礼して店を出た。
「全く愛想がないねえなああの流しは、ちょっと歌が上手いからって天狗になってんじゃないのか。ママ、あいつ入れるんなら俺もう来ないから」
 常連の営業マンが樹里ママに文句を言った。

 昨夜の上りはやくざからの一万だけだった。善は来年取り壊しになる市営住宅の二階に一人で暮らしている。間取りは2DKだが古い造りで狭い。天井も低い。25年前に新婚で借りたアパートで妻に先立たれて20年間独り暮らしである。たった5年間が夫婦だった。机の上を仏壇代わりにしている。埋葬していない妻の骨箱がそのまま置いてある。おりんを二回たたいた。手を合わせ声を掛ける。
『なんで死んじまったんだ。どうしてお前なんだ』いつも愚痴のような祈りを捧げる。ドアベルが鳴る。覗き穴の向こうに昨夜のやくざが立っていた。ドアを開ける。
「悪いね、押し掛けたりして。もう一度あんたの歌を聞きたくてな、樹里ママに聞いて訪ねてしまった」
「まあ、どうぞ」
 善はやくざを家に上げた。善はギターを抱いて準備した。
「善さんて言ったね。みんなあんたが口下手で愛想が悪いと噂しているが俺はそう言う男が好きだ。それに聴かせて欲しいのは俺じゃなくて甲府のおふくろになんだ。これ300ある」
 やくざは封筒を出した。
「半分はあんたの興行代、残りの半分をおふくろに渡してやって欲しい。それでおふくろが好きだったサーカスの歌を聴かせてやっちゃくれないかな」
「ご自分で渡せばいいのに」
「それがさ、渡世の義理っちゃ古いがこれからその義理を果たしに行くんだ。運よく帰って来れりゃいいがそう悪運も付いて回ることはないだろう。たった二曲の付き合いであんたに頼めた義理じゃないが、本物の歌をおふくろに聴かせてやりたくね」
 やくざは煙草を咥えた。手が震えている。カッコつけているがこれから始まる何かに怯えているのだろうと善は思った。
「分かりました」
 紙とペンを出して、やくざの住所氏名を書いた。
「ありがとうよ、ああそれとな、甲府は寒いから厚着して行ってくださいよ」
「おふくろさんに何か?」
「最後の親孝行だと伝えてください」
 やくざは出て行った。

 善は通りを流していた。味のある高音がドアの隙間から店に侵入する。
「善さん、お声」
 バーのホステスが声を掛けた。
「お得意の社長さんだから愛想よくしてよ」
 店に入り一礼する。
「あんたかね、いやあいい声が聴こえてくるから痺れたよ。贔屓にするから名前は?」
「リクエストはなんでしょう?」
「おい君、社長が名前を聞いているんだ。先ずは名乗るが先決じゃないかね」
 社長の付き添いが言った。
「善です」
「愛想がないね、折角社長が贔屓にしてやると声を掛けてくださったのにやる気がないのかね?」
「すいません、この人は口下手なだけなんです。根はいい人なんですよ」
 バーのママが庇った。しかし客は面白くない。
「ほら、呼び止め料金だ」
 社長が1万円札を床に投げ捨てた。善は一礼してバーを出た。ママが追い掛けて来て1万円札をギターの弦に挟んだ。
「どうしてありがとうございますって言えないのかねえあんたは、福富町じゃ客がいなくなるよ」
「すいません、思っちゃいるんですけど出てこないんです」
「もったいないよういい喉してさあ」
 バーのママは店に戻った。浮浪者がごみ箱を漁っている。善は弦から1万円札を抜き取って浮浪者に差し出した。
「ありがとうございます」
 浮浪者は土下座して礼を言う。善は歌いながら路地を出た。
「善さん、善さん」
 呼び止めたのはスナック樹里のホステスだった。
「大変よ、昨夜あなたにリクエストしたやくざがいたでしょ。殺されたんだって、大岡川に浮いていたらしいわ。それで警察が来て色々聞かれたの。多分善さんのところにも行くと思うから。それじゃね」
 ホステスは速足でスナックに戻った。行くと思うと言うことは全て警察に話したことになる。

 翌朝ホステスが言っていた通り警察が訪ねて来た。
「あんた、職業は流しだよね。いい声してるよね」
 ベテランの刑事が発した。
「二三確認したいんだ。昨夜この男に歌を聴かせたね」
 写真は死体である。善は頷いた。
「付き合いがあるのかな?」
 善は頼まれたことを口にすればあの男と約束した親孝行を反故にしてしまう。
「お店で二曲リクエストをいただきました。それだけです」
「そう、ちなみに曲は何?」
「大した歌じゃありません」
 善は答えなかった。人はそれぞれ胸に詰まる歌がある。あの男は自分の歌に感極まっていた。善もそのつもりで歌っている。他人に教える事じゃない。
「忘れたわけ?それとも歌っていないのか?」
 刑事は確認のために聞いているが善が答えないので疑いを持ち始める。善はそれでも黙っていた。
「スナック樹里を知っているね。やくざがお宅の住所を聞いて帰ったと証言している。ここに来たんじゃないの?あの男はね、金で殺しを請け負った。金を出した組の親分を既に拘束している。300万で受けたが相手が悪い、返り討ちにあって殺された。相手には正当防衛が付く、死に損だよ。それに300万が消えてね、奴が宿泊していたドヤをガサ入れしたが見つからない。不思議だろ?」
「どうして流しの私に?」
「勘だよ、何か勘が働いてね。人間て付き合いの長さで信用度を得られるもんでもない。一瞬の出遭いで感じた人を信じることもある。ましてやこれから死ぬかもしれない立場では特にね。私はね、あの男があんたの歌でそれを感じたんじゃないかと思ってね、それで訪ねて来た」
 刑事が善を睨みつけた。
「知りません」
 善は嘘を吐き通すことを決めた。約束を守りその後はどうでもいい。
「そうかい、それじゃ仕方ねえな。今日は流すのかい?」
「はい」
「また寄らせてもらう」
 刑事は帰った。善はギターをケースに入れた。替えの弦をコートのポケットに入れた。今から出れば最終で甲府まで行ける。机の仏壇に手を合わせた。口下手だが心の内を理解してくれた唯一の妻は所帯を持ち五年で死んでしまった。いつ死んでもいい。心残りは妻の骨を置きっ放しにすることだ。善は一筆書いて机に置いた。郵便通帳には100万円が入っている。骨の処分代なら間に合うだろう。印鑑を添えて置いた。

 甲府は雪だった。駅でタクシーを拾いやくざの住所を運転手に見せた。
「いやあ、行けるかな。山の北側で斜面の村だよ。アイスバーンだと崖から落ちる」
「行けるとこまで行ってください」
 タクシーは発車した。
「お客さん、ここまでだな。その住所だとここから歩いて30分ぐらいだけど、一旦甲府に戻って明日出直した方がいいんじゃないの。宿は紹介してあげるよ」
「いや、行きます」
「知らないよ、この先は灯もなくなるからね」
 善はタクシー代を支払い締め固められた雪の小道を歩き出した。しばらく歩くと集落が見えて来た。運転手が言っていたように裏は山で陽が当たらない。貧しい村だと一目でわかる。
「ごめんください」
 ガラス戸を叩いた。
「ごめんください」
 玄関の灯が点いて内回し錠を回している。
「はい」
 ガラス戸を細目に開けて返事が聞こえる。
「私は息子さんの友達です。息子さんのことは聞いていますか?」
 ガラス戸が半分開いた。
「どうぞ」
 善は中に入る。
「友達なんかいたんですかあの親不孝に?」
 母親は善を炬燵に誘った。
「警察から連絡はありましたか?」
「そっちで焼いてくれと頼みました。骨もそっちで処分して欲しいと伝えましたがそれは出来ないと言われました。あたしも身体が弱いんでね、郵送してもらうことにしました」
「遅れましたが私は息子さんの友達で善と言います。これを預かって来ました」
 善は半分を抜き取らずに預かったまま炬燵の上に置いた。
「金?どうせ悪い金だろう」
「いえ、息子さんが競馬で当てた金です。おふくろさんにと」
 善は嘘を吐いた。
「これを届けに来てくれたのかい?」
「あたしは横浜で流しをしています。おふくろさんに歌を聴かせてやってくれと。最後の親孝行です」
 善は炬燵の赤外線に手を当ててかじかんだ指を解している。指が解れケースからギターを出した。チューニングして立ち上がった。

 ♪旅のつばくら  淋しかないか
  おれもさみしい サーカスぐらし
  とんぼがえりで 今年もくれて
  知らぬ他国の 花を見た ♪

 母親は涙を流して聴いている。流しの声は素晴らしい、それより息子が好きな歌を覚えてくれていたのが嬉しかった。親不孝を重ねたと言うより、親を捨てて出て行った。出て行かざるを得ない貧しい村に生まれたことを怨んだ。善はフルコーラスを歌い一礼した。
「ありがとうございます。息子もあなたの歌を聴いたんですか?」
「はい、亡くなる前の日に」
「そうですか、それであなたにこれを頼んだんですね」
 母親は合点が言った。母親を想い出す唯一のツールがサーカスの歌だったのである。
「私はこれで帰ります」
「この時間に車は有りませんよ。狭いとこですけど泊って行ってください」
「いえ、運転手が三時間も歩けば駅まで辿り着くと言っていました。流して歩くのが仕事ですから」
 ギターをケースに仕舞い、背中に背負った。
「お元気で」
 善はガラリ戸を開けて通りに出た。雪が降り始めた。来た道と思い歩き続けているが間違えたようである。身体は冷えてガタガタと震え出した。小屋がある。灯はない。鍵は開いている。山小屋である。ライターで照らすと薪が積んである。囲炉裏に新聞紙を丸めて小枝を折って重ねた。火を点けるとパチパチと音を立てて燃え上がった。枝をくべて火が大きくなると太い薪を載せた。善は囲炉裏端で横になる。寒気がひどい。かなり熱がある。『神様、死ぬなら女房のとこに連れて行ってくれ。口の足りない俺を分ってくれたただ一人の女だ。今度生れて来るならお喋りがいいなあ。九官鳥みていにみんなに喜んでもらえるといいなあ』
 意識を失った。このまま眠ると意識を失い凍死する。
「眠っちゃ駄目ですよ。起きてください」
 善を揺り動かす男がいる。渋茶色のハンチングを被り黒いジャンパーを着ている。善は身体を揺すられて目が覚めた。
「ひどい熱ですね、吸いだして上げましょう」
 男は善の額に掌を当てた。経を唱えている。男の掌に善の熱が吸い上げられる。真っ赤になった掌を胸の前で突き出した。熱が湯気となって外に出て行く。
「楽になったでしょ」
「私は死んだんでしょうか?」
「いえ、死にかけていました。もう五分遅ければ危なかった。祈りが弱いんで私もどうしようか迷った。その分遅れてしまいましたが間に合ってよかった」
「あなたは?」
「こういう者です」
 名刺を出した。
「仙人、金原武・・・さんですか?」
「ええ、そうです。あなたの祈りが通じて馳せ参じました」
「祈りって?」
「死ぬなら死んだ嫁さんのとこに行きたいって神に祈ったでしょう。生まれ変われるならお喋りな九官鳥がいいってお願いしたでしょ。それが私に通じたんです」
「神様ですか?」
「違いますよ、名刺に仙人て書いてあるでしょ。神の雑用係と言えば分かり易いかな」
 善は熱にうなされていたからこれも夢かもしれないと目を瞑り顔を振った。目を開けると金原が笑っていた。
「夢じゃありませんよ」
「それじゃ叶えてくれるんですか?」
「二つは無理ですね、奥さんの近くに行くか、九官鳥になるか、どちらか?」
 善は考えた。20年前に逝った妻は自分の来訪を期待しているだろうか。
「人間で死んだらどうなります?」
 それが分からなければ先に進めない。
「大概転生します」
「転生?」
「そうです、別の生き物に生まれ変わる。生物とは植物も入ります。同じ人間に生まれ変わる人もいますが極少数です。実は転生が私の本業でして、思いが通じた方には希望の転生を叶えてあげられる」
「本当ですか?」
「あなたに嘘を吐いてもどうにもならない」
「寿命はどなります?」
「人の寿命は全て神が想定したものです。それに逆らうと地獄に落ちる場合があります」
「逆らうって地震とか津波とか台風で死んだ場合ですか?」
「いいえ、天災は神の想定したもので怒りと調整です。交通事故死や思い付きの自殺なんかは想定外です。自殺したら転生も叶いません。この次元の裏にある灰色の空間を永遠に浮遊します」
 金原は脅しも込めて話を膨らませて話した。
「どれくらい生きるのか分からないですよね」
「見て上げましょう、前髪を上げてください」
 善は垂れた髪を上げた。金原は右手人差し指の腹を天中に当てた。ゆっくりと皺の間も読み込む。山根まで下げて指を放した。
「どれくらいありますか?」
「聞きたいですか?」
「はい」
「あなたの寿命は残り22年と4ヶ月18日14時間と26分27秒、26,25,24」
「もういいです。カウントダウンされると命を削られるような気がします」
 善は金原の読み上げを断った。金原は笑って頭を掻いた。大きなフケが囲炉裏に落ちるところを癪が現れてフケを喰らう。
「な、なんだ、大きな蛾だ」
 善はスズメほどの癪を蛾と思い込んだ。
「癪、用はない」
 板の隙間から癪が消えた。
「生きることにします。お願いです、私は口下手でずっと損をしてきました。私が死んだら、生まれ変わりは九官鳥にしてください。人が集まるところで、よく喋るやろうだと喜ばれてみたい」
「それが賢明、神から授かった天命を無駄にしては罰が当たる。転生のことはお任せください」

 善は喜寿を超えていた。
「おばんで~す。しがない流しです。演歌からニューミュージックまでリクエストにお応えします。どうでしょう、そこの社長、よっ、女泣かせ」
「しょうがねえな、好きな歌を三曲流してくれ」
「まいど」
 善が歌い始めた。
「善さん変わったね、昔は口下手でさ、客に嫌われて声が掛からない晩もあったのにねえ」 
 ママとホステスが昔話を懐かしがる。
「お迎えが近いんじゃないのかい」
「そうかもね、くわばらくわばら」
 善は歌い終わり通りに出た。路地のネオンに目が眩んだ。倒れそうになるところを脇で支えてくれた男がいる。
「おっとっとー、約束通りやって来ました電線音頭」
 支えたのは金原である。くだらないジョークをかます男が誰であるか善は想い出せない。
「忘れちゃったかな、甲府の山小屋で囲炉裏に当たっていた」
「ああっ」
 善は想い出した。しかし20年以上も経っているのにこの男は変わらない。むしろ若返ったように見える。
「想い出してくれましたか」
「あなたは変わらないですね、やっぱり本物の仙人だったんだ」
「ええ、やっと信用してくれましたね。まあ誰でも仙人と言われてああそうですかと信じる者はいませんからね。で、どうします?時が過ぎて心変わりもあるでしょう。まだ6分強ありますから、コーヒーでも飲んで考えてください」
 6分と聞いて山小屋での出来事を全て想い出した。あの時寿命を読まれて希望を言った。確か女房の所に行くか、九官鳥になって喜ばれるかの選択をした。善は今が一番楽しい。あれ以来口下手を反省し努力してお世辞のひとつも言えるようになった。すると流れる空気がガラッと変わったのを実感した。歌に自信がある故に口下手を武器にしていた。歌が仕事で喋りは不要と粋がっていたのが恥ずかしい。
「こんなお願いは許されますか?」
「どんな?」
「もう少し生きていたい」
「ブー、駄目」
「一年ぐらいはどうです?」
「天命は神の想定です。全うされたことを喜んでください」
 金原の答えは冷たかった。
「そうですか?」
「そうです。ただ希望の転生先が変わったのなら仰ってください。適当なのを見繕って差し上げますよ。あの山小屋であなたはみんなに喜ばれる九官鳥がいいと希望した。ですから私はこれだって言うのをお持ちしたんですがね」
 善は考えた。籠の中の九官鳥。死んだ女房が頭に浮かぶ。
『あなたが喋らないから代わりに九官鳥でも飼おうかしら』
 口下手を理解してくれた女房。九官鳥になれば女房の元に行けるかもしれない。
「ぼちぼち時間です。途切れてしまうと手続きが面倒になります」
「お願いします。よく喋る九官鳥にしてください」
 金原は頷いた。カフェのベンチに二人で座った。生命線を天中に当てた。指が裂けるほど拡げた。その指が脳に沈んで行く。寿命の最後に小指を絡ませる。そして来世の線を繋いだ」
 善が項垂れた。抱えているギターの弦がテーブルの角に当たり切れた。寂しいファの音が福富町の夜に流れた。

「よく喋る九官鳥だよ」
 銭湯女風呂の縁側にぶら提げられた鳥籠に入れられている。
「名前は何て言うのおばさん」
 若い女が髪をとかしながら番台に訊ねた。
「昨夜変な男が来てさ、これを飼って欲しいって置いて行ったんだよ。よく喋るから客寄せにもなるからってうちの人が言うからさ。飼うことにしたんだけどね。名前は善三郎って言うんだよ。おおい、善三郎」
『善三郎、おおい善三郎』
 女将の声を真似て喋る。若い女は首を傾げた。
「なんだい、善三郎に心当たりでもあるのかい。それともこれかい?」
 女将が小指を立てた。
「うんう、夢かもしれない。善太郎、♪旅のつばくら  淋しかないか」
 若い女がサーカスの歌を歌う。
「若いのに随分と懐かしい歌を知っているね」
「うん、それが不思議なの。子供のころから頭に張り付いてるのよ」
 女の髪が抜けて扇風機に飛ばされ鳥籠に張り付いた。
『♪おれもさみしい サーカスぐらし とんぼがえりで 今年もくれて
  知らぬ他国の 花を見た ♪』
「やだよ、善太郎が続きを歌っているよ。それにしてもいい声してるね、きっと前の飼い主は歌い手かもしれないね」


 
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