蠱惑

壺の蓋政五郎

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蠱惑『状差しの蜘蛛の巣』

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『父親が死んでいる』と親戚から電話があったのは正月五日だった。新潟の山奥で行き止まりが崖の村である。いい連れに巡り合えなかったのか、それとも父に何か欠陥があったのかどうか、結果私の母親は四回変わった。四回目は還暦を過ぎてからで五年間と言う短いのか長いのか二人にしか分からない時間である。東京生まれのその人は父の『実家の田舎でゆっくり暮らそう』とのプロポーズに頷いたらしい。
「父さん、田舎に帰るから、新しい母さんと一緒だ。悪いがトラックを借りて引っ越しを手伝ってくれるとありがたい」
 いつも自分で決めていた。私の母親になる人だからと紹介を受けたことは一度もない。そんな父に大学だけは出ておけと、経済的に余裕の無い家庭だったが私の学費を優先してくれた。三流大学を出て失敗と気付いたのはトラック運転手になったときだった。高卒で私より四年間も早く社会人になった先輩運転手との給料の差だった。そしてずっとトラックの運転手が私の生涯の仕事となっている。高卒の先輩との給料の差は縮むどころか彼等はトラックを下りて役員になっている。

「親父が死んだ、田舎に行ってくる」
「あたしも行くわ、せめてお父さんの死に顔ぐらい見せてよ」
 妻の道子は五つ年上で、私が三十の時に一緒になりました。道子は五年連れ添った二十も年上の亭主と別れたばかりでした。この結婚は父親に手紙で知らせました。父から返信はありませんでした。
「新潟だよ、それに雪道を歩かなければならないよ」
「ずっと前だけど一度新潟に行ったことがあるわ」
 ほくほく線が開通して二年目だった。一晩松之山温泉に一泊してから父宅に行くことにした。父の遺体は私が来るまでドライアイスで保管してもらうように叔母に頼みました。
「寒いから、そのままでも腐ることはないけど虫でも入ると気味悪いから」と叔母は気遣ってくれました。
 松之山温泉の入り口の小さなホテルを予約しておきました。
「そうそう、このホテルに泊まったことある」
 道子が想い出して言いました。部屋に案内されました。部屋の奥には更衣室がありドアを開けると露天風呂があります。下には小川が流れているようです。時折水流が何かに当たるのか『ぴしゃ』と魚が跳ねるような音に聞こえます。それ以外に音はありません。雪は止んでいるようでした。
「へえっ、こんな偶然があるのかしら、同じ部屋だわ」
「誰と来たのかな」
「秘密よ」
 還暦になった道子は甘えるような声で言いました。
「お風呂入ろう」
 道子はバスタオルで身体を巻きました。私も裸になりドアを開けると寒さに身体を縛り上げられてしまいました。道子は寒さより他のことを期待しているのでしょうか薄い唇を細く開いて私を見ています。桶を跨ぐときに道子のタトゥーが見えました。蜘蛛の巣で獲物を待つヒメグモと聞きました。若い頃に遊び心で入れたと聞いています。今では私のペットになりました。私も入ろうと足を入れました。とても熱く感じたのは身体が冷え切ってしまったからでしょう。じっくり湯に浸かる私をじっと見つめています。
「道子は若いね、とても今年還暦には見えないよ」
「あなたも」
 並んで暗闇を見つめていました。冷えた身体が日本三大薬湯と言われる松之山温泉で芯から温まりました。家内がゆっくり立ち上がる。私の前に裸身を曝け出しました。そして右足を桶の縁に掛けました。蜘蛛の巣で獲物を狙うヒメグモの尻が紅色に染まっていました。
 私はヒメグモを愛撫しました。愛撫する度にヒメグモが上へ上へと移動しているような気がしますがそれは道子の足が更に開いているからで錯覚でしょう。道子の左足には火傷の後があります。親指の爪ほどの大きさです。ちょうどヒメグモの対面になります。新婚当時から気付いていましたが過去の傷口に触れるのも不憫と思い尋ねるのを控えていました。一度愛撫したことがあります。おもいきり蹴られたのでそれ以来触れることもありませんでした。
「この傷ね、雄なの」
「えっ?」
「前に一度聞いたでしょこの傷は何って、そこに雄がいたの」
 道子はヒメグモへの愛撫が心地いいのか背中が氷のように冷たくなっていてもその姿勢を保っています。
「雄?」
「そう雄、前の主人に喰いちぎられたの」
「喰いちぎるって歯で」
「そうよ、決まってるでしょ歯に。喰いちぎって呑み込んだのよ。前の主人ね、その雄を可愛がっていてね。そうあなたと知り合ってちょうど不倫関係の時だわ、別れ話も決まっていてね、最後の夜にもう一度可愛がりたいって言うから許してあげたの」
「しかしいくら何でも喰いちぎるとは、異常者じゃないか」
「寒い」
 そう言って道子は湯に沈んで行きました。風呂桶の底まで身体を沈めナマズのように私の股座を抜けて後ろに出て来ました。
「可哀そうな雄蜘蛛だね」
「仲が悪かったから」
「雌雄の蜘蛛のこと」
「そうよ、蜘蛛の話をしているんでしょ」
「道子の前の旦那さんてどんな人」
 道子は私の股間に手を滑らせ一物を握った。
「それよりあなたの最初のお母さんてどんな人」
 
 私は母を想い出している。やさしい人だった。ただ他人とコミュニケーションが取れない性格で、近所付き合いをほとんどしなかった。父はいつもそのことで母を叱った。
「自治会の会合ぐらい出てくれないと困るな」
「すいません、考えると頭痛がするんです」
「どうしょうもない」
 父に叱られた日の夜は私を抱きしめました。鬱憤を私に染み込ませていたのでしょうか。
 
「違うわ、お母さん自慰をしていたのよ、私には分かるの」
 道子はおかしなこと言いました。ですが抱きしめられた時に母の手は左手が背中、右手は踵を握っていました。そう言えば爪先は母の股間に当たっていました。母は私の踵を小刻みに動かしていました。そして泣いているような苦しんでいるような声を上げていました。夫婦仲は更に悪化してとうとう母は私が小学五年の時に両手に大きな鞄を提げて出て行きました。父と二人で母の後姿を見送っていました。
「あの淫乱が、気付かなくてごめんな」
 父はそう言って玄関に塩を撒いたのです。 父には常に付き合っていた女がいました。母や私が同席していても、気にすることなく、女と接触する機会があれば必ず声を掛けていました。それはPTAでも自治会でも、主婦でも女学生であっても性表現を隠さずに話し始めるのです。母には見せたことのない、いやらしい顔で、息が掛かるほどに顔を近付けて話す、そんな父が嫌いでなりませんでした。そのことを母に話すと「いいんだよ、私にはお前がいるから、こっちおいで」そう言って私を抱きしめるのでした。私の靴下を脱がせて私の背と踵を抑えて強く抱きしめるのです。そういえば爪先が暖かい泥の中に埋もれている感じがしました。それはやはり道子の言う母の自慰だったのでしょうか。
 
「こんな感じじゃない、お母さんに抱かれたとき」
 道子は母のように私の背中と踵を抑えて抱いたのです。
「大きな小学生」
 そう笑って、爪先を股間に差し込みました。道子はゆっくりと私の踵を前後します。私は当時の感触が浮かび上がって来ました。湯が波立ちました。道子は母のように泣いているような苦しんでいるような声を上げています。母にとって私はただの道具に過ぎなかったのでしょうか。愛情とは程遠く、父が最後に掛けた母への送り言葉「淫乱」が正しかったのかもしれません。相手かまわず女を求める性器と化した父と、我が子を性器にしている母と、どちらが正しくどちらも悪なのか今更考えても答えが出るはずもありません。しかしそれに喜びを感じている私が今ここにいる。母を真似る道子に父の血を引いた私が目覚めるのでした。絶頂に至る私の前に蜘蛛が浮かんできました。その蜘蛛は道子のヒメグモに似ています。
「あっ、蜘蛛だ」
「息苦しくなったのよ」
「落ちて来たんじゃなくて湯の中から出て来た」
「だから息苦しくなったのよ」
 そう言って道子は私を抱くのが飽きたのか立ち上がり湯船から出てしまいました。そのとき蜘蛛の巣に蜘蛛がいたかどうかは見えませんでした。そんな馬鹿なことを想像している自分が可笑しくもなりました。しかしさっき湯の中から浮かび上がった蜘蛛は道子が桶から出ると同時に消えていました。
 
 湯から上がるとテーブルには食べ切れないほどの料理が並んでいました。
「冷酒あるかしら」
 フロントに電話を入れ冷酒を頼みました。道子は素肌に浴衣を羽織っただけで帯はしていませんでした。そして立膝をついて蟹の足を食べ始めました。
「道子、見えるよ」
 酒を運んできたのは主でした。
「本日はありがとうございます。これは地酒を当方で冷やしたものです。一本はサービスです。さあどうぞ」
 主はシャツから伸びる毛深い腕で酌をしてくれた。道子に注ぐときじっと股間を見ている。私が気付いているのも気にしていない。道子も初めから主の視線には気付いている。洒落たガラスのぐい飲みを一気に飲み干す。そして主にぐい飲みを差し出した。主は少し前屈みになって道子のぐい飲みに注いだ。そのとき膝に掛かっていた浴衣がはらりと落ちた。立膝の間が露わになった。私の角度では死角になる蜘蛛の巣が主の位置からなら絶好である。主は見とれて酒を零してしまった。膳から滴り落ちる冷酒が丁度道子の股間に注ぐ。主は慌てて前掛けから手拭いを取り出して道子の脇に寄った。
「大変申し訳ありません、ささっ、拭いて差し上げましょう。沁みるといけませんから」
「丁寧に拭いてよ、あそこは主人のものよ」
 そのときです。蜘蛛が道子の膝へ上がりまた浴衣の中に消えたのです。
「道子、蜘蛛が背中に」
「アルコールが沁みたのよきっと」
 主の毛深い腕は道子の股間に刺さっています。指先はどうなっているのか見えません。しかしぐい飲み一杯の酒量にしては丁寧過ぎます。
「主人、もういいだろう」
「でも旦那様、辛口の酒ですからしっかりと拭わないと皮が剥けてはいけませんから」
 道子は嫌がるどころか主が拭きやすいように立てた膝を開いている。
「もういいわ、きれいになったわ」
「ごゆっくりどうぞ」
 宿の主は道子の股間酒を拭った手拭いをマスクのようにあてがって部屋を後にした。浴衣の背中に隠れていた蜘蛛がまた道子の立膝を滑り落ちるように消えた。
「あっまた蜘蛛」
「アルコール臭が飛んだのよ」
 私の疑問と噛み合わない道子の答えが更に疑問を深くするのでした。
「何か道子は新潟に来てから少しおかしいよ」
 道子は烏賊の塩辛をくちゃくちゃと噛んでいます。「しょっぱい」と言って冷酒で流しました。
「感じるのよ、左足の齧られた跡が。そのせいかも」

 二番目の母親は私が高校生の時に来ました。母が去ってから十年後でした。その間に色々な女が家に出入りしていました。私が本命だろうと予想していた女ではなく、一番嫌いなタイプの太った女でした。
「今日からあなたの母親。と言うよりお姉さんみたいになれたらいいな。私兄妹いないの」
「母親にも姉にもなれませんよあなたは。父の愛人の一人でしょ」
 私の遅れて長続きしている反抗期の嫌味にも腹を立てることはありませんでした。ただ笑ってやり過ごしていました。私はいつかきっと腹を立てて言い返してくることを期待するようになりました。そして私が成人式の日にやってきました。それは三流大学の二年生の時でした。私は特に仲のいい友達もおらず、家と学校を往復するだけの毎日でした。ただ父の「大学だけは卒業しておけ、金は出してやるから」とそれに甘えて通っているだけでした。趣味もなく、欲しい物もこれといってない私はアルバイトもしませんでした。それでも父は叱ることなく通学している私に満足していました。母は私の安物スーツ姿を見てこう言いました。
「いい男ね、お母さん惚れちゃいそう」
 そして後ろからハグしたのです。そのハグが母親の愛情から来るものなのかそれとも女の欲望からくるものなのかその時私には分かりませんでした。
 
「道子どう思う」
 膳を上げ床を二つ並べ掛布団の上にうつ伏せになっている道子に聞いてみました。
「あなたとやりたかったのよ、それ以外ないでしょ」
 道子は答えるのが面倒臭そうでした。
 
 私はハグする母親の手を握りました。太くて小さい指でした。母親は履いたばかりのズボンのベルトを緩めてチャックを下げました。私は襖越しに父がいることを知っていました。母親は気付いていません。私の初体験は太くて短い二番目の母親の掌でした。嫌いなタイプの女でしたが欲は見事に弾かれました。それも一度だけではなく連続で三度もです。私の耳元で母親が呻いています。大きく振動しています。父が母親の後ろで動いているのでした。それに合わせるように母親の太くて短い指が私を刺激していました。そうです、肉布団のような母親を挟んで私と父は一体になったのでした。
 
「変態はあなたよ」
 うつ伏せの道子はカエルのように股を広げています。
「どうして?」
「決まってるじゃない、母親とお父さんは夫婦で性行為は当たり前。当たり前の前にあなたがいるのがおかしいのよ。それぐらい分からないの」
 道子は私の話を聞いていたのでしょうか。私が二人の行為中に母親の前にしゃしゃり出たとでも勘違いしたのかもしれない。
「道子、道子」
 道子は眠ってしまいました。掛布団カバーの冷感が素肌に気持ちいいのでしょうか、寝息を立てています。私は今夜道子を抱くつもりでいましたが諦めました。普段飲みなれていない冷酒をやり過ぎてしまったのでしょうかいつの間にか私も意識を失いました。
 夜中に私は首筋に気配を感じました。条件反射と言うのでしょうか掌で叩きました。気配は消え、また眠りました。今度は耳朶に何かが這っているようでした。叩きましたが逃げられたようです。耳朶に感じたのは間違いなく虫の感触でした。私は立ち上がり灯を点けました。
「しっ」
 私は驚いて後ろに引っくり返りました。幸い座布団を重ねた上に頭が倒れました。
「おまえは何をしている」
「しっ、奥様が起きてしまいますよご主人」
 何を言っているのだろうかこの男は、しかし道子は宿の主が言うようによく眠っているようだ。
「そうじゃない、おまえはどうしてここにいる、そして何をしている」
 主は薄笑いを浮かべている。
「ほうら湿って来た。奥様喜んでいるんですよご主人、良かったですね」
 そう言えばうつ伏せの道子の腰が少し浮いている。見えていた毛深い主の指が奥へと進んだ。
「止めろ、止めるんだ」
「今、止めてもいいんですか、奥様に叱られませんか、奥様は夢の中にいらっしゃる。私は少しでもと粗相のお詫びに寄らしていただいたのですよ。それをご主人は止めろとおっしゃるのですか?」
 主は口から涎が垂れた。それが道子のすねに落ちた。
「冷たい」
「良かった。これで失礼します」
 主は静かに部屋を出て行った。道子は夢から覚めたばかりのように頭を少し上げて首を左右に振った。
「なんかいい夢見たわ」
 ゆっくりと立ち上がり化粧室に入りました。掛布団の上に何か落ちています。拾い上げると主の手拭いでした。ぐっしょりと濡れています。広げると蜘蛛がいました。さっと手拭いから離れ、掛布団の柄の中に見失いました。臭いをかいでみました。もしかしたら冷酒の香りがあるのかもしれない。それほど強い酒なら肌荒れが合っても仕方ない。それなら主の心配も当然である。しかしその匂いは私が二五年間嗅ぎ続けた道子の蜜の匂いでした。私はその手拭いを股間に巻き付けました。条件反射でしょうか、敏感に反応しました。
 道子が化粧室から出て来ました。
「何、これ」
 巻いた手拭いをすぽっと摘まみ上げました。そして匂いを嗅いでいます。
「宿の主が忘れていった手拭いだよ」
「どうしてこんなに濡れてるの、ねえあたしどうしてこんなに濡れてるの」
 そう言って露天風呂に行きました。
 
「三番目のお母さんは?やっぱり淫乱?」
 風呂上がりの道子は茶羽織に帯を締めていた。おしりが半分隠れる長さは怪しさを増しています。
「知らない、会ったことないんだ」
 
 父が二番目の母親と離婚してから一年後に私は実家を出ました。二度目の母親と離婚した後も変わらず複数の女が家を出入りしていました。そのうちのどれかがまた母親になるかもしれないという恐怖から逃げたかった。実際出入りしている複数の女と私は関係を持っていました。私が関係した女が父の選ぶ三番目の母親だったらどうしようと言う恐怖です。安いアパートを借りました。資金はすべて父が出してくれました。学費も食費も送ってくれました。どこにそんな余裕があるのか知りませんがその厚意に甘えました。そして半年も経たずに入籍した知らせが届きました。若い女だとは聞いていました。一度会わないかと誘われましたが断りました。父の付き合う女が私に合うような気がしました。父が愛撫した後なら安心して愛撫出来る。父の舌が悪い物を全部拭き取ってくれる、そんな風に考えてしまう私は、やはり変態でしょうか。

「決まってんじゃない、あんたが変態、ほら変態、これ見ろ変態」
 道子はそう言って茶羽織を帯までたくし上げました。右腿にはしっかりと蜘蛛がいます。尻を赤く染めたヒメグモがしっかりと張った蜘蛛の巣にいて獲物を待っています。
「ねえ道子、我慢出来ない、蜘蛛に愛撫させて」 
 道子は笑いながら私に覆い被さりました。そして蜘蛛の巣を私の顔に摺り寄せました。
「ほら舐めろ、おもいきり舐めろ、この変態」
 そう言って大笑いしています。私は挑発されながらも喜んで甘えました。舌先で蜘蛛を転がす。蜘蛛の足の節が七つあるのが分かります。触肢が乳頭を刺激します。二十五年間愛撫していると蜘蛛の輪郭を掴むことが出来ます。そしてそれはただのタトゥーではなく本物の蜘蛛のように感じるのです。道子の蜘蛛は私のペット。そういえば露天風呂の中で左足の痣について教えてくれました。別れた亭主が最後の晩に雄蜘蛛を食い千切ったと分かるような気が来ます。もし道子と別れることになってしまったら、右内腿の雌のヒメグモを齧り取ってしまうかもしれない。いやきっとそうするでしょう。道子は可愛そうに蜘蛛の巣の女になります。そうなっては可哀そうだから蜘蛛の糸をその線に沿って舐めました。舌先が割れるほどに蜘蛛の巣を舐めました。蜘蛛の巣が消えれば蜘蛛が消えてもおかしくない。私が連れて行っても問題はない。右と左に雌雄の痣が残るだけです。
「消えちゃうから止めて」
 道子がいきなり私の上から離れました。そして疲れたのかまた掛布団の上にうつ伏せに眠るのでした。尻を少し上げ、手足を広げて眠る姿勢は蜘蛛そのものです。
 
 翌朝食事を済ませタクシーを手配してもらいました。主は道子に深く頭を下げていました。
「これお土産」
 道子が主に渡したのは昨夜置き忘れた手拭いでした。どうして道子はそんなことをするのでしょうか。昨夜の主の行動に気付いていたのでしょうか。主は臭いを嗅いでいます。
「まだ湿っていていい感じですよ奥様」
 二人は笑っています。タクシーは発車しました。
「お客さん、あそこは雪が多いからね、行けるとこまででいいね」
 車は除雪された細い道をゆっくりと進んで行きます。すると道子が腰を上下に動かして喘ぎ始めたのです。運転手は道子が自慰をしていると知り喜んでバックミラーばかり見ています。
「感じるのよ、私の蜘蛛が、雄蜘蛛が近付いているのよ」
 道子は激しく腰を動かしています。蜘蛛が巣を揺らすように道子の太腿が揺れています。運転手がバックミラーを道子の股間に合うよう調整しています。 
 父の故郷に到着しました。
「待ってますから、ごゆっくり」
 運転手はにやけて言った。叔母が父宅の鍵を開けてくれた。
「きつねでも入って兄さん齧られても可哀そうだから錠しといた」
 叔母を先頭に入る。居間に棺が見える。
「あれ、こんな蜘蛛の巣いつ張ったか」
 叔母が箒で蜘蛛の巣を払おうとすると道子が恐い顔して箒を掴んだ。叔母は逃げるように出て行った。
「どうしたんだ道子、世話を焼いてくれた叔母さんに悪いじゃないか」
 道子は何も言わずに棺の窓から父をじっとみています。
「ねえ、棺開けて」
「どうするの棺開けて?」
「いいから開けて」
 道子が怒鳴りました。私は蝶番で観音開きの蓋を開けました。父の目が薄く開いたように見えたのは私の錯覚でしょうか。
「冷え切っている、でも気持ちいい」
 道子は白装束を捲り父の上に覆い被さりました。
「止めなさい道子」
「蓋を閉めて、お願い、蓋を閉めて」
 あまりにも切ない目をしていたので可哀そうになり蓋を閉めました。窓には揺れる道子の髪しか見えません。蓋が小刻みに動いています。カタカタと蝶番が微妙な開閉をしています。玄関で音がしました。叔母が戻って来ました。お茶を入れたお盆を落として三和土で腰を抜かしました。玄関を出ても立ち上がれずに手で雪を掻いて自宅に向けて進んでいます。棺の揺れは大きくなりました。道子の髪が逆立っています。そしてゆっくりと揺れは収まり蓋が正位置に収まるカタと言う音がしました。道子が動かないので不安になり蓋を開けました。道子の下着は足元まで下がり、右足は下着から抜け出ていました。道子はゆっくりと腰から立ち上がり棺から出ました。父の白装束は開け、恐ろしいことに勃起していたのです。道子の蜜に包まれた父はまだヒクヒクと上下運動をしています。
「あなたの三番目のお母さんを教えてあげる。私よこの変態息子」
 道子が訳の分からないことを言っています。
「おい、道子、しっかりしなさい。気を確かに持ちなさい」
 道子は笑っています。しかし私の股間は膨らみそれを見られてしまいました。道子は私のズボンのチャックを下ろし弾け出る私を強く握りました。
「これが変態なのよ。親の情事で興奮する男が変態じゃなくて」
 私は情けないことに道子の言う変態でした。
「だけどどうして私が道子の三番目のお母さんなんだ、そんな嘘は良くない」
 道子は私の首を掴まえて棺の窓に押し当てました。父の口がうっすらと開いています。その口の歯の隙間から蜘蛛が這い出て来ました。道子は棺の蓋の上に跨り大きく足を開きました。
「窓を開けてよ、雄蜘蛛が出られないじゃない」
 私は棺の窓を開けました。雄蜘蛛は窓から出ると辺りを見回し道子の方へ進んで行きました。そして道子が広げる右太腿を上り始めました。そして喰い千切られた後にピタと収まったのです。そうです道子の太腿のあの雄蜘蛛を喰い千切ったのは私の父で、道子こそ三番目の母親だったのです。あれからずっと雄蜘蛛は父のペットとなり体内に出たり入ったりしていたのでしょうか。そして蜘蛛のいない天井から状差しに支点を繋ぐ蜘蛛の巣はこの雄蜘蛛の巣でしょうか。数十年ぶりに再会した雌雄の蜘蛛は大きく身体を揺すっています。そして尻の赤い雌蜘蛛が道子の太腿から下りて、柱を伝い状差しから支点の糸を伝い蜘蛛の巣の真ん中で大きく身体を揺すっています。そしてその後を雄蜘蛛が追いかけて行きました。もう道子の太腿には空の蜘蛛の巣と喰い千切られた跡しかありません。そして道子は萎んで行きました。状差しにある一通の茶色く変色した封筒は、私が送った父への絶縁状でした。
 
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