1 / 5
チェリー叔母さん 1
しおりを挟む
チェリー叔母さんから暫く厄介になると電話があったのは梅雨の蒸し暑い日でした。エアコンも古く音がうるさいと隣のやくざ風の男から苦情がきていた。
「お宅のエアコン、壊れてんじゃねえの、俺がいちゃもん付けてると思ってんのか。うちに来てみな」
昨日の夕方ベランダのへたて越しに隣のやくざ風の男が声を掛けてきた。二階建ての木造アパートで、本当はエアコンより壁越しの声がうるさく聞こえる。僕は隣が引っ越してきた半年前からずっと我慢している。麻雀の牌を掻きまわす音は週末なら朝まで続く。「ポン」と大きな声に跳び起きたことがあった。このやくざ風は僕が静かにしているから防音対策ばっちりだと勘違いしているに違いない。一人暮らしで趣味は読書と日記付けぐらい。テレビはないしラジオはイヤホンで聞く癖があり僕の部屋から隣に音漏れすることはない。だから自分達の音も漏れていないと思っているんだ。
「来いって言われても落ちたら怪我しますね」
ベランダの手すりを超えて移動するのは危険である。
「いいか、先に隔て板の上に右手を掛けろ。そうだ、それで左足を手摺まで上げてみな」
玄関から入るように言うかと思った。そうじゃなくてベランダを乗り越える術を伝授するつもりだ。情けないことに指示通り動いてしまった。
「そうだ、そしたら左手を左足のすぐ横に掛けて、そう、隔て板の右手と手摺の左手をグイと引っ張るに合わせ、いいか、ここが肝心、腹に力入れて右足を手摺の中断に掛け一気に上がる。ほら出来た」
やくざ風は拍手して喜んだ。半年前から恐い奴だと敬遠していたが意外とやさしいのかもしれない。人付き合いが苦手な僕の思い過ごしなら良かった。そして隣のベランダに飛び降りた。ゴーカラカラ、ゴーカラカラと確かに気になる。
「なっ、俺は嘘吐いてねえだろ、自分で聞いてうるさいよな」
やくざ風は僕が納得したので安心したようだ。
「確かに、うるさいですね。どうもすいません」
僕は取り敢えず謝った。
「ゴーだけならいいのさ、カラカラが不規則的に来るだろ、これが気になるんだ。夜中にカラカラが気になったらどうにもならないぞ。だがまあ、分かってくれりゃいいんだ。でどうする?」
どうすると言ってもどうしようもない。アルバイトと親の仕送りで学費もいっぱいである。このエアコンもエアコン付きの物件だから借りることにしたわけで、どうすることも出来ない。
「我慢します」
やくざ風の男はキョトンとしている。
「何だって?」
「暑いの我慢します。窓開けてれば少しは風入るし」
男は渋い顔になった。僕の答えが面白くないようだ。
「お前よ、学生だろ、この糞暑いのにクーラー無しで勉学に励めんのか、馬鹿野郎。俺が許さねえよ」
変なところで叱られたが僕には我慢してこの夏を乗り切るしかない。
「でも、それ以外に方法はありません、それとも僕のことを心配して下さるなら音を我慢していただくか」
「調子に乗るなよこの野郎。ゴーカラカラをずっと聞いていたらノイローゼになっちまうよ」
もしかしたら我慢してくれるかもしれないと思って言うだけ言ったがやっぱり叱られた。
「よし、買え」
「えっ」
やくざ風の男は部屋に戻り革ジャンの内ポケットから札入れを出した、唾をたっぷりつけて札を数え十万円を僕に差し出した。
「ほら受け取れ」
受け取ると唾がべったりと手に付いた。
「これ何ですか?」
「決まってんじゃねえかエアコン代だよ。お前まさか最高級の、それも二十畳ぐらいのオフィス用を希望してるのか?」
僕は首を横に振った。六畳用でそこそこのメーカーでも七万もあれば十分だ。
「違います、その前にこんなお金をお借りしていいんですか?返す当てが今のところありません。やっぱりお返しします」
「誰が貸すって言った。俺やくざだよ、博打打ちだよこう見えても、学生に金を貸す程しけちゃいないっつうの。一先ず今は必要のない金を遊ばせておいてももったいないだろう。そうだろ、だったらいいじゃねえか、お前は涼しいとこで勉学に励み、俺は静かになって安心してよく眠れる。お互いにいいことばかりだ、なあ学生、ケツの小せいことを考えるな」
僕はよく分からないが返しても受け取ってはくれそうもない。
「ありがとうございます。それじゃお借りします」
「何?」
「いえ頂戴いたします」
やくざ風の男は手を出した。握手だった。中指と人差し指の先が固い。
「これか?気が付いたか、麻雀ダコだよ。学生は気付いていないかもしれないがここで麻雀をやってる。まあ鴨を見付けて小遣い稼ぎだけどな。ここで稼いで兄貴と雀荘に行く。そこはプロの博打だ。学生が見たことのねえような額が動くんだ。まあ俺はまだ兄貴の手元だ。早く相棒になってでっかい勝負してえなあ」
やくざ風の男は麻雀ダコを摩りながら夢を語った。ここで麻雀やっているのはよく存じてます。クーラーの室外機の音で眠れないと仰いましたが僕は麻雀の音でほとんど寝付けません。
「それじゃそろそろ失礼します」
僕はベランダの隔て板に左手を掛けた。
「待て学生、お前右利きだろ、それじゃベランダ返しは危ない。落ちたらどうすんだ、玄関から出ていけ」
部屋はすごくきれいにしている。うちとの間仕切り壁に麻雀台がピッタリとくっ付けてある。牌もきれいに並べられていた。
「学生、お前麻雀は?」
「先輩とたまに、並べるだけです」
「そうか、役は分かるのか?」
「大体、腑は分かりませんが」
やくざ風の男はにやけている。
「あのう、お名前を教えていただけませんか?」
「順次兄貴でいいよ。お前は?」
「池田幸太郎です」
昭和63年6月19日、午後四時五十分だった。
地下鉄阪東橋駅を降りて天丼を食っている。店が狭いので大きなキャリーバッグは外に倒して置いてある。尻と腿の付け根がはっきり分かるほど短いホットパンツを穿いている。ノースリーブのシャツはへそ丸出し。天丼を食い終わりキャリーバッグに腰を下ろしている。大通公園にいた作業服の男が女の正面に座った。
「いい眺めだなあ」
男が女の股間を眺めている。
「ほら」
女は男にサービスしている。
「ほれ」
足を広げたり閉じたりする。男が「よっ」と拍手する。
「これ以上は有料、小屋においで。明後日から井土ヶ谷、日ノ出町って横浜で半年回るよ」
男が名前を尋ねた。
「チェリーって東北じゃ売れっ子だよ」
僕は交番の陰からずっとこの様子を見ていた。昔からハチャメチャに明るい性格だったけどここまで進化していると思わなかった。
「幸太郎、何やってんだ、早く案内しろよ」
見つかった。信号を大勢の人が渡っている。そして僕とチェリー叔母さんを交互に見て笑っている。
「幸太郎、久しぶりだな、あたいが高校三年の時以来だから、何年振りだ?」
「多分十二年振りです。お前まだあたいのことが好きなのか?」
ここでそういう話はやめましょう。みんな見てますよ。テレパシーは通じない。ともかく、初恋のチェリー叔母さんと天丼屋の前で十二年振りに再会しました。チェリー叔母さんは三十になる。親父の兄弟では八人兄弟の一番末っ子。僕はキャリーバッグを転がしてアパートに案内した。三畳の台所と六畳、人が立つのがやっとのベランダで共同生活が始まる。チェリー叔母さんは僕の初恋だけどそれは三か月間だけだった。商店街を右に曲がり小学校の手前の路地を右に曲がった三軒目。
「ここか幸太郎、汚ったねえアパートだな。まあしょうがねえな、小作の倅で貧乏大学生じゃこんなもんだ」
二階に案内する。鍵を開けると隣の順次兄貴が出掛けるとこだった。
「おおっ、幸太郎、てめえ」
順次兄貴は恐らく勘違いしている。エアコン代を女遊びに変えたと思っているに違いない。
「てめえとは何だよてめえは」
やっちゃった。チェリー叔母さんが順次兄貴の胸をどついた。
「順次兄貴、違うんです。クーラーは明日来ます。八万二千円でした、木造で古い造りだと隙間があるから九畳用にしなさいと電気屋さんに勧められてそうしたんです。それにこの人は僕の叔母で池田桜子です」
僕は二人の間に割って入った。チェリー叔母さんは僕の肩越しで順次兄貴に眼付けている。
「幸太郎、なんだ順次兄貴って、お前、大学辞めてやくざになったのか」
チェリー叔母さんが揺れ動くたびに僕の背中に乳首が押し付けられる。気持ちいいけどその気になれないシチュエーション。
「叔母さんそうじゃないんだ、なんて言うか洒落みたいなもんで特にそういう関係じゃありません」
僕はうまくチェリー叔母さんに説明が出来なかった。相手から順次兄貴と呼ぶように言われ、渾名みたいな感覚で呼ぶことにしただけである。それも昨日の話だ。
「こりゃ失礼しました。幸太郎君の叔母様でいらっしゃいますか。いやお若いので幸太郎君がどっかのアバズレを昼間っから連れ込んで何かあっちゃいけねえと思ってね、それでさっきはついカッとなっちまいました」
僕の叔母と知り順次兄貴が激変した。そしてチェリー叔母さんの柔らかい乳首が僕の背中から離れた。
「いいかい、言っとくよ、あたいはやくざなんか恐くないからね、それに物凄い親分と友達だからね、チンピラ風情に舐められちゃいないよ。いいかい、あんた順次って言ったね、今後甥っ子を虐めたらあたいが許さないよ」
「いやごもっともです。叔母甥の関係でこれほど愛情を感じたことはありません。勉強になります」
「来年の一月までこれと同棲するから覚えときな」
チェリー叔母さんは凄んだ。
「あのう、それじゃあっしは何て呼ばせていただけばいいでしょうか、半年間も隣人同士、火事や盗人がある時はお互い様、それまで幸太郎君の叔母さんじゃ失礼だし」
順次兄貴が嬉しそうに麻雀ダコを擦っている。
「チェリーって仲間はそう呼んでるよ、あたいは呼び付けでも構わないよ」
「とんでもねえ、それじゃ改めてチェリーの姉御と呼ばせていただきます」
「勝手にしな」
鍵を開けるとチェリー叔母さんは「アッツ」と叫んでベランダの窓を全開にした。ノースリーブのシャツを脱いで物干しに掛けた。
「何見てんだい、車にぶつかるよ」
下を通る高校生が頬を赤くしてチラ見している。チェリー叔母さんは胸を掴んでブルブルッと揺らせた。
「明日も寄りな」
高校生はぺこんと頭を下げた。
「幸太郎、エアコン無いのか?」
チェリー叔母さんはセミヌードで僕の椅子に座った。
「すいません、シャツ来てください」
「そうか、幸太郎は恥ずかしいのか」
そう言ってキャリーバッグを開いてスケスケのワイシャツを羽織って第二ボタンだけをはめた。僕は音のうるさいエアコンをつけた。ゴーカラカラと最後の頑張りを見せた。
「明日、新しいエアコンが来ます」
その経緯を話すのは止めた。
「幸太郎、ごめんな、お前に迷惑掛けて」
チェリー叔母さんは外を見て寂しそうに言った。確かに三十になる女がどうして僕の所に居候するのだろう。僕は初恋の、憧れのチェリー叔母さんだったから二つ返事で受けてしまったが、さっき聞き捨てならないことを言った、半年同棲すると。僕は長くても数日、どこかに旅立ちする一時しのぎだとばかり思っていた。その理由を聞いてみたいが怒られそうな気もする。
「叔母さん、布団は僕のでいいですか?僕は押し入れで寝ますから心配要りません」
布団と言っても敷布団とタオルケットしかない。それに閉めっぽい。
「遠慮するな、一緒に寝よう幸太郎」
「お宅のエアコン、壊れてんじゃねえの、俺がいちゃもん付けてると思ってんのか。うちに来てみな」
昨日の夕方ベランダのへたて越しに隣のやくざ風の男が声を掛けてきた。二階建ての木造アパートで、本当はエアコンより壁越しの声がうるさく聞こえる。僕は隣が引っ越してきた半年前からずっと我慢している。麻雀の牌を掻きまわす音は週末なら朝まで続く。「ポン」と大きな声に跳び起きたことがあった。このやくざ風は僕が静かにしているから防音対策ばっちりだと勘違いしているに違いない。一人暮らしで趣味は読書と日記付けぐらい。テレビはないしラジオはイヤホンで聞く癖があり僕の部屋から隣に音漏れすることはない。だから自分達の音も漏れていないと思っているんだ。
「来いって言われても落ちたら怪我しますね」
ベランダの手すりを超えて移動するのは危険である。
「いいか、先に隔て板の上に右手を掛けろ。そうだ、それで左足を手摺まで上げてみな」
玄関から入るように言うかと思った。そうじゃなくてベランダを乗り越える術を伝授するつもりだ。情けないことに指示通り動いてしまった。
「そうだ、そしたら左手を左足のすぐ横に掛けて、そう、隔て板の右手と手摺の左手をグイと引っ張るに合わせ、いいか、ここが肝心、腹に力入れて右足を手摺の中断に掛け一気に上がる。ほら出来た」
やくざ風は拍手して喜んだ。半年前から恐い奴だと敬遠していたが意外とやさしいのかもしれない。人付き合いが苦手な僕の思い過ごしなら良かった。そして隣のベランダに飛び降りた。ゴーカラカラ、ゴーカラカラと確かに気になる。
「なっ、俺は嘘吐いてねえだろ、自分で聞いてうるさいよな」
やくざ風は僕が納得したので安心したようだ。
「確かに、うるさいですね。どうもすいません」
僕は取り敢えず謝った。
「ゴーだけならいいのさ、カラカラが不規則的に来るだろ、これが気になるんだ。夜中にカラカラが気になったらどうにもならないぞ。だがまあ、分かってくれりゃいいんだ。でどうする?」
どうすると言ってもどうしようもない。アルバイトと親の仕送りで学費もいっぱいである。このエアコンもエアコン付きの物件だから借りることにしたわけで、どうすることも出来ない。
「我慢します」
やくざ風の男はキョトンとしている。
「何だって?」
「暑いの我慢します。窓開けてれば少しは風入るし」
男は渋い顔になった。僕の答えが面白くないようだ。
「お前よ、学生だろ、この糞暑いのにクーラー無しで勉学に励めんのか、馬鹿野郎。俺が許さねえよ」
変なところで叱られたが僕には我慢してこの夏を乗り切るしかない。
「でも、それ以外に方法はありません、それとも僕のことを心配して下さるなら音を我慢していただくか」
「調子に乗るなよこの野郎。ゴーカラカラをずっと聞いていたらノイローゼになっちまうよ」
もしかしたら我慢してくれるかもしれないと思って言うだけ言ったがやっぱり叱られた。
「よし、買え」
「えっ」
やくざ風の男は部屋に戻り革ジャンの内ポケットから札入れを出した、唾をたっぷりつけて札を数え十万円を僕に差し出した。
「ほら受け取れ」
受け取ると唾がべったりと手に付いた。
「これ何ですか?」
「決まってんじゃねえかエアコン代だよ。お前まさか最高級の、それも二十畳ぐらいのオフィス用を希望してるのか?」
僕は首を横に振った。六畳用でそこそこのメーカーでも七万もあれば十分だ。
「違います、その前にこんなお金をお借りしていいんですか?返す当てが今のところありません。やっぱりお返しします」
「誰が貸すって言った。俺やくざだよ、博打打ちだよこう見えても、学生に金を貸す程しけちゃいないっつうの。一先ず今は必要のない金を遊ばせておいてももったいないだろう。そうだろ、だったらいいじゃねえか、お前は涼しいとこで勉学に励み、俺は静かになって安心してよく眠れる。お互いにいいことばかりだ、なあ学生、ケツの小せいことを考えるな」
僕はよく分からないが返しても受け取ってはくれそうもない。
「ありがとうございます。それじゃお借りします」
「何?」
「いえ頂戴いたします」
やくざ風の男は手を出した。握手だった。中指と人差し指の先が固い。
「これか?気が付いたか、麻雀ダコだよ。学生は気付いていないかもしれないがここで麻雀をやってる。まあ鴨を見付けて小遣い稼ぎだけどな。ここで稼いで兄貴と雀荘に行く。そこはプロの博打だ。学生が見たことのねえような額が動くんだ。まあ俺はまだ兄貴の手元だ。早く相棒になってでっかい勝負してえなあ」
やくざ風の男は麻雀ダコを摩りながら夢を語った。ここで麻雀やっているのはよく存じてます。クーラーの室外機の音で眠れないと仰いましたが僕は麻雀の音でほとんど寝付けません。
「それじゃそろそろ失礼します」
僕はベランダの隔て板に左手を掛けた。
「待て学生、お前右利きだろ、それじゃベランダ返しは危ない。落ちたらどうすんだ、玄関から出ていけ」
部屋はすごくきれいにしている。うちとの間仕切り壁に麻雀台がピッタリとくっ付けてある。牌もきれいに並べられていた。
「学生、お前麻雀は?」
「先輩とたまに、並べるだけです」
「そうか、役は分かるのか?」
「大体、腑は分かりませんが」
やくざ風の男はにやけている。
「あのう、お名前を教えていただけませんか?」
「順次兄貴でいいよ。お前は?」
「池田幸太郎です」
昭和63年6月19日、午後四時五十分だった。
地下鉄阪東橋駅を降りて天丼を食っている。店が狭いので大きなキャリーバッグは外に倒して置いてある。尻と腿の付け根がはっきり分かるほど短いホットパンツを穿いている。ノースリーブのシャツはへそ丸出し。天丼を食い終わりキャリーバッグに腰を下ろしている。大通公園にいた作業服の男が女の正面に座った。
「いい眺めだなあ」
男が女の股間を眺めている。
「ほら」
女は男にサービスしている。
「ほれ」
足を広げたり閉じたりする。男が「よっ」と拍手する。
「これ以上は有料、小屋においで。明後日から井土ヶ谷、日ノ出町って横浜で半年回るよ」
男が名前を尋ねた。
「チェリーって東北じゃ売れっ子だよ」
僕は交番の陰からずっとこの様子を見ていた。昔からハチャメチャに明るい性格だったけどここまで進化していると思わなかった。
「幸太郎、何やってんだ、早く案内しろよ」
見つかった。信号を大勢の人が渡っている。そして僕とチェリー叔母さんを交互に見て笑っている。
「幸太郎、久しぶりだな、あたいが高校三年の時以来だから、何年振りだ?」
「多分十二年振りです。お前まだあたいのことが好きなのか?」
ここでそういう話はやめましょう。みんな見てますよ。テレパシーは通じない。ともかく、初恋のチェリー叔母さんと天丼屋の前で十二年振りに再会しました。チェリー叔母さんは三十になる。親父の兄弟では八人兄弟の一番末っ子。僕はキャリーバッグを転がしてアパートに案内した。三畳の台所と六畳、人が立つのがやっとのベランダで共同生活が始まる。チェリー叔母さんは僕の初恋だけどそれは三か月間だけだった。商店街を右に曲がり小学校の手前の路地を右に曲がった三軒目。
「ここか幸太郎、汚ったねえアパートだな。まあしょうがねえな、小作の倅で貧乏大学生じゃこんなもんだ」
二階に案内する。鍵を開けると隣の順次兄貴が出掛けるとこだった。
「おおっ、幸太郎、てめえ」
順次兄貴は恐らく勘違いしている。エアコン代を女遊びに変えたと思っているに違いない。
「てめえとは何だよてめえは」
やっちゃった。チェリー叔母さんが順次兄貴の胸をどついた。
「順次兄貴、違うんです。クーラーは明日来ます。八万二千円でした、木造で古い造りだと隙間があるから九畳用にしなさいと電気屋さんに勧められてそうしたんです。それにこの人は僕の叔母で池田桜子です」
僕は二人の間に割って入った。チェリー叔母さんは僕の肩越しで順次兄貴に眼付けている。
「幸太郎、なんだ順次兄貴って、お前、大学辞めてやくざになったのか」
チェリー叔母さんが揺れ動くたびに僕の背中に乳首が押し付けられる。気持ちいいけどその気になれないシチュエーション。
「叔母さんそうじゃないんだ、なんて言うか洒落みたいなもんで特にそういう関係じゃありません」
僕はうまくチェリー叔母さんに説明が出来なかった。相手から順次兄貴と呼ぶように言われ、渾名みたいな感覚で呼ぶことにしただけである。それも昨日の話だ。
「こりゃ失礼しました。幸太郎君の叔母様でいらっしゃいますか。いやお若いので幸太郎君がどっかのアバズレを昼間っから連れ込んで何かあっちゃいけねえと思ってね、それでさっきはついカッとなっちまいました」
僕の叔母と知り順次兄貴が激変した。そしてチェリー叔母さんの柔らかい乳首が僕の背中から離れた。
「いいかい、言っとくよ、あたいはやくざなんか恐くないからね、それに物凄い親分と友達だからね、チンピラ風情に舐められちゃいないよ。いいかい、あんた順次って言ったね、今後甥っ子を虐めたらあたいが許さないよ」
「いやごもっともです。叔母甥の関係でこれほど愛情を感じたことはありません。勉強になります」
「来年の一月までこれと同棲するから覚えときな」
チェリー叔母さんは凄んだ。
「あのう、それじゃあっしは何て呼ばせていただけばいいでしょうか、半年間も隣人同士、火事や盗人がある時はお互い様、それまで幸太郎君の叔母さんじゃ失礼だし」
順次兄貴が嬉しそうに麻雀ダコを擦っている。
「チェリーって仲間はそう呼んでるよ、あたいは呼び付けでも構わないよ」
「とんでもねえ、それじゃ改めてチェリーの姉御と呼ばせていただきます」
「勝手にしな」
鍵を開けるとチェリー叔母さんは「アッツ」と叫んでベランダの窓を全開にした。ノースリーブのシャツを脱いで物干しに掛けた。
「何見てんだい、車にぶつかるよ」
下を通る高校生が頬を赤くしてチラ見している。チェリー叔母さんは胸を掴んでブルブルッと揺らせた。
「明日も寄りな」
高校生はぺこんと頭を下げた。
「幸太郎、エアコン無いのか?」
チェリー叔母さんはセミヌードで僕の椅子に座った。
「すいません、シャツ来てください」
「そうか、幸太郎は恥ずかしいのか」
そう言ってキャリーバッグを開いてスケスケのワイシャツを羽織って第二ボタンだけをはめた。僕は音のうるさいエアコンをつけた。ゴーカラカラと最後の頑張りを見せた。
「明日、新しいエアコンが来ます」
その経緯を話すのは止めた。
「幸太郎、ごめんな、お前に迷惑掛けて」
チェリー叔母さんは外を見て寂しそうに言った。確かに三十になる女がどうして僕の所に居候するのだろう。僕は初恋の、憧れのチェリー叔母さんだったから二つ返事で受けてしまったが、さっき聞き捨てならないことを言った、半年同棲すると。僕は長くても数日、どこかに旅立ちする一時しのぎだとばかり思っていた。その理由を聞いてみたいが怒られそうな気もする。
「叔母さん、布団は僕のでいいですか?僕は押し入れで寝ますから心配要りません」
布団と言っても敷布団とタオルケットしかない。それに閉めっぽい。
「遠慮するな、一緒に寝よう幸太郎」
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる