魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第五章:プリンセス、最果ての地に散る

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「そろそろご説明申し上げてもよろしいでしょうか?」

 セバスさんの遠慮がちな声で私たちは本題の方へと呼び戻された。
 メルさんはしっかり普段通りに戻っているみたい。口調が普通の女の子ぽくなった時の狼狽の仕方は正直驚いた。何があってもニヤニヤしている人だと思っていたのに意外な面があるものね。まぁ人生色々って事ね。

「さて、ハートバルーンですが、いくら割れても次々作られますので割れること自体は特に問題はございません」

 言いながらセバスさんはバルーンに触れて割ってみせた。パンッ! と弾けて消えたその後からまた赤い風船が膨らみ始めた。

「ではどなたか手以外の部分で触れてみてくださいませ」
「私がやってみよう」

 ノインさんが風船に肩を押し付ける。が、割れなかった。同様に頭で、足で、体で触れてみても風船は割れない。最後に手で掴もうと触れた瞬間、パンッと破裂音を残して風船は割れてしまった。

「このように手で触れると割れてしまう風船をあちらの箱の側まで持って行かなくてはなりません。それがこの試練に課されたルールの一つです」
「一つ? という事は?」
「ご明察でございますルクス様。二つ目のルールは男女ペアである事でございます。今回のメンバーですとルクス様は確定でそのパートナーはどなたでも大丈夫でございます。何度でも挑戦できますのでクリアするか、それとも……」
「他に出口……脱出する手段は?」
「ございません」
「滑り落ちてきた穴は?」
「地下は魔法の力が制限されております。回復系統など一部を除いて使用できないとお考えください。魔法を使わずにあの高さまで登れますか?」
「そんな……『雷光の矢』」

 確認の為に攻撃魔法を発動させてみた。結果は魔力が収束せず魔法はその体をなさなかった。私でも不可能。
 治癒や解毒は発動したのに……。

「セバスさん、橋から落ちた時はどうなるのですか?」
「ご心配なく。最初のゼリープールに落ちるだけでございます。よほどの不運がなければ命を脅かす事はございません」
「そうですか……ルクス、やりましょう。ここから出る為には試練とやらを突破するしかないようです」
「わかった。しかし……」

 ルクス様が私たちを見回してため息をついた。
 どうしたのでしょうか? 何か問題でも?

「私が風船に触れられたなら是非ともルクス様と抱き合う栄誉に与れましたのに……皆様が羨ましいですわ」
「あ~そういう事か!」

 なるほどなるほど。確かにあの狭い橋……というか板の上を二人一緒に渡るとなると抱き合うでもしないと難しいかもしれない。しかもただ渡るだけでなく『手』以外の部分で風船を持って行かないといけない。
 メイド娘の言う通り二人の間で挟んで抱き合うのが真っ先に思い浮かぶ。
 役得とか思わないルクス様ってばさすが勇者様ね。(笑)

「……ノイン、行けるか?」
「問題ない」
「そうか。ならばまずは俺たちでやってみよう」

 こうしてファーストチャレンジが始まった。
 向かい合うルクス様とノインさん。正面から抱き合う二人の間には真っ赤なハート型の風船。
 落とさないようにお互いの背中に手を回してゆっくりと橋を渡り始めた。
 一見すると抱きしめ合うカップルの熱い抱擁なのだけれど赤い風船が視界に入ると途端に醸し出されるバラエティー感。
 どうせなら美男美女の嬉し恥ずかしなシチュを堪能したいものです。一体誰得なんですかね? この試練……ああ、勇者様は合法的に婚約者他の女性と抱き合えるビッグチャンスですね。私なら偶然を装って二、三回落ちてやり直しますね。(笑)

「ノイン十分に気をつけて。落ちても死なないとは言えまた……その、あの中に落ちるのは……」
「大丈夫だ。私たちならこの程度でバランスを崩して落ちる事はない。すぐに鍵を持ち帰って見せるさ」

 抱き合う二人がカニのように横向きに進んでいく。
 やはり風船が間にある分橋の幅はギリギリに近い。鎧を外しておいてよかった。でもホント役得ですね勇者様。ノインさんて結構着痩せするタイプだったんですね。アレ胸当たってますよね……。

「……意外と簡単ですね。落とさないように慎重に進んでいるからまだ半分くらいですけれど……」
「そうね。この調子なら問題なさそうだわ」
「おっと、申し訳ございません。言い忘れておりましたが中程を通過しますとお邪魔ギミックが作動いたします」
「やっぱりだねぇ……これだけだと簡単すぎると思ったねぇ」
「ルクス様ノイン様どうぞお気をつけください」

 セバスさんがそう説明を終えたその時、左右の壁から何かが飛んできた。

「ノイン!?」
「待て! 慌てるなバランスを崩す!」

 庇おうと動いた拍子に風船が胸の間から二人のお腹の間に。先ほどまでよりも確実に二つの柔らかな膨らみがルクス様の逞しい胸板に押し付けられている。

「気にせず進もう。ボール? のようだ。当たったところで大して問題はないだろう」
「毒物の可能性は?」
「ゼロではないが殺すつもりはないのだろう。仮に毒を受けたとしてもソフィスとキラリがいる。心配無用だ」
「そ、そうだな……」
「それと、恥ずかしがるな。私まで恥ずかしくなる。女の胸程度経験がないわけではないだろう」
「………………」

 ボールに続いて今度は風が二人のバランスを崩そうと吹き付けた。しかしそれも大した効果はない。風船の位置がお腹のあたりにずれた事で多少歩きにくそうにしているけれど、まだ大丈夫そうだ。

「頑張れ……」

 思わず手を握って応援してしまう。

「なかなかやりますな。ジェルボールにも負けず風にも負けず……」
「ジェルボール……? 嫌な予感がするねぇ……」
「奇遇ですね。私もですメルさん」

 その予感通りノインさんの腰の辺りに当たったボールが弾けて液体をばら撒いた。

「くっ……」
「大丈夫か!?」
「ああ……少し浸みてきて驚いた……だけだ……」
「そうか。ならば進むぞ」
「ぁ……ああ……」

 それから数度ジェルボールはノインさんに当たって中身をばら撒いた。その度に進む速度は遅くなり、そしてノインさんの様子がおかしい。

「はぁ……はぁん……ぁあ……」
「だ、大丈夫か……」

 そういうルクス様の方も様子がおかしい。先程からノインさんから視線を逸らして一向に向き合おうとしていない。それはそうよね……あれだけの美人さんがあんな表情をしてちゃ正視できないわよね。今の二人の状況じゃ完全に蛇の生殺し状態だもの。
 頑張れ勇者!(笑)

「んぁ……ぁ、ぁ……」

 ついには一歩進むたびにノインさんの体が震え、微かな声が漏れてくるようになった。

「ノイン! 大丈夫なの! 苦しいのなら無理しないで! きっと何かの毒物が混入されているのね」
「えっと……」
「まぁ毒物は毒物……なのかねぇ?」
「どうでしょうか? 毒物って言うのでしょうか?」
「何を言ってるの!? ノインがあんなにも苦しんでいるじゃない!?」
「あーまぁ苦しんでいる……のかねぇ? 苦しいと言えば……苦しいのかねぇ?」

 先程身をもって経験したはずなのに……気がついていないのかその振りなのか……判断に迷う部分だけれど……。

「はっきりしないですわね!? なんなのですか!?」
「媚薬ですよお姉様」

 お怒りのお姉様に私は率直に答えを提示してみることにした。

「なっ!? な、な、な……」

 途端に顔を真っ赤に染めて私とノインさんの間を彷徨い始める視線。

「先程といい今回といい……どうしてそんなものばかり……」
「そんなものでしょう?」
「そんなものだねぇ」
「貴女達は……」

 怒ったり恥ずかしがったり。そういえば私も最初の頃はそうだったかしら? いつの間にか慣れすぎてしまっていたみたい。これはこれで男性ウケが悪いのではないかしら? 私も嘘でもキャァキャァ言ったほうがいいのかもしれない。レッツ女子力アップ!
 とかなんとかやっているうちにあちらで展開があった。

「「「あっ!!??」」」

 完全に足が止まっていた二人に横から何かがぶつかった。そしてそのまま落下していく……。
 ほんの一瞬の出来事でそれこそ注意の声をあげることもできなかった。
 無人となった橋の上をサンドバックのようなモノがギシギシとロープを軋ませながら揺れていた。



「すまなかった……」

 解毒の魔法をかけて落ち着いたノインさんが開口一番発した言葉。

「仕方がないねぇ」
「いいのよノイン。貴女が無事でよかったわ」
「そうですよノインさん。気にしないでください。何度でも挑戦すればいいだけですから」
「そ、そうだな何度でも挑戦しよう……まぁ出来るだけ少ない回数がいいが……」
「すまない……」
「ルクス!」
「そんなもったいない!? 私だったらわざと落ちてでもお姉様の火照ったご尊顔を拝謁し続けるものを……どうして女の子に生まれたのか……」
「あなたねぇ……」
「いひひ。ぶれないねぇキラリちゃんは……。さて、次は私が行こうかな。それでいいかねぇ?」

 おっ!? 次はメルさんの素敵な表情が見れるんですね!

「残念ながらその期待には応えられないからねぇ? 私のそういう顔は旦那様にだけだねぇ……なんてね」
「あら残念……というかですね、人の心を読まないで貰えますか!?」
「キラリちゃんはわかりやすいからねぇ。それじゃ行きますかねぇ」

 不敵な笑みを浮かべてルクス様を引っ張っていくメルさん。先程の状況を見た上であの自信。何か考えがあるのは間違いなさそう。
 果たして上手くいくのかーー!?


 内容は割愛しましょう。
 そして結果は……見事クリア。
 それにしても……おんぶアリなんだ……。
 休日のお父さんと子供……と言うには少し大きいかしらね。でもまぁ、そんな感じでした。
 そしてあの程度の橋なら人一人をおんぶしても勇者様なら目を瞑ってでも走り抜けられそうだった。それくらいの安定感アンドものの数秒で駆け抜けた。
 執事とメイドが唖然としていた事は言うまでもないがどこかノインさんも悔しそうだった。
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