妖精王の住処

穴澤空

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「えぇと、これだこれ」

 押し入れの中に押し込んでいた段ボールを引っ張り出す。

「何をしてるんだ?」
「あ、オル。ちょっと大きくなってこれ受け取って」
「人を雑用係に使うんじゃないよ」

 そんなことを言いながらも、すぐに大きくなって段ボールを受け取ってくれる。私の体では引っ張り出すのも一苦労だったそれは、オルの腕の中に収まると、ずいぶんと小さく見えた。

「くっ、三十センチの壁……!」
「何を言ってるんだ」

 首を傾げながら、これどこに置く? と聞いてくる。

「あ、その辺の床に置いて」

 段ボールを開くと、中からさらに小さな箱が出てきた。

「箱のからくりか?」
「単に入れ子にして、しまってるだけだよ」

 面白いことが始まるのでは、とわくわくしているオルに、その箱を引っ張り出してもらった。そもそもこの箱の中身は、オルのためのものなのだ。
 段ボールの三分の二を占める箱を引っ張り出すと、オルにそのまま箱を開けるように告げる。

「……ん? これはなんだ? 屋根?」

 箱の上を開けると見えるのは、プラスチックでできた屋根だ。そう、これはミニチュアの動物の人形が住むための家。

「以前、懸賞であたってもらったんだけど、使わないからしまい込んでたの」

 他の賞目当てで送ったハガキが引き当てたのは、おもちゃの人形のための家だった。オルに初めて出会ったときに、この家の存在を思い出してはいたのだが、どこにしまったのか思い出せなく、そのままにしていた。ようやく押し入れの天袋にしまい込んだことに気付いたのだ。

「オルが小さいサイズでいるとき用の家にどうかなって」
「おお! 我が城ということか!」

 城、と言われると困る。それはあくまでも動物の人形の森の家だ。おそらくあの動物たちは庶民だろう。そういえば、妖精王の城ってどんな城だろうか。やっぱりドイツのノイシュバンシュタイン城のような、おとぎ話に出てきそうなものだろうか。

「ま、ノイシュバンシュタイン城って、割と最近の城らしいけどさ」
「なんだ、ノイシュバンシュタイン城って」
「いやいや、妖精王の居城ってどんなもんかと思ってね」

 私の言葉に、オルは片方の眉を上げた。お、その表情良いねぇ。格好良い。

「城ねぇ。そんな御大層な名前のものは特にない」
「ない?」
「言っただろう? 金銀財宝は、人間の価値観で貴重だとしていると。城もそれと同じだ。妖精の故郷は一年中穏やかな気候の妖精郷。大きな葉の下で眠ることもあれば、可憐な花の褥を得ることもあるのさ」

 それは想像するだけで、なんとも極楽のようなものだった。きっとお釈迦様も仏様も──あ、それは同一人物なんだっけ? イエス・キリストがいるという天国も、そんな場所なのかもしれない。そう考えることがすでに、人間の価値観なのかもしれないけれど。

「あれ、じゃぁこの家は不要だった?」
「待て! これはなかなか面白い趣向じゃないか」

 オルは、箱から引っ張り出した家をしみじみと見る。一番オーソドックスなタイプの家なので凝った作りにはなっていないが、それでも屋根裏部屋と思われる場所を二階の部屋として、はしごも付いているし、中央には小さな扉も用意されている。もちろんその扉は

「ほう! これは開閉するのか」

 きちんと開くように、蝶番が付いているのだ。

「オル、扉なんて開けることないでしょう」
「だから面白いんじゃないか」

 楽しそうに扉を何度も開け閉めするが、大きいサイズのままなので、どうにも扉のつまみが掴み難いようだ。そりゃあ一八五センチほどの男の指では、子ども用のおもちゃのドアノブなんてつまめなくて当然だろう。

「小さくなれば?」
「そうだった!」

 パアッと点描の集中線が出そうな表情で私を見る。子どものようにはしゃぐオルに、思わずかわいい、だなんて思ってしまった。
 予想通り、小さくなったオルは、この家にぴったりのサイズだ。セットで付いているキッチンを見て、その蛇口に触れる。一瞬光ったと思ったら、そこから水がちょろちょろと出始めたではないか。

「えっ、ちょっとオル、何したのよ」
「せっかくだから実用的なものにしようかと」

 魔法? 今のは魔法なの? オル、そんなこともできるの?
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