妖精王の住処

穴澤空

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 私の疑問に気付いたのか、彼は笑いながらパタパタと私の鼻先まで飛んできた。──律儀に一度、玄関から出て。

「俺の扱うこれを、魔法と定義したいのだろう。昔から俺が見える人間はよくそう言ったものだからな」

 オルが昔いたのはイギリスだ。魔法が大好きな国民性。ファンタジー大国。わかる、わかるよ。私もファンタジー大好きだもん。妖精が現れて不思議な力を使ったら、それは魔法だよね。
 うんうん、と頷く私に、オルはあきれ顔を見せる。

「何を納得してるのか、だいたい想像はつくけどなぁ。まぁ、人間の言うところの魔法というものでかまわん。が、それだって人間のつけた名前だ」

 ちょん、と私の鼻先にオルの人差し指が触れた。そこが急に、ピカピカと光り出す。

「ちょっと!」
「ははは! それも人間の言う魔法というものだ。安心しろ、すぐに消える」

 赤鼻のトナカイのようになった私の鼻を、何度も指先でこすってみるが、なかなか消えない。まさか、オルの言う『すぐに』は、妖精時間のすぐにではなかろうか。
 不安になってオルを見れば、おもちゃの家の屋根裏部屋に置かれたベッドに触れていた。どうやら硬さを確認しているようだけれど、それはプラスチックのベッドで、別にマットレスが用意されているわけではない。

「オル、ベッドは私が用意した、いつものカゴの方が」

 鼻がピカピカと光り続けているのが視界に入り、若干──いや、かなり気になる。これ、ほんと早く消してくれないかな。

「なんだ、まだ光ってたのか」
「オル! あなたがやったんでしょう! 早く消してちょうだい!」

 まさか、わずか数分前に魔法をかけたことを忘れていたとかじゃないでしょうね。

「悪い悪い。忘れた訳じゃないぞ。ちょっと面白かったからな」
「面白がってないでよ。クリスマスのイルミネーションじゃないんだから」
「弥生を小さくさせて、モミの木にオーナメントのように吊すのは、かわいいのではないか?」

 ふむ、と考えるような顔で私を見る。ちょっと、そんな恐ろしい想像をするのはやめて欲しいわ。でも、オルは良いことを思いついたという顔をしている。本気っぽいから怖い。
 ここで、私はふと気付いた。

「……そうね。人間と妖精は価値観が違うのよね。良いと思うことも、恐ろしいと思うことも、素敵だと思うことも、異なって当たり前か」

 私の言葉に、オルはおや、という表情を浮かべる。

「何がきっかけかはわからんが、理解してくれたのなら素晴らしいな」
「オーナメント、本気だったってこと?」
「本気もなにも、かわいいだろう?」

 私に気付かせるために、あえて口にしたのかと思ったけれど、そうではないことに、急に背筋がひやりとした。

「そうだ。ベッドはこれよりも、弥生が先に用意してくれたものの方が良いな。あれはとても寝心地が良い」

 百円均一の店で買ってきた、鍵などを入れていた小さな籐のカゴに、ふかふか系のミニタオルを数枚重ねて敷き布団にし、結婚式用のレースのハンカチを掛け布団にした即席ベッドは、想像以上にオルに気に入ってもらえていたようだ。

「今まではバラの花の上に寝たりしていたからな。ああいうふかふかは初めてだった。バラは結構弾力があるしな」

 オルは重みがないから、花に負荷はかからないらしい。でも、バラの花のベッドだなんて、ロマンチックじゃないの。私は逆にそっちで寝てみたいわ。

「あのカゴはちょっと大きいから、この家には入らないわね」
「別にかまわん。この家はこの家で、過ごしてみるのには楽しそうだが、夜は弥生の枕元で眠る今のままが気に入ってる」

 え、これってオルが大きいサイズで言ってくれたら、かなりの胸キュン案件だったのでは。まぁ、小さいサイズで言われてしまったので、ちょっとごっこ遊び感満載でしたけどね。

「とりあえず、気に入ってくれたのなら良かったわ」
「とても気に入った。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」

 にっこりと笑い合う。エイジング加工とかをしてみたくて、捨てないでとっておいて良かったわ。時間ができたら、屋根とかに絵の具を塗って、ちょっと寂れた雰囲気を醸し出す家にして、庭に置こうと思っていたのよね。さすがにオルに家をあげたので勝手にはできないけど。あ、でも庭に置いたらそれはそれで、気に入ってくれるのかもしれない。そのうちやって良いか聞いてみよっと。

「この段ボールは捨てるのか?」
「あ、そうね。たたんで資源ゴミの日に出さないと」
「どれ、俺がたたんでやろう」

 ひゅ、と体を大きくすると、オルはその大きな手で簡単に段ボールをたたんでいく。いや、妙に人間の生活になじんでいない? 段ボールのたたみ方なんて、一体いつ覚えたのだろうか。
 たたんだ段ボールをまとめるために、庭で使っている麻紐とはさみを手渡せば、それもまた器用に束ねていった。あっという間にきれいにまとまった段ボールに、私がやるより上手じゃないか、なんて思ってしまう。

「資源ゴミの日はいつだ?」
「土曜日」
「……今日は?」
「土曜日」
「そうだよなぁ」

 はぁ、とわかりやすいため息をつかれた。どういう意味だ。

「なんで資源ゴミの日に、段ボール引っ張り出した」

 なるほど、そういうことか。別に来週まで玄関に置いておけば済むことだと思うけど、オルは妙に玄関をきれいにしておきたがる。風水でもやっているのだろうか。

「だって平日は疲れてるから、夕飯作ったら、のんびりしてたいじゃない」
「それは……まぁそうか」

 私の夕飯を楽しみにしているオルとしては、食事の支度という言葉にはどうやら弱いらしい。それだけ私の料理を楽しみにしてくれていることも、料理の負荷をきちんと考えてくれていることも、なんだか大切にされているような気がして嬉しい。

 ──ん? 大切にされているようで嬉しい?

 いやまぁ良いか。妖精王に大切にされているってだけで、良いことが起こりそうだしね。だから嬉しいんだろう。深く考えるのはやめた。
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