18 / 38
18
しおりを挟む
私の疑問に気付いたのか、彼は笑いながらパタパタと私の鼻先まで飛んできた。──律儀に一度、玄関から出て。
「俺の扱うこれを、魔法と定義したいのだろう。昔から俺が見える人間はよくそう言ったものだからな」
オルが昔いたのはイギリスだ。魔法が大好きな国民性。ファンタジー大国。わかる、わかるよ。私もファンタジー大好きだもん。妖精が現れて不思議な力を使ったら、それは魔法だよね。
うんうん、と頷く私に、オルはあきれ顔を見せる。
「何を納得してるのか、だいたい想像はつくけどなぁ。まぁ、人間の言うところの魔法というものでかまわん。が、それだって人間のつけた名前だ」
ちょん、と私の鼻先にオルの人差し指が触れた。そこが急に、ピカピカと光り出す。
「ちょっと!」
「ははは! それも人間の言う魔法というものだ。安心しろ、すぐに消える」
赤鼻のトナカイのようになった私の鼻を、何度も指先でこすってみるが、なかなか消えない。まさか、オルの言う『すぐに』は、妖精時間のすぐにではなかろうか。
不安になってオルを見れば、おもちゃの家の屋根裏部屋に置かれたベッドに触れていた。どうやら硬さを確認しているようだけれど、それはプラスチックのベッドで、別にマットレスが用意されているわけではない。
「オル、ベッドは私が用意した、いつものカゴの方が」
鼻がピカピカと光り続けているのが視界に入り、若干──いや、かなり気になる。これ、ほんと早く消してくれないかな。
「なんだ、まだ光ってたのか」
「オル! あなたがやったんでしょう! 早く消してちょうだい!」
まさか、わずか数分前に魔法をかけたことを忘れていたとかじゃないでしょうね。
「悪い悪い。忘れた訳じゃないぞ。ちょっと面白かったからな」
「面白がってないでよ。クリスマスのイルミネーションじゃないんだから」
「弥生を小さくさせて、モミの木にオーナメントのように吊すのは、かわいいのではないか?」
ふむ、と考えるような顔で私を見る。ちょっと、そんな恐ろしい想像をするのはやめて欲しいわ。でも、オルは良いことを思いついたという顔をしている。本気っぽいから怖い。
ここで、私はふと気付いた。
「……そうね。人間と妖精は価値観が違うのよね。良いと思うことも、恐ろしいと思うことも、素敵だと思うことも、異なって当たり前か」
私の言葉に、オルはおや、という表情を浮かべる。
「何がきっかけかはわからんが、理解してくれたのなら素晴らしいな」
「オーナメント、本気だったってこと?」
「本気もなにも、かわいいだろう?」
私に気付かせるために、あえて口にしたのかと思ったけれど、そうではないことに、急に背筋がひやりとした。
「そうだ。ベッドはこれよりも、弥生が先に用意してくれたものの方が良いな。あれはとても寝心地が良い」
百円均一の店で買ってきた、鍵などを入れていた小さな籐のカゴに、ふかふか系のミニタオルを数枚重ねて敷き布団にし、結婚式用のレースのハンカチを掛け布団にした即席ベッドは、想像以上にオルに気に入ってもらえていたようだ。
「今まではバラの花の上に寝たりしていたからな。ああいうふかふかは初めてだった。バラは結構弾力があるしな」
オルは重みがないから、花に負荷はかからないらしい。でも、バラの花のベッドだなんて、ロマンチックじゃないの。私は逆にそっちで寝てみたいわ。
「あのカゴはちょっと大きいから、この家には入らないわね」
「別にかまわん。この家はこの家で、過ごしてみるのには楽しそうだが、夜は弥生の枕元で眠る今のままが気に入ってる」
え、これってオルが大きいサイズで言ってくれたら、かなりの胸キュン案件だったのでは。まぁ、小さいサイズで言われてしまったので、ちょっとごっこ遊び感満載でしたけどね。
「とりあえず、気に入ってくれたのなら良かったわ」
「とても気に入った。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
にっこりと笑い合う。エイジング加工とかをしてみたくて、捨てないでとっておいて良かったわ。時間ができたら、屋根とかに絵の具を塗って、ちょっと寂れた雰囲気を醸し出す家にして、庭に置こうと思っていたのよね。さすがにオルに家をあげたので勝手にはできないけど。あ、でも庭に置いたらそれはそれで、気に入ってくれるのかもしれない。そのうちやって良いか聞いてみよっと。
「この段ボールは捨てるのか?」
「あ、そうね。たたんで資源ゴミの日に出さないと」
「どれ、俺がたたんでやろう」
ひゅ、と体を大きくすると、オルはその大きな手で簡単に段ボールをたたんでいく。いや、妙に人間の生活になじんでいない? 段ボールのたたみ方なんて、一体いつ覚えたのだろうか。
たたんだ段ボールをまとめるために、庭で使っている麻紐とはさみを手渡せば、それもまた器用に束ねていった。あっという間にきれいにまとまった段ボールに、私がやるより上手じゃないか、なんて思ってしまう。
「資源ゴミの日はいつだ?」
「土曜日」
「……今日は?」
「土曜日」
「そうだよなぁ」
はぁ、とわかりやすいため息をつかれた。どういう意味だ。
「なんで資源ゴミの日に、段ボール引っ張り出した」
なるほど、そういうことか。別に来週まで玄関に置いておけば済むことだと思うけど、オルは妙に玄関をきれいにしておきたがる。風水でもやっているのだろうか。
「だって平日は疲れてるから、夕飯作ったら、のんびりしてたいじゃない」
「それは……まぁそうか」
私の夕飯を楽しみにしているオルとしては、食事の支度という言葉にはどうやら弱いらしい。それだけ私の料理を楽しみにしてくれていることも、料理の負荷をきちんと考えてくれていることも、なんだか大切にされているような気がして嬉しい。
──ん? 大切にされているようで嬉しい?
いやまぁ良いか。妖精王に大切にされているってだけで、良いことが起こりそうだしね。だから嬉しいんだろう。深く考えるのはやめた。
「俺の扱うこれを、魔法と定義したいのだろう。昔から俺が見える人間はよくそう言ったものだからな」
オルが昔いたのはイギリスだ。魔法が大好きな国民性。ファンタジー大国。わかる、わかるよ。私もファンタジー大好きだもん。妖精が現れて不思議な力を使ったら、それは魔法だよね。
うんうん、と頷く私に、オルはあきれ顔を見せる。
「何を納得してるのか、だいたい想像はつくけどなぁ。まぁ、人間の言うところの魔法というものでかまわん。が、それだって人間のつけた名前だ」
ちょん、と私の鼻先にオルの人差し指が触れた。そこが急に、ピカピカと光り出す。
「ちょっと!」
「ははは! それも人間の言う魔法というものだ。安心しろ、すぐに消える」
赤鼻のトナカイのようになった私の鼻を、何度も指先でこすってみるが、なかなか消えない。まさか、オルの言う『すぐに』は、妖精時間のすぐにではなかろうか。
不安になってオルを見れば、おもちゃの家の屋根裏部屋に置かれたベッドに触れていた。どうやら硬さを確認しているようだけれど、それはプラスチックのベッドで、別にマットレスが用意されているわけではない。
「オル、ベッドは私が用意した、いつものカゴの方が」
鼻がピカピカと光り続けているのが視界に入り、若干──いや、かなり気になる。これ、ほんと早く消してくれないかな。
「なんだ、まだ光ってたのか」
「オル! あなたがやったんでしょう! 早く消してちょうだい!」
まさか、わずか数分前に魔法をかけたことを忘れていたとかじゃないでしょうね。
「悪い悪い。忘れた訳じゃないぞ。ちょっと面白かったからな」
「面白がってないでよ。クリスマスのイルミネーションじゃないんだから」
「弥生を小さくさせて、モミの木にオーナメントのように吊すのは、かわいいのではないか?」
ふむ、と考えるような顔で私を見る。ちょっと、そんな恐ろしい想像をするのはやめて欲しいわ。でも、オルは良いことを思いついたという顔をしている。本気っぽいから怖い。
ここで、私はふと気付いた。
「……そうね。人間と妖精は価値観が違うのよね。良いと思うことも、恐ろしいと思うことも、素敵だと思うことも、異なって当たり前か」
私の言葉に、オルはおや、という表情を浮かべる。
「何がきっかけかはわからんが、理解してくれたのなら素晴らしいな」
「オーナメント、本気だったってこと?」
「本気もなにも、かわいいだろう?」
私に気付かせるために、あえて口にしたのかと思ったけれど、そうではないことに、急に背筋がひやりとした。
「そうだ。ベッドはこれよりも、弥生が先に用意してくれたものの方が良いな。あれはとても寝心地が良い」
百円均一の店で買ってきた、鍵などを入れていた小さな籐のカゴに、ふかふか系のミニタオルを数枚重ねて敷き布団にし、結婚式用のレースのハンカチを掛け布団にした即席ベッドは、想像以上にオルに気に入ってもらえていたようだ。
「今まではバラの花の上に寝たりしていたからな。ああいうふかふかは初めてだった。バラは結構弾力があるしな」
オルは重みがないから、花に負荷はかからないらしい。でも、バラの花のベッドだなんて、ロマンチックじゃないの。私は逆にそっちで寝てみたいわ。
「あのカゴはちょっと大きいから、この家には入らないわね」
「別にかまわん。この家はこの家で、過ごしてみるのには楽しそうだが、夜は弥生の枕元で眠る今のままが気に入ってる」
え、これってオルが大きいサイズで言ってくれたら、かなりの胸キュン案件だったのでは。まぁ、小さいサイズで言われてしまったので、ちょっとごっこ遊び感満載でしたけどね。
「とりあえず、気に入ってくれたのなら良かったわ」
「とても気に入った。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
にっこりと笑い合う。エイジング加工とかをしてみたくて、捨てないでとっておいて良かったわ。時間ができたら、屋根とかに絵の具を塗って、ちょっと寂れた雰囲気を醸し出す家にして、庭に置こうと思っていたのよね。さすがにオルに家をあげたので勝手にはできないけど。あ、でも庭に置いたらそれはそれで、気に入ってくれるのかもしれない。そのうちやって良いか聞いてみよっと。
「この段ボールは捨てるのか?」
「あ、そうね。たたんで資源ゴミの日に出さないと」
「どれ、俺がたたんでやろう」
ひゅ、と体を大きくすると、オルはその大きな手で簡単に段ボールをたたんでいく。いや、妙に人間の生活になじんでいない? 段ボールのたたみ方なんて、一体いつ覚えたのだろうか。
たたんだ段ボールをまとめるために、庭で使っている麻紐とはさみを手渡せば、それもまた器用に束ねていった。あっという間にきれいにまとまった段ボールに、私がやるより上手じゃないか、なんて思ってしまう。
「資源ゴミの日はいつだ?」
「土曜日」
「……今日は?」
「土曜日」
「そうだよなぁ」
はぁ、とわかりやすいため息をつかれた。どういう意味だ。
「なんで資源ゴミの日に、段ボール引っ張り出した」
なるほど、そういうことか。別に来週まで玄関に置いておけば済むことだと思うけど、オルは妙に玄関をきれいにしておきたがる。風水でもやっているのだろうか。
「だって平日は疲れてるから、夕飯作ったら、のんびりしてたいじゃない」
「それは……まぁそうか」
私の夕飯を楽しみにしているオルとしては、食事の支度という言葉にはどうやら弱いらしい。それだけ私の料理を楽しみにしてくれていることも、料理の負荷をきちんと考えてくれていることも、なんだか大切にされているような気がして嬉しい。
──ん? 大切にされているようで嬉しい?
いやまぁ良いか。妖精王に大切にされているってだけで、良いことが起こりそうだしね。だから嬉しいんだろう。深く考えるのはやめた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる