妖精王の住処

穴澤空

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「さて、そろそろ庭仕事でもしようか」
「それは良いな。俺も庭でのんびりしたい」
「私は庭仕事だって言うのに、オルはのんびりなの?」
「庭仕事は弥生の趣味だろう」
「それはまぁそうだけどさ」

 なんだか解せない。
 しっかりと日焼け止めを塗り、庭に出る。五月も中旬になると、色とりどりの花が咲き始めるのだ。通販したイブ・ピアッチェが、今にもその蕾を咲かせそうにしているのだ。

「オ、オル! 見て! イブ・ピアッチェ様が」
「様、ときたか。まぁそのバラの妖精は、確かに気位が高いからな」

 なんと! イブ・ピアッチェ様の妖精は気位がお高いときたか! それはあまりにも私の理想に適っているのでは?
 思わず興奮してしまったけれど、目の前の蕾をじっと見ると、そんなことはどうでも良くなってしまった。

「私には、イブ・ピアッチェ様の妖精は見えないけど、この花の姿は見えるんだから、目の前のこの花を大切にしなきゃね」
「なかなか良い心がけじゃないか」

 にやりと笑うオルは、明日くらいには咲くだろうな、と予言めいたことを言う。妖精王の言葉だ。この庭に関することは、素直に信じてみよう。液肥を薄めた水をそっと根元にかけてやり、バラのための薬品を、スプレーで振りかける。

「そういえば、こういう農薬を妖精って嫌がる?」
「別に平気だ。虫に食われてしまうよりよほど良い。その薬を妖精が浴びるわけではないからな」

 私の想像では、この花の下とかに妖精がいて、私が農薬を振りかけたら、そのまま妖精にもぶっかけてしまうと思っていた。が、どうやら違うらしい。

「妖精は、その花そのものでもあり、その花の意識でもあり、存在でもあり、世界中のその花の総意でもある。そこにいるようでそこにいない」

 ……哲学かよ。

「あ、そこのスカビオサの花がら取っておけよ」
「本当だ。スカビちゃん、今きれいにしてあげますからねぇ」
「その、ちゃんと様の違いはなんだ?」
「え、なんとなくのイメージかな」

「見えているわけではないんだよな?」
「へ。妖精を?」
「ああ」
「オルしか見えてない」
「まぁそうか」

 そう言われれば、妖精王のオルは見えるのに、どうして他の妖精は見えないのだろうか。オルの口調だと、ここにいるっぽいんだけどな。

「妖精の見える見えないは、波長が合うかどうかもある。無論、妖精の持つ力にもよるし、その場所の力なんてものも影響するが」

 波長。波長ねぇ。ということは、私とオルは波長があっていたということなのか。それにオルは妖精王だから、力もあるのだろう。

「そういえば、オルのおじいさんがオベロン王だったんでしょ? だとしたらお父さんも王様だったの?」
「俺には父はいないな。じいさんの次の王が俺だ」

 お父さんがいない? それは、聞いても良いことなのだろうか。何か政争的な話が出てきたりする? 思ったより妖精の世界ってドロドロしてたという話なの?

「また人間の価値観でものを考えているのだろう」
「あ、そうだった。いや、でも」

 私が言いにくそうにしていると、彼は呵々と笑う。

「妖精に血縁はいない」
「は?」
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