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いやだって、オベロンはおじいちゃんだって、言ってたじゃないの。
「オベロン王のことをじいさんとは言ったが、血縁関係がある祖父だとは、一言も言ってないが」
そう言われてみれば。
オルと初めて会ったときを思い返してみる。
──ああ、オベロンはじいさんだ。
確かに『俺の』とは付いていなかった。
でも、でもさぁ。普通、じいさんだって言われたら、自分の祖父だと思うでしょう。ええ、わかっていますよ。人間の価値観で判断するな、ってことはさ。でもさぁ。
「まぁ、わからないか。妖精の誕生は、ある日突然起きるんだ」
オルが近くのフランネルフラワーに、ツンツンと触れる。花はゆっくりと揺れると、まるでオルに寄り添うような仕草を見せた。妙に媚びているように見えて、ちょっと腹が立つ。
なんで腹が立つのかわからないな。フランネルフラワーはかわいいじゃないの。もふもふした花弁なんて、ずっと触っていたいくらいだ。オルもきっとそう思ったのだろう。いや、私だってオルよりもずっとフランネルフラワーに触っていたいもんね。
「どうした?」
「え? あぁなんでもない。話を続けて」
黙り込んだ私を見て、不思議そうな顔をする。先を促せば、彼は今度はその奥にある棚に飛び乗り、私と目線をあわせた。
「ある日突然、朝露が花に落ちた瞬間に生まれたり、木下闇の地面から生まれたり、はたまた焔の舌から生まれ出でたり。それこそ千差万別だ」
その姿を想像すると、あまりにも美妙の感を得る。
「そうして生まれた中で、強い力を持っている妖精が、王となるのだ。俺は先代の王であるオベロンのじいさんの跡を継いだ」
「もしかしてじいさんというのは、年齢的な?」
「まぁそうだな。自分でそろそろ隠居してじじい生活を送りたい、だなんて人間のようなことを言い出したので、俺もそれに倣ってじいさんと呼んでいる」
まさかのオベロン王、楽隠居希望だったのか。いやでも、妖精って長生きそうだし、そりゃ隠居もしたくなるよね。オル見てると、人間の王様とは違いそうだけど。
「弥生、チュウレンジハバチが来たぞ」
黒い羽に黄色い腹を持つ虫だ。バラに卵を産み付けて、生まれるとちょっとグロテスクなアオムシのような形の幼虫になる。それがまた、葉をもりもりと食べるらしい。絶対に許せない。絶許だ。
「任せて。絶許よ絶許」
それにしても、虫にも妖精がいるだろうに、妖精王とあろう者が、私に駆除を促して良いのだろうか。
そんなことを考えながらも、私の手袋をした手は、チュウレンジハバチをパチリと潰すまで動き回っていく。
「っしゃぁ!」
思わず低い声で喜ぶ程度には、チュウレンジハバチをしっかりと駆除できた。お隣は現在入居者がいないので、私が庭で奮闘していても、誰も「こいつやばい」と言い出すことはない。──二階の学生さんがのぞき込まない限りは。
「ん? 何か鳴ってるぞ」
オルの声で室内に置いてあるスマートフォンが鳴っていることに気付いた。電話なんてそうそうかかってこない。営業電話だろうな、なんて思いながらも、仕事関係で何かが起きたのかもしれないし、と慌てて電話に出た。
「葉月弥生さんのお電話でしょうか」
第一声のそれに、営業電話か、と警戒をする。けれど、その次に続いた言葉はそんな警戒を打ち消すどころの騒ぎではなかった。
「広島警察署の……と申しますが」
名乗ってくれたが、広島警察署という言葉のインパクトで聞き取ることができない。警察? 警察が私に何の用事だろう。そう思うも、とりあえず名乗り返すことしかできない。
「は、はい。葉月弥生です」
「葉月健正さんが、広島で倒れて救急搬送されました。病院の連絡先をお伝えしますので、メモのご用意はよろしいでしょうか」
「オベロン王のことをじいさんとは言ったが、血縁関係がある祖父だとは、一言も言ってないが」
そう言われてみれば。
オルと初めて会ったときを思い返してみる。
──ああ、オベロンはじいさんだ。
確かに『俺の』とは付いていなかった。
でも、でもさぁ。普通、じいさんだって言われたら、自分の祖父だと思うでしょう。ええ、わかっていますよ。人間の価値観で判断するな、ってことはさ。でもさぁ。
「まぁ、わからないか。妖精の誕生は、ある日突然起きるんだ」
オルが近くのフランネルフラワーに、ツンツンと触れる。花はゆっくりと揺れると、まるでオルに寄り添うような仕草を見せた。妙に媚びているように見えて、ちょっと腹が立つ。
なんで腹が立つのかわからないな。フランネルフラワーはかわいいじゃないの。もふもふした花弁なんて、ずっと触っていたいくらいだ。オルもきっとそう思ったのだろう。いや、私だってオルよりもずっとフランネルフラワーに触っていたいもんね。
「どうした?」
「え? あぁなんでもない。話を続けて」
黙り込んだ私を見て、不思議そうな顔をする。先を促せば、彼は今度はその奥にある棚に飛び乗り、私と目線をあわせた。
「ある日突然、朝露が花に落ちた瞬間に生まれたり、木下闇の地面から生まれたり、はたまた焔の舌から生まれ出でたり。それこそ千差万別だ」
その姿を想像すると、あまりにも美妙の感を得る。
「そうして生まれた中で、強い力を持っている妖精が、王となるのだ。俺は先代の王であるオベロンのじいさんの跡を継いだ」
「もしかしてじいさんというのは、年齢的な?」
「まぁそうだな。自分でそろそろ隠居してじじい生活を送りたい、だなんて人間のようなことを言い出したので、俺もそれに倣ってじいさんと呼んでいる」
まさかのオベロン王、楽隠居希望だったのか。いやでも、妖精って長生きそうだし、そりゃ隠居もしたくなるよね。オル見てると、人間の王様とは違いそうだけど。
「弥生、チュウレンジハバチが来たぞ」
黒い羽に黄色い腹を持つ虫だ。バラに卵を産み付けて、生まれるとちょっとグロテスクなアオムシのような形の幼虫になる。それがまた、葉をもりもりと食べるらしい。絶対に許せない。絶許だ。
「任せて。絶許よ絶許」
それにしても、虫にも妖精がいるだろうに、妖精王とあろう者が、私に駆除を促して良いのだろうか。
そんなことを考えながらも、私の手袋をした手は、チュウレンジハバチをパチリと潰すまで動き回っていく。
「っしゃぁ!」
思わず低い声で喜ぶ程度には、チュウレンジハバチをしっかりと駆除できた。お隣は現在入居者がいないので、私が庭で奮闘していても、誰も「こいつやばい」と言い出すことはない。──二階の学生さんがのぞき込まない限りは。
「ん? 何か鳴ってるぞ」
オルの声で室内に置いてあるスマートフォンが鳴っていることに気付いた。電話なんてそうそうかかってこない。営業電話だろうな、なんて思いながらも、仕事関係で何かが起きたのかもしれないし、と慌てて電話に出た。
「葉月弥生さんのお電話でしょうか」
第一声のそれに、営業電話か、と警戒をする。けれど、その次に続いた言葉はそんな警戒を打ち消すどころの騒ぎではなかった。
「広島警察署の……と申しますが」
名乗ってくれたが、広島警察署という言葉のインパクトで聞き取ることができない。警察? 警察が私に何の用事だろう。そう思うも、とりあえず名乗り返すことしかできない。
「は、はい。葉月弥生です」
「葉月健正さんが、広島で倒れて救急搬送されました。病院の連絡先をお伝えしますので、メモのご用意はよろしいでしょうか」
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