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離れた手のひらを、思わず目で追ってしまう。
「それで、このスクールバスとやらは何なんだ? やたら良いにおいがしているが」
「ここ、おいしいハンバーガーの店なのよ」
スクールバスの中を改装して、食べる場所にしているらしいが、赤尾さん曰く、今日みたいな天気の良い日は、海が見えるテラス席がおすすめとのこと。見渡すと、確かに奥側に少し高台が作られていて、ゆったりとした席が配置されていた。
「オル、どのハンバーガー食べる?」
プレハブで作られた調理場兼窓口で、メニューを見る。私の頭の上からのぞき込んでくる長身に、少々腹を立ててしまう。普通に横から見れば良いでしょうが。店員のお姉さんは、オルの顔にすっかりメロメロのようで、顔が赤らんでいた。気持ちはわかる。黙っていれば、超一流の美形だからね、オル。
「チーズバーガーにしよう」
「オッケー。サイドと飲み物は?」
「このラムネっていうのを飲んでみたい。あと揚げた芋」
「ポテトね。了解。私はカマンベールチーズのチーズバーガーにするわ。ドリンクはジンジャーエール、サイドは二人ともポテトのMでお願いします」
呼び出し用のベルを預かり、座席を選ぶ。海がよく見える、高台側のテラス席を選ぶと、そこから目の前の海と浜辺がよく見えた。
「車に乗っていたときにも思ったが、こちらの海は明るいな」
「明るい?」
「ああ。俺が今まで見てきた海は、少々もの寂しいところがあった」
そういえば、オルがいたのは九州でも日本海側だ。それにイギリスも島国だけど、たぶん冷たい水域だろうから、少々暗めで荒れているのかもしれない。行ったことないから知らないけれど、ターナーの絵を見る限り、そんな印象だ。印象派の先駆けなだけに。
ベルが鳴り、バーガーを取りに行く。というか、オルが取りに行ってくれた。
「イケメンスパダリっぽく見えるな、こうしてると」
両手でトレーを一つずつ持ってきたオルを見て思わずこぼせば、彼は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「海を見ながら、チーズがとろけて伸びてるハンバーガーを食べる、この幸せよ」
「弥生のと俺のだと、チーズの色が違うな。一口そっちも食べてみたい」
「良いよ。交換しよ」
囓った後、これはもしや間接キスというものではないか、と思ったけれど、相手は妖精王だ。そんなこと気にする必要はない、なんて思い直した。
「オルのはチェダーチーズだね。黄色いチーズ。王道の味って感じでいい」
「弥生のは何チーズといっていたか」
「カマンベール」
「こちらも実に旨い。それになんと言っても」
「このベーコン!」
挟まっているパティはアメリカンな、豪快に押しつぶしたタイプのもの。肉肉しいが、少々パサついている。それを補うのが、このジューシーで分厚いベーコンだ。このベーコンがあるとないとでは、ハンバーガーの価値が一八〇度変わってしまいそうなくらい、美味しい。
「ラムネというのは、ちょっと飲みにくいな?」
「そこにくぼみあるでしょ」
オルが初めてのラムネに苦戦していた。確かに飲み方を知らないと、わからないだろう。ビー玉を落とすところまではしてあげたが、飲み方を教え忘れていた。
「ここの二つのくぼみか?」
「そうそう。そこを下側にして、そう」
そうして、そこにビー玉が引っかかるようにして飲むんだよ、と教えれば、上手に飲めたようで満面の笑みが返ってきた。子どもか!
「これはシュワシュワして面白いな」
「私が子どもの頃には、良く飲んでたんだ」
「ほう。これは日本の子どもの味ということか」
「言い方!」
妖精王、場合によっては人を食べるとかそういう描写、どっかにありそうだからね。いや、さすがに妖精はそういうのはないか。オルを見ていると、だんだん私の中の妖精の定義が危うくなってくる。
「でも、まぁ良いのか」
固定観念で視野が狭くなるより、全然良い。
そんなことを、ラムネで浮かれているオルを見ながら思ったりした。
「それで、このスクールバスとやらは何なんだ? やたら良いにおいがしているが」
「ここ、おいしいハンバーガーの店なのよ」
スクールバスの中を改装して、食べる場所にしているらしいが、赤尾さん曰く、今日みたいな天気の良い日は、海が見えるテラス席がおすすめとのこと。見渡すと、確かに奥側に少し高台が作られていて、ゆったりとした席が配置されていた。
「オル、どのハンバーガー食べる?」
プレハブで作られた調理場兼窓口で、メニューを見る。私の頭の上からのぞき込んでくる長身に、少々腹を立ててしまう。普通に横から見れば良いでしょうが。店員のお姉さんは、オルの顔にすっかりメロメロのようで、顔が赤らんでいた。気持ちはわかる。黙っていれば、超一流の美形だからね、オル。
「チーズバーガーにしよう」
「オッケー。サイドと飲み物は?」
「このラムネっていうのを飲んでみたい。あと揚げた芋」
「ポテトね。了解。私はカマンベールチーズのチーズバーガーにするわ。ドリンクはジンジャーエール、サイドは二人ともポテトのMでお願いします」
呼び出し用のベルを預かり、座席を選ぶ。海がよく見える、高台側のテラス席を選ぶと、そこから目の前の海と浜辺がよく見えた。
「車に乗っていたときにも思ったが、こちらの海は明るいな」
「明るい?」
「ああ。俺が今まで見てきた海は、少々もの寂しいところがあった」
そういえば、オルがいたのは九州でも日本海側だ。それにイギリスも島国だけど、たぶん冷たい水域だろうから、少々暗めで荒れているのかもしれない。行ったことないから知らないけれど、ターナーの絵を見る限り、そんな印象だ。印象派の先駆けなだけに。
ベルが鳴り、バーガーを取りに行く。というか、オルが取りに行ってくれた。
「イケメンスパダリっぽく見えるな、こうしてると」
両手でトレーを一つずつ持ってきたオルを見て思わずこぼせば、彼は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「海を見ながら、チーズがとろけて伸びてるハンバーガーを食べる、この幸せよ」
「弥生のと俺のだと、チーズの色が違うな。一口そっちも食べてみたい」
「良いよ。交換しよ」
囓った後、これはもしや間接キスというものではないか、と思ったけれど、相手は妖精王だ。そんなこと気にする必要はない、なんて思い直した。
「オルのはチェダーチーズだね。黄色いチーズ。王道の味って感じでいい」
「弥生のは何チーズといっていたか」
「カマンベール」
「こちらも実に旨い。それになんと言っても」
「このベーコン!」
挟まっているパティはアメリカンな、豪快に押しつぶしたタイプのもの。肉肉しいが、少々パサついている。それを補うのが、このジューシーで分厚いベーコンだ。このベーコンがあるとないとでは、ハンバーガーの価値が一八〇度変わってしまいそうなくらい、美味しい。
「ラムネというのは、ちょっと飲みにくいな?」
「そこにくぼみあるでしょ」
オルが初めてのラムネに苦戦していた。確かに飲み方を知らないと、わからないだろう。ビー玉を落とすところまではしてあげたが、飲み方を教え忘れていた。
「ここの二つのくぼみか?」
「そうそう。そこを下側にして、そう」
そうして、そこにビー玉が引っかかるようにして飲むんだよ、と教えれば、上手に飲めたようで満面の笑みが返ってきた。子どもか!
「これはシュワシュワして面白いな」
「私が子どもの頃には、良く飲んでたんだ」
「ほう。これは日本の子どもの味ということか」
「言い方!」
妖精王、場合によっては人を食べるとかそういう描写、どっかにありそうだからね。いや、さすがに妖精はそういうのはないか。オルを見ていると、だんだん私の中の妖精の定義が危うくなってくる。
「でも、まぁ良いのか」
固定観念で視野が狭くなるより、全然良い。
そんなことを、ラムネで浮かれているオルを見ながら思ったりした。
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