妖精王の住処

穴澤空

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 ホテルに戻り、夕飯を食べたあとは自由時間だ。ホテルはありがたいことに、全ての従業員が一人部屋なので、だらだらと過ごすことができる。温泉付きのホテルだったので、露天風呂も満喫。日本は本当にどこでも温泉が出ますねぇ、なんて独り言を言っていたら、赤尾さんがやってきた。

「お疲れ様ぁ。今日はどうだった?」
「赤尾さんに教えてもらったとこ、行ってきました」
「あら、それは嬉しい」

 食べたものを羅列していったら、赤尾さんが目を丸くしている。

「どうしたんです?」
「ううん。葉月さんてそんなに健啖家だったっけ、と思ってね」

 そう言われればそうだ。いつもの私は小食ではないけれど、こんなに次から次へと食べることもない。

「何か楽しいことでもあったのかな。旅先だと、いつもよりも楽しくて食べちゃうし」
「そうかもしれないですね。それにどれも美味しかったから」

 景色も良かったし、それが後押ししたのかもしれない、と伝えれば、赤尾さんは完全同意、と笑っていた。彼女はお友達とそのワンコと楽しい時間を過ごしたらしく、帰りのバスで犬の動画と写真を見せてくれることになった。

「犬猫の動画や写真は、命を救ってくれますからね」
「重ね重ね、完全同意だわ」

 温泉に浸かっている両手をばちゃりと出して、赤尾さんは諸手を挙げた。会社で見る彼女の表情よりもやわらかいのは、きっとかわいいワンコに癒やされたからだろう。
 温泉から出ると、部屋でオルが待ち構えていた。

「え、どうしたの」
「海に行きたい」
「はぁ?」

 どうやら窓から見える海を見ていたら、近くに行きたくなったらしい。一人で行けば良いのに、と思ったが、せっかく南房総まで来たのだ。私も夜の海を堪能したくなった。別に修学旅行ではないので、夜間の外出を禁じられているわけではない。ただ、誰かに会うと一緒に行くと言われかねないので、周りを気にしながらホテルを出た。目の前の道路を渡ると、すぐに海だ。砂浜が続く。持ってきたビーチサンダルを履いてきて正解だな、なんて思いながらずぶずぶと足が沈むそこを歩いていく。

「ん? オル?」
「手」

 気付くと、すぐ横でオルが大きくなっていた。妖精の姿よりも、海を感じやすいと思ったのだろうか。そんな彼が私の手を取ってくれたので、ずいぶんと歩きやすくなった。これって、イギリス風に言うとエスコートとかいうやつなんでしょう? さすがは向こうで過ごしてきた時間が長い男だ。スマートに助けてくれる。

 海が近くなり、海水に浸されている浜辺は、今までより歩きやすかった。波打ち際と平行に歩きながら、オルと手をつなぐ。もう大丈夫なんだけどな、と思いながらも、なんだか妙に離れがたく、振りほどくことができなかった。海って人をセンチメンタルにさせるんだな。

「この辺でいいか」

 大分歩いたな、と思ったらひと気のない静かな浦にやってきていたようだ。

「ん」

 オルは座ると自分の股に手を当てた。

「は?」
「砂に座ると濡れるだろう? 俺はこのあと小さくなれば良いし、乾かすこともできるから、弥生はここに座れ」
「いや、乾かすことができるなら、私のスカートが濡れたらオルが乾かしてくれれば良いんじゃない?」

「まぁそうだが、カニとか虫とかが来るかもしれないぞ」
「それはちょっと……。んじゃ、お邪魔するわ。重いとか言わないでよ」
「どうかな」
「自分で誘致しておいて!」
「誘致って」

 二人で顔を合わせて笑う。
 その笑い声と同じリズムで、波の音がした。
 静かな暗い海は、波音と、足の近くで砕ける波の白い泡だけが目立つ。
 私が座るオルの足は、ずいぶんと体温が高い。妖精ってこんなに体温高いのか、なんてどうでも良いことが頭をよぎる。

「弥生」
「ん?」

 私を支えるオルの手が、お腹の前で組まれていて、それが少しだけ締め付けられた。
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