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「ちょっ」
「食べ過ぎたか? いつもより出ている気が」
「そういうのは気付いても黙ってて! 夕飯が美味しすぎたんだから、仕方がないでしょうが」
「そうかそうか。夕飯旨かったか。良いよなぁ、弥生は。俺は食べてないのに」
なるほど、それで拗ねているのか。私の腹にある手をぽんぽんと叩く。
「仕方ないじゃないの。社員旅行で突然オルが大きくなって登場するわけにはいかないし、だからといって、大広間で皆で食べるのに、部屋食にすることもできないし」
オルもわかってはいるらしい。うん、と小さい声で返事がきた。
「帰りのバスが、今日寄った富楽里に寄るらしいのよ。そこで夕飯にでた干物、買ってあげるよ。お家で一緒に食べよ?」
「本当か?」
急に声が明るくなる。妖精王だというのに、その頭に犬の耳が見えたような気がした。そうか、今更だけどオルはワンコ系王だったのね。ワンコ系王ってなんだ。
ご機嫌になったオルは、それでも私の腹を少し締め付けたまま、手を緩めない。お腹のぽっこりがわかりやすくなるから外してほしいけど、オルなら別にぽっこりがばれても問題ないか、なんて思い直した。
そのまま、私たちは海をぼんやりと見る。
月明かりが海に落ち、波を光らせては陰らせていく。すぐそこに見える岩場には、もしかしたらローレライがいて、歌っているかもしれないと思うくらいに、幻想的だった。千葉の海にローレライがいたら、たまったものではないけれど。
「海に巣くう妖精がいるのを知っているか」
同じタイミングで、オルがそんなことを言い出した。海の妖精といえばローレライですよね! はい、今ちょうどそんなことを思ってました。
「ローレライでしょ」
意気揚々と答えるも、オルは意外そうな顔をする。え、私が答えられると思ってなかった?
「クリオネって言い出すかと思ってた」
「そういえば、そういう子もいたね。でもクリオネは、水族館にいるじゃない」
「弥生にとっての妖精とそれ以外は、そういう区別なのか」
苦笑いを浮かべるオルに、他にある? と返せば、それで良いと言われた。
「だが残念。セイレーンだ」
「え、ローレライじゃないの」
「やってることは大体同じだが、ローレライは川の妖精だな」
なるほど。淡水がローレライ、海水がセイレーンということか。
「やってることは大体同じということは、やはり歌を?」
「ああ。岩や島で歌い、その声で船乗りを惑わせ魂を食らう」
「魂を食べても、妖精なんだ」
それってどちらかというと、魔物みたいな類いの生き物かと思っていた。まぁ、妖精と魔物がどう違うのか、とか、そもそも魔物なんてものがいるのかとかはおいておくとしてだね。
「花の蜜を食するのも、人の魂を食するのも、人の作った食事を食するのも、どれも妖精だ」
「え、じゃぁオルも人の魂を」
「俺は食べないから安心しろ」
特に心配はしていなかったけど、ついノリで聞いてしまった。
「魂を食する妖精はかなり珍しい。それに、ローレライもセイレーンも、それしか食べられないわけじゃないからな。最近では人の魂があまり美味しくなくなった、なんて言って食べなくなっている」
なんだか、ものすごくホラーな話をされている気がするんだけど。当然のような口調で話さないでくれるかなぁ。目の前に暗い海があると、余計にホラーに感じる。
「そ、それは人間がまずくなってきてるって、こと?」
とりあえず質問をすれば、オルは小さく笑った。
「科学が発展し、人が恐怖を感じにくくなったかららしい。俺は食べないから、よくわからないが、この間そうやってセイレーンとローレライが二人でぼやいていた」
セイレーンとローレライの女子会って、結構エグい気がする。
「ちなみに、どちらも人魚みたいに思ってるかもしれないが、セイレーンの下半身は鳥のタイプと人魚と両方いる。ローレライは人魚タイプだけだな」
「え、嘘でしょ。鳥、ってことは足は分かれてるけどペタペタする、いわゆる鶏でいうところのモミジって部位がついてるわけ」
「モミジがどれかはわからん」
「ほら、足先の、紅葉に似ている形のところ。あれ、コラーゲンたっぷりでラーメンの出汁とかで使われるんだよね」
「まさか、そんなに役に立つ部位だったのか、セイレーンの足は」
いや、妖精王自らが、そんな風に言ってしまわないで。ちょっと可哀想な気がする。ここの会話はオフレコにしてもらおう。
「でも、人魚みたいに魚の足もいるんでしょ?」
「半々だな」
それが、もしかしたら人魚姫の物語になったのかもしれない。
「それで、なんで急にセイレーンの話を?」
「弥生は俺の姿を見ることができているからな。もしもセイレーンの姿を見たとしても、近付くなよ、と言っておこうかと思って」
「なるほど。でも多分、千葉の海にセイレーンは出てこないから大丈夫だよ」
「……まぁ、そうだよな」
オルの瞳が、少し横にある大きな岩に走る。魚がいたようで、ぴしゃん、とやけに大きな音がした。
「何かの魚がはねたみたい」
「ああ。かなり大きな魚だろうな」
「そろそろ帰ろうよ。冷えてきた」
オルが後ろから支えてくれているから、彼の体温で大分冷えは防げているけれど、前からくる風に、少し寒くなってきた。
「そうだな。もう一度風呂に入ってから、寝た方が良いぞ」
「確かに。せっかくの温泉だしねぇ」
ホテルの手前で、オルは小さなサイズに戻り、私の頭の上でくつろいでいた。まったく。人の髪の毛を、絨毯と勘違いしているのではないだろうか。
「食べ過ぎたか? いつもより出ている気が」
「そういうのは気付いても黙ってて! 夕飯が美味しすぎたんだから、仕方がないでしょうが」
「そうかそうか。夕飯旨かったか。良いよなぁ、弥生は。俺は食べてないのに」
なるほど、それで拗ねているのか。私の腹にある手をぽんぽんと叩く。
「仕方ないじゃないの。社員旅行で突然オルが大きくなって登場するわけにはいかないし、だからといって、大広間で皆で食べるのに、部屋食にすることもできないし」
オルもわかってはいるらしい。うん、と小さい声で返事がきた。
「帰りのバスが、今日寄った富楽里に寄るらしいのよ。そこで夕飯にでた干物、買ってあげるよ。お家で一緒に食べよ?」
「本当か?」
急に声が明るくなる。妖精王だというのに、その頭に犬の耳が見えたような気がした。そうか、今更だけどオルはワンコ系王だったのね。ワンコ系王ってなんだ。
ご機嫌になったオルは、それでも私の腹を少し締め付けたまま、手を緩めない。お腹のぽっこりがわかりやすくなるから外してほしいけど、オルなら別にぽっこりがばれても問題ないか、なんて思い直した。
そのまま、私たちは海をぼんやりと見る。
月明かりが海に落ち、波を光らせては陰らせていく。すぐそこに見える岩場には、もしかしたらローレライがいて、歌っているかもしれないと思うくらいに、幻想的だった。千葉の海にローレライがいたら、たまったものではないけれど。
「海に巣くう妖精がいるのを知っているか」
同じタイミングで、オルがそんなことを言い出した。海の妖精といえばローレライですよね! はい、今ちょうどそんなことを思ってました。
「ローレライでしょ」
意気揚々と答えるも、オルは意外そうな顔をする。え、私が答えられると思ってなかった?
「クリオネって言い出すかと思ってた」
「そういえば、そういう子もいたね。でもクリオネは、水族館にいるじゃない」
「弥生にとっての妖精とそれ以外は、そういう区別なのか」
苦笑いを浮かべるオルに、他にある? と返せば、それで良いと言われた。
「だが残念。セイレーンだ」
「え、ローレライじゃないの」
「やってることは大体同じだが、ローレライは川の妖精だな」
なるほど。淡水がローレライ、海水がセイレーンということか。
「やってることは大体同じということは、やはり歌を?」
「ああ。岩や島で歌い、その声で船乗りを惑わせ魂を食らう」
「魂を食べても、妖精なんだ」
それってどちらかというと、魔物みたいな類いの生き物かと思っていた。まぁ、妖精と魔物がどう違うのか、とか、そもそも魔物なんてものがいるのかとかはおいておくとしてだね。
「花の蜜を食するのも、人の魂を食するのも、人の作った食事を食するのも、どれも妖精だ」
「え、じゃぁオルも人の魂を」
「俺は食べないから安心しろ」
特に心配はしていなかったけど、ついノリで聞いてしまった。
「魂を食する妖精はかなり珍しい。それに、ローレライもセイレーンも、それしか食べられないわけじゃないからな。最近では人の魂があまり美味しくなくなった、なんて言って食べなくなっている」
なんだか、ものすごくホラーな話をされている気がするんだけど。当然のような口調で話さないでくれるかなぁ。目の前に暗い海があると、余計にホラーに感じる。
「そ、それは人間がまずくなってきてるって、こと?」
とりあえず質問をすれば、オルは小さく笑った。
「科学が発展し、人が恐怖を感じにくくなったかららしい。俺は食べないから、よくわからないが、この間そうやってセイレーンとローレライが二人でぼやいていた」
セイレーンとローレライの女子会って、結構エグい気がする。
「ちなみに、どちらも人魚みたいに思ってるかもしれないが、セイレーンの下半身は鳥のタイプと人魚と両方いる。ローレライは人魚タイプだけだな」
「え、嘘でしょ。鳥、ってことは足は分かれてるけどペタペタする、いわゆる鶏でいうところのモミジって部位がついてるわけ」
「モミジがどれかはわからん」
「ほら、足先の、紅葉に似ている形のところ。あれ、コラーゲンたっぷりでラーメンの出汁とかで使われるんだよね」
「まさか、そんなに役に立つ部位だったのか、セイレーンの足は」
いや、妖精王自らが、そんな風に言ってしまわないで。ちょっと可哀想な気がする。ここの会話はオフレコにしてもらおう。
「でも、人魚みたいに魚の足もいるんでしょ?」
「半々だな」
それが、もしかしたら人魚姫の物語になったのかもしれない。
「それで、なんで急にセイレーンの話を?」
「弥生は俺の姿を見ることができているからな。もしもセイレーンの姿を見たとしても、近付くなよ、と言っておこうかと思って」
「なるほど。でも多分、千葉の海にセイレーンは出てこないから大丈夫だよ」
「……まぁ、そうだよな」
オルの瞳が、少し横にある大きな岩に走る。魚がいたようで、ぴしゃん、とやけに大きな音がした。
「何かの魚がはねたみたい」
「ああ。かなり大きな魚だろうな」
「そろそろ帰ろうよ。冷えてきた」
オルが後ろから支えてくれているから、彼の体温で大分冷えは防げているけれど、前からくる風に、少し寒くなってきた。
「そうだな。もう一度風呂に入ってから、寝た方が良いぞ」
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