悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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3部 人魚と選ばれし番編

15 告別(3部完)

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婚姻届に名前を記入して、住所は……『テリーの串焼き』店の住所と、わかりやすいよう店名も書いておく。

出生地は……適当にアルレント国にある離島にしておく。アルレントには名前すらない放置されている小さな島が多い。そういった島は通行料もなく、誰でも住めるほぼ無人島みたいな島なのだ。
職業欄もあったけど専業主婦と書いといた。漁師のまま結婚してカプルス共和国の国民になると漁業組合的なものに入会しないといけないからね。

届出先は式場の横に教会があるからそこでいいと思う。
届入日はまだ決めていない。
いつがいいかなぁと万年筆を置いて頬杖をつくとフィックスさんが私の左手の指輪に触れた。

「っ、」

絡めとるように、指の間に指を交差させる。
最中も後ろからたまにしてくる何気ない動作だ。でも先程までしていたそれを、いま鮮明に思い出して身体が反応してしまった。

右耳に息が吹きかかる。
背中の重みが増し、ベットがぎしりと軋んだ。
右脇の下から伸びてきた手にピクッと肩を揺らすと、フィックスさんがクスクスと声を漏らしながら万年筆を掴んだ。

さらさらと婚姻届に筆を走らせるフィックスさん。

書きながらたまに首筋に鼻を埋めてくる。その度に身体がピクッと反応してしまう。

……っ、世の中には、こんないやらしい婚姻届の書き方があったのか!
なんなの?  ここハリウッド?  今の映画のワンシーンで使えるんじゃないかと思うほどドキドキした!

「書いたよ」
「……綺麗な字ですねぇ」

曲線に癖のある、でも滑らかで、美しい字だ。それでいて字の大きさと筆圧で男性が書いたものとわかる。
なんかレタリング辞典で使えそう。

「リリーは字も可愛いね」
「指も短いし手も小さいので、子供みたいな字になるんです」

幼少期は、字はもっと大きく、はっきりと書け、アマリリス様の字は自信の無さが見てとれる。と家庭教師が言っていたのを、まるで第三者が見たように思い出した。
アマリリスはペンだこが常になるほど練習して、一年ほどかけて字体を変えていた。
美しい字体で、読みやすい大きさで、形の揃った、なんの癖もない字だった。
以前のように書けないことはないけど、なんだろう……無心で、なんの楽しみも感じず、ただブレないように、手と指を酷使して覚えた字体の感覚をなぞっていく。さっき名前を書くとき、その感覚を思い出して、無意識にそのまま書こうとして、はっとしてペンだこがあったであろう中指を擦った。
これは、面倒だなぁ。
気持ちは簡単に変えられたけど、長年かけて体に染み込んだものはすぐには変えらない。貴族令嬢たる言葉遣いやマナーは、その日から変えられた。
これは、例えばいくら私が前世を思い出して生活を変えたからといって、靴のサイズはアマリリスと同じサイズを履かなければ合わない。それくらい、いやそれ以上に字体は、体より深い場所に根付いている気がする。
アマリリス、勉強で毎日ペンを持つから、その度に叱責されて、相当苦しんだんだろうな。こうしなければいけないという強迫観念のようなものが手に染み付いている。

「リリー」
「はい?」

放浪して名前をリリーにしたのは、正解だった。今では周りからもそう呼ばれ、当たり前のように受け入れてる私がいる。

「可愛いね……なんでこんなに可愛い手が、あの剣を持てるんだろうね」
「……ぅ」

……美毒と醜毒の真剣か。
あれはとある人魚の尾ふたつ分の重さがある。1トンくらいかな?

「あれは海中では軽量になるんです。地上でその剣を持った私を抱き上げていたフィックスさんが凄いです」
「リリーってほんと抜けてるよね」
「私、また何か見逃しました?」
「うん。可愛いから大丈夫」

二人で書いた婚姻届を収納して、いつ教会に持っていこうか呟いたら『2月22日でいいんじゃない?』と返され、以前ぽろっともらした誕生日を指定され思わず笑ってしまった。アマリリスのじゃなく、前世の私の誕生日なんだけどね。
ちなみにフィックスさんの誕生日を聞くと本人にもわからないらしい。
それならと結婚式当日、式場の隣にある教会に持っていこうと二人で決めた。

式は5月。
カプルス共和国伝統のフリースタイルで挙げます!



それから約1週間後。
再び港と浜辺が閉鎖され、軍事演習が再開された。再開といってもあと数日で終了するらしい。店にきた漁師さん達が嬉しそうに話していたし、五男坊からも聞いたから決定事項みたいだ。


たまに行商や沈没船探索をしながら過ごしていた数日後、店にヴィッセル殿下が訪れた。

珍しい。黒い正装に身を包み、ビィセェス殿下どころか従者も連れずに今日は一人だ。

おまけにお通夜みたいな雰囲気だ。
ふらっと来てテーブル席に座ったので水を持っていくとヴィッセル殿下が生気の無い顔を上げた。

そして私を見た途端、ヴィッセル殿下の頬に涙が伝った。
ぎょっとするも、目をそらすタイミングを逃した。

「……な、なんで泣いてるんですか?」
「……1日だけ、アルレントに戻っていたんだ……アマリリス公爵令嬢の葬儀があって、……彼女と瓜二つな君を、重ねてしまって」

アマリリスの……葬儀?
あ、ならガルドラさんお父様、ようやく私を探すのを諦めたか……っておかしいな。追跡不可のスキルで終始相殺されているから気にもしなかったけど、今探るとかけられた千里眼はまだ継続している。
そして口を開いたヴィッセル殿下の、その口の端が、少し切れていた。よく見たら頬を殴られた後が僅かに残ってる。

「幼馴染の方の?  ……そうだったんですか……あの、ヴィーさん、口の端きれてますよ?  まさかビィセさんと痴……いえ喧嘩でも?」
「……あ、いや、これはっ……婚約の打診が遅すぎると、追い払われたのだ。花も……添えられなかった」
「えっ……幼馴染の方に婚約を打診されていたんですか……いつの間に……?」
「……ああ。だが返ってきたのは……もう娘はいない、と……。しかし私も……いつまでも……このままではいられない身分だからな。できるなら好いた者と……いや、なんでもない」
「……そう、でしたね……後継者なので大変、ですよね」

そうか……それで今日はビィセェス殿下と一緒じゃないんだ。いや、もしかしたら周りからなにか言われて引き離されたのかも……。

手持ち無沙汰に指の上でトレーを回しながら気まずさを誤魔化す。
少し離れたところにいる従業員さんに目配せをして、これであちらの席の人になんか元気の出るスープでも作ってあげて下さいと金貨を渡した。
私はもうかけてあげる言葉が思い付かないので、そそくさと厨房に向かう。

「……っ、リリー嬢」

ん。
呼ばれていまなんかしっくりきた。
振り返ろうとしたら、厨房から出てきたフィックスさんがふわっと微笑んだ。
その笑みに、体の内側にある何かが、体幹が傾くように引き寄せられた。引力じゃないけど、引力のような何か。
ずっとこのままでいいの?
もうそろそろ、潮時じゃないの?
そんな不思議な疑問が頭に浮かんだ。

「リリー、ケーキ食べる?」
「え、食べます」

あ、また、まただ。
この妙なしっくり感。
名前を呼ばれて、まるで生まれた時からリリーだったような、不思議な安堵感。

あれ……いま何かが……変わった?

「フィックスさん、また何かしましたね?」
「?  してないよ」

確かめるしかない。
最近ステータス見てなかったからなぁ。

「……ゴクリ」


……ステータス、オープン!



リリー
15歳 大盗賊 ペテン師 表裏を航る者
【上位/人間】【上位/人魚】【下位/海王蛇】
HP 999999/999999(+999999)
MP 999999/999999(+999999)
BMP 19
【スキル】
無詠唱/光神の加護/生活魔法/火魔法/水魔法/雷魔法/毒魔法/状態異常魔法/氷魔法/身体強化/隠密/飛行/念話/魔法強化/付与魔法/聖属性魔法/闇属性魔法/異空間魔法/転移魔法/聖霊術(土/植物/風/幻覚)/錬金術/物理障壁/魔法障壁/睡眠無効/気絶無効/追跡不可/地図/鑑定/査定/直感/料理/洗浄/山歩き/水流使い/採取/探知/探索/気温適応/海釣り/マップ開拓/威圧/拒絶/夜目/ダメージ減/作業高速化/マリオネットの心/ギブアンドテイク/毒殺/失血/窒息/溺死/凍死/暗殺/影遊び/小人/早起きは三文の得/森歩きのマナー/旅人の話術/会話の雰囲気作り/被害を最小にする社交術/雨乞い/非情の雷雨/魔力銀行/表裏一体

【取得可スキル】残957024554P
……▽クリック


「……ワォ」

名前が、アマリリスじゃない。
鑑定による虚偽は不可能だ。とくに自身でひらいて確認するステータスにおいては。
本名が、……リリーになったんだ。
そして結婚が決まったからか放浪娘の称号が消えて、……公爵令嬢の称号も消えている。
まさか……アマリリスの葬儀をしたから?
アマリリス公爵令嬢という存在が消えたから?

あと、表裏を航る者……とは?
航る?  船乗ってたから漁師か海賊系の称号?
とりあえず鑑定。

表裏ひょうりわたる者──海王女うみおうじょ。取得には表裏一体ひょうりいったいのユニークスキルが必須。

海王女うみおうじょ
表裏一体ひょうりいったい
なんだろうそれ?

ってHPとMPの下にまたなんか追加されているけど。

BMP 19……。

鑑定するとBMPとは超魔力ハイパワー
えっ……超魔力ハイパワーって、元々ステータスに表示されるものじゃなかったのに。
そしてBMP1とは、魔力値100万に相当する量だと表示された。
え。
なにこの新たな数値?
ならBMP19って魔力値1900万になるんですけど。
私そんなに無いよ。

「あ、」

そこで気付いた。
これ、魔力銀行の残額じゃないの?
魔力銀行を確かめると1900万あった。
へぇ。BMPとは、魔力銀行の残額のことか。
体力と魔力量が表示されていたステータスに、更に魔力貯金額が表示されるようになったわけね。
成る程、成る程。

ってまだ成る程じゃない。

海王女うみおうじょってなんぞ?
表裏一体ひょうりいったいとはなんぞ?
スキルまであるじゃないか。
ほんといつの間に……だよ。
とりあえず鑑定。


海王女うみおうじょ──海王蛇うみおうじゃつがい


「……っ、番いいいっっ!」


ばっとフィックスさんを見る。


「フィックスさん、私、いつの間にか海王蛇の番になってます!」
「俺の、番、だね。指輪も渡したし」
「…………あ、フィックスさん海王蛇の、番ってことですね」

くふぅ♪
これも婚姻が殆ど決まった効果かな。
つがいってことは、夫婦や伴侶という意味だもんねー!

「うん。テリーじゃないよ。俺の、番」
「あ、はい。それは勿論」

左手の指輪を撫で撫で。
わーお、皮膚に食い込んでるどころか触っても指と指輪の段差がない。一体化してるんじゃないかってくらい、めり込んでる。

「よく見るとこの指輪、ちょっと海王蛇に似てますよね。目の位置とか」
「……そうだね。リリーはほんと抜けてるけど、その指輪は抜けないよ」
「外しませんよぉ……」

てか泳ぐ時に指輪に傷でもついたら嫌だから収納しようとしたら『生き物は収納できません』って頭の中にエラー表示が出たんだよね。

この指輪は生きているんだ。
恐らく、フィックスさんの涙だから、かなりの生命力が入ってるんだ。私の異空間にも入りきらないくらいの膨大な力が。

「うっふふ♪いざとなったら私を守ってね♪」

指輪にちゅっとキスをすると、一瞬だけ吸い込まれるようなふわっとした感覚がした。目がとろんとなる。フィックスさんが意味深な笑みを浮かべた。

「大丈夫。いつでもおいで」
「うん?」
「好きな時に入っていいよ。出すのは……俺の気分次第だけど」

なんのお誘い?
とりあえず両腕を広げておいでと言われたのでフィックスさんの胸にすりすり。
あぁ、何もかも忘れてしまうこの夢見心地よ……もう一生こうしていたい。

「っ、この海老団子入りのスープ、おかわりをいただきたい!」

おっ、ヴィッセル殿下。
顔色がお通夜から正常に戻ってきた。
よかった。泣いてるけど食欲はあるみたいだ。
マナーは完璧に、物凄い速さで咀嚼している。やけ食いかな。少し痛々しい。ここにビィセェス殿下がいなくてよかった。恋人のこんな姿を見たら……私だって泣いちゃうよ。

「リリー嬢、御馳走になったな。絶妙な塩梅のスープだった」
「あ、いえ、なんのお構いもできませんで……」
「では私はそろそろ失礼する。……君に出会えてよかった。短い期間だったが、このカプルス共和国での出来事は、一生忘れられない思い出になった」
「いえいえそんなっ……あ、ビィセさんによろしくとお伝え下さい。私はお二人のなんの役にも立てませんで、申し訳ない気持ちで一杯です……遠くからお二人の活躍を見守っております」
「……ありがとう。ではさらばだ」

はい。ぺこりと頭を下げて顔を上げると間近にアリエルちゃんの顔が迫ってきた。

「リリーおねいさぁーん!  署名して、お願い署名してぇ!」
「うおっ」

カウンターに乗り上げて何かの紙をぐいぐい私の顔に押し付けてくるアリエルちゃん。
こら、お行儀が悪いぞ。

「な、なんの署名?」
「レインさんが次期都長代理候補になるための署名なの!  お願いリリーおねいさぁーん!」
「いや私まだカプルス共和国の国民じゃないし、そういうことは来年の5月以降にしてくれるかな?」
「えええっっ!?」

そないにショックを受けるなよ。
つか都長でも給料少ないのに、都長代理ってなんの手当もつかないし仕事量だけは都長と同じだけあるんだよ。多忙で更に会えなくなる可能性もあるし、ここだけの話、都長よりアリエルちゃんの方が絶対年収多いからな?
やんわりとそう告げるとアリエルちゃんが鼻を赤くした。

「……レインさん、港が閉鎖されたことで……この機会に体力の衰えを感じていた老漁師さん達が船を手放す手続きをしているのを見て、職業訓練所を立ち上げたいって言ってたの。都長代理になれたら、その提案書を街の大人に読んでもらうこともできるから……」
「職業訓練所を?  隠居する漁師に?」
「あ、ううん……老漁師さんを引退後も無理に働かせるんじゃなくて、見習いの漁師に船を売って、継続して返済できるように知恵をわけてもらったり……あと、老漁師さん達は既に妻を喪ってたり、子供も巣立って一人暮らしの人も少なくないから……街に出る機会を減らしてほしくないし、長年かけて築いた知恵を引退後も活用してくれないかと……レインさんが熱い言葉で語ってたの」
「……まぁ、近代的な考えだわな。間違ってはいないと思うよ」

そうか。
五男坊の性癖は老漁師も圏内だったか。

ふぅ。
アリエルちゃんに渡された紙の束を見る。
なんと一枚一枚手書きか。アリエルちゃんが夜なべして書いたのかな?
五男坊が都長代理候補になる為の署名と、職業訓練所を立ち上げる署名とか、それが街にもたらす利益と貢献について書かれている。

「アリエルちゃんは署名を集めてるくらいだからその提案に賛成なんだよね?」
「うん!  今すぐ動くべきだと思うの!」
「しかしこの紙には職業訓練所を立ち上げるという簡素な内容しかなく、充分な説明が書かれていません」
「えっ」
「アリエルちゃんの最終目的は、提案した人に自分の名前を書いてもらうことです。ならばこの署名にわかりやすく説明文を加えて、更にそれを読んだ人が詳しく話を聞きたいと言ったら滞りなく答えられなくてはなりません。先程のレインさんの理想をそのまま話すのは論外です。また、──」

街の人は自分とは関係のない老漁師の為の提案に耳を傾けるでしょうか?  とくに食べていくだけで精一杯な人もいます。自分に利益の無い提案に署名するでしょうか?  更に更に、引退という大きな決断をした老漁師さんが次に動こうと思うのは数年後ではないでしょうか?  引退後すぐ動くでしょうか?  おまけにこの提案は老漁師さん達の賛成を得られているのでしょうか?  レインさんの見切り発車でなければ、数年先の未来を思い描いた提案だったのではないでしょうか?
とにかくアリエルちゃん。

「全てを納得した上で名前を書いてもらうのは大変なことです。署名ですから、法的な力がある契約書ほどではないとはいえ、職業訓練所にかかる運営費は市民の税金から賄われます。カプルス共和国では未成年の国民からは税金をとりませんよね?  アリエルちゃん、貴方が既に成人で税金を支払っているならまだしも、そうではない貴女が税金を支払っている成人に署名を頼むのは少し分が悪く、この場合は代理人か、」
「っ、もういい!  もういい!  さっきからリリーおねいさん難しいことばっか言って全然署名してくれないじゃん!」

しょうがないじゃん。アマリリスが勉強した知識も頭に入ってんだから。ボロが目立つんだよ。おまけにまだ私カプルス共和国の国民じゃないし。
アリエルちゃんが紙束を取り返そうと飛び掛かってきたので頭を掴んで止める。
爪で引っ掻いてきても無理無理。
傷ひとつつかんわ。
人魚とはいえリリーおねいさんに敵うわけないでしょ。

「フハハハハ!  明日レインさんを呼んできなさい!  それまでこれは預かっておく!」
「やだぁ、返してよぅ!  レインさんには内緒で動いてるんだからぁ!」
「いや、なおさら連れてきて、明日、絶対」

そこで何故かまだいたヴィッセル殿下に紙束を取られた。

「……リリー嬢、このような穴だらけの提案に耳を貸すことはない」
「は?」
「今回の軍事演習は必要なことだった。どうしてもアルレントの領海ではできなかったのだ。だからこの期間、カプルス共和国からは過度な要求もされた。もし食い潰れるような漁師がいたら年収に相当する助成金を支払うことになっている。引退する老漁師の狙いは我が国からの助成金だ」

キリリと、ヴィッセル殿下がゲーム通りの顔になって胸をはった。

「チッ。次から次とややこしい……他国民は黙ってて!  今!  カプルス共和国内の話をしている!」
「やだこの人リリーおねいさんの付きまといの人じゃない!  まだリリーおねいさんに付きまとってたの!  リリーおねいさんに近寄らないでッ!」

お、アリエルちゃんの言葉でヴィッセル殿下が真っ青になった。付きまといというかね、相談には乗ってたんだよ。力及ばずだったけど。

「ぐっ………………本当なのか?」
「はい?」
「……先程、君はまだカプルス共和国の国民ではないと言った!」
「それがどうしたんですか?」
「っ、だから、まだ籍は入れていないということではないか、そう聞いている!」
「はあ?」
「違うのか!?」

チッ。ほんと次から次へと。
お前こそ他国民じゃないかと言い返したいんか?  言い返すの得意だもんな。アマリリスを言い負かすのも得意だったもんな。でも残念、私はそのアマリリスじゃない。ただの王族が共和国で私に勝てると思うなよ!

「それがぬぅわぁにかぁ~?  後継者だから一生アルレント民にしかなれない貴方とは違って私は来年の5月には結婚式を上げてそのあと妊娠することも決定してるのでもうこの国の国民みたいなものですぐぅわぁぁ~?」

眉間にシワ増し増しで白眼を剥いて言ってやった。そしてポケットに手を入れてヤンキースタイルだ。これ、久々にやった。

「にっ……ッ、それはっ……後半はまだ決定ではないだろう!」

よしよし。
オバケを見たようにドン引きしてる。
目に涙を溜めて口はへの字だ。
明らかに戦意喪失とみた。
とどめを刺すため目をカッと開く。

「カプルス共和国の国民になるのも含めて全部決定事項でしょーがッ!  指輪も貰って式場も予約して毎日この店の二階で死ぬほど抱かれてんのよ!  今さら婚約破棄なんて有り得ないでしょーがッ!」
「…………!」

そ、そうだよねフィックスさぁん!  とすがるように振り向く。婚約破棄……自分でその言葉を出しといてまさかね……乙女ゲームの強制力なんてないよね。そう思いながら見るとフィックスさんが鼻歌まじりに三段ケーキを作っていた。

ほらぁ~♪
だってそれ、カプルス共和国伝統の結婚式で使われる白い三段ケーキじゃない!

「フィックスさん、ほんと凄ぉい♪」
「試食してみる?」
「食べる食べるぅ、今すぐ食べるぅ♪」

アリエルちゃんも食べたそうにしていたので一緒に頂いた。

「わぁ、めっちゃおいちぃ♪フィックスさん、天才だわ♪」

アリエルちゃんもこのケーキ都心のより美味しいってばくばく食べていた。でもカットしたケーキを4個しか食べていなかったので残りは私が頂こう。美味すぎてまだまだ入るぞ。

「……リリーおねいさんって容赦ないよね」

ん?
アリエルちゃんがいつの間にかテーブルに置かれていた署名の紙束を手にしてトントンとまとめた。

五男坊のことだから大丈夫だろうと思うけど、もし自費で職業訓練所を立ち上げるとなったらアリエルちゃん貯金とか貢ぎそうだからちょっと不安になったんだ。
でもそれはいま言うべきではないし。

「さっきは強く言い過ぎたね……悪かったと思ってるよ」
「ううん。アリエルはまだあんなに容赦ないことレインさんからは言われてないから、まだ望みはあると思うの」
「?」
「アリエル……レインさんのやりたいことを手伝いたいの。側にいて、誰よりも信頼を勝ち取りたい。レインさんの隣はアリエルしかないって、周りにも……レインさんにもそう思われたいの。だから頑張って努力するっ。でも……レインさんの邪魔だけはしないようにするっ……アリエル、甘ったれた昔の自分とはさよならするって決めたの!」

ぎゅっと紙束を胸に抱いてきゅっと口を引き締めたアリエルちゃん。

なんかもう、少し前までの、彼氏が五人いたり裸体で飛び掛かってたとんでもねぇアリエルちゃんはどこにもいないなぁ。何故かあの頃のアリエルちゃんのことを懐かしく感じながら、子供の成長は早いなぁと感動した。

とりあえず来年の5月以降からしか効力はないけど、署名したるとペンを出した。

「ほんとっ、リリーおねいさん!」
「署名はするけど、悪用したら都心のど真ん中にある巨大時計盤にはりつけて発狂するまで擽って泣かせるから、覚えといてね♪」
「……しません、絶対」

アリエルちゃんがびくびくしながら差し出した紙に自分本来の字体で名前を書くと、何故かしっくりきた。

ずっと染み付いていたアマリリスの手の感覚も消えている。


「……さよなら」
「リリーおねいさん?」
「ううん、なんでもない」
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