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「我等の英雄、カナコ・セトよ。そなたのお陰で魔王軍は滅び、この世界は救われた。この国の王として、改めて感謝を伝えたい」
「そんなっ、顔を上げて下さいっ……こちらこそ、何も知らずに何も出来なくて何も持っていなかった私に、この国の皆さんはとても優しくして下さって……出来ることなら、ずっとここに居たいし、次はこの世界で生まれ変わりたいです」
それが出来たら、どんなにいいか。
でも異世界転移して魔王を倒した後、この世界の神様が現れて、私は役目を終えたことを告げられた。もうこの世界には居られないことも。
そして日本に帰す前に、褒美としてこの世界にあるものはなんでも与えると言ってくれた。
金銀財宝は勿論、神具である武器や、好きな男がいれば人間でも与えると言われたのだ。
でも私は頭を振った。
だって私の望みはこの世界で暮らすことだったから。それは叶わないけれど、でも、もしご褒美を頂けるなら、この世界で皆さんから教わった魔法を今後も使いたいと願った。その為の魔力を持ち帰りたいとお願いしたのだ。
神様はふたつ返事で頷き、私の体に魔力を留めたままにしてくれた。
そうして私は日本に戻った。
一瞬の事だった。
気付くといつものオンボロアパートの一室にいて、ズタズタにされた制服を身に纏っていた。
「……あっ。そういえば神様は戻ったら時間の経過もないと言っていたから……転移前は……下校時に同級生に追い掛けまわされて、池に突き落とされてぐじゃくじゃの状態で帰宅したんだったけ?」
帰宅後は疲弊して畳にへたりこんで「もう殺してくれ!」って叫んだ瞬間に異世界転移したんだった。
ふふ。あの頃が懐かしいな。
真っ裸で異世界の森に転移して、初めは森に住んでいた初老の姉妹に事情を説明して助けてもらったんだった。優しい人達だったなぁ。向こうの世界では、いきなり訳もなく罵倒してくる人は一人もいなくて、誰もがまずは話を聞いてくれた。それは貴族だろうが王族だろうが同じだった。異世界人ということで丁重に扱われた可能性もあるが。
本当に、本当に優しい世界だった。
そして……またこの残酷な世界に帰って来た。
異世界で暮らした日々のお陰で、私にとっていじめられていたことは既に過去のこと。しかし戻ってきた今の私のこの現状は、いじめはまだ現在進行形のこと。
「…………」
無詠唱で洗浄魔法と修復魔法を発動する。
この一年、制服を洗わない日は無かった。色褪せたボロボロな制服は新品同様の輝きを取り戻した。
私は世渡カナコ。
もうすぐ高校二年生になる。
◇ ◇ ◇ ◇
「まいったな」
帰宅一日目。
私は困っていた。
お腹が空いたのだ。
そういや転移前に池に突き落とされた時、溺れて財布を紛失してしまっていたようで、日本円は一円も持っていなかった。家にもお金は無かった。いや、部屋中を探知探索したら二円だけ見つかったのだが、それでは缶ジュースすら買えない。お菓子棒一本すら買えない。
仕方なく夕暮れ時の外を歩いた。
同級生に突き落とされた池を目指したのだ。溺れてかなりもがいたから、恐らく財布は池の底にあるだろう。見つかってくれ。
結果、池の底で見つかった。
溺れた際、通学鞄ごと紛失していたようで、その中に入っていた。財布も。びしょ濡れの千円札が三枚。あと小銭が少し。
私は自販機で炭酸水を買った。
久々の炭酸だ。続けてコーラも買った。久々の甘い炭酸だ。続けてコーンスープとおしるこも買った。美味しい。異世界にはないジャンクな味。体に悪そう。だがそれがいい。
小銭を全部使ってしまったので一度帰宅することにした。お腹はたぷんたぷんだ。今夜はもう休んで、明日にでもスーパーで食料を買おう。
ボロアパートが見えてきた時、私は反射的に隠密を発動させた。
「ぎゃっははは! 冷人さん、アイツほんとにこんなとこに住んでるんすかー?」
「ああ」
「ボロ過ぎっ、薄気味わりーな」
「ポスト全部ピンクチラシっすよー。こんなの俺が子供の時しか見たことないっすよー」
「……お。ありました! 102号室! 世渡宛に……おおっ、脅迫文だ! 家賃払えって、これ大家からっすよー」
「ぎゃっははは!」
……稀屋令人。
白に近い銀髪の髪に、鼻と下唇につけられたピアス。確か親が外国の人だかで、稀屋は青い目をしている。顔立ちは前世でどんだけ徳を積んだらそんな顔になれるんだってくらい、むしろ気持ち悪いくらいに整っていて、人間味は感じられない。
中学に入った頃から、私は稀屋にいじめられていた。稀屋本人が何かしてきたことはない。稀屋は視線ひとつで、周りにいる同級生を動かすのだ。転移する直前の下校時も、稀屋の目配せでクラスの女子達に追い掛けまわされた。通学鞄で何度も叩かれたな。通行人にも笑われて、誰も助けてくれなくて、本当に惨めだった。でも、……もうそんなことはどうでもいい。
ククッ。
復讐とか、どうでもいい。
もう人間なら誰でも一撃で殺せるもの。
殺したら死体は異空間魔法の収納にでも入れておけばいいし。
と、そこで私は気付いた。
異空間魔法を発動する。
発動できた。
向こうの世界で収納に入れておいた物……あらゆる通貨や魔導具、食べ物や服も当時のまま入っている。異空間には時間の経過がないので、なまものとかも腐ることはない。
あれ? これ、買い物にいく必要なくない?
「令人さん、部屋には誰もいないっすよー」
稀屋達が勝手に私の部屋に入っていった。
鍵は簡易な物だ。腕力で壊されていた。
「うわぁ。なんもねぇな。辛気くせー部屋」
「ねー、令人さん、ほんとにアイツ犯すんすか?」
「ああ」
「えぇー。俺、こんな悪霊とか出そうな部屋で勃たないっすよー」
「あーあ。せっかく兄貴に高性能なカメラかりたのにー」
「ぎゃっははは! なに、お前撮影もするつもりだったの?」
「んなのお決まりでしょー、訴えられたらどうすんの。脅すネタは持っとかないと」
「ぎゃっははは! ひでーやつ」
本当に……何から何まで酷い人間だ。
土足で踏み散らかされた部屋が靴あとで汚れている。後で洗浄しとかないと。
「チッ。しょうがねぇな。今日は帰るぞ」
「えー、帰宅するの待っとかないんすか? どうせならそこから撮影しようかと」
「ぎゃっははは! AVの見過ぎだって!」
稀屋が踵を返すと、騒いでいた彼等も慌てたように部屋を出ていった。侵入してつけた電気もそのままに、玄関のドアも開けたまま。
壊された鍵には指紋もついているだろう。部屋には侵入した形跡として靴あともある。このまま警察に通報したいところだが、何も盗まれていないので罪としては軽いものになるだろう。
稀屋のことだから、不法侵入は同級生の家に遊びに行っただけのことにされる。壊した鍵もどうにでも言い逃れするだろう。それに稀屋の家は資産家だ。同級生の家に盗みに入るとは警察も考えにくい。むしろ私に罪をでっち上げられてしまいそうだ。なんせクラスの全員が稀屋の味方なのだから。
沸き上がってきた怒りに拳を握り締めて、それから力を抜いた。
……以前の私なら、こんなふうに怒りを感じることもなかった。驚異が過ぎ去るのをじっと耐えて我慢していた筈。
掌を見る。
向こうの世界で、優しい人達に教えてもらった魔法。それをあんな奴等の為に使いたくない。
日本に戻る前、私の境遇を知る沢山の人達に励まされた。
もし戻った時にまたいじめられたら、その時は魔法でやり返してやれと言われた。神父さんに。神の名のもとに私が認める!とまで言われて思わず笑ってしまったのを覚えている。
王女様にも励まされた。王女様はいつも懐に忍ばせている短剣と同じものをつくってくれた。もし日本に戻ったときに辱しめを受けるようなら、誇りを護る為にそれで自害しなさいと王女様の侍女に言われたが、王女様は「いいえ、もし辱しめを受けるようなら、それで相手を刺し殺しなさい! わたくしが許します!」と訂正された。いえ、きちんと逃げて通報しますと苦笑いを返した。
神父様は魔王軍に母と妹を殺され、王女様は出陣した兄と婚約者を魔王に殺された。王女様は私よりひとつ年下で、成人したら亡き兄にかわって王太女となる。これからは荒れた国を再建させると奮闘していた。みんな辛いことがあっても最後は前を向いていた。だから私も異世界転移後はテンパりながらも前を向けた。
向こうでの生活を思い返しながら小一時間ほど呆けていると、いきなり部屋の電気が消えた。そういや電気代……滞納していた。
「ライト」
ぽわっと室内に明かりを灯す。
部屋全体を洗浄して玄関のドアを閉めた。そして窓やドアに結界魔法を展開した。術者しか通さない見えない魔力の壁だ。
収納からグラスを出して水魔法を発動。
グラスに注いだ水を飲み、これからの生活を考えてため息をついた。
今すぐにでも行方を眩ませてしまいたいが、ここは異世界じゃない。調べれば全国民に出生の記録は勿論、日本人としての籍がある。未成年の出奔だと警察が動くだろう。学校側が通報する可能性もある。犯罪者としてじゃなくとも、警察に追われるのは避けたい。行方を眩ませるなら成人してからの方が都合がいいだろう。
あとお金はどうしようか。
ひとりで暮らしていけと私を置いて田舎に引っ込んだ母親は定期的にお金を振り込んでくれていたが、この三ヶ月は振り込んでくれていない。
もう捨てられたも同然なんだろうな。
母は妊娠した途端に恋人に捨てられて、一人で私を生んだ。母の両親は母を溺愛していたらしく、穢らわしい男の子供は捨てて実家に戻ってこいと何度も母に電話をかけてきていた。生活は困窮もしていて、とうとう母は実家に戻った。お前は邪魔だから連れていけないとはっきり言われたのだ。
母に想いを寄せる幼馴染がいるのも知っている。母の両親は元々この幼馴染の男性と娘を結婚させたがっていた。恐らく母は良家のお嬢さんなのだと思う。だって母の実家の住所は大手の老舗旅館だもの。異世界風に言うなら、私は庶子だ。後継ぎにはなれない婚外子。老舗旅館を経営する人達の孫にもなれない邪魔な存在。
あぁ。もう一度向こうの世界に行きたい。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
魔法で日付と時間と天候を調べていたら、今日は学校が休みの祝日だと気付いた。
ゾッとした……異世界転移してなかったら、今ごろ稀屋達にこの部屋で撮影されながらズタボロにされてたんだろうな。そうなったら首吊って死んでる。
「……ばっかじゃないの」
とりあえず魔法で出した水を飲んで、収納からワンピースを出す。日本で着てもおかしくは見えないレトロ風味なワンピース。向こうの世界で得たものだ。
編み上げブーツも出して履いて、小さな鞄を手に隠密を発動してから外に出た。
今日は天気がいい。
う~んと伸びをして、飛行魔法を発動。
最寄り駅について、そのまま線を辿って飛んでいく。目的場所は梅田。
今はお金が三千円しかないからね。
なるべく交通費を浮かしていこう。
梅田駅について、地面に下りる。
朝の駅は人混みに溢れている。
隠密を解いてコンビニに寄ってカップラーメンと珈琲を買った。お湯を貰って店内で食べる。
食べながら店内を眺めていると、客の殆どが電子マネーで支払いしている。カードを翳すか、スマホを翳すかのどちらかだ。現金を出す人の方が少ない。
スマホ、持ってないからなぁ。
昔はコンビニで携帯とプリペイドカードが買えたそうだけど、今は犯罪抑止の為かそういったものは売っていないそうだ。
どうにかして手に入れないとなぁ。
コンビニを出て、珈琲を飲みながら手持ち無沙汰に通行人を鑑定していく。
靴職人、無職、医者、医者、医者に続いて医者。通勤する医者の群れにあたった。鑑定しながら可笑しくて缶珈琲を飲みながら笑っていると声を掛けられた。
「学生ですか?」
顔を上げると二人の警官がいた。
内心ビビる。
あっ……ちょうど誰かを取り締まっている最中だったようだ。警官に捕まっている柄の悪そうな男が一人。
とりあえず警官に軽く頭を下げる。
「いえ、これからバイトです」
そう答えると、警官はじっと私の目を見た。そしてなんとなくだけど、警戒を解いたのが解った。
「そう。こちらにぶつかりそうだったから声をかけただけだよ。ちゃんと前をみて歩いてね」
「……はい」
一人で笑っていたから不審者と思われたのかもしれない。それかハーブでもやってると思われたか。なんとなくだけど、向こうの世界で魔力を得てからは、目と声色で相手がこちらを不審に思っているかが解るのだ。
そそくさと離れて、しばらく歩いたところで人混みにまぎれて隠密を発動した。なんか人の目って疲れる。
信号を渡り、ひらけた場所にあるタバコ屋の近くで腰をおろした。
通勤する人々がタバコ屋の灰皿の前に集まって一服している。次々と人が入れ替わり、タバコを吸ったら足早に去っていく。
その光景に落ち着いて、飽きることなく珈琲を飲みながら眺めていたら一人の女性がふらっとやってきた。
灰皿にある比較的綺麗なしけもくを拾って、ライターで火をつけて吸っていた。その女性の行動に徐々に人が引いていく。
サングラスをかけたその女性は、身なりはそれとなく夜の蝶だ。まだ若いだろう。ミニスカートから覗く太腿に艶がある。
ぱっと見は二十代後半といったところ。
鑑定してみると針山由乃さん、41歳だった。職業は詐欺師と出た。捕まった犯罪歴も出た。まじか。
詐欺師なのにお金が無いのかな。
持ってる鞄はブランド品だけど、またしけもくを拾って吸い続けている。
なんとなくだけど、獲物を待っているのが感じられた。彼女は捕食者だ。話し掛けてはいけないと本能で感じながらも、私は隠密を解いて話し掛けた。
「あのう、すみません」
「……なぁに?」
可もなく不可もなくな声色だった。
「千円渡すので、あのタバコ屋でどれでもいいのでタバコを買ってきてもらえませんか? 私では未成年だとバレて売ってもらえないので」
「…………」
そう言って千円を出すと、女性は鞄からまだ開けていないタバコを一箱出して私にくれた。そして私が呆気にとられているうちに去っていった。
接触は失敗した。
女性が受け取らなかったなけなしの千円札を見つめ、鞄に大事に仕舞う。
身分証がわりになってほしかったのだが、元々取り引きとか交渉とか、こういった事をするのは苦手だ。
隠密で駅に入り、改札は飛行で通り、トイレを拝借した。すっきりした後にパウダールームに移動して、鏡を見る。顔色が悪かったので鞄に手を入れて収納から白粉を取り出す。
軽くお粉をはたいて、テカった顔を整えた。今日は日差しがある。出掛ける前に日焼け止めを塗っておくんだったな。
メイク道具も向こうの世界のものだ。あまり数もない。こういったものはこちらの世界の方が質がいいだろうし。やっぱりなんとかしてお金を手に入れないと。
その日、一旦帰宅して収納から金貨や金鉱石を出した。
質屋で買い取ってもらうにも、このままでは怪しまれるだろう。
創造魔法を発動して金貨の形を変えた。
全て指輪にして、裏側に私の名前を彫った。確か質屋では買い取りに身分証が必要だったが、田舎の質屋なら学生証でも誤魔化せるかもしれない。
と、思いつつも、そんな上手くいくわけないと作ったものを全て収納した。私のちんけな顔じゃ貢ぎ物を売りにきたキャバ嬢の振りすら困難だろう。
ごろんと寝転がる。
日本に戻ってきたのに、まるでこちらが異世界のように思えてくる。これからどうやって生きていこうか必死だ。異世界転移した直後のような心境だ。こっちの世界では時間の経過がないから、世界はそんなに変わっていない筈なのに。時系列で言えば私はずっとこの世界にいるのに、消えていた時間などないのに、まるで知らない世界のようだ。向こうの世界では知り合いもいたしそれなりに仲が良い人もいた。その人達がいないこの世界で、私ってこんなに心細い生活をしていたんだと改めて思い知った。
心細い。
本当に心細い。
じんわりと涙が出てきた。
そこで家の周りからよからぬ気配を感じ、探知を拡げた。
玄関のドアの外に人がいる。
思わず鑑定すると稀屋だった。
「おい。いるんだろ。電気ついてるし」
ドン!と拳がドアにぶつけられた。
続いてドアを開けようとしているが、開くわけない。私より魔力が高ければ結界を壊して侵入することが出来るが、それはない。
だって向こうの世界で神様が言ってた。こちらの世界には魔力がないと。だから誰も私を害することは出来ないと。
「おい! いるんだろ!」
「……なにか用?」
「……いんじゃねーか。さっさと開けろ」
「どうして? 昨日は勝手に開けて入ってたじゃない。今日もそうすれば?」
「……ハア!?」
探知を拡げたところ、どうやら今日は稀屋一人のようだった。アパートの側に車がある。車種はベンツ。ボロアパートだらけのこの界隈にベンツが走ってるのなんて見たことない。なら稀屋のか。
「ねぇ、どうして私のこといじめるの?」
「は?」
は? じゃねーよ。
首謀者のお前がしらを切っても、そのうち時間の経過で忘れても、私は忘れない。優しい人達に励まされ、傷が癒えても。神様に魔法を貰って、今度はこちらが害す側になったとしても。何一つ忘れられない。
「私あんたになんかした? なんもしてないよね。中学の時も一言も話したこともないよね。それなのになんで私に目をつけたの? 地味だから? 歯向かわないと思ったから? こっちは風疹で二週間も休んで、久々に通学したら理由もなくいじめられるわ周りからも孤立しててさ、ほんと意味不明なんだけど」
「…………」
「いつもこそこそと周りに指示してさー、意味が解らない。あんたお金持ちなんだからそれだけで幸せな筈でしょ? それなのにわざわざ人を苦しめて、孤立させて、なんなの、なんか目的でもあるの? 人の苦しむ姿が見たいなら誰かにお金払って苦しめて遊びなさいよ。わざわざ私を無償でいじめて楽しんで、いやお金貰えるとしてもいじめられたくはないけど」
「……お前、誰だ」
「はあ? 話聞いてる?」
「お前誰だ! 世渡はいないのか! どこいった!」
一体なんなのこいつ。
稀屋はハーブでもきめてんじゃないかってくらいドアを叩き出した。やがて疲れたのが叩くのをやめた。
「………………今すぐに開けろ」
「さっきから近所迷惑。警察呼ぶよ?」
「……お前スマホ持ってないだろ」
「きも。なんで知ってんのよ」
「あと、電気代滞納してるのに灯りがついてるのは何でだ?」
「……なんなの。本当にきもいんだけど」
「いつもと口調が違う。本当に世渡か?」
「はぁ」
起き上がって玄関のドアを勢いよく開ける。
もうこんな奴に怯えて暮らすことはないのだから。
目を見開いた稀屋が一歩足を進めようとしたが、結界による壁で侵入は出来ない。
「なんだ、これ」
「うるさいわね。なんの用よ?」
「……答えろ。これはなんだ?」
「何って? ただの結界よ。私神様の花嫁になったの。だから成人してあの世に連れていかれるまではあんたのような悪人から護ってくれるそうよ。神力ってやつね。これからは以前みたいに私を害せると思わないで。クラスの皆にも言っといてよ。神様は私を害する人間には裁きの雷を落とすって言ってたからっ」
「…………」
怒濤の如く虚言を言い終えると稀屋がポカンとした。そして大笑いした。明らかに馬鹿にしてる顔だ。だから雷魔法を発動して近くの木に雷を落とした。
1発だけじゃない。
稀屋が「まぐれだ」と言った瞬間にまた雷を落とした。また口を開こうとしたのでその度に落としてやった。
「………っ、な、んで」
「これでわかった? 神様はお怒りよ。自分の花嫁に手を出す者は決して許さないって言ってるわ」
「…………お前、は」
「私ね、あんたからのいじめにもう耐えられなくて神様に助けてってお願いしたのよ。そしたら命を捧げるかわりに願いを叶えてくれたわ。全部あんたのせいよ。私がこんなになったのも、成人したら死ななきゃいけない事になったのも。どうよ、いじめ倒してた奴が最後は死ぬことになって満足? 満足でしょうねぇ。わかったらもう私に関わらないでっ」
言い終えてぴしゃりとドアを閉める。
我ながら異世界で鍛えられた魔法の腕だ。雨雲ひとつ無い空から落雷が降ってくるのは、まさに神の裁きに見えただろう。
これ以上稀屋の声すら聞きたくないので部屋に防音魔法も施した。
あーあ。
明日からどうしよう。
とくにご飯。
とりあえず収納から黒パンとベリージャムを出してサンドイッチをいくつか作った。卵もあったので茹でてすぐ食べられるようにしておく。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
登校するも、稀屋は欠席だった。
いつも稀屋に媚びて率先していじめてくる女子も一人欠席していた。
昼になって普通にサンドイッチを食べていたら気付いた。
そういや誰もいじめてこない。
今日はクラスの誰もが私を遠巻きにしている。
稀屋が欠席してるとはいえ、以前は昼ご飯なんて普通に食べれなかった。作ってきた弁当は一旦床にぶちまけられ、それを私が素手で回収させられ、また弁当箱に詰めて、そうしてようやく食べる許可がおりる。毎回そうだった。今日欠席してるあの女子なんかわざわざ靴で踏み潰してから私に食べさせた。
てか……食べる許可ってなによ。
ばっかじゃないの! 全員死ね! 愛する者と結ばれてから手酷く捨てられてその後も裏切られ続けて人生に絶望してから首吊って死ね! 全員死んでしまえ!
あー、ムカツク。
通学鞄に手を突っ込んで収納から取り出したゆで卵を食べる。喉が乾いたので一旦席を離れ、校舎の裏側に向かった。
隠密でグラスに注いだ水を飲む。
ついでにあの女性に貰った煙草も吸ってやった。あー、水より珈琲が飲みたい。早くお金を手に入れないと。
あ、そういや収納に王女様から贈られた茶葉があった。早く気付いて水筒に紅茶淹れてくればよかったな。
午後も普通に授業を受けて、何も起こらないまま下校時間になった。
校門を出て隠密を発動。
飛行して繁華街に向かった。
自販機を見つけたらすぐさま探知探索。
あっ……二列目の自販機の下に10円落ちてる!
しばらくそんなことを繰り返しているとお釣りの取り忘れも発見した。
見つけたのは全部で150円。
小銭に二時間もかけたこの労働力に対して缶珈琲を買う気にもなれない。
なので百円コンビニに入ってドリップ珈琲を買った。四杯分入ってる。よし、これなら明日の朝の分もある。
なんだか不思議な気分。
現代日本で冒険者やってるみたいな、はたから見たら浮浪者だけど、今は隠密だからね。
さっそく珈琲を飲もうと家路に差し掛かると、黒いベンツが停まっていた。
中の人を鑑定すると稀屋。やっぱりね。
隠密のまま帰宅して珈琲を淹れる。美味しい。そういや昨日サンドイッチを作ってる時に気付いたけど、ガスも水も止まっていた。
早くお金を手に入れて支払わないと。そして契約は切ろう。光熱費も馬鹿にならないし、魔法があれば身支度を整えるのもなんとかなる。
お風呂場に入って桶に手を翳して水を溜める。そしてすぐ近くにある便座に座り、用を足す。桶の水をトイレに流す。きちんと流れたか心配だったのでもう一回桶に水を溜めてトイレに流した。
そこで玄関のドアがノックされた。
結構はげしい叩き付けだ。
「おい! いつ帰宅してたんだ! 灯りがついてんじゃねーか!」
また稀屋か。
うるさいわね。
ほんと暇人。早く死ねばいいのに。
その日は防音魔法を施して、王女様から貰った茶葉で紅茶を淹れた。それを水筒に移して収納。
あー、お腹減ったぁ。
サンドイッチを出して食べる。さっき淹れた珈琲は既に冷めていた。でも美味しい。やっぱり日本て品質がいい。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の深夜。
なんとなく目が冴えて眠れなくて、煙草を吸った。そしたら余計に目が冴えて、珈琲が飲みたくなった。
そうだ。
この時間帯に片っ端から自販機の下を漁ろう。
深夜だから人もいないだろうし、隠密でも誰かとぶつかる心配をしながら漁ることもない。
よし、寝間着がわりのシャツの上に収納から出したローブを羽織る。
ドアを開けてアパートを出ると黒いベンツが停まっていた。すぐさま車のドアが開いて稀屋が出てくる。
「……おい」
「あんたまだいたの。それ以上私に近づいたら雷が落ちるわよ」
「……車に乗れ」
「話聞いてる?」
「頼む……乗ってくれ」
「お断りよ。てかなんの用?」
「………………浅井の嘘がわかった。全部俺の勘違いだった」
「はあ?」
浅井って……うわ。稀屋に積極的に媚びてるあの女子の名前じゃない。ほんとやな奴。あいつも早く死ねばいいのに。
「で、なにが言いたいの。ほんとキモいんだけど」
「……中学に入ってすぐ……お前に手紙を書いた」
「……は? そんなの知らない」
「世渡の事が好きで、でも連絡先も知らないし、手紙には俺の番号を書いて……気持ちも書いた。それを……世渡の通勤鞄に入れた。体育で居ない隙に手紙を忍ばせた」
「…………」
「翌日には手紙の内容が学校中に広められてて、でもお前の名前は書いてなかったから、俺だけ恥かいた。浅井が世渡が俺のことキモいって言って手紙を……皆に読ませたって……世渡は俺のこと嫌ってるって……」
「……知らない。なんなの」
「全部俺の勘違いだった。詰めたら浅井が手紙を盗んでお前が休んでる内に勝手にやったことだったとわかった。全部俺が悪かった。浅井の親父は俺の父親の部下だから、あいつは薬で沈めていま監禁してる。妊娠したら最終的には東南アジアの方に運ぶ予定だ。死ぬまで生ませて売って苦しめる」
「……だからなに! 私関係ないよね!」
そのすがるような顔を今すぐやめろと叫びたくなった。気持ちが悪い。なんなの。勝手にすれば。あんたの事情なんて知りたくもないんだけど。
すたすたと歩いて稀屋に近付いていく。
「私は! あんたが何をしようが、今更何を謝ろうと、どれだけ足掻こうが、最終的には死ぬ運命なんだけど!」
お高いベンツを蹴ってやった。
ひと蹴りで穴が開いて中から強面の運転手が出てくる。怒濤が飛んできたが知るか。止めれば運転手ごと穴を開けてやる。今の私には銃弾だって効かない。
とにかく蹴りまくって、ベンツを蜂の巣にしてやった。いつの間にか強面の運転手は腰を抜かして「化物……化物」と呟いていた。
「わかるー? 神様は害を与えてくる奴がいたらこうやって身を護れと教えてくれたわー! 命とひきかえにね!」
「…………っ、誰だ」
「はあ?」
「どこの神だよ! どこに願ったんだ!? 神社か? 教会か?」
なんなのこいつ。
必死な形相で馬鹿みたい。
「異世界の神様よ。もうこの世界にはいないわ。私が二十歳になったら、またこの世界にきて私の命を奪いにくるそうよ。なるべく痛みは少ないようにするって約束してくれたけど、連れていく時は苦しませることにはなるって言ってたわ。それでもいいからとお願いしたのよ。稀屋ってキチガイにいじめられててもう死にたいって毎日毎日一生懸命お願いしたの」
「………………そんな」
あー、うざっ。
私の虚言を信じて絶望した稀屋の顔を見てもなんも面白くない。やっぱり復讐って精神衛生上よくないものなのね。全く。そんな顔してないで早く首吊って死ねばいいのに。
もうこの場に居たくなくて、走って逃げた。
途中でなんでわざわざ走ってるんだろうって気付いて、隠密を発動させて飛行した。
深夜の誰もいない繁華街はとても静かだった。
たまにドブネズミが横切るだけで、なんだか世界は全て私のものになった気分だった。
あー、下らない。
明日にでも教室が爆発して全員死ねばいいのに。
……あ、自販機の下に五百円落ちてる!
手が届かなかったので急いで風魔法で移動させて拾った。
嬉しい。牛丼でも買いたいけど我慢我慢。
五百円を手に上機嫌で繁華街をスキップした。やっぱり私ってこういうのが性に合ってるんだろうな。浮浪者みたいに空き缶でも集めようかな。でも彼等の糧を奪うのは悪い気もするし……。
よし、なるべく生きる術を多く持とう。自販機も漁って、空き缶を見つけたら収納もしといて、……あっ、空き缶めっけー!
踏み潰して小さくしてから収納した。確か柔らかい空き缶じゃないと買い取って貰えないんだよね?
そうだ、今度休日に空き缶持ってる浮浪者を探して隠密で跡をつけよう。どこで空き缶を売るのかちゃんと見といて、空き缶が溜まってきたら売ろう。
よしよし。私ならそうやって生きていける。図書館にも通って食べられる日本の野草も探そう。いや、わざわざ本で勉強しなくてもその辺を鑑定しながら探せばいいか。食用のキノコとかも探そう。鑑定があれば毒キノコも避けられるし……。
「…………う……うぅ……泣くもんか」
私は向こうの世界では魔王軍を倒して世界を救った英雄なんだから。この世界ではなんの価値もない人間だけど。ご褒美に生きる術を貰ったんだから、惨めで死にたいなんて思っちゃ駄目だ。寿命まで生きて人生楽しまないと。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
登校すると真っ先にクラスの全員が私に頭を下げてきた。気持ち悪すぎる。全員自分のゲロで喉が詰まって死ねばいいのに。
無視してると一人の男子が睨み付けてきた。このまえ勝手に部屋に侵入して「ぎゃははは!」と笑ってたクズだ。
「おい」
後ろから稀屋が声をかけるとその男子は私から目を反らした。下らない。自分で口に手を突っ込んで窒息死すればいいのに。
「今まですまなかった。許さなくていい。俺に何かして欲しいことがあったら言ってくれ」
稀屋の言葉にクラス全員が青ざめた。
稀屋の家は資産家というより反社会勢力の家なんだろう。今まで興味すらなかったから知らなかった。
とりあえず稀屋の言葉も無視した。
誰とも会話したくない。胸に重石が詰まっている感覚がして心が苦しい。この百倍の苦痛を全員に与えられたらどんなにいいか。全員ありとあらゆる方法で窒息死すればいいのに。
「ねー、ねー、カナコちゃん。今まで馬鹿な子ちゃんって呼んでごめんねー」
「りさにそう呼べって命令されてたんだー」
「そうそう、あたし達だってあんなことしたくなかったんだよー」
浅井の連れが私を囲んできた。
もう怖いとは微塵も感じない。
でもこれ以上人の胸に重石を置くのは罪だと思うんだ。
だから口を開いた。
「ねぇ稀屋。この子達がこれ以上私に話し掛けたら浅井と同じ目に合わせてくれる?」
「わかった」
そう言うと誰もが黙った。
吐きそうだ。胸が重い。石が積み重ねられていく。全員死んでくれ。石は私が運ぶから。全員少しずつ時間をかけて徐々に圧死してくれ。
授業が始まって、そこで耐えきれなくなって手を上げた。
「先生も含めたここにいる全員死んで欲しくて堪らなく気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?」
「…………わかりました。保健室に行って下さい」
えずきながら教室を出た。
ここにいるとあらゆる記憶が甦る。
床にぶちまけられたご飯を食べさせられた日々。授業中に机の上で裸で土下座させられても助けてくれなかった先生。生理中に下着を奪われて下校まで血を流しながら教室の隅に立たされた記憶。全てが悪夢のような記憶だ。本当は全員死ねばいい、じゃない、全員殺したい、だ。親がいようが兄弟がいようが構うもんか。全員死んでしまえ。罪もないこいつらの家族も死ね。生まれたばかりの赤子も死ね。こいつらと挨拶をかわした他人も死ね。近所に住んでる奴等も死ね。関わった全員死ね。一人残らず私が殺してやる。
◇ ◇ ◇ ◇
保健室には鍵がかかっていたので壊して入った。
毒物とか劇薬とかないかと室内を隅々まで探知探索したらココアの粉があった。
封が開いている。
まだ真新しい、いい香り。
これなら口に入りそうだと考えていたら稀屋が入ってきた。
「……おい。大丈夫か?」
馬鹿じゃないの。
お前のイカれた頭こそ大丈夫か。
収納から木のコップを出してココアの粉を入れる。手から熱湯を出して指でかき混ぜた。熱いけど大丈夫。これしきのことで火傷なんてしない。
指を舐めると……うん、薄いけど美味しい。
「……それは、魔法か何かか?」
「そうよー。私の神様は魔法をくれたのよー。これで気に入らない奴は全員殺せって言ってたわ」
「……なら俺を殺せばいい」
「私はね、この魔法をくれた優しい神様の為に人は殺さないと決めたのよ。人を苦しめて悦んでるあんたらみたいな人間紛いのキチガイと一緒にしないでよ」
「……そうか。とりあえず教師とクラスメイトは明日にでも全員運ぶことにした。それなら世渡の罪にはならない」
「ばっかじゃないの」
「ああ。どうせもうお前が手に入らないなら、お前がその……神って奴に連れてかれるまでは、俺も自殺しないことにした」
「さっさと死ねばいい」
「ああ。そのうち必ずな」
ココアを飲み終えると、幾分か楽になった。気持ちが悪いのにお腹は空いていて、でも何も喉を通らない気がして、朝起きた時から最悪の気分だった。
さて、もういいや。
全てがもうどうでもいい。
帰りはそこらじゅうにいる人間を殺していって最終的には私のような人間を殺せる勇者が現れるのを待とう。
コップを収納して踵を返すと、俯いた稀屋が声を出した。
「俺、前世の記憶があるんだ」
「…………は?」
「前世では黒髪黒目の、突然世界に現れた異世界人に殺された。魔法も使えて、可愛い子だったな。姿も声もお前とそっくりで」
その言葉にひゅっと喉が詰まった。
「…………俺は人間からしたらぶよぶよとした醜い生き物だったから、生まれ変わって、幼い頃から女が寄ってきて、もう醜いと罵倒されることはないと安心したのを覚えている」
「………………な、ん」
「中学に入って、お前を見つけて、最高の気分だった。普通にしてるし、観察してたら運動は苦手なようだったから、それでただの人間だと解ったから、似ているだけかもと思った。でも俺もただの人間に生まれ変わったから、もしかしたらお前はあの時のお前かもしれないと考えた。お前もただの人間としてこの世界に生まれ変わったんじゃないかと……でも生まれ変わった俺は前とは全然違う姿だったから、お前はあの時のお前じゃなく、やっぱり別人かもと思った。でも近づきたくて、気持ちが抑えられなかった。今の俺は、誰もが見た瞬間に醜いと拒絶された俺じゃない。それにあの異世界人は、前の俺に醜いとは一言も言わなかった。この姿なら、あの異世界人に似たお前に受け入れてもらえるかもしれないと期待した」
「…………あんた」
「俺は魔王だよ。人間みたいに魔法は使えなかったけど、魔獣の軍を引き連れてた。それで片っ端から人間殺してた。いや、喋る生き物を見つけたら全て殺してた。幼い頃から、もううんざりしてたんだ」
一方的に喋りながら俯いていた稀屋が顔を上げた。
「やっぱりお前……あの時の異世界人だったんだな」
「…………」
そうだ。
この青い目。見覚えがある。
光彩の真ん中が一番色が濃くて、徐々に薄くなっていく青。対峙した時は、既に片目を失っていた魔王の瞳とそっくりだ。
魔王は人型で、全身火膨れしたようにぶくぶくしていた。火傷の痕にそっくりで、痛々しく感じた。人間と同じほどの背丈に、もしかしたら怪我をしているだけで同じ人間なのかもしれないと……その考えは無理矢理頭から取り払って殺した。
「ああ、そうか異世界人って……生まれ変わったんじゃなく、この世界から向こうの世界に呼ばれたのか。なら前世で俺がいたあの世界から、俺を殺して戻ってきた直後か?」
「…………」
「会いたかったよ。ずっとお前に会いたかった。ごめんねって謝りながら俺を殺そうとしたやつは初めてだった。でも言ったよな。生まれ変わったら、もう人は殺しちゃ駄目だって。だから俺、殺してはいないよ。どんなに罵倒されても死ぬ寸前で止めてる」
頬に触れられて、動けなかった。稀屋の手を振り払えなかった。
「…………やめ、て……だって、あんた……私のこと……散々苦しめたじゃない」
「ああ。ごめんなぁ。お前だって知ってたら、あんなことしなかった。お前なら俺のこと拒絶しても何もしなかった。何されても許してた。殺されても抵抗しないよ。前だってしなかったろ。初めて俺と会話しようとする奴が現れて、嬉しかったんだ……似ててもお前じゃないなら誰でも同じだから……どうでもよかったんだ。なのに……お前はあの時のお前だったのに……傷つけてごめん。苦しませて悪かった」
「っ、うるさい……」
「なあ……戻ってきたこの世界でも魔法が使える、その代償として神に命を売ったのか? それも俺のせいだよな……なあ、その命、俺のじゃだめか?」
「うるさいっうるさいっだまれ! うるさいうるさいっ! 今更なんだ! 殺された分際で殺した相手に執着してんじゃないわよ! キモいのよ!」
「っ、」
思わず加減も無しに手を振り払うと稀屋の顔に当たって左目が潰れた。稀屋は呻いただけで何もしてこなかった。
「全部嘘よ! 心のどこかであんたが苦しめばいいと思って吐いた嘘よ! 魔法はあんたを殺したご褒美に神様に貰ったのよ! なんなのよ! 誰があんたをこの世界に生まれ変わらせたのよ! そんなのが可能なら私を向こうの世界に生まれ変わらせてよ! こんなクソみたいな世界じゃなく、あの優しい世界に戻してよ! その為ならもう一度あんたを殺したっていいわ!」
胸が苦しい。重石が積み重ねられていく。全員死ねばいい。教師も。クラスメイトも。稀屋も。私も。物心ついた時からずっと可愛い可愛いと言って育てた癖に、結局私を捨てたあいつも。全員息絶えて塵となって消えろ。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数年後。
「これとこれ。あ、昔作った指輪も残ってた。これも買い取って」
「ああ」
稀屋は金の重さも計らず鞄からポンと三百万の札束を出してきた。とりあえず収納に入れる。
「毎回テキトーだけど赤字にならないの? 金の純度は高いけどさぁ」
「一番高い時に売れば回収できるよ。てかそんなのどうでもいいだろ。団子食ってないで早くクエスト貼れよ」
「……あ、待って。忍耐が発動しなかった。ちょっと闘技場いってゴリラに殺されてくる」
「チッ。ならその間に寿司でも頼むか」
「なら茶碗蒸しと赤だしも」
「ああ」
その10分後。
ピンポーンと鳴った。
お寿司はやっ。もうきたのか。
「ちょ、あんたが出て」
「無理。いつまで採取してんだよ。参戦しろや」
「こっちも無理。今から野良ゴリラに乗って向かうから」
「チッ」
去年からハマってるモンスター討伐ゲーム。釣りや採取もできて冒険者ぽくてなかなかいい。武器も色々ある。新しく作った属性強化の銃が火を噴く。
「……おい」
「んー?」
「母さんだった。お茶淹れてやってくれ。俺が淹れたのは不味くて飲まないから」
「やだ由乃さん来たの! ならスタン要員で参戦してよっ」
とりあえずゲームは一旦中止して緑茶を淹れる。
お高い茎茶だ。茎しか入っていない香り高い緑茶。こんなの誰が淹れても美味しい筈だけど。
コップにお湯を注いであたためる。
あたためたコップから湯を急須に注ぐ。
これで緑茶の適温だ。
「おまっ、一人だけサブキャンプに戻ってんじゃねーよ。俺のは一乙してんじゃねーか」
「一乙無効食べといたから数に入ってないって」
そうこうしている内に由乃さんが玄関から顔を出した。半年振りかな。どでかいトランクを引いて、重そうに引き摺っている。今日もギラギラとしたサングラスが様になっている。
「カナちゃん元気ー?」
「おひさしぶりです由乃さん。はい、元気にしてますよー」
由乃さんはトランクから男の死体を出した。むわぁっと腐臭が部屋に広がる。
「ちょ、臭っ、カナ、空気洗浄押して」
「この子あたしのお金盗んだから殺しちゃった~、殺ったのはお父さん~」
「殺しちゃった~、じゃねーよ! くせーよ!」
「はいはい、とりあえず収納ね。散々人殺したくせに腐臭が嫌なの?」
「前は嗅覚なかったんだよ!」
「へぇ」
「なぁに? またゲームのお話? それよりカナちゃん、また手品の腕あげたの? どこに隠したの~?」
「今回は樹海です」
「すごぉい」
「後で棄てときますから」
「ならこの子から取り戻したお金あげるわ。はい、三千万円」
由乃さんは大粒のダイヤのピアスをくれた。
石でかっ。そして血がついている。洗浄して収納。そのうちまた稀屋に買い取ってもらおう。
「あ~、緑茶おいしい。やっぱ日本人が淹れたお茶が一番だわ。ロシアが淹れたお茶は不味くって」
「そろそろその呼び方やめてくんない?」
「ロシアはロシアでしょ。ロシアの血がまざってんだから。お父さんそっくり」
「親父は元気にしてる?」
「あ、そうそう、それなんだけどね。お父さんが前にカナちゃんが住んでた家に最近カナちゃんに似た怪しい女がきてるって」
「…………」
「そうなんですか。全く身に覚えがありませんね。気にせず放っておいたらいいと思います」
「ならお父さんにもそう言っておくわ~、はいこれお父さんからの手紙」
ロシア語は読めないんだけど。
またパソコンで翻訳するか。
別室に入ってパソコンを起動させる。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ……ロシアはまだ童貞よねぇ?」
「……うるせーな」
「よく我慢できるわよねぇ」
「ほっとけ」
「あら、カナちゃんのことよ~、よくこんなのと暮らせるわよねぇ~。お父さんカナちゃんのこと隅から隅まで調べて褒めてたわよ」
「……無理強いしたくないんだよ。側にいてくれるだけでいい」
「あら欲張り! ほんとなんて醜いのかしらこの子は」
「別に醜くてもいいよ。カナさえいれば生きていける」
「なら頑張んなさいよ~、人間は死ぬ時に本性を見せるんだから、それまではいくら嫌いって言われてもまたいじめたら本末転倒よ~」
「……ああ」
お茶を飲みきって母さんは腰を上げた。
また何処かへ行くんだろう。
カナと暮らして約三年が経った。
今でも寝てる時は魘されていて寝起きは冬でも汗をびっしりとかいている。せめて俺に怨み言でも言ってくれたらいいのに。最近は寝言でも魘されていて、苦しげに漏れる言葉は全てカナの母親に対するものだ。捨てないで、いい子にするから、そう言ってずっと謝ってる。泣いて飛び起きる時もある。元凶を殺してしまいたいけど前世でカナと約束したから出来ない。
どうにかできないかと、昨夜は仕事から帰って来たらカナが泣きながら魘されていて、思わず抱き締めたら震えが止まって、規則的な寝息になった。夢の中で母親に抱き締められたと勘違いして安心したのかもしれない。
「あれ、由乃さんは?」
「帰った」
「ほんと神出鬼没だね。この前は一ヶ月近く居たのに」
ポケットの中が震えた。
スマホを見ると母さんからのライン。出前ばっか取ってないでたまにはカナを外食に連れていけと、寿司桶と共に写る母さんの画像も送られてきた。
「いつもの寿司屋、注文キャンセルだって」
「えぇーっ、なんで、店が爆発したの?」
「焼肉食いに行くぞ」
「やだよ。あ、そうだスーパーに行く。車出して」
「わかった」
料理すると長いからな。
あまりスーパーには行かせたくない。
その日の午後、カナはずっとキッチンにいてお好み焼きを何枚も焼いて収納していた。
「どうよ、もう一枚食べるー?」
「食べる」
空の皿を手にキッチンに入ると大量の使い捨ての紙皿に焼きそばとナポリタンが盛られていた。うまそう。どれも十人前はある。
「……ピクニックにでも行くのか?」
それとも旅立つ準備か?
「弁当よ、明日から大学あるから」
「そっか……今日で夏休みも終わりか」
ホッとして肩をすくめる。
ナポリタンの皿を取ろうとしたら「めっ」と言われ、空の皿にお好み焼きを乗せられた。それを手にまたリビングに戻ると、ベランダに一羽のカラスが来ていた。
「カナー、鳥が餌くれって」
「やだクロちゃん一ヶ月ぶりじゃない! 全然来ないから心配してたのよっ」
カラスは雑食だ。
カナが皿ごとナポリタンをあげると凄まじい勢いで食べ出した。お前はいいよな。顔見せるだけでカナが喜ぶんだから。
翌朝。
カナを車に乗せて大学まで送迎した。
入学した頃は飛行で通ってたけど、ベランダから飛び立ってすぐ戻ってきたことがあった。腕に一羽のカラスを抱いて。
飛行中に余所見しててカラスとぶつかったそうだ。嘴にヒビが入って、足も折れていた。カナが一ヶ月ほど看病していたらカラスは元気になって、その後もしばらく部屋にいたがベランダの窓が開いてる隙に飛び立っていった。
「クロちゃん行っちゃった」
完治してから一週間、飛行訓練だと部屋でカラスと一緒に飛んで、カラスに名前までつけて可愛がっていたカナは悲しそうな顔をしていた。
いつもベランダからカナを見送る俺も悲しい気持ちだったけど。なんで玄関から出ないんだろう。ベランダから飛び立つのを見るともう戻ってこないような気がして、そんな感情をほぼ毎日味わっていた。
でもそのカラスの一件があって、カナは俺の車に乗るようになった。余所見してても大丈夫な俺が運転してる横で、いつもスマホゲームしてる。
「あー、くそ! 城がおとせない! 罠の位置がセンスある!」
大学が見えてきた。
「今日予定あるのー?」
「午前中に仕事終わらせて、そのあと迎えにいく」
「わかったー」
世渡カナコは俺も含めたあのクラスメイトと一緒に消えた。
今のカナは白側花菜。金髪に染めた髪と赤いコンタクトレンズと、あとカナの趣味なのか西洋のワンピースを好んでよく着ている。日本人離れした顔立ちによく合ってる。
数年前、関西の高校で教師ごとひとクラスの人間が跡形もなく消えた。
当時は大事件になった。
まだ誰一人として見つかっていない。
悪質で計画的な集団家出だの、某国の拉致が再発しただの、ネットでも色んな考察がされた。
その頃にはもう二人で関東にきていて、カナはデザイン科がある高校に通っていた。学園は芸術家気取りのオタクと変人しかいないと、帰宅するたび思い出し笑いをしていた。勉強するのが楽しいと、とくに服飾に集中していた。引っ越したばかりでしばらくはわざとテレビは置かなかったけど、今もカナは全くテレビを見ない。スマホもゲームばっか。電話帳も俺の連絡先しか登録されていない。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ白側ちゃん、今日も美味しそうだね。そろそろライン教えてよぉ。あとどの辺に住んでるとかも」
「スマホもってなーい」
「なんで買わないの! 親がキチなの?」
「画材とか服飾代で大変なんだよね。美容費もばかにならないし」
「でもお金に困ってないよね? いつも送迎してもらってる車、あれベンツでしょ。しかもマイバッハじゃん。あの赤髪の外国人って白側ちゃんのなんなの? 親戚?」
「私の車じゃないもん」
ナポリタンを食べながら鞄から水筒を出す。まだノートをとってる周りの皆の腹が鳴ったのが聞こえた。
朝すぐはお腹すくよねぇ。変人ばかりのこの美大できちんと朝ご飯食べてくる子は少ないし。でもスティファニー先生の講義ではいつでも飲み食いしていい暗黙のルールがあるので有り難い。
「コラァそこのブス! 白側ちゃんは画材代の為に毎日お弁当作ってきてるくらいなのよ? そうやって詮索しないの! 夏休みも終わってまた可愛いドールが毎日見れるんだからそれで満足しときなさいよっ!」
「……す、すみません」
スティファニー先生が真っ赤な口紅を塗りながら怒った。
スティファニー先生は生粋の日本人だ。
本名は崇之さとし。
この大学の卒業生でもある。
男なのにあまりにも美形で、在学中は男からランチの誘いが殺到して結局昼食を摂れなかった日が多々あって、なので自分の授業ではいつでも飲み食いしていいと皆に言っている。しかしそれにも暗黙のルールがあり、品行方正がよくないといけない。この前、あんぱんを食べながらボサボサの頭でいかにも一週間は風呂入ってませんって子をスティファニー先生は「外で食べろ!」と追い出していた。まあ、臭かったからね。たまたま隣にいた子が気分悪くなって胃液吐いてたし。明らかに授業妨害。
「あ、そうそうアンタ達、製薬会社がポスター募集してんのよ。無償だけどやる気があるなら夜中もB2使っていいから。女子はいつものレンタルスペースね」
「いつも思うけどなんで男だけ地下2階なんですか! 女子もいたらやる気でるし、簡単なモデルとかも頼めるしっ」
「あたし昔B2で男に襲われかけたのよ。モデルになってくれって言われてね。その時の傷がまだ癒えないの。だから男女は分けることにしたのよ。じゃ、今日はこれでおしま~い」
クスクス。
周りの失笑に私も口角が上がる。
そこで後ろから肩をトントンされて振り返った。
「ねぇねぇ白側ちゃん。そのカラコンどこのー?」
「ドンキ探したけどなかったー」
「シャロンがアメリカで宣伝してる薔薇の光彩のやつ。輸入ものだから二週間くらいかかるかも」
由乃さんに貰ったカラコンだけど。お高めなので自分じゃ買わないかな。
「えー、日本でも出せばいいにぃ~」
「ほんとだよねー」
「あ、白側ちゃんはポスターやる? 私はやらないけど」
「私もやらなーい」
「普通やらないよね~。おまけに本社の人間が大学生の女と接点持ちたいから募集してるって噂だよ。去年も同じ募集あったから」
「やだいい年の親父が合コン目的?」
「キモい」
「ほんとだよねー、あ、じゃあまたねぇ」
「うん、またね」
大学は小中高と違ってクラスの一体感とかが無くていい。殆どの人間が個人主義だ。講義には毎回違う生徒の顔もある。何も強要されない。出席も欠席も中退も休学すら自由だ。
さて、今日はもう講義はない。
帰るとするか。
席を立ってしばらく歩くとまた肩をトントンされた。
振り返ると黒いサングラスをかけた稀屋。いかにもその筋の人間です、というような服装。でも真っ赤に染めた髪もここでは目立たない。むしろ可笑しい所を探すのが難しいほど、この場に馴染んでいる。まあ、髪色を七色にしたアフロの子とかもいるからね。むしろ地味かも。
「予定より早く済んだ」
「ふぅん。なら下でお茶でも飲む?」
歩きながら話す。
あ、皮膚色の全身タイツの上に際どいビキニを着てる子がいる。腰の浮き輪はドーナッツ柄。ブラにはお手製の三角パイを縫い付けてる。テーマが謎な初めて見る男の子だ。ぷぷ。
「小便くせーガキとまざって茶なんて飲めねぇよ。……落ち着かない、早く帰ろう」
「マック寄ってよ。三角パイ食べたい」
「ああ」
建物から出て大学のカフェテリアに差し掛かった時、声がかけられた。
「あれー、白側ちゃん……」
さっきのライン教えてくれ男だ。
目が合うも、稀屋にぐいっと腕を引かれて再び歩き出した。
「なになに、え、ちょ、その人、白側ちゃんの運転手さんですよねー? ねぇ?」
稀屋に話し掛けて、ちらっと私を見た。
そして歩行を妨害するように目の前にきて、握手を求めるように片手を稀屋に差し出した。
「初めましてっ、ぼく、白側ちゃんと本気で付き合いたいって思ってる野乃です! これからは白側ちゃんを色んな場所に誘いたいと思ってるので、よろしくお願いします!」
「…………」
何がよろしくお願いしますなんだろう。
稀屋は無言で一歩前に出て、野乃を見下ろしながら目前でサングラスを外した。
「何がよろしくお願いしますなんだ?」
稀屋に直視された野乃は目を見開いてから、青ざめて俯いた。
稀屋の左目は潰れている。
でも潰れてるだけじゃなく、その左目の周りに傷も残ってる。あの時私が加減もなく手を振り払ったせいで。稀屋がなんとも思ってないのは知ってる。でも今となっては後悔しかない。
「レイ君は私の彼氏なんですよ」
「…………」
「え!? 白側ちゃんの……ほんと?」
「うん」
そう頷いて稀屋の腕に絡む。
そして頬を触る。
「ごめんねレイ君。ちょっとした擦れ違いで、片目こんなにしちゃって。あの時は痛かったよね?」
「……別に痛くない」
「左目が潰れてると、もう片方の見える右目に負担がかかって、徐々に霞んできたり、視力が悪くなったり、最終的には見えなくなるかもってレイ君のお父さんが教えてくれたの。ほんと酷いことしてごめん」
「……もうさっきのどっか行ったぞ。もういいから」
「レイ君のお父さんは、見えなくなったら逃げるチャンスだからもう好きに生きなさいって、手紙に書いてたけど、私はずっとレイ君の側にいようと思います」
「…………」
「私はこの世界で結婚はおろか、恋愛すら出来る気がしません。でも、一人で生きていくことも出来ません。あの優しかった世界からきたレイ君となら、人生をやり直せる気がします。でもそう考えたら、レイ君に捨てられる日がくるのが怖くなりました。夢でも魘されるようになりました」
「…………」
「私は、……これからどうやって生きていけばいいの? 私を捨てる日はくるの?」
「…………あるわけ、っ」
視界が滲む。
付け睫とマスカラでひじきみたいになった睫毛が溶けて黒い涙が出てきた。洗浄してハンカチで顔を隠す。
途端、ひょいと抱き抱えられた。
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ」
「……寝てるときだけ可愛い可愛いって頭撫でるのやめてよぅ……そのあと捨てるつもりなんでしょう?」
「そんなつもりなかった。俺なんかに触られたら嫌だと思って……」
稀屋が小走りで大学の敷地内を抜けていく。停めてるベンツが見えてきた。
「嫌じゃないわよぅ……嫌なら一緒に寝ないわよぅ」
「ごめんなぁ。今日からずっと抱き締めて寝る。もう嫌な夢は見させない」
稀屋がベンツに近付くと自動でドアが開いた。
「やー! 後部座席にしてっ、顔ぐちゃぐちゃ、このベンツ目立つから見られたくないっ」
いつもの席に乗せられそうになって拒んだ。色んな感情がない交ぜになった羞恥に混乱していたんだと思う。そこで思い出したように隠密を発動させようとした瞬間、私を抱き抱える稀屋の肩を後ろから来た誰かがガシッ!と掴んだ。
「まさかこれ誘拐じゃないわよね!?」
スティファニー先生だった。
走ってきたのが息が乱れてる。
「違いますズビッ野乃がしつこかったせいです」
「野乃!? 野乃が白側ちゃんを泣かせたの!?」
「泣かせたのは俺だ」
「はあ!?」
「でも最終的には役に立ったから、野乃には何もしないでおく」
そう言って稀屋が私を見た。
つられてスティファニー先生も私を見た。
顔が熱い。鼻水をずびっと啜った。
「ああ、噛ませ犬ってやつね。なぁんだ」
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅途中。
運転しながら稀屋がチラチラとミラーで後部座席の私を見てくる。どうしたんだろう? マックは寄らずに帰るってさっき言った筈だけど。
「…………なに?」
「なんでゲームしてないんだ?」
「は、……?」
ゲーム?
スマホゲームのこと?
「好きだろ?」
「……別に」
「え」
「だって……何かしてないと私が手を出した左目が見えて……申し訳ないんだもん」
「なんだそんなことか」
稀屋は急に方向展開して、車を停めた。
そして運転席から後部座席に身を乗りだして、見える方の右目を片手で覆った。
「ちゃんと見えてる」
「え」
「前もそうだった。片目は潰れてても、形だけで、ちゃんと見えてた。だから生まれ変わって、両目があるから、左目が潰れるまではただの人間だと思い込んでた」
「…………」
「前は息をするように魔獣を引き連れてた。きっとクラスの奴等が俺に従ってたのも前と同じ性質を持って生まれ変わったからだと思う。それに気付かずいつも親父みたいに力で捩じ伏せてたから、目が潰れるまでは本当に気付かなかった」
「…………」
「だからカナは何も悪いと思わなくていい。あの時謝ってきたのだって、俺が人型だったから、罪悪感を抱いたんだろ? あの世界で魔力を持たない人間は一人もいなかった。人間は誰もが魔法を使えた。俺は魔力がなかった。だから魔法が使えなかった。弱っちいけど俺と似たような力を持つ魔獣は何体かいた。だから俺は魔獣だったんだと思う。人間じゃない。カナが殺したのは魔獣だ」
「…………」
右目を塞ぐ稀屋の手の上に、自分の手を重ねた。
ぎこちなく微笑むと、まるで稀屋が見えているかのように口角を上げた。
「その左目……見えてるんだ」
「見えてるよ」
「今の私……何してる?」
「……いま涙がこぼれた」
「うん……」
「なあ、カナ……何も悪く思わなくていい。本当はカナの罪悪感を利用して……側に居て欲しいけど……嘘はつきたくない」
「うん……」
「カナにも嘘はついてほしくない。俺に悪いと思って側に居る必要はないんだ」
「……うん。なら側に居て。まだ気持ちが色々と不安定で今すぐには受け入れられないけど……離れないでほしい……側に居てほしい」
「……わかった」
稀屋が口角を上げて、右目に重ねていた私の手を取った。運転席に戻ろうとする稀屋に手を伸ばして、首に両腕をまわした。鼻を啜ると噎せて咳き込んで、背中を擦られた。
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ。全部俺が悪い」
「全部浅井が悪い……あれがなかったら……私たち今頃どうしてた……?」
「……まず、カナが俺の手紙を読んで……その後どうしたかによるな」
「金持ちに告られてラッキー、くらいには思ったんじゃない。もうあの頃は私が風疹でも殆ど家に帰ってこなくなってたから」
「母親か? なら、……カナを丸め込んで俺の家に連れ帰ってると思う。あの異世界人に似た子を、側に置いておけると期待して」
「なら私は衣食住確保できてラッキー、くらいには思ってる。それでそのうち絆されてさあ、稀屋家の家業知ってビビってさあ、それでも衣食住を失いたくなくて、葛藤するか開き直るかしてると思うのよ」
「ああ。俺も絆そうと頑張ってると思う。間近で見たら本当にあの異世界人にそっくりで、笑顔なんか向けられてたら即落ちてると思う」
「……そんで高一の終わりに異世界転移して、戻ってきて、多分私そのこと自慢気に話すと思うのよ。さっきまで異世界で英雄やってたって、調子に乗って魔法とか見せたりしてさあ」
「そしたら俺はカナがあの時の異世界人だと確信して、俺も前世のこと話してる。もっと好きになってる。絶対逃がさない。嫌だって言っても腕に閉じ込める。逃げたいなら俺を殺してから逃げてくれって言ってる」
「いやそれはないよ。今までお世話になってた人を前世で殺したんだよ? さっきは殺してごめんってまた謝って、それから持ち帰った金貨とか買い取ってもらってると思う。その私なら、今まで世話になった分、これからは自立したいとやきもきしてると思うから……アパートとかの保証人をお願いするんじゃないかな」
「無理。ずっと一緒に暮らす。カナに金の心配がなくなっても、これまで通り一緒に暮らす。高校も一緒に通って、同じ家に帰って、カナが進学したらさっきの野乃みたいな奴を牽制しながら送迎する」
話しながら稀屋の腕の力がどんどん強まってきて、背中が反り返ってきた。首筋にぐりぐりと頭を擦りつけて、まるで私の中に入ろうとしてるみたいに。
「もうそれが公式でいいよ……現実は悲惨だから、そっちで書き換えよう」
「でも俺が悪い。全部俺が悪かった。その夢物語が本当だったら、どんなにいいか……!」
腕の力が弱まった。
後頭部を撫でながら身をねじって稀屋の顔を見る。右目は閉じられていた。潰れた左目も閉じているのかな。解らない。解らないけど、眉間に寄った皺が今までの後悔を現していた。そっと顔を近付けて唇に唇を重ねると、稀屋の右目が開いた。ああ、やっぱり。左目も閉じてたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「今日はカナちゃんの誕生日ね~」
紆余曲折を経て、やっと二十歳になったんだもの。きっとロシアもカナちゃんを何処かに誘って今頃お祝いしてる筈だわ。
夜の銀座を歩きながら、せっかくだしお酒が飲める店を頭に思い浮かべて、そこで探さなくても銀座なら何処でも酒はあると考えるのをやめた。
「二件目なら誘ってもいいわよねぇ~」
どこでお祝いしてるのか知らないけど、ロシアに電話をかけると出なかった。
しつこくかけると9回目の電話でようやく出た。
『ンっ……』
『…………なに? いま忙しいんだけど』
「………………」
スマホもどんどん高性能になってきてるからね。今ちょっと聞こえたわよ。
「カナちゃんは元気ー? happy birthday~」
『ああ、……うん。元気にしてる。ハッピーバースデーな、そう伝えとく』
「待ちなさいよ。無理矢理じゃないわよね?」
『…………は? 違うし』
「なら出して」
『…………』
5秒後、カナちゃんが電話に出た。
『っ、由乃さんおひさしぶりです!』
「カナちゃん元気ー?」
『っ、はい! 元気ですよっ』
「ならいいのよ。邪魔して悪かっ──」
ツー、ツー。
……全く。ベットでも余裕のない男は嫌われるわよ。お父さんそっくり。
◇ ◇ ◇ ◇
「──ッ! もう日付っ……変わって、誕生日終わったってばあ……ぁあっ!」
カナの声に体の内側からくる昂りがおさまらない。
頭が沸騰したように熱い。
「二十歳になったら連れてかれるって」
「それ、嘘! 嘘って言った!」
「不安なんだ」
二十歳になるまで神様が護ってくれるって、前にカナは俺にそう言った。身を護る為の嘘だったけど。恐らく二十歳になったら行方を眩ませるって意味だったんだと思う。日本じゃ未成年の家出は警察が動くから。
カナの指に自分の指を絡ませて、両手をシーツに張り付ける。腰を進めながら、じっくりと顔を見る。
「可愛い」
「っ、」
後悔しかない。
この可愛い顔をゴミ箱に入れたこともあった。
全裸で土下座させたこともあった。
なんでお前はあの時の異世界人じゃないんだと。そうでなくとも、好きになってくれなくとも、友達になるくらい、たまに話すくらい、それが無理でもせめて……嫌わないでいて欲しかったのに、最初から嫌われていると勘違いして、その苛立ちから「やれ」の一言でカナを苦しませてきた。何をするか指示はしていなくとも、周りを従わせた俺が全てやったことだ。
「……またなんか考えてる」
「…………」
「罪悪感って性欲に勝るんだね」
「……のわりに全然萎えないんだけど」
「っ、ひゃ!」
奥を突くと咄嗟にカナが腰を引いた。その際にゴムがずれた。一度抜いてゴムを元の位置に戻して顔を上げると、足を大きく開いたまま、その両足の間に恥じらうカナの顔があって痛いくらいに勃ってきた。
「あー……カナの裸見た奴全員殺してえ」
「耐えなさいよ。これも贖罪よ」
「……うん」
「……早くっ」
「うん」
空が白んできて、ベットから遮蔽物のない窓の外の景色を眺めていたカナがぽつりと口を開いた。
「そういや由乃さんて針山さんだけど、なんでロシア人のお父さんは稀屋さんなの? お父さんもハーフなの?」
「国によって名前使い分けてるから。日本だと姓が稀屋なだけ」
「へぇ。じゃあ私がまた名前変えたいって言ったら、協力してくれるかな?」
「なんだ、旅立つ準備か? 俺を殺してからにしろよ」
「? ううん。結婚とかしたらの話」
「!」
誰と結婚するつもりだよ? なんて聞けない。その資格もない。
カナはまた窓の外の景色に目を向けた。
最近は窓から出掛けないけど、本当は飛び立ってしまいたいと思っているのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
カナの誕生日から一ヶ月後。
俺の誕生日がきた。
珍しく外食したいと言ってきたので個室の店で食事した。カナはコース料理の序盤に出てきた土瓶蒸しが気に入ったようで、途中からコースは止めて土瓶蒸しだけを三回おかわりしていた。
「滅茶苦茶美味しい。この世の中にこんな美味しいものがあったなんて」
そう言って食べてる姿も滅茶苦茶可愛い。
今日のカナは気合いの入ったドレスみたいなワンピースを着ている。大学で作って一度提出したやつだそうだ。こんな和食の店じゃなく、たまにカナがネットで見てるパンケーキの店にでも連れていくんだった。でもそういった店は個室がなく、つい融通がきく馴染みの店にした。
店主がカナを外国人と勘違いして締めに洋風の巻き寿司を作って持ってきた。英語で具材の説明まではじめて、カナはそれを聞きながらニヤニヤと緑茶を飲んでいた。
その後。
帰宅するとフロントの専任スタッフがカナに荷物が届いていると言ってきた。中身の記載が無い段ボールがふたつ。送り主を聞くと母さん。
そういやカナにアンティークのレースを送ったと言っていた。
「部屋までお運び致しますが」
「ん……」
そこでカナを見ると入り口の自動ドアに映る自分の姿を見てひらひらとスカートの裾を揺らしていた。滅茶苦茶可愛い。もうあまり人に見せたくない。
「いや、いい。俺が持ってく」
「はい」
専任スタッフが背後の棚から荷物を持って寄越す。受け取ってカナを見ると直立して唖然としていた。
「カナ、……?」
その視線の先を辿ると自動ドア……の向こうから下半身を露出して硝子にナニを押し付ける男がいた。
「きゃあああっっ!」
「うわわっ」
ちょうど通り掛かった通行人の男女──恐らくここに住んでる夫婦──が露出男の背後から悲鳴を上げると、スタッフも気付いて慌て出した。
「チッ。カナ!」
荷物を放り投げてカナの腕を引く。そしてエレベーターに向かって歩き出す。
「いくぞ」
「うん」
「申し訳ありません! 二度とこのようなことがないように致しますので!」
「うるせえ。どけ!」
エレベーターに乗ってカナの両肩に手を置く。
こんな可愛い格好してっからあんなのに目をつけられるんだ。
「大丈夫か?」
「ぷぷ…………ねぇ、」
カナが俺の首に腕をまわして顔を近付けてきた。息が吹きかかるほど近い。腰が引ける。一ヶ月前、初めてカナに触れてから、……二度目はまだない。
「さっきのなんか言ってたよ。ハロー、ハローってこっち向かせてきてさあ、その次点で吹き出しそうだったんだけど追撃で「僕のは君の母国の男性のより大きいですか?」みたいなこと英語で聞いてきた。もう笑ったら負けだと思って……ぷぷ」
「…………あとでカメラ確認しとく。もう二度と遭遇することはないから」
カナがぴったりと身体を密着させてきた。反射的に腰に手をまわすと耳元で囁いてきた。
「でもレイ君のよりちっちゃかったね。短小、って英語でなんて言うんだろ?」
もう駄目だった。
普段は「ねえ」か「あんた」なのに、一ヶ月前、ベットの中で終わるまでずっとその呼び方をしてきたカナの声に、久々に聞いたその呼び方に理性がぶっ飛んだ。
カナの後頭部に手をまわして唇を塞いだ。カナが角度を変えて舌をいれてきた。思わず腰を擦りつける。監視カメラが見てるが知るか。覆い被さってカナを隠す。今はフロントの奴等もそれどころじゃねえだろ。
「ンっ、ん、ンっ、んんっ」
コアラみたいに俺にしがみついたカナを抱き上げたまま急いでエレベーターを出て部屋に入った。靴を脱ぎ散らかしながら唇を重ねたまま玄関で押し倒した。
「ンっ、……やー! 皺になる! これ苦労したんだからっ」
「わかった」
縦に三列の小さなボタンが何十個もあるワンピースだった。飾りじゃない。途方に暮れそうな胸元のボタンをひとつずつ外しているとカナが甘えるように頬にすり寄ってきた。
「破らないでね」
「……ああ」
啄むように何度も頬に唇が触れて、その度にぎりぎりと奥歯を噛み締めた。また押し倒したら今度こそ抑えがきかない。なのに足で刺激してきて、ボタンを外す手がまた止まる。カナを見ると、誘っているというより、妨害を楽しんでいるような笑顔だった。
「……もう殺せ」
カナが耐えきれないといった様子で歯を見せて弾けるように笑った。もう死んでもいい。カナに殺されて、ずっとカナの収納の中に居たい。
「背中にファスナーあるよ?」
「っ、」
その言葉にカナを引き寄せて背中を探る。あった。カナを抱き締めながらファスナーをおろして、ワンピースをずらした。続いて見えた重装備のような固い下着に今度は前にファスナーがあるのかと確認しようとすると「ないよ」と囁かれ、耳をはむっと噛まれた。
「……っ、これ。どうやって……」
「靴紐と同じ」
ならこんなに編み込まれた紐は一本で繋がってんのか? 確かに作るのに苦労しそうだ。そう思ったら既製品を示すタグが見えて紐をぶち破ってた。
「あーっ、破った!」
「買う。買うから」
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ」
謝りながらも中途半端な下着姿になったカナを抱き上げて廊下のドア、その先にあるソファーで理性が崩れ落ちた。
下着を剥ぎ取って現れたカナの胸に顔を埋めた。一ヶ月振りのカナの匂いと体温と柔らかさにむしゃぶりつくように手と舌を這わせた。舌で転がすと口内で徐々に尖ってくるその感触にたまらずその突起を甘噛みした。びくりとカナの腰が浮き上がって、俺の中心が刺激される。
背中に腕をまわして密着すると、カナの背筋が反り返って、白い喉元が見えた。目を潤ませたカナが顔を上げる。そして視線を反らした。掻き抱くように俺の頭を掴んで、胸を押し付けてくる。
「……好きだ。好きだ。好きだ好きだ好きだ! もう死んでもいい!」
「……一人にしないで」
「しない!」
抱き締めて両足を割り、身体を密着させながら唇を重ねた。舌を絡ませ、たまに漏れる吐息も吸い込んで、太腿に手を這わす。冷たい太腿だった。あたためるように撫でまわし、下着の中に手を入れて尻を揉みながら自身を押し付けた。
徐々にカナの白い肌が赤く染まってきて、カナの首に片腕をまわして胸を揉みながらもう片方の突起を口に含んだ。空いてる方の手を下腹部におろしていく。下着の中に手を入れ、柔らかい茂みを撫でるとカナが首を振って身を捻った。
「やあッ! まだ触らないで!」
「…………」
その言葉にさ迷った手を一度下着から抜いて、下着の上から撫でた。
「……ぅ……ぅう……う、あ」
濡れた下着はカナの形にそってぴったりと張り付いていた。そこに手を重ねる。動かさない。ここに俺の掌の熱が伝わって体温が溶け合うまで。
「……ん」
しばらくするとカナが足を閉じて太腿で手を挟んできた。下着の隙間から中指を入れる。熱い。蕩けた箇所に指を這わすと、太腿を擦り寄せて、徐々にカナが息を荒げていく。
滴る蜜を指で掬い上げては、固くなった突起に塗り込んでいく。
「……ん、あっ」
カナが肩の力を抜いた。それを首にまわした片腕で感じ取って、何度も唇を重ねた。中指に当たる突起をぐりぐりと上下に押すと、カナは爪先までピンと足をはらせて、顔を隠すようにすり寄ってきた。
「ンっ、ンっ、……ッ!」
カナが腕の中で小さく震えた。
ぎゅっと閉じていた目は眠そうに瞬きを繰り返して、半開きの口から「……すき」と漏らした。多幸感に胸が押し潰されそうになる。
ゆっくりと中に指を挿れた。
「ふぁっ……!」
親指で突起を弄ると、中指が食い千切られそうなほど締めてくる。
「やめっ……それ、やめっ……!」
「もう馴染んだ。カナの方が熱い」
前回、第一関節まで指を進めた、そのすぐ下にカナの性感帯があるのを知った。そこから粘ついた液が出てくることも。
さっきより固くなった突起を親指で擦り、中指を出し入れする。入り口の締まりがまた増した。
「やあッ! もう、いれ、……」
「まだ」
「いいってばああ……ふあっっ……!」
カナが涙を流しながら首を振る。それでも指の動きは止めずに、胸の突起を舌で転がした。
「やっ、……ん……」
入り口が解れ、中が吸い付くようにうねる。どんどん指が飲み込まれていく。奥に辿り着いて、指先に突起物が当たる。そこを優しく撫でた。
一瞬カナが息を詰まらせて、ぐいっと顔を掴んできた。真っ赤な顔と涙で濡れた頬。眉間に皺を寄せて目で訴えてくる。でもまだだ。前回は三時間ほど慣らした。でも痛がってた。
「……っ……も、いい、からぁ……いれてぇ」
「……ああ」
体を起こしてカナの膝裏を持ち上げた。下着をずらして取り除いていく。両手でカナの太腿を掴んで糸をひくほど濡れたそこに顔を埋めた。
「……ッ! それ、やだ、やだって言ったのに……!」
「前はな……いまは、言ってな、い」
舐めながら喋る。
嫌なら蹴り飛ばせばいい。カナに髪をぐいぐい引っ張られてももう止まれそうにない。
「あ、あっ……だめぇ……舌、熱い……」
「……カナの方が熱い……」
顔ごと太腿に挟まれたまま、舌を動かした。歯を立てないよう吸い付いて突起を舐めあげると、挟む太腿の力が増した。
「あ、ンっ……あ、イっ……けなっ……足、閉じ……」
「……まだ、もうちょっ、と」
前回は殆ど足を閉じたまま慣らした。その方が達しやすいと解ったから。でも足を開かせて挿入すると、痛みが薄れた後も気持ちいいかよく解らないと言っていた。
舌を尖らせて中に入れた。
解れた入り口は柔らかく、蜜があふれていた。それを掻き出すように舌を動かせば、髪を引っ張るカナの手の動きが止まった。
太腿を掴んでいた手を胸に移動させた。カナがびくっと腰を跳ね上がらせたが、抵抗はしてこない。柔らかい胸に指を滑らせ、その中心を刺激する。中に挿し込んだ舌も前後させた。
「……っ、レイ、君」
「っ」
その声にベルトを緩めた。
幾分か解放されたが窮屈なのは変わらない。
舌を出し入れしながらまた胸を弄る。鼻で吐息を漏らしていたカナが俺の手に手を重ねて、ゆっくりと足を開きだした。
「あ、っ…………へん」
右手を離して中に指を入れた。茂みを掻き分けて突起を口に含む。また太腿で顔を挟んできたので左手で足を開かせた。
「ッ! あ、あし……開いてると、へん! 変になるってばあ!」
こっちはもうとっくにおかしくなってる。俺の下着はまだ出してないのに既に汚れてるし。
突起を吸い上げて指の動きを速めた。カナが「ばか!」「きらい!」と叫びながら腰を左右に振った。逃げられないようきつく吸い上げて指を二本に増やすとカナが腰を突き上げた。
「アッ、あっ、ンっ──レイ君!」
小刻みに痙攣するカナにしつこく舌を這わすと今度は背筋が大きく跳び跳ねた。そこでぐったりと身を沈めた。
「……ベットいくか?」
しばらくして呼吸が落ち着いたカナの顔を覗きこむと手と足でしがみついてきた。そのまま持ち上げるとカナは俺の肩に顎を乗せて大きく息を吸い込んだ。
「いい匂い……」
「っ」
ゴムは寝室にある。
足早に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
寝室に入ってベットにおろされた。
稀屋が前髪をくしゃくしゃしながらシャツのボタンを外していく。あ、最後の方はぶちって取った。
シャツが投げ捨てられ、細身の筋肉質な身体が現れた。稀屋は肩と胸元だけいやに筋肉がついているので、いつもワンサイズ大きめのシャツを着ている。それを拾って羽織ると稀屋がキョトンとした。
「寒いか? なら暖房、」
「彼シャツ。似合う?」
一ヶ月前もこれをした。
ケーキを買って戻ってくる稀屋を待ち構えて。その時は自分のシャツだったけど、下は何も身に付けていなかった。帰宅した稀屋は「風邪ひくだろ。風呂上がりか?」と目を反らしたので「寒いからあっためて」と言ったら夕方から明け方まで拘束された。
今回は稀屋から返答は無く、ゴムをつけ終えると覆い被さるように襲われた。
いきなり挿入されて、一瞬頭が真っ白になって、目の前を火花が弾けた。肌が栗立って全身ゾクゾクする。思わず息が詰まる。信じられないほど気持ちいい。溢れ出した涙が止まらない。
ずるずると引き抜かれて、その刺激に腰が跳ね上がる。次の瞬間には突き上げられて、敏感な入り口に一番太いものがあたる。先端を最奥に押し付けられて、お腹が疼いて、思わず締め付けると奥で掻き混ぜるように腰を動かしてきた。中でどんどん大きくなっていく。
「ああっ……おく、……めっ!」
「カナ……出していいか?」
稀屋が呻いてぐりぐりと首筋に頭を擦りつけてきた。ちょっと髪が擽ったい。そして可愛いと思ってしまった。冗談で「一回じゃやだ」と囁くと両膝裏を抱えられて前も後ろも丸見えな体勢にされた。
前言撤回。
非難の声を上げる隙もなく上から振り落とすように挿れてきた。
「ン、あああっ!」
「今のは明らかに誘ってた」
「んっ! ふっ!」
ギラギラとした眼で見下ろされながら、さっきの、足を開かされたままイった感覚がまだ体に残っていて、更に大きな波に埋もれそうになった。
「あ、あっ、なか、挿ったまま、イっちゃ……」
「…………」
そう声を漏らすと更に加速して腰をおとしてきた。後ろはベットで、どこにも逃げる場所がなく、耳にはずぼずぼと響く自分の水音と、稀屋のギラついた眼に挟まれて呆気なく果てた。
その数秒後、肩で息をしながら稀屋が自身を引き抜いた。眉間に皺を寄せて後始末を済ませたあと、またゴムをつけて覆い被さってきた。
「けだもの!」
「……お願い」
「……」
今にも死にそうな顔で懇願されてこくりと頷く。でもゆっくりがいいとお願いすると挿入はせずに擦り付けてきた。
私の両膝をくっつけて、太腿で自身を挟むようにして腰を前後させてくる。じっと凝視しながら膝小僧を舐めまわされ、その擽ったさと見られている恥ずかしさにとろりと熱いものが垂れてくる。
「そんなこと、どこで覚えたのよ」
「? 中一の時。妄想してたら」
「誰と」
「誰? カナで抜いてた時。入学の時、転んで膝から血が出てた。その日にはカナの膝を舐めて抜いてた」
「けだもの!」
「ああ」
そういや異世界転移して帰宅した後、クラスの奴等と私をレイプ撮影する計画を漏らしていたな。その事について問うと稀屋から荒唐無稽な説明が返ってきた。
「カナの媚体が見たかった。でも俺が一番嫌われてるから、一番嫌いな奴にされるよりまだ他の奴のがいいかと思って」
「なにそれ! なら今はどうなのよ? 嫌いだって言ったら、他の奴等にさせ──ッ!」
前言撤回、は出来なかった。
その前に挿入され、さらに水音を立てるそこに気をよくした稀屋がまた膝裏を持ち上げてきた。
「繋がってるのがよく見える」
「やあッ!」
「他の奴にさせるくらいなら……このままずっと挿れて、死ぬまでこうしとく。嫌なら俺を殺してから抜いてくれ」
「ばっかじゃないの!」
「なあ、頼むから」
「お断りよ!」
ご飯どうすんのよ。
お風呂は? 排泄は?
私を養う為にさっさと抜いて仕事に行け!
そこまで言って稀屋のが急激に大きくなった。
「なんでよー! どこにっ、いつ、」
「カナを養う為に……」
「そこ!?」
「ああ。カナを養う為に仕事に行くから、家で待っていてくれるか?」
「…………」
そんな情けない顔して言う台詞じゃない。
というか、元が良すぎたせいか、左目が潰れていてなお、顔がいい。並んで歩くのが億劫になるくらい。化粧だって頑張ってるけど、私の顔は人工外国人だ。稀屋はサングラスをかけていても、遠目から見てもまんま外国人。もう体のつくりから違う。中を開けてみればでかさもあった。
「あー、もう……むかつく」
「ごめん。ごめんなぁ」
「こんな奴──」
──好きになるなんて。その言葉はピンポーンに空振りした。
「あ"?」
稀屋が背後に顔を背けてドスの効いた声色を出した。
音がいつもと違う。玄関の呼び鈴を直で押した時に鳴る直鈴だ。そして直鈴を鳴らせるのは数が知れてる。
「……親父か? いやまさかな」
「出ないと」
「無理」
稀屋が首に舌を這わせてきた。予想外に熱い舌に濡れたそこがぴくっと反応すると、腰を進めて首を舐めわしてきた。
「ンっ、んんっ」
「好きだ。愛してる」
ゆるゆると前後されて、稀屋の汗ばんだ肌が胸の突起を刺激する。気が遠くなるほどの気持ちよさに目を閉じて口を開けると唇を舐められ、口内に舌が入ってきた。
抱き付いて腰に両足を絡めた。
重ねた素肌から体温が溶け合っていく。
もうだめ。また朝まで離れられなくなってしまう。
「カナ。愛してる」
「あ、っ…………わた」
そこで再び呼び鈴と、続けてノック音。
「…………」
「…………」
なんか居心地が悪い。
玄関のすぐ外だし。
稀屋もそう感じたようで、前髪をくしゃくしゃしながら呻いていた。
「由乃さんかも?」
「それはない。フロント通して、それから一服してから上がってくるから」
「なら残るは……?」
本当にお父さんだったりして。
白眼を剥きそうな顔でベットから離れた稀屋は寝室を出て、声が直接聞こえる玄関の外と繋がってる通信機、そのボタンを押したのが音で解った。
『───、────、申し訳ありませんでした!』
直鈴を鳴らしたのはフロントの専任スタッフだった。さっきのは酔っぱらいだっただの、荷物をお持ちしましただの、しどろもどろに謝っている。その声に被せて稀屋が「うるせえ! そこに置いとけ!」と叫んでまた髪を掻きむしる音がする。
戻ってくる足音が聞こえてきた。
枕に顔を埋める。
また覆い被さってきたら……私も愛してる、そう伝えてやろう。
「そんなっ、顔を上げて下さいっ……こちらこそ、何も知らずに何も出来なくて何も持っていなかった私に、この国の皆さんはとても優しくして下さって……出来ることなら、ずっとここに居たいし、次はこの世界で生まれ変わりたいです」
それが出来たら、どんなにいいか。
でも異世界転移して魔王を倒した後、この世界の神様が現れて、私は役目を終えたことを告げられた。もうこの世界には居られないことも。
そして日本に帰す前に、褒美としてこの世界にあるものはなんでも与えると言ってくれた。
金銀財宝は勿論、神具である武器や、好きな男がいれば人間でも与えると言われたのだ。
でも私は頭を振った。
だって私の望みはこの世界で暮らすことだったから。それは叶わないけれど、でも、もしご褒美を頂けるなら、この世界で皆さんから教わった魔法を今後も使いたいと願った。その為の魔力を持ち帰りたいとお願いしたのだ。
神様はふたつ返事で頷き、私の体に魔力を留めたままにしてくれた。
そうして私は日本に戻った。
一瞬の事だった。
気付くといつものオンボロアパートの一室にいて、ズタズタにされた制服を身に纏っていた。
「……あっ。そういえば神様は戻ったら時間の経過もないと言っていたから……転移前は……下校時に同級生に追い掛けまわされて、池に突き落とされてぐじゃくじゃの状態で帰宅したんだったけ?」
帰宅後は疲弊して畳にへたりこんで「もう殺してくれ!」って叫んだ瞬間に異世界転移したんだった。
ふふ。あの頃が懐かしいな。
真っ裸で異世界の森に転移して、初めは森に住んでいた初老の姉妹に事情を説明して助けてもらったんだった。優しい人達だったなぁ。向こうの世界では、いきなり訳もなく罵倒してくる人は一人もいなくて、誰もがまずは話を聞いてくれた。それは貴族だろうが王族だろうが同じだった。異世界人ということで丁重に扱われた可能性もあるが。
本当に、本当に優しい世界だった。
そして……またこの残酷な世界に帰って来た。
異世界で暮らした日々のお陰で、私にとっていじめられていたことは既に過去のこと。しかし戻ってきた今の私のこの現状は、いじめはまだ現在進行形のこと。
「…………」
無詠唱で洗浄魔法と修復魔法を発動する。
この一年、制服を洗わない日は無かった。色褪せたボロボロな制服は新品同様の輝きを取り戻した。
私は世渡カナコ。
もうすぐ高校二年生になる。
◇ ◇ ◇ ◇
「まいったな」
帰宅一日目。
私は困っていた。
お腹が空いたのだ。
そういや転移前に池に突き落とされた時、溺れて財布を紛失してしまっていたようで、日本円は一円も持っていなかった。家にもお金は無かった。いや、部屋中を探知探索したら二円だけ見つかったのだが、それでは缶ジュースすら買えない。お菓子棒一本すら買えない。
仕方なく夕暮れ時の外を歩いた。
同級生に突き落とされた池を目指したのだ。溺れてかなりもがいたから、恐らく財布は池の底にあるだろう。見つかってくれ。
結果、池の底で見つかった。
溺れた際、通学鞄ごと紛失していたようで、その中に入っていた。財布も。びしょ濡れの千円札が三枚。あと小銭が少し。
私は自販機で炭酸水を買った。
久々の炭酸だ。続けてコーラも買った。久々の甘い炭酸だ。続けてコーンスープとおしるこも買った。美味しい。異世界にはないジャンクな味。体に悪そう。だがそれがいい。
小銭を全部使ってしまったので一度帰宅することにした。お腹はたぷんたぷんだ。今夜はもう休んで、明日にでもスーパーで食料を買おう。
ボロアパートが見えてきた時、私は反射的に隠密を発動させた。
「ぎゃっははは! 冷人さん、アイツほんとにこんなとこに住んでるんすかー?」
「ああ」
「ボロ過ぎっ、薄気味わりーな」
「ポスト全部ピンクチラシっすよー。こんなの俺が子供の時しか見たことないっすよー」
「……お。ありました! 102号室! 世渡宛に……おおっ、脅迫文だ! 家賃払えって、これ大家からっすよー」
「ぎゃっははは!」
……稀屋令人。
白に近い銀髪の髪に、鼻と下唇につけられたピアス。確か親が外国の人だかで、稀屋は青い目をしている。顔立ちは前世でどんだけ徳を積んだらそんな顔になれるんだってくらい、むしろ気持ち悪いくらいに整っていて、人間味は感じられない。
中学に入った頃から、私は稀屋にいじめられていた。稀屋本人が何かしてきたことはない。稀屋は視線ひとつで、周りにいる同級生を動かすのだ。転移する直前の下校時も、稀屋の目配せでクラスの女子達に追い掛けまわされた。通学鞄で何度も叩かれたな。通行人にも笑われて、誰も助けてくれなくて、本当に惨めだった。でも、……もうそんなことはどうでもいい。
ククッ。
復讐とか、どうでもいい。
もう人間なら誰でも一撃で殺せるもの。
殺したら死体は異空間魔法の収納にでも入れておけばいいし。
と、そこで私は気付いた。
異空間魔法を発動する。
発動できた。
向こうの世界で収納に入れておいた物……あらゆる通貨や魔導具、食べ物や服も当時のまま入っている。異空間には時間の経過がないので、なまものとかも腐ることはない。
あれ? これ、買い物にいく必要なくない?
「令人さん、部屋には誰もいないっすよー」
稀屋達が勝手に私の部屋に入っていった。
鍵は簡易な物だ。腕力で壊されていた。
「うわぁ。なんもねぇな。辛気くせー部屋」
「ねー、令人さん、ほんとにアイツ犯すんすか?」
「ああ」
「えぇー。俺、こんな悪霊とか出そうな部屋で勃たないっすよー」
「あーあ。せっかく兄貴に高性能なカメラかりたのにー」
「ぎゃっははは! なに、お前撮影もするつもりだったの?」
「んなのお決まりでしょー、訴えられたらどうすんの。脅すネタは持っとかないと」
「ぎゃっははは! ひでーやつ」
本当に……何から何まで酷い人間だ。
土足で踏み散らかされた部屋が靴あとで汚れている。後で洗浄しとかないと。
「チッ。しょうがねぇな。今日は帰るぞ」
「えー、帰宅するの待っとかないんすか? どうせならそこから撮影しようかと」
「ぎゃっははは! AVの見過ぎだって!」
稀屋が踵を返すと、騒いでいた彼等も慌てたように部屋を出ていった。侵入してつけた電気もそのままに、玄関のドアも開けたまま。
壊された鍵には指紋もついているだろう。部屋には侵入した形跡として靴あともある。このまま警察に通報したいところだが、何も盗まれていないので罪としては軽いものになるだろう。
稀屋のことだから、不法侵入は同級生の家に遊びに行っただけのことにされる。壊した鍵もどうにでも言い逃れするだろう。それに稀屋の家は資産家だ。同級生の家に盗みに入るとは警察も考えにくい。むしろ私に罪をでっち上げられてしまいそうだ。なんせクラスの全員が稀屋の味方なのだから。
沸き上がってきた怒りに拳を握り締めて、それから力を抜いた。
……以前の私なら、こんなふうに怒りを感じることもなかった。驚異が過ぎ去るのをじっと耐えて我慢していた筈。
掌を見る。
向こうの世界で、優しい人達に教えてもらった魔法。それをあんな奴等の為に使いたくない。
日本に戻る前、私の境遇を知る沢山の人達に励まされた。
もし戻った時にまたいじめられたら、その時は魔法でやり返してやれと言われた。神父さんに。神の名のもとに私が認める!とまで言われて思わず笑ってしまったのを覚えている。
王女様にも励まされた。王女様はいつも懐に忍ばせている短剣と同じものをつくってくれた。もし日本に戻ったときに辱しめを受けるようなら、誇りを護る為にそれで自害しなさいと王女様の侍女に言われたが、王女様は「いいえ、もし辱しめを受けるようなら、それで相手を刺し殺しなさい! わたくしが許します!」と訂正された。いえ、きちんと逃げて通報しますと苦笑いを返した。
神父様は魔王軍に母と妹を殺され、王女様は出陣した兄と婚約者を魔王に殺された。王女様は私よりひとつ年下で、成人したら亡き兄にかわって王太女となる。これからは荒れた国を再建させると奮闘していた。みんな辛いことがあっても最後は前を向いていた。だから私も異世界転移後はテンパりながらも前を向けた。
向こうでの生活を思い返しながら小一時間ほど呆けていると、いきなり部屋の電気が消えた。そういや電気代……滞納していた。
「ライト」
ぽわっと室内に明かりを灯す。
部屋全体を洗浄して玄関のドアを閉めた。そして窓やドアに結界魔法を展開した。術者しか通さない見えない魔力の壁だ。
収納からグラスを出して水魔法を発動。
グラスに注いだ水を飲み、これからの生活を考えてため息をついた。
今すぐにでも行方を眩ませてしまいたいが、ここは異世界じゃない。調べれば全国民に出生の記録は勿論、日本人としての籍がある。未成年の出奔だと警察が動くだろう。学校側が通報する可能性もある。犯罪者としてじゃなくとも、警察に追われるのは避けたい。行方を眩ませるなら成人してからの方が都合がいいだろう。
あとお金はどうしようか。
ひとりで暮らしていけと私を置いて田舎に引っ込んだ母親は定期的にお金を振り込んでくれていたが、この三ヶ月は振り込んでくれていない。
もう捨てられたも同然なんだろうな。
母は妊娠した途端に恋人に捨てられて、一人で私を生んだ。母の両親は母を溺愛していたらしく、穢らわしい男の子供は捨てて実家に戻ってこいと何度も母に電話をかけてきていた。生活は困窮もしていて、とうとう母は実家に戻った。お前は邪魔だから連れていけないとはっきり言われたのだ。
母に想いを寄せる幼馴染がいるのも知っている。母の両親は元々この幼馴染の男性と娘を結婚させたがっていた。恐らく母は良家のお嬢さんなのだと思う。だって母の実家の住所は大手の老舗旅館だもの。異世界風に言うなら、私は庶子だ。後継ぎにはなれない婚外子。老舗旅館を経営する人達の孫にもなれない邪魔な存在。
あぁ。もう一度向こうの世界に行きたい。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
魔法で日付と時間と天候を調べていたら、今日は学校が休みの祝日だと気付いた。
ゾッとした……異世界転移してなかったら、今ごろ稀屋達にこの部屋で撮影されながらズタボロにされてたんだろうな。そうなったら首吊って死んでる。
「……ばっかじゃないの」
とりあえず魔法で出した水を飲んで、収納からワンピースを出す。日本で着てもおかしくは見えないレトロ風味なワンピース。向こうの世界で得たものだ。
編み上げブーツも出して履いて、小さな鞄を手に隠密を発動してから外に出た。
今日は天気がいい。
う~んと伸びをして、飛行魔法を発動。
最寄り駅について、そのまま線を辿って飛んでいく。目的場所は梅田。
今はお金が三千円しかないからね。
なるべく交通費を浮かしていこう。
梅田駅について、地面に下りる。
朝の駅は人混みに溢れている。
隠密を解いてコンビニに寄ってカップラーメンと珈琲を買った。お湯を貰って店内で食べる。
食べながら店内を眺めていると、客の殆どが電子マネーで支払いしている。カードを翳すか、スマホを翳すかのどちらかだ。現金を出す人の方が少ない。
スマホ、持ってないからなぁ。
昔はコンビニで携帯とプリペイドカードが買えたそうだけど、今は犯罪抑止の為かそういったものは売っていないそうだ。
どうにかして手に入れないとなぁ。
コンビニを出て、珈琲を飲みながら手持ち無沙汰に通行人を鑑定していく。
靴職人、無職、医者、医者、医者に続いて医者。通勤する医者の群れにあたった。鑑定しながら可笑しくて缶珈琲を飲みながら笑っていると声を掛けられた。
「学生ですか?」
顔を上げると二人の警官がいた。
内心ビビる。
あっ……ちょうど誰かを取り締まっている最中だったようだ。警官に捕まっている柄の悪そうな男が一人。
とりあえず警官に軽く頭を下げる。
「いえ、これからバイトです」
そう答えると、警官はじっと私の目を見た。そしてなんとなくだけど、警戒を解いたのが解った。
「そう。こちらにぶつかりそうだったから声をかけただけだよ。ちゃんと前をみて歩いてね」
「……はい」
一人で笑っていたから不審者と思われたのかもしれない。それかハーブでもやってると思われたか。なんとなくだけど、向こうの世界で魔力を得てからは、目と声色で相手がこちらを不審に思っているかが解るのだ。
そそくさと離れて、しばらく歩いたところで人混みにまぎれて隠密を発動した。なんか人の目って疲れる。
信号を渡り、ひらけた場所にあるタバコ屋の近くで腰をおろした。
通勤する人々がタバコ屋の灰皿の前に集まって一服している。次々と人が入れ替わり、タバコを吸ったら足早に去っていく。
その光景に落ち着いて、飽きることなく珈琲を飲みながら眺めていたら一人の女性がふらっとやってきた。
灰皿にある比較的綺麗なしけもくを拾って、ライターで火をつけて吸っていた。その女性の行動に徐々に人が引いていく。
サングラスをかけたその女性は、身なりはそれとなく夜の蝶だ。まだ若いだろう。ミニスカートから覗く太腿に艶がある。
ぱっと見は二十代後半といったところ。
鑑定してみると針山由乃さん、41歳だった。職業は詐欺師と出た。捕まった犯罪歴も出た。まじか。
詐欺師なのにお金が無いのかな。
持ってる鞄はブランド品だけど、またしけもくを拾って吸い続けている。
なんとなくだけど、獲物を待っているのが感じられた。彼女は捕食者だ。話し掛けてはいけないと本能で感じながらも、私は隠密を解いて話し掛けた。
「あのう、すみません」
「……なぁに?」
可もなく不可もなくな声色だった。
「千円渡すので、あのタバコ屋でどれでもいいのでタバコを買ってきてもらえませんか? 私では未成年だとバレて売ってもらえないので」
「…………」
そう言って千円を出すと、女性は鞄からまだ開けていないタバコを一箱出して私にくれた。そして私が呆気にとられているうちに去っていった。
接触は失敗した。
女性が受け取らなかったなけなしの千円札を見つめ、鞄に大事に仕舞う。
身分証がわりになってほしかったのだが、元々取り引きとか交渉とか、こういった事をするのは苦手だ。
隠密で駅に入り、改札は飛行で通り、トイレを拝借した。すっきりした後にパウダールームに移動して、鏡を見る。顔色が悪かったので鞄に手を入れて収納から白粉を取り出す。
軽くお粉をはたいて、テカった顔を整えた。今日は日差しがある。出掛ける前に日焼け止めを塗っておくんだったな。
メイク道具も向こうの世界のものだ。あまり数もない。こういったものはこちらの世界の方が質がいいだろうし。やっぱりなんとかしてお金を手に入れないと。
その日、一旦帰宅して収納から金貨や金鉱石を出した。
質屋で買い取ってもらうにも、このままでは怪しまれるだろう。
創造魔法を発動して金貨の形を変えた。
全て指輪にして、裏側に私の名前を彫った。確か質屋では買い取りに身分証が必要だったが、田舎の質屋なら学生証でも誤魔化せるかもしれない。
と、思いつつも、そんな上手くいくわけないと作ったものを全て収納した。私のちんけな顔じゃ貢ぎ物を売りにきたキャバ嬢の振りすら困難だろう。
ごろんと寝転がる。
日本に戻ってきたのに、まるでこちらが異世界のように思えてくる。これからどうやって生きていこうか必死だ。異世界転移した直後のような心境だ。こっちの世界では時間の経過がないから、世界はそんなに変わっていない筈なのに。時系列で言えば私はずっとこの世界にいるのに、消えていた時間などないのに、まるで知らない世界のようだ。向こうの世界では知り合いもいたしそれなりに仲が良い人もいた。その人達がいないこの世界で、私ってこんなに心細い生活をしていたんだと改めて思い知った。
心細い。
本当に心細い。
じんわりと涙が出てきた。
そこで家の周りからよからぬ気配を感じ、探知を拡げた。
玄関のドアの外に人がいる。
思わず鑑定すると稀屋だった。
「おい。いるんだろ。電気ついてるし」
ドン!と拳がドアにぶつけられた。
続いてドアを開けようとしているが、開くわけない。私より魔力が高ければ結界を壊して侵入することが出来るが、それはない。
だって向こうの世界で神様が言ってた。こちらの世界には魔力がないと。だから誰も私を害することは出来ないと。
「おい! いるんだろ!」
「……なにか用?」
「……いんじゃねーか。さっさと開けろ」
「どうして? 昨日は勝手に開けて入ってたじゃない。今日もそうすれば?」
「……ハア!?」
探知を拡げたところ、どうやら今日は稀屋一人のようだった。アパートの側に車がある。車種はベンツ。ボロアパートだらけのこの界隈にベンツが走ってるのなんて見たことない。なら稀屋のか。
「ねぇ、どうして私のこといじめるの?」
「は?」
は? じゃねーよ。
首謀者のお前がしらを切っても、そのうち時間の経過で忘れても、私は忘れない。優しい人達に励まされ、傷が癒えても。神様に魔法を貰って、今度はこちらが害す側になったとしても。何一つ忘れられない。
「私あんたになんかした? なんもしてないよね。中学の時も一言も話したこともないよね。それなのになんで私に目をつけたの? 地味だから? 歯向かわないと思ったから? こっちは風疹で二週間も休んで、久々に通学したら理由もなくいじめられるわ周りからも孤立しててさ、ほんと意味不明なんだけど」
「…………」
「いつもこそこそと周りに指示してさー、意味が解らない。あんたお金持ちなんだからそれだけで幸せな筈でしょ? それなのにわざわざ人を苦しめて、孤立させて、なんなの、なんか目的でもあるの? 人の苦しむ姿が見たいなら誰かにお金払って苦しめて遊びなさいよ。わざわざ私を無償でいじめて楽しんで、いやお金貰えるとしてもいじめられたくはないけど」
「……お前、誰だ」
「はあ? 話聞いてる?」
「お前誰だ! 世渡はいないのか! どこいった!」
一体なんなのこいつ。
稀屋はハーブでもきめてんじゃないかってくらいドアを叩き出した。やがて疲れたのが叩くのをやめた。
「………………今すぐに開けろ」
「さっきから近所迷惑。警察呼ぶよ?」
「……お前スマホ持ってないだろ」
「きも。なんで知ってんのよ」
「あと、電気代滞納してるのに灯りがついてるのは何でだ?」
「……なんなの。本当にきもいんだけど」
「いつもと口調が違う。本当に世渡か?」
「はぁ」
起き上がって玄関のドアを勢いよく開ける。
もうこんな奴に怯えて暮らすことはないのだから。
目を見開いた稀屋が一歩足を進めようとしたが、結界による壁で侵入は出来ない。
「なんだ、これ」
「うるさいわね。なんの用よ?」
「……答えろ。これはなんだ?」
「何って? ただの結界よ。私神様の花嫁になったの。だから成人してあの世に連れていかれるまではあんたのような悪人から護ってくれるそうよ。神力ってやつね。これからは以前みたいに私を害せると思わないで。クラスの皆にも言っといてよ。神様は私を害する人間には裁きの雷を落とすって言ってたからっ」
「…………」
怒濤の如く虚言を言い終えると稀屋がポカンとした。そして大笑いした。明らかに馬鹿にしてる顔だ。だから雷魔法を発動して近くの木に雷を落とした。
1発だけじゃない。
稀屋が「まぐれだ」と言った瞬間にまた雷を落とした。また口を開こうとしたのでその度に落としてやった。
「………っ、な、んで」
「これでわかった? 神様はお怒りよ。自分の花嫁に手を出す者は決して許さないって言ってるわ」
「…………お前、は」
「私ね、あんたからのいじめにもう耐えられなくて神様に助けてってお願いしたのよ。そしたら命を捧げるかわりに願いを叶えてくれたわ。全部あんたのせいよ。私がこんなになったのも、成人したら死ななきゃいけない事になったのも。どうよ、いじめ倒してた奴が最後は死ぬことになって満足? 満足でしょうねぇ。わかったらもう私に関わらないでっ」
言い終えてぴしゃりとドアを閉める。
我ながら異世界で鍛えられた魔法の腕だ。雨雲ひとつ無い空から落雷が降ってくるのは、まさに神の裁きに見えただろう。
これ以上稀屋の声すら聞きたくないので部屋に防音魔法も施した。
あーあ。
明日からどうしよう。
とくにご飯。
とりあえず収納から黒パンとベリージャムを出してサンドイッチをいくつか作った。卵もあったので茹でてすぐ食べられるようにしておく。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
登校するも、稀屋は欠席だった。
いつも稀屋に媚びて率先していじめてくる女子も一人欠席していた。
昼になって普通にサンドイッチを食べていたら気付いた。
そういや誰もいじめてこない。
今日はクラスの誰もが私を遠巻きにしている。
稀屋が欠席してるとはいえ、以前は昼ご飯なんて普通に食べれなかった。作ってきた弁当は一旦床にぶちまけられ、それを私が素手で回収させられ、また弁当箱に詰めて、そうしてようやく食べる許可がおりる。毎回そうだった。今日欠席してるあの女子なんかわざわざ靴で踏み潰してから私に食べさせた。
てか……食べる許可ってなによ。
ばっかじゃないの! 全員死ね! 愛する者と結ばれてから手酷く捨てられてその後も裏切られ続けて人生に絶望してから首吊って死ね! 全員死んでしまえ!
あー、ムカツク。
通学鞄に手を突っ込んで収納から取り出したゆで卵を食べる。喉が乾いたので一旦席を離れ、校舎の裏側に向かった。
隠密でグラスに注いだ水を飲む。
ついでにあの女性に貰った煙草も吸ってやった。あー、水より珈琲が飲みたい。早くお金を手に入れないと。
あ、そういや収納に王女様から贈られた茶葉があった。早く気付いて水筒に紅茶淹れてくればよかったな。
午後も普通に授業を受けて、何も起こらないまま下校時間になった。
校門を出て隠密を発動。
飛行して繁華街に向かった。
自販機を見つけたらすぐさま探知探索。
あっ……二列目の自販機の下に10円落ちてる!
しばらくそんなことを繰り返しているとお釣りの取り忘れも発見した。
見つけたのは全部で150円。
小銭に二時間もかけたこの労働力に対して缶珈琲を買う気にもなれない。
なので百円コンビニに入ってドリップ珈琲を買った。四杯分入ってる。よし、これなら明日の朝の分もある。
なんだか不思議な気分。
現代日本で冒険者やってるみたいな、はたから見たら浮浪者だけど、今は隠密だからね。
さっそく珈琲を飲もうと家路に差し掛かると、黒いベンツが停まっていた。
中の人を鑑定すると稀屋。やっぱりね。
隠密のまま帰宅して珈琲を淹れる。美味しい。そういや昨日サンドイッチを作ってる時に気付いたけど、ガスも水も止まっていた。
早くお金を手に入れて支払わないと。そして契約は切ろう。光熱費も馬鹿にならないし、魔法があれば身支度を整えるのもなんとかなる。
お風呂場に入って桶に手を翳して水を溜める。そしてすぐ近くにある便座に座り、用を足す。桶の水をトイレに流す。きちんと流れたか心配だったのでもう一回桶に水を溜めてトイレに流した。
そこで玄関のドアがノックされた。
結構はげしい叩き付けだ。
「おい! いつ帰宅してたんだ! 灯りがついてんじゃねーか!」
また稀屋か。
うるさいわね。
ほんと暇人。早く死ねばいいのに。
その日は防音魔法を施して、王女様から貰った茶葉で紅茶を淹れた。それを水筒に移して収納。
あー、お腹減ったぁ。
サンドイッチを出して食べる。さっき淹れた珈琲は既に冷めていた。でも美味しい。やっぱり日本て品質がいい。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の深夜。
なんとなく目が冴えて眠れなくて、煙草を吸った。そしたら余計に目が冴えて、珈琲が飲みたくなった。
そうだ。
この時間帯に片っ端から自販機の下を漁ろう。
深夜だから人もいないだろうし、隠密でも誰かとぶつかる心配をしながら漁ることもない。
よし、寝間着がわりのシャツの上に収納から出したローブを羽織る。
ドアを開けてアパートを出ると黒いベンツが停まっていた。すぐさま車のドアが開いて稀屋が出てくる。
「……おい」
「あんたまだいたの。それ以上私に近づいたら雷が落ちるわよ」
「……車に乗れ」
「話聞いてる?」
「頼む……乗ってくれ」
「お断りよ。てかなんの用?」
「………………浅井の嘘がわかった。全部俺の勘違いだった」
「はあ?」
浅井って……うわ。稀屋に積極的に媚びてるあの女子の名前じゃない。ほんとやな奴。あいつも早く死ねばいいのに。
「で、なにが言いたいの。ほんとキモいんだけど」
「……中学に入ってすぐ……お前に手紙を書いた」
「……は? そんなの知らない」
「世渡の事が好きで、でも連絡先も知らないし、手紙には俺の番号を書いて……気持ちも書いた。それを……世渡の通勤鞄に入れた。体育で居ない隙に手紙を忍ばせた」
「…………」
「翌日には手紙の内容が学校中に広められてて、でもお前の名前は書いてなかったから、俺だけ恥かいた。浅井が世渡が俺のことキモいって言って手紙を……皆に読ませたって……世渡は俺のこと嫌ってるって……」
「……知らない。なんなの」
「全部俺の勘違いだった。詰めたら浅井が手紙を盗んでお前が休んでる内に勝手にやったことだったとわかった。全部俺が悪かった。浅井の親父は俺の父親の部下だから、あいつは薬で沈めていま監禁してる。妊娠したら最終的には東南アジアの方に運ぶ予定だ。死ぬまで生ませて売って苦しめる」
「……だからなに! 私関係ないよね!」
そのすがるような顔を今すぐやめろと叫びたくなった。気持ちが悪い。なんなの。勝手にすれば。あんたの事情なんて知りたくもないんだけど。
すたすたと歩いて稀屋に近付いていく。
「私は! あんたが何をしようが、今更何を謝ろうと、どれだけ足掻こうが、最終的には死ぬ運命なんだけど!」
お高いベンツを蹴ってやった。
ひと蹴りで穴が開いて中から強面の運転手が出てくる。怒濤が飛んできたが知るか。止めれば運転手ごと穴を開けてやる。今の私には銃弾だって効かない。
とにかく蹴りまくって、ベンツを蜂の巣にしてやった。いつの間にか強面の運転手は腰を抜かして「化物……化物」と呟いていた。
「わかるー? 神様は害を与えてくる奴がいたらこうやって身を護れと教えてくれたわー! 命とひきかえにね!」
「…………っ、誰だ」
「はあ?」
「どこの神だよ! どこに願ったんだ!? 神社か? 教会か?」
なんなのこいつ。
必死な形相で馬鹿みたい。
「異世界の神様よ。もうこの世界にはいないわ。私が二十歳になったら、またこの世界にきて私の命を奪いにくるそうよ。なるべく痛みは少ないようにするって約束してくれたけど、連れていく時は苦しませることにはなるって言ってたわ。それでもいいからとお願いしたのよ。稀屋ってキチガイにいじめられててもう死にたいって毎日毎日一生懸命お願いしたの」
「………………そんな」
あー、うざっ。
私の虚言を信じて絶望した稀屋の顔を見てもなんも面白くない。やっぱり復讐って精神衛生上よくないものなのね。全く。そんな顔してないで早く首吊って死ねばいいのに。
もうこの場に居たくなくて、走って逃げた。
途中でなんでわざわざ走ってるんだろうって気付いて、隠密を発動させて飛行した。
深夜の誰もいない繁華街はとても静かだった。
たまにドブネズミが横切るだけで、なんだか世界は全て私のものになった気分だった。
あー、下らない。
明日にでも教室が爆発して全員死ねばいいのに。
……あ、自販機の下に五百円落ちてる!
手が届かなかったので急いで風魔法で移動させて拾った。
嬉しい。牛丼でも買いたいけど我慢我慢。
五百円を手に上機嫌で繁華街をスキップした。やっぱり私ってこういうのが性に合ってるんだろうな。浮浪者みたいに空き缶でも集めようかな。でも彼等の糧を奪うのは悪い気もするし……。
よし、なるべく生きる術を多く持とう。自販機も漁って、空き缶を見つけたら収納もしといて、……あっ、空き缶めっけー!
踏み潰して小さくしてから収納した。確か柔らかい空き缶じゃないと買い取って貰えないんだよね?
そうだ、今度休日に空き缶持ってる浮浪者を探して隠密で跡をつけよう。どこで空き缶を売るのかちゃんと見といて、空き缶が溜まってきたら売ろう。
よしよし。私ならそうやって生きていける。図書館にも通って食べられる日本の野草も探そう。いや、わざわざ本で勉強しなくてもその辺を鑑定しながら探せばいいか。食用のキノコとかも探そう。鑑定があれば毒キノコも避けられるし……。
「…………う……うぅ……泣くもんか」
私は向こうの世界では魔王軍を倒して世界を救った英雄なんだから。この世界ではなんの価値もない人間だけど。ご褒美に生きる術を貰ったんだから、惨めで死にたいなんて思っちゃ駄目だ。寿命まで生きて人生楽しまないと。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
登校すると真っ先にクラスの全員が私に頭を下げてきた。気持ち悪すぎる。全員自分のゲロで喉が詰まって死ねばいいのに。
無視してると一人の男子が睨み付けてきた。このまえ勝手に部屋に侵入して「ぎゃははは!」と笑ってたクズだ。
「おい」
後ろから稀屋が声をかけるとその男子は私から目を反らした。下らない。自分で口に手を突っ込んで窒息死すればいいのに。
「今まですまなかった。許さなくていい。俺に何かして欲しいことがあったら言ってくれ」
稀屋の言葉にクラス全員が青ざめた。
稀屋の家は資産家というより反社会勢力の家なんだろう。今まで興味すらなかったから知らなかった。
とりあえず稀屋の言葉も無視した。
誰とも会話したくない。胸に重石が詰まっている感覚がして心が苦しい。この百倍の苦痛を全員に与えられたらどんなにいいか。全員ありとあらゆる方法で窒息死すればいいのに。
「ねー、ねー、カナコちゃん。今まで馬鹿な子ちゃんって呼んでごめんねー」
「りさにそう呼べって命令されてたんだー」
「そうそう、あたし達だってあんなことしたくなかったんだよー」
浅井の連れが私を囲んできた。
もう怖いとは微塵も感じない。
でもこれ以上人の胸に重石を置くのは罪だと思うんだ。
だから口を開いた。
「ねぇ稀屋。この子達がこれ以上私に話し掛けたら浅井と同じ目に合わせてくれる?」
「わかった」
そう言うと誰もが黙った。
吐きそうだ。胸が重い。石が積み重ねられていく。全員死んでくれ。石は私が運ぶから。全員少しずつ時間をかけて徐々に圧死してくれ。
授業が始まって、そこで耐えきれなくなって手を上げた。
「先生も含めたここにいる全員死んで欲しくて堪らなく気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?」
「…………わかりました。保健室に行って下さい」
えずきながら教室を出た。
ここにいるとあらゆる記憶が甦る。
床にぶちまけられたご飯を食べさせられた日々。授業中に机の上で裸で土下座させられても助けてくれなかった先生。生理中に下着を奪われて下校まで血を流しながら教室の隅に立たされた記憶。全てが悪夢のような記憶だ。本当は全員死ねばいい、じゃない、全員殺したい、だ。親がいようが兄弟がいようが構うもんか。全員死んでしまえ。罪もないこいつらの家族も死ね。生まれたばかりの赤子も死ね。こいつらと挨拶をかわした他人も死ね。近所に住んでる奴等も死ね。関わった全員死ね。一人残らず私が殺してやる。
◇ ◇ ◇ ◇
保健室には鍵がかかっていたので壊して入った。
毒物とか劇薬とかないかと室内を隅々まで探知探索したらココアの粉があった。
封が開いている。
まだ真新しい、いい香り。
これなら口に入りそうだと考えていたら稀屋が入ってきた。
「……おい。大丈夫か?」
馬鹿じゃないの。
お前のイカれた頭こそ大丈夫か。
収納から木のコップを出してココアの粉を入れる。手から熱湯を出して指でかき混ぜた。熱いけど大丈夫。これしきのことで火傷なんてしない。
指を舐めると……うん、薄いけど美味しい。
「……それは、魔法か何かか?」
「そうよー。私の神様は魔法をくれたのよー。これで気に入らない奴は全員殺せって言ってたわ」
「……なら俺を殺せばいい」
「私はね、この魔法をくれた優しい神様の為に人は殺さないと決めたのよ。人を苦しめて悦んでるあんたらみたいな人間紛いのキチガイと一緒にしないでよ」
「……そうか。とりあえず教師とクラスメイトは明日にでも全員運ぶことにした。それなら世渡の罪にはならない」
「ばっかじゃないの」
「ああ。どうせもうお前が手に入らないなら、お前がその……神って奴に連れてかれるまでは、俺も自殺しないことにした」
「さっさと死ねばいい」
「ああ。そのうち必ずな」
ココアを飲み終えると、幾分か楽になった。気持ちが悪いのにお腹は空いていて、でも何も喉を通らない気がして、朝起きた時から最悪の気分だった。
さて、もういいや。
全てがもうどうでもいい。
帰りはそこらじゅうにいる人間を殺していって最終的には私のような人間を殺せる勇者が現れるのを待とう。
コップを収納して踵を返すと、俯いた稀屋が声を出した。
「俺、前世の記憶があるんだ」
「…………は?」
「前世では黒髪黒目の、突然世界に現れた異世界人に殺された。魔法も使えて、可愛い子だったな。姿も声もお前とそっくりで」
その言葉にひゅっと喉が詰まった。
「…………俺は人間からしたらぶよぶよとした醜い生き物だったから、生まれ変わって、幼い頃から女が寄ってきて、もう醜いと罵倒されることはないと安心したのを覚えている」
「………………な、ん」
「中学に入って、お前を見つけて、最高の気分だった。普通にしてるし、観察してたら運動は苦手なようだったから、それでただの人間だと解ったから、似ているだけかもと思った。でも俺もただの人間に生まれ変わったから、もしかしたらお前はあの時のお前かもしれないと考えた。お前もただの人間としてこの世界に生まれ変わったんじゃないかと……でも生まれ変わった俺は前とは全然違う姿だったから、お前はあの時のお前じゃなく、やっぱり別人かもと思った。でも近づきたくて、気持ちが抑えられなかった。今の俺は、誰もが見た瞬間に醜いと拒絶された俺じゃない。それにあの異世界人は、前の俺に醜いとは一言も言わなかった。この姿なら、あの異世界人に似たお前に受け入れてもらえるかもしれないと期待した」
「…………あんた」
「俺は魔王だよ。人間みたいに魔法は使えなかったけど、魔獣の軍を引き連れてた。それで片っ端から人間殺してた。いや、喋る生き物を見つけたら全て殺してた。幼い頃から、もううんざりしてたんだ」
一方的に喋りながら俯いていた稀屋が顔を上げた。
「やっぱりお前……あの時の異世界人だったんだな」
「…………」
そうだ。
この青い目。見覚えがある。
光彩の真ん中が一番色が濃くて、徐々に薄くなっていく青。対峙した時は、既に片目を失っていた魔王の瞳とそっくりだ。
魔王は人型で、全身火膨れしたようにぶくぶくしていた。火傷の痕にそっくりで、痛々しく感じた。人間と同じほどの背丈に、もしかしたら怪我をしているだけで同じ人間なのかもしれないと……その考えは無理矢理頭から取り払って殺した。
「ああ、そうか異世界人って……生まれ変わったんじゃなく、この世界から向こうの世界に呼ばれたのか。なら前世で俺がいたあの世界から、俺を殺して戻ってきた直後か?」
「…………」
「会いたかったよ。ずっとお前に会いたかった。ごめんねって謝りながら俺を殺そうとしたやつは初めてだった。でも言ったよな。生まれ変わったら、もう人は殺しちゃ駄目だって。だから俺、殺してはいないよ。どんなに罵倒されても死ぬ寸前で止めてる」
頬に触れられて、動けなかった。稀屋の手を振り払えなかった。
「…………やめ、て……だって、あんた……私のこと……散々苦しめたじゃない」
「ああ。ごめんなぁ。お前だって知ってたら、あんなことしなかった。お前なら俺のこと拒絶しても何もしなかった。何されても許してた。殺されても抵抗しないよ。前だってしなかったろ。初めて俺と会話しようとする奴が現れて、嬉しかったんだ……似ててもお前じゃないなら誰でも同じだから……どうでもよかったんだ。なのに……お前はあの時のお前だったのに……傷つけてごめん。苦しませて悪かった」
「っ、うるさい……」
「なあ……戻ってきたこの世界でも魔法が使える、その代償として神に命を売ったのか? それも俺のせいだよな……なあ、その命、俺のじゃだめか?」
「うるさいっうるさいっだまれ! うるさいうるさいっ! 今更なんだ! 殺された分際で殺した相手に執着してんじゃないわよ! キモいのよ!」
「っ、」
思わず加減も無しに手を振り払うと稀屋の顔に当たって左目が潰れた。稀屋は呻いただけで何もしてこなかった。
「全部嘘よ! 心のどこかであんたが苦しめばいいと思って吐いた嘘よ! 魔法はあんたを殺したご褒美に神様に貰ったのよ! なんなのよ! 誰があんたをこの世界に生まれ変わらせたのよ! そんなのが可能なら私を向こうの世界に生まれ変わらせてよ! こんなクソみたいな世界じゃなく、あの優しい世界に戻してよ! その為ならもう一度あんたを殺したっていいわ!」
胸が苦しい。重石が積み重ねられていく。全員死ねばいい。教師も。クラスメイトも。稀屋も。私も。物心ついた時からずっと可愛い可愛いと言って育てた癖に、結局私を捨てたあいつも。全員息絶えて塵となって消えろ。
◇ ◇ ◇ ◇
それから数年後。
「これとこれ。あ、昔作った指輪も残ってた。これも買い取って」
「ああ」
稀屋は金の重さも計らず鞄からポンと三百万の札束を出してきた。とりあえず収納に入れる。
「毎回テキトーだけど赤字にならないの? 金の純度は高いけどさぁ」
「一番高い時に売れば回収できるよ。てかそんなのどうでもいいだろ。団子食ってないで早くクエスト貼れよ」
「……あ、待って。忍耐が発動しなかった。ちょっと闘技場いってゴリラに殺されてくる」
「チッ。ならその間に寿司でも頼むか」
「なら茶碗蒸しと赤だしも」
「ああ」
その10分後。
ピンポーンと鳴った。
お寿司はやっ。もうきたのか。
「ちょ、あんたが出て」
「無理。いつまで採取してんだよ。参戦しろや」
「こっちも無理。今から野良ゴリラに乗って向かうから」
「チッ」
去年からハマってるモンスター討伐ゲーム。釣りや採取もできて冒険者ぽくてなかなかいい。武器も色々ある。新しく作った属性強化の銃が火を噴く。
「……おい」
「んー?」
「母さんだった。お茶淹れてやってくれ。俺が淹れたのは不味くて飲まないから」
「やだ由乃さん来たの! ならスタン要員で参戦してよっ」
とりあえずゲームは一旦中止して緑茶を淹れる。
お高い茎茶だ。茎しか入っていない香り高い緑茶。こんなの誰が淹れても美味しい筈だけど。
コップにお湯を注いであたためる。
あたためたコップから湯を急須に注ぐ。
これで緑茶の適温だ。
「おまっ、一人だけサブキャンプに戻ってんじゃねーよ。俺のは一乙してんじゃねーか」
「一乙無効食べといたから数に入ってないって」
そうこうしている内に由乃さんが玄関から顔を出した。半年振りかな。どでかいトランクを引いて、重そうに引き摺っている。今日もギラギラとしたサングラスが様になっている。
「カナちゃん元気ー?」
「おひさしぶりです由乃さん。はい、元気にしてますよー」
由乃さんはトランクから男の死体を出した。むわぁっと腐臭が部屋に広がる。
「ちょ、臭っ、カナ、空気洗浄押して」
「この子あたしのお金盗んだから殺しちゃった~、殺ったのはお父さん~」
「殺しちゃった~、じゃねーよ! くせーよ!」
「はいはい、とりあえず収納ね。散々人殺したくせに腐臭が嫌なの?」
「前は嗅覚なかったんだよ!」
「へぇ」
「なぁに? またゲームのお話? それよりカナちゃん、また手品の腕あげたの? どこに隠したの~?」
「今回は樹海です」
「すごぉい」
「後で棄てときますから」
「ならこの子から取り戻したお金あげるわ。はい、三千万円」
由乃さんは大粒のダイヤのピアスをくれた。
石でかっ。そして血がついている。洗浄して収納。そのうちまた稀屋に買い取ってもらおう。
「あ~、緑茶おいしい。やっぱ日本人が淹れたお茶が一番だわ。ロシアが淹れたお茶は不味くって」
「そろそろその呼び方やめてくんない?」
「ロシアはロシアでしょ。ロシアの血がまざってんだから。お父さんそっくり」
「親父は元気にしてる?」
「あ、そうそう、それなんだけどね。お父さんが前にカナちゃんが住んでた家に最近カナちゃんに似た怪しい女がきてるって」
「…………」
「そうなんですか。全く身に覚えがありませんね。気にせず放っておいたらいいと思います」
「ならお父さんにもそう言っておくわ~、はいこれお父さんからの手紙」
ロシア語は読めないんだけど。
またパソコンで翻訳するか。
別室に入ってパソコンを起動させる。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ……ロシアはまだ童貞よねぇ?」
「……うるせーな」
「よく我慢できるわよねぇ」
「ほっとけ」
「あら、カナちゃんのことよ~、よくこんなのと暮らせるわよねぇ~。お父さんカナちゃんのこと隅から隅まで調べて褒めてたわよ」
「……無理強いしたくないんだよ。側にいてくれるだけでいい」
「あら欲張り! ほんとなんて醜いのかしらこの子は」
「別に醜くてもいいよ。カナさえいれば生きていける」
「なら頑張んなさいよ~、人間は死ぬ時に本性を見せるんだから、それまではいくら嫌いって言われてもまたいじめたら本末転倒よ~」
「……ああ」
お茶を飲みきって母さんは腰を上げた。
また何処かへ行くんだろう。
カナと暮らして約三年が経った。
今でも寝てる時は魘されていて寝起きは冬でも汗をびっしりとかいている。せめて俺に怨み言でも言ってくれたらいいのに。最近は寝言でも魘されていて、苦しげに漏れる言葉は全てカナの母親に対するものだ。捨てないで、いい子にするから、そう言ってずっと謝ってる。泣いて飛び起きる時もある。元凶を殺してしまいたいけど前世でカナと約束したから出来ない。
どうにかできないかと、昨夜は仕事から帰って来たらカナが泣きながら魘されていて、思わず抱き締めたら震えが止まって、規則的な寝息になった。夢の中で母親に抱き締められたと勘違いして安心したのかもしれない。
「あれ、由乃さんは?」
「帰った」
「ほんと神出鬼没だね。この前は一ヶ月近く居たのに」
ポケットの中が震えた。
スマホを見ると母さんからのライン。出前ばっか取ってないでたまにはカナを外食に連れていけと、寿司桶と共に写る母さんの画像も送られてきた。
「いつもの寿司屋、注文キャンセルだって」
「えぇーっ、なんで、店が爆発したの?」
「焼肉食いに行くぞ」
「やだよ。あ、そうだスーパーに行く。車出して」
「わかった」
料理すると長いからな。
あまりスーパーには行かせたくない。
その日の午後、カナはずっとキッチンにいてお好み焼きを何枚も焼いて収納していた。
「どうよ、もう一枚食べるー?」
「食べる」
空の皿を手にキッチンに入ると大量の使い捨ての紙皿に焼きそばとナポリタンが盛られていた。うまそう。どれも十人前はある。
「……ピクニックにでも行くのか?」
それとも旅立つ準備か?
「弁当よ、明日から大学あるから」
「そっか……今日で夏休みも終わりか」
ホッとして肩をすくめる。
ナポリタンの皿を取ろうとしたら「めっ」と言われ、空の皿にお好み焼きを乗せられた。それを手にまたリビングに戻ると、ベランダに一羽のカラスが来ていた。
「カナー、鳥が餌くれって」
「やだクロちゃん一ヶ月ぶりじゃない! 全然来ないから心配してたのよっ」
カラスは雑食だ。
カナが皿ごとナポリタンをあげると凄まじい勢いで食べ出した。お前はいいよな。顔見せるだけでカナが喜ぶんだから。
翌朝。
カナを車に乗せて大学まで送迎した。
入学した頃は飛行で通ってたけど、ベランダから飛び立ってすぐ戻ってきたことがあった。腕に一羽のカラスを抱いて。
飛行中に余所見しててカラスとぶつかったそうだ。嘴にヒビが入って、足も折れていた。カナが一ヶ月ほど看病していたらカラスは元気になって、その後もしばらく部屋にいたがベランダの窓が開いてる隙に飛び立っていった。
「クロちゃん行っちゃった」
完治してから一週間、飛行訓練だと部屋でカラスと一緒に飛んで、カラスに名前までつけて可愛がっていたカナは悲しそうな顔をしていた。
いつもベランダからカナを見送る俺も悲しい気持ちだったけど。なんで玄関から出ないんだろう。ベランダから飛び立つのを見るともう戻ってこないような気がして、そんな感情をほぼ毎日味わっていた。
でもそのカラスの一件があって、カナは俺の車に乗るようになった。余所見してても大丈夫な俺が運転してる横で、いつもスマホゲームしてる。
「あー、くそ! 城がおとせない! 罠の位置がセンスある!」
大学が見えてきた。
「今日予定あるのー?」
「午前中に仕事終わらせて、そのあと迎えにいく」
「わかったー」
世渡カナコは俺も含めたあのクラスメイトと一緒に消えた。
今のカナは白側花菜。金髪に染めた髪と赤いコンタクトレンズと、あとカナの趣味なのか西洋のワンピースを好んでよく着ている。日本人離れした顔立ちによく合ってる。
数年前、関西の高校で教師ごとひとクラスの人間が跡形もなく消えた。
当時は大事件になった。
まだ誰一人として見つかっていない。
悪質で計画的な集団家出だの、某国の拉致が再発しただの、ネットでも色んな考察がされた。
その頃にはもう二人で関東にきていて、カナはデザイン科がある高校に通っていた。学園は芸術家気取りのオタクと変人しかいないと、帰宅するたび思い出し笑いをしていた。勉強するのが楽しいと、とくに服飾に集中していた。引っ越したばかりでしばらくはわざとテレビは置かなかったけど、今もカナは全くテレビを見ない。スマホもゲームばっか。電話帳も俺の連絡先しか登録されていない。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ白側ちゃん、今日も美味しそうだね。そろそろライン教えてよぉ。あとどの辺に住んでるとかも」
「スマホもってなーい」
「なんで買わないの! 親がキチなの?」
「画材とか服飾代で大変なんだよね。美容費もばかにならないし」
「でもお金に困ってないよね? いつも送迎してもらってる車、あれベンツでしょ。しかもマイバッハじゃん。あの赤髪の外国人って白側ちゃんのなんなの? 親戚?」
「私の車じゃないもん」
ナポリタンを食べながら鞄から水筒を出す。まだノートをとってる周りの皆の腹が鳴ったのが聞こえた。
朝すぐはお腹すくよねぇ。変人ばかりのこの美大できちんと朝ご飯食べてくる子は少ないし。でもスティファニー先生の講義ではいつでも飲み食いしていい暗黙のルールがあるので有り難い。
「コラァそこのブス! 白側ちゃんは画材代の為に毎日お弁当作ってきてるくらいなのよ? そうやって詮索しないの! 夏休みも終わってまた可愛いドールが毎日見れるんだからそれで満足しときなさいよっ!」
「……す、すみません」
スティファニー先生が真っ赤な口紅を塗りながら怒った。
スティファニー先生は生粋の日本人だ。
本名は崇之さとし。
この大学の卒業生でもある。
男なのにあまりにも美形で、在学中は男からランチの誘いが殺到して結局昼食を摂れなかった日が多々あって、なので自分の授業ではいつでも飲み食いしていいと皆に言っている。しかしそれにも暗黙のルールがあり、品行方正がよくないといけない。この前、あんぱんを食べながらボサボサの頭でいかにも一週間は風呂入ってませんって子をスティファニー先生は「外で食べろ!」と追い出していた。まあ、臭かったからね。たまたま隣にいた子が気分悪くなって胃液吐いてたし。明らかに授業妨害。
「あ、そうそうアンタ達、製薬会社がポスター募集してんのよ。無償だけどやる気があるなら夜中もB2使っていいから。女子はいつものレンタルスペースね」
「いつも思うけどなんで男だけ地下2階なんですか! 女子もいたらやる気でるし、簡単なモデルとかも頼めるしっ」
「あたし昔B2で男に襲われかけたのよ。モデルになってくれって言われてね。その時の傷がまだ癒えないの。だから男女は分けることにしたのよ。じゃ、今日はこれでおしま~い」
クスクス。
周りの失笑に私も口角が上がる。
そこで後ろから肩をトントンされて振り返った。
「ねぇねぇ白側ちゃん。そのカラコンどこのー?」
「ドンキ探したけどなかったー」
「シャロンがアメリカで宣伝してる薔薇の光彩のやつ。輸入ものだから二週間くらいかかるかも」
由乃さんに貰ったカラコンだけど。お高めなので自分じゃ買わないかな。
「えー、日本でも出せばいいにぃ~」
「ほんとだよねー」
「あ、白側ちゃんはポスターやる? 私はやらないけど」
「私もやらなーい」
「普通やらないよね~。おまけに本社の人間が大学生の女と接点持ちたいから募集してるって噂だよ。去年も同じ募集あったから」
「やだいい年の親父が合コン目的?」
「キモい」
「ほんとだよねー、あ、じゃあまたねぇ」
「うん、またね」
大学は小中高と違ってクラスの一体感とかが無くていい。殆どの人間が個人主義だ。講義には毎回違う生徒の顔もある。何も強要されない。出席も欠席も中退も休学すら自由だ。
さて、今日はもう講義はない。
帰るとするか。
席を立ってしばらく歩くとまた肩をトントンされた。
振り返ると黒いサングラスをかけた稀屋。いかにもその筋の人間です、というような服装。でも真っ赤に染めた髪もここでは目立たない。むしろ可笑しい所を探すのが難しいほど、この場に馴染んでいる。まあ、髪色を七色にしたアフロの子とかもいるからね。むしろ地味かも。
「予定より早く済んだ」
「ふぅん。なら下でお茶でも飲む?」
歩きながら話す。
あ、皮膚色の全身タイツの上に際どいビキニを着てる子がいる。腰の浮き輪はドーナッツ柄。ブラにはお手製の三角パイを縫い付けてる。テーマが謎な初めて見る男の子だ。ぷぷ。
「小便くせーガキとまざって茶なんて飲めねぇよ。……落ち着かない、早く帰ろう」
「マック寄ってよ。三角パイ食べたい」
「ああ」
建物から出て大学のカフェテリアに差し掛かった時、声がかけられた。
「あれー、白側ちゃん……」
さっきのライン教えてくれ男だ。
目が合うも、稀屋にぐいっと腕を引かれて再び歩き出した。
「なになに、え、ちょ、その人、白側ちゃんの運転手さんですよねー? ねぇ?」
稀屋に話し掛けて、ちらっと私を見た。
そして歩行を妨害するように目の前にきて、握手を求めるように片手を稀屋に差し出した。
「初めましてっ、ぼく、白側ちゃんと本気で付き合いたいって思ってる野乃です! これからは白側ちゃんを色んな場所に誘いたいと思ってるので、よろしくお願いします!」
「…………」
何がよろしくお願いしますなんだろう。
稀屋は無言で一歩前に出て、野乃を見下ろしながら目前でサングラスを外した。
「何がよろしくお願いしますなんだ?」
稀屋に直視された野乃は目を見開いてから、青ざめて俯いた。
稀屋の左目は潰れている。
でも潰れてるだけじゃなく、その左目の周りに傷も残ってる。あの時私が加減もなく手を振り払ったせいで。稀屋がなんとも思ってないのは知ってる。でも今となっては後悔しかない。
「レイ君は私の彼氏なんですよ」
「…………」
「え!? 白側ちゃんの……ほんと?」
「うん」
そう頷いて稀屋の腕に絡む。
そして頬を触る。
「ごめんねレイ君。ちょっとした擦れ違いで、片目こんなにしちゃって。あの時は痛かったよね?」
「……別に痛くない」
「左目が潰れてると、もう片方の見える右目に負担がかかって、徐々に霞んできたり、視力が悪くなったり、最終的には見えなくなるかもってレイ君のお父さんが教えてくれたの。ほんと酷いことしてごめん」
「……もうさっきのどっか行ったぞ。もういいから」
「レイ君のお父さんは、見えなくなったら逃げるチャンスだからもう好きに生きなさいって、手紙に書いてたけど、私はずっとレイ君の側にいようと思います」
「…………」
「私はこの世界で結婚はおろか、恋愛すら出来る気がしません。でも、一人で生きていくことも出来ません。あの優しかった世界からきたレイ君となら、人生をやり直せる気がします。でもそう考えたら、レイ君に捨てられる日がくるのが怖くなりました。夢でも魘されるようになりました」
「…………」
「私は、……これからどうやって生きていけばいいの? 私を捨てる日はくるの?」
「…………あるわけ、っ」
視界が滲む。
付け睫とマスカラでひじきみたいになった睫毛が溶けて黒い涙が出てきた。洗浄してハンカチで顔を隠す。
途端、ひょいと抱き抱えられた。
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ」
「……寝てるときだけ可愛い可愛いって頭撫でるのやめてよぅ……そのあと捨てるつもりなんでしょう?」
「そんなつもりなかった。俺なんかに触られたら嫌だと思って……」
稀屋が小走りで大学の敷地内を抜けていく。停めてるベンツが見えてきた。
「嫌じゃないわよぅ……嫌なら一緒に寝ないわよぅ」
「ごめんなぁ。今日からずっと抱き締めて寝る。もう嫌な夢は見させない」
稀屋がベンツに近付くと自動でドアが開いた。
「やー! 後部座席にしてっ、顔ぐちゃぐちゃ、このベンツ目立つから見られたくないっ」
いつもの席に乗せられそうになって拒んだ。色んな感情がない交ぜになった羞恥に混乱していたんだと思う。そこで思い出したように隠密を発動させようとした瞬間、私を抱き抱える稀屋の肩を後ろから来た誰かがガシッ!と掴んだ。
「まさかこれ誘拐じゃないわよね!?」
スティファニー先生だった。
走ってきたのが息が乱れてる。
「違いますズビッ野乃がしつこかったせいです」
「野乃!? 野乃が白側ちゃんを泣かせたの!?」
「泣かせたのは俺だ」
「はあ!?」
「でも最終的には役に立ったから、野乃には何もしないでおく」
そう言って稀屋が私を見た。
つられてスティファニー先生も私を見た。
顔が熱い。鼻水をずびっと啜った。
「ああ、噛ませ犬ってやつね。なぁんだ」
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅途中。
運転しながら稀屋がチラチラとミラーで後部座席の私を見てくる。どうしたんだろう? マックは寄らずに帰るってさっき言った筈だけど。
「…………なに?」
「なんでゲームしてないんだ?」
「は、……?」
ゲーム?
スマホゲームのこと?
「好きだろ?」
「……別に」
「え」
「だって……何かしてないと私が手を出した左目が見えて……申し訳ないんだもん」
「なんだそんなことか」
稀屋は急に方向展開して、車を停めた。
そして運転席から後部座席に身を乗りだして、見える方の右目を片手で覆った。
「ちゃんと見えてる」
「え」
「前もそうだった。片目は潰れてても、形だけで、ちゃんと見えてた。だから生まれ変わって、両目があるから、左目が潰れるまではただの人間だと思い込んでた」
「…………」
「前は息をするように魔獣を引き連れてた。きっとクラスの奴等が俺に従ってたのも前と同じ性質を持って生まれ変わったからだと思う。それに気付かずいつも親父みたいに力で捩じ伏せてたから、目が潰れるまでは本当に気付かなかった」
「…………」
「だからカナは何も悪いと思わなくていい。あの時謝ってきたのだって、俺が人型だったから、罪悪感を抱いたんだろ? あの世界で魔力を持たない人間は一人もいなかった。人間は誰もが魔法を使えた。俺は魔力がなかった。だから魔法が使えなかった。弱っちいけど俺と似たような力を持つ魔獣は何体かいた。だから俺は魔獣だったんだと思う。人間じゃない。カナが殺したのは魔獣だ」
「…………」
右目を塞ぐ稀屋の手の上に、自分の手を重ねた。
ぎこちなく微笑むと、まるで稀屋が見えているかのように口角を上げた。
「その左目……見えてるんだ」
「見えてるよ」
「今の私……何してる?」
「……いま涙がこぼれた」
「うん……」
「なあ、カナ……何も悪く思わなくていい。本当はカナの罪悪感を利用して……側に居て欲しいけど……嘘はつきたくない」
「うん……」
「カナにも嘘はついてほしくない。俺に悪いと思って側に居る必要はないんだ」
「……うん。なら側に居て。まだ気持ちが色々と不安定で今すぐには受け入れられないけど……離れないでほしい……側に居てほしい」
「……わかった」
稀屋が口角を上げて、右目に重ねていた私の手を取った。運転席に戻ろうとする稀屋に手を伸ばして、首に両腕をまわした。鼻を啜ると噎せて咳き込んで、背中を擦られた。
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ。全部俺が悪い」
「全部浅井が悪い……あれがなかったら……私たち今頃どうしてた……?」
「……まず、カナが俺の手紙を読んで……その後どうしたかによるな」
「金持ちに告られてラッキー、くらいには思ったんじゃない。もうあの頃は私が風疹でも殆ど家に帰ってこなくなってたから」
「母親か? なら、……カナを丸め込んで俺の家に連れ帰ってると思う。あの異世界人に似た子を、側に置いておけると期待して」
「なら私は衣食住確保できてラッキー、くらいには思ってる。それでそのうち絆されてさあ、稀屋家の家業知ってビビってさあ、それでも衣食住を失いたくなくて、葛藤するか開き直るかしてると思うのよ」
「ああ。俺も絆そうと頑張ってると思う。間近で見たら本当にあの異世界人にそっくりで、笑顔なんか向けられてたら即落ちてると思う」
「……そんで高一の終わりに異世界転移して、戻ってきて、多分私そのこと自慢気に話すと思うのよ。さっきまで異世界で英雄やってたって、調子に乗って魔法とか見せたりしてさあ」
「そしたら俺はカナがあの時の異世界人だと確信して、俺も前世のこと話してる。もっと好きになってる。絶対逃がさない。嫌だって言っても腕に閉じ込める。逃げたいなら俺を殺してから逃げてくれって言ってる」
「いやそれはないよ。今までお世話になってた人を前世で殺したんだよ? さっきは殺してごめんってまた謝って、それから持ち帰った金貨とか買い取ってもらってると思う。その私なら、今まで世話になった分、これからは自立したいとやきもきしてると思うから……アパートとかの保証人をお願いするんじゃないかな」
「無理。ずっと一緒に暮らす。カナに金の心配がなくなっても、これまで通り一緒に暮らす。高校も一緒に通って、同じ家に帰って、カナが進学したらさっきの野乃みたいな奴を牽制しながら送迎する」
話しながら稀屋の腕の力がどんどん強まってきて、背中が反り返ってきた。首筋にぐりぐりと頭を擦りつけて、まるで私の中に入ろうとしてるみたいに。
「もうそれが公式でいいよ……現実は悲惨だから、そっちで書き換えよう」
「でも俺が悪い。全部俺が悪かった。その夢物語が本当だったら、どんなにいいか……!」
腕の力が弱まった。
後頭部を撫でながら身をねじって稀屋の顔を見る。右目は閉じられていた。潰れた左目も閉じているのかな。解らない。解らないけど、眉間に寄った皺が今までの後悔を現していた。そっと顔を近付けて唇に唇を重ねると、稀屋の右目が開いた。ああ、やっぱり。左目も閉じてたんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「今日はカナちゃんの誕生日ね~」
紆余曲折を経て、やっと二十歳になったんだもの。きっとロシアもカナちゃんを何処かに誘って今頃お祝いしてる筈だわ。
夜の銀座を歩きながら、せっかくだしお酒が飲める店を頭に思い浮かべて、そこで探さなくても銀座なら何処でも酒はあると考えるのをやめた。
「二件目なら誘ってもいいわよねぇ~」
どこでお祝いしてるのか知らないけど、ロシアに電話をかけると出なかった。
しつこくかけると9回目の電話でようやく出た。
『ンっ……』
『…………なに? いま忙しいんだけど』
「………………」
スマホもどんどん高性能になってきてるからね。今ちょっと聞こえたわよ。
「カナちゃんは元気ー? happy birthday~」
『ああ、……うん。元気にしてる。ハッピーバースデーな、そう伝えとく』
「待ちなさいよ。無理矢理じゃないわよね?」
『…………は? 違うし』
「なら出して」
『…………』
5秒後、カナちゃんが電話に出た。
『っ、由乃さんおひさしぶりです!』
「カナちゃん元気ー?」
『っ、はい! 元気ですよっ』
「ならいいのよ。邪魔して悪かっ──」
ツー、ツー。
……全く。ベットでも余裕のない男は嫌われるわよ。お父さんそっくり。
◇ ◇ ◇ ◇
「──ッ! もう日付っ……変わって、誕生日終わったってばあ……ぁあっ!」
カナの声に体の内側からくる昂りがおさまらない。
頭が沸騰したように熱い。
「二十歳になったら連れてかれるって」
「それ、嘘! 嘘って言った!」
「不安なんだ」
二十歳になるまで神様が護ってくれるって、前にカナは俺にそう言った。身を護る為の嘘だったけど。恐らく二十歳になったら行方を眩ませるって意味だったんだと思う。日本じゃ未成年の家出は警察が動くから。
カナの指に自分の指を絡ませて、両手をシーツに張り付ける。腰を進めながら、じっくりと顔を見る。
「可愛い」
「っ、」
後悔しかない。
この可愛い顔をゴミ箱に入れたこともあった。
全裸で土下座させたこともあった。
なんでお前はあの時の異世界人じゃないんだと。そうでなくとも、好きになってくれなくとも、友達になるくらい、たまに話すくらい、それが無理でもせめて……嫌わないでいて欲しかったのに、最初から嫌われていると勘違いして、その苛立ちから「やれ」の一言でカナを苦しませてきた。何をするか指示はしていなくとも、周りを従わせた俺が全てやったことだ。
「……またなんか考えてる」
「…………」
「罪悪感って性欲に勝るんだね」
「……のわりに全然萎えないんだけど」
「っ、ひゃ!」
奥を突くと咄嗟にカナが腰を引いた。その際にゴムがずれた。一度抜いてゴムを元の位置に戻して顔を上げると、足を大きく開いたまま、その両足の間に恥じらうカナの顔があって痛いくらいに勃ってきた。
「あー……カナの裸見た奴全員殺してえ」
「耐えなさいよ。これも贖罪よ」
「……うん」
「……早くっ」
「うん」
空が白んできて、ベットから遮蔽物のない窓の外の景色を眺めていたカナがぽつりと口を開いた。
「そういや由乃さんて針山さんだけど、なんでロシア人のお父さんは稀屋さんなの? お父さんもハーフなの?」
「国によって名前使い分けてるから。日本だと姓が稀屋なだけ」
「へぇ。じゃあ私がまた名前変えたいって言ったら、協力してくれるかな?」
「なんだ、旅立つ準備か? 俺を殺してからにしろよ」
「? ううん。結婚とかしたらの話」
「!」
誰と結婚するつもりだよ? なんて聞けない。その資格もない。
カナはまた窓の外の景色に目を向けた。
最近は窓から出掛けないけど、本当は飛び立ってしまいたいと思っているのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
カナの誕生日から一ヶ月後。
俺の誕生日がきた。
珍しく外食したいと言ってきたので個室の店で食事した。カナはコース料理の序盤に出てきた土瓶蒸しが気に入ったようで、途中からコースは止めて土瓶蒸しだけを三回おかわりしていた。
「滅茶苦茶美味しい。この世の中にこんな美味しいものがあったなんて」
そう言って食べてる姿も滅茶苦茶可愛い。
今日のカナは気合いの入ったドレスみたいなワンピースを着ている。大学で作って一度提出したやつだそうだ。こんな和食の店じゃなく、たまにカナがネットで見てるパンケーキの店にでも連れていくんだった。でもそういった店は個室がなく、つい融通がきく馴染みの店にした。
店主がカナを外国人と勘違いして締めに洋風の巻き寿司を作って持ってきた。英語で具材の説明まではじめて、カナはそれを聞きながらニヤニヤと緑茶を飲んでいた。
その後。
帰宅するとフロントの専任スタッフがカナに荷物が届いていると言ってきた。中身の記載が無い段ボールがふたつ。送り主を聞くと母さん。
そういやカナにアンティークのレースを送ったと言っていた。
「部屋までお運び致しますが」
「ん……」
そこでカナを見ると入り口の自動ドアに映る自分の姿を見てひらひらとスカートの裾を揺らしていた。滅茶苦茶可愛い。もうあまり人に見せたくない。
「いや、いい。俺が持ってく」
「はい」
専任スタッフが背後の棚から荷物を持って寄越す。受け取ってカナを見ると直立して唖然としていた。
「カナ、……?」
その視線の先を辿ると自動ドア……の向こうから下半身を露出して硝子にナニを押し付ける男がいた。
「きゃあああっっ!」
「うわわっ」
ちょうど通り掛かった通行人の男女──恐らくここに住んでる夫婦──が露出男の背後から悲鳴を上げると、スタッフも気付いて慌て出した。
「チッ。カナ!」
荷物を放り投げてカナの腕を引く。そしてエレベーターに向かって歩き出す。
「いくぞ」
「うん」
「申し訳ありません! 二度とこのようなことがないように致しますので!」
「うるせえ。どけ!」
エレベーターに乗ってカナの両肩に手を置く。
こんな可愛い格好してっからあんなのに目をつけられるんだ。
「大丈夫か?」
「ぷぷ…………ねぇ、」
カナが俺の首に腕をまわして顔を近付けてきた。息が吹きかかるほど近い。腰が引ける。一ヶ月前、初めてカナに触れてから、……二度目はまだない。
「さっきのなんか言ってたよ。ハロー、ハローってこっち向かせてきてさあ、その次点で吹き出しそうだったんだけど追撃で「僕のは君の母国の男性のより大きいですか?」みたいなこと英語で聞いてきた。もう笑ったら負けだと思って……ぷぷ」
「…………あとでカメラ確認しとく。もう二度と遭遇することはないから」
カナがぴったりと身体を密着させてきた。反射的に腰に手をまわすと耳元で囁いてきた。
「でもレイ君のよりちっちゃかったね。短小、って英語でなんて言うんだろ?」
もう駄目だった。
普段は「ねえ」か「あんた」なのに、一ヶ月前、ベットの中で終わるまでずっとその呼び方をしてきたカナの声に、久々に聞いたその呼び方に理性がぶっ飛んだ。
カナの後頭部に手をまわして唇を塞いだ。カナが角度を変えて舌をいれてきた。思わず腰を擦りつける。監視カメラが見てるが知るか。覆い被さってカナを隠す。今はフロントの奴等もそれどころじゃねえだろ。
「ンっ、ん、ンっ、んんっ」
コアラみたいに俺にしがみついたカナを抱き上げたまま急いでエレベーターを出て部屋に入った。靴を脱ぎ散らかしながら唇を重ねたまま玄関で押し倒した。
「ンっ、……やー! 皺になる! これ苦労したんだからっ」
「わかった」
縦に三列の小さなボタンが何十個もあるワンピースだった。飾りじゃない。途方に暮れそうな胸元のボタンをひとつずつ外しているとカナが甘えるように頬にすり寄ってきた。
「破らないでね」
「……ああ」
啄むように何度も頬に唇が触れて、その度にぎりぎりと奥歯を噛み締めた。また押し倒したら今度こそ抑えがきかない。なのに足で刺激してきて、ボタンを外す手がまた止まる。カナを見ると、誘っているというより、妨害を楽しんでいるような笑顔だった。
「……もう殺せ」
カナが耐えきれないといった様子で歯を見せて弾けるように笑った。もう死んでもいい。カナに殺されて、ずっとカナの収納の中に居たい。
「背中にファスナーあるよ?」
「っ、」
その言葉にカナを引き寄せて背中を探る。あった。カナを抱き締めながらファスナーをおろして、ワンピースをずらした。続いて見えた重装備のような固い下着に今度は前にファスナーがあるのかと確認しようとすると「ないよ」と囁かれ、耳をはむっと噛まれた。
「……っ、これ。どうやって……」
「靴紐と同じ」
ならこんなに編み込まれた紐は一本で繋がってんのか? 確かに作るのに苦労しそうだ。そう思ったら既製品を示すタグが見えて紐をぶち破ってた。
「あーっ、破った!」
「買う。買うから」
「うぇーん」
「ごめん。ごめんなぁ」
謝りながらも中途半端な下着姿になったカナを抱き上げて廊下のドア、その先にあるソファーで理性が崩れ落ちた。
下着を剥ぎ取って現れたカナの胸に顔を埋めた。一ヶ月振りのカナの匂いと体温と柔らかさにむしゃぶりつくように手と舌を這わせた。舌で転がすと口内で徐々に尖ってくるその感触にたまらずその突起を甘噛みした。びくりとカナの腰が浮き上がって、俺の中心が刺激される。
背中に腕をまわして密着すると、カナの背筋が反り返って、白い喉元が見えた。目を潤ませたカナが顔を上げる。そして視線を反らした。掻き抱くように俺の頭を掴んで、胸を押し付けてくる。
「……好きだ。好きだ。好きだ好きだ好きだ! もう死んでもいい!」
「……一人にしないで」
「しない!」
抱き締めて両足を割り、身体を密着させながら唇を重ねた。舌を絡ませ、たまに漏れる吐息も吸い込んで、太腿に手を這わす。冷たい太腿だった。あたためるように撫でまわし、下着の中に手を入れて尻を揉みながら自身を押し付けた。
徐々にカナの白い肌が赤く染まってきて、カナの首に片腕をまわして胸を揉みながらもう片方の突起を口に含んだ。空いてる方の手を下腹部におろしていく。下着の中に手を入れ、柔らかい茂みを撫でるとカナが首を振って身を捻った。
「やあッ! まだ触らないで!」
「…………」
その言葉にさ迷った手を一度下着から抜いて、下着の上から撫でた。
「……ぅ……ぅう……う、あ」
濡れた下着はカナの形にそってぴったりと張り付いていた。そこに手を重ねる。動かさない。ここに俺の掌の熱が伝わって体温が溶け合うまで。
「……ん」
しばらくするとカナが足を閉じて太腿で手を挟んできた。下着の隙間から中指を入れる。熱い。蕩けた箇所に指を這わすと、太腿を擦り寄せて、徐々にカナが息を荒げていく。
滴る蜜を指で掬い上げては、固くなった突起に塗り込んでいく。
「……ん、あっ」
カナが肩の力を抜いた。それを首にまわした片腕で感じ取って、何度も唇を重ねた。中指に当たる突起をぐりぐりと上下に押すと、カナは爪先までピンと足をはらせて、顔を隠すようにすり寄ってきた。
「ンっ、ンっ、……ッ!」
カナが腕の中で小さく震えた。
ぎゅっと閉じていた目は眠そうに瞬きを繰り返して、半開きの口から「……すき」と漏らした。多幸感に胸が押し潰されそうになる。
ゆっくりと中に指を挿れた。
「ふぁっ……!」
親指で突起を弄ると、中指が食い千切られそうなほど締めてくる。
「やめっ……それ、やめっ……!」
「もう馴染んだ。カナの方が熱い」
前回、第一関節まで指を進めた、そのすぐ下にカナの性感帯があるのを知った。そこから粘ついた液が出てくることも。
さっきより固くなった突起を親指で擦り、中指を出し入れする。入り口の締まりがまた増した。
「やあッ! もう、いれ、……」
「まだ」
「いいってばああ……ふあっっ……!」
カナが涙を流しながら首を振る。それでも指の動きは止めずに、胸の突起を舌で転がした。
「やっ、……ん……」
入り口が解れ、中が吸い付くようにうねる。どんどん指が飲み込まれていく。奥に辿り着いて、指先に突起物が当たる。そこを優しく撫でた。
一瞬カナが息を詰まらせて、ぐいっと顔を掴んできた。真っ赤な顔と涙で濡れた頬。眉間に皺を寄せて目で訴えてくる。でもまだだ。前回は三時間ほど慣らした。でも痛がってた。
「……っ……も、いい、からぁ……いれてぇ」
「……ああ」
体を起こしてカナの膝裏を持ち上げた。下着をずらして取り除いていく。両手でカナの太腿を掴んで糸をひくほど濡れたそこに顔を埋めた。
「……ッ! それ、やだ、やだって言ったのに……!」
「前はな……いまは、言ってな、い」
舐めながら喋る。
嫌なら蹴り飛ばせばいい。カナに髪をぐいぐい引っ張られてももう止まれそうにない。
「あ、あっ……だめぇ……舌、熱い……」
「……カナの方が熱い……」
顔ごと太腿に挟まれたまま、舌を動かした。歯を立てないよう吸い付いて突起を舐めあげると、挟む太腿の力が増した。
「あ、ンっ……あ、イっ……けなっ……足、閉じ……」
「……まだ、もうちょっ、と」
前回は殆ど足を閉じたまま慣らした。その方が達しやすいと解ったから。でも足を開かせて挿入すると、痛みが薄れた後も気持ちいいかよく解らないと言っていた。
舌を尖らせて中に入れた。
解れた入り口は柔らかく、蜜があふれていた。それを掻き出すように舌を動かせば、髪を引っ張るカナの手の動きが止まった。
太腿を掴んでいた手を胸に移動させた。カナがびくっと腰を跳ね上がらせたが、抵抗はしてこない。柔らかい胸に指を滑らせ、その中心を刺激する。中に挿し込んだ舌も前後させた。
「……っ、レイ、君」
「っ」
その声にベルトを緩めた。
幾分か解放されたが窮屈なのは変わらない。
舌を出し入れしながらまた胸を弄る。鼻で吐息を漏らしていたカナが俺の手に手を重ねて、ゆっくりと足を開きだした。
「あ、っ…………へん」
右手を離して中に指を入れた。茂みを掻き分けて突起を口に含む。また太腿で顔を挟んできたので左手で足を開かせた。
「ッ! あ、あし……開いてると、へん! 変になるってばあ!」
こっちはもうとっくにおかしくなってる。俺の下着はまだ出してないのに既に汚れてるし。
突起を吸い上げて指の動きを速めた。カナが「ばか!」「きらい!」と叫びながら腰を左右に振った。逃げられないようきつく吸い上げて指を二本に増やすとカナが腰を突き上げた。
「アッ、あっ、ンっ──レイ君!」
小刻みに痙攣するカナにしつこく舌を這わすと今度は背筋が大きく跳び跳ねた。そこでぐったりと身を沈めた。
「……ベットいくか?」
しばらくして呼吸が落ち着いたカナの顔を覗きこむと手と足でしがみついてきた。そのまま持ち上げるとカナは俺の肩に顎を乗せて大きく息を吸い込んだ。
「いい匂い……」
「っ」
ゴムは寝室にある。
足早に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
寝室に入ってベットにおろされた。
稀屋が前髪をくしゃくしゃしながらシャツのボタンを外していく。あ、最後の方はぶちって取った。
シャツが投げ捨てられ、細身の筋肉質な身体が現れた。稀屋は肩と胸元だけいやに筋肉がついているので、いつもワンサイズ大きめのシャツを着ている。それを拾って羽織ると稀屋がキョトンとした。
「寒いか? なら暖房、」
「彼シャツ。似合う?」
一ヶ月前もこれをした。
ケーキを買って戻ってくる稀屋を待ち構えて。その時は自分のシャツだったけど、下は何も身に付けていなかった。帰宅した稀屋は「風邪ひくだろ。風呂上がりか?」と目を反らしたので「寒いからあっためて」と言ったら夕方から明け方まで拘束された。
今回は稀屋から返答は無く、ゴムをつけ終えると覆い被さるように襲われた。
いきなり挿入されて、一瞬頭が真っ白になって、目の前を火花が弾けた。肌が栗立って全身ゾクゾクする。思わず息が詰まる。信じられないほど気持ちいい。溢れ出した涙が止まらない。
ずるずると引き抜かれて、その刺激に腰が跳ね上がる。次の瞬間には突き上げられて、敏感な入り口に一番太いものがあたる。先端を最奥に押し付けられて、お腹が疼いて、思わず締め付けると奥で掻き混ぜるように腰を動かしてきた。中でどんどん大きくなっていく。
「ああっ……おく、……めっ!」
「カナ……出していいか?」
稀屋が呻いてぐりぐりと首筋に頭を擦りつけてきた。ちょっと髪が擽ったい。そして可愛いと思ってしまった。冗談で「一回じゃやだ」と囁くと両膝裏を抱えられて前も後ろも丸見えな体勢にされた。
前言撤回。
非難の声を上げる隙もなく上から振り落とすように挿れてきた。
「ン、あああっ!」
「今のは明らかに誘ってた」
「んっ! ふっ!」
ギラギラとした眼で見下ろされながら、さっきの、足を開かされたままイった感覚がまだ体に残っていて、更に大きな波に埋もれそうになった。
「あ、あっ、なか、挿ったまま、イっちゃ……」
「…………」
そう声を漏らすと更に加速して腰をおとしてきた。後ろはベットで、どこにも逃げる場所がなく、耳にはずぼずぼと響く自分の水音と、稀屋のギラついた眼に挟まれて呆気なく果てた。
その数秒後、肩で息をしながら稀屋が自身を引き抜いた。眉間に皺を寄せて後始末を済ませたあと、またゴムをつけて覆い被さってきた。
「けだもの!」
「……お願い」
「……」
今にも死にそうな顔で懇願されてこくりと頷く。でもゆっくりがいいとお願いすると挿入はせずに擦り付けてきた。
私の両膝をくっつけて、太腿で自身を挟むようにして腰を前後させてくる。じっと凝視しながら膝小僧を舐めまわされ、その擽ったさと見られている恥ずかしさにとろりと熱いものが垂れてくる。
「そんなこと、どこで覚えたのよ」
「? 中一の時。妄想してたら」
「誰と」
「誰? カナで抜いてた時。入学の時、転んで膝から血が出てた。その日にはカナの膝を舐めて抜いてた」
「けだもの!」
「ああ」
そういや異世界転移して帰宅した後、クラスの奴等と私をレイプ撮影する計画を漏らしていたな。その事について問うと稀屋から荒唐無稽な説明が返ってきた。
「カナの媚体が見たかった。でも俺が一番嫌われてるから、一番嫌いな奴にされるよりまだ他の奴のがいいかと思って」
「なにそれ! なら今はどうなのよ? 嫌いだって言ったら、他の奴等にさせ──ッ!」
前言撤回、は出来なかった。
その前に挿入され、さらに水音を立てるそこに気をよくした稀屋がまた膝裏を持ち上げてきた。
「繋がってるのがよく見える」
「やあッ!」
「他の奴にさせるくらいなら……このままずっと挿れて、死ぬまでこうしとく。嫌なら俺を殺してから抜いてくれ」
「ばっかじゃないの!」
「なあ、頼むから」
「お断りよ!」
ご飯どうすんのよ。
お風呂は? 排泄は?
私を養う為にさっさと抜いて仕事に行け!
そこまで言って稀屋のが急激に大きくなった。
「なんでよー! どこにっ、いつ、」
「カナを養う為に……」
「そこ!?」
「ああ。カナを養う為に仕事に行くから、家で待っていてくれるか?」
「…………」
そんな情けない顔して言う台詞じゃない。
というか、元が良すぎたせいか、左目が潰れていてなお、顔がいい。並んで歩くのが億劫になるくらい。化粧だって頑張ってるけど、私の顔は人工外国人だ。稀屋はサングラスをかけていても、遠目から見てもまんま外国人。もう体のつくりから違う。中を開けてみればでかさもあった。
「あー、もう……むかつく」
「ごめん。ごめんなぁ」
「こんな奴──」
──好きになるなんて。その言葉はピンポーンに空振りした。
「あ"?」
稀屋が背後に顔を背けてドスの効いた声色を出した。
音がいつもと違う。玄関の呼び鈴を直で押した時に鳴る直鈴だ。そして直鈴を鳴らせるのは数が知れてる。
「……親父か? いやまさかな」
「出ないと」
「無理」
稀屋が首に舌を這わせてきた。予想外に熱い舌に濡れたそこがぴくっと反応すると、腰を進めて首を舐めわしてきた。
「ンっ、んんっ」
「好きだ。愛してる」
ゆるゆると前後されて、稀屋の汗ばんだ肌が胸の突起を刺激する。気が遠くなるほどの気持ちよさに目を閉じて口を開けると唇を舐められ、口内に舌が入ってきた。
抱き付いて腰に両足を絡めた。
重ねた素肌から体温が溶け合っていく。
もうだめ。また朝まで離れられなくなってしまう。
「カナ。愛してる」
「あ、っ…………わた」
そこで再び呼び鈴と、続けてノック音。
「…………」
「…………」
なんか居心地が悪い。
玄関のすぐ外だし。
稀屋もそう感じたようで、前髪をくしゃくしゃしながら呻いていた。
「由乃さんかも?」
「それはない。フロント通して、それから一服してから上がってくるから」
「なら残るは……?」
本当にお父さんだったりして。
白眼を剥きそうな顔でベットから離れた稀屋は寝室を出て、声が直接聞こえる玄関の外と繋がってる通信機、そのボタンを押したのが音で解った。
『───、────、申し訳ありませんでした!』
直鈴を鳴らしたのはフロントの専任スタッフだった。さっきのは酔っぱらいだっただの、荷物をお持ちしましただの、しどろもどろに謝っている。その声に被せて稀屋が「うるせえ! そこに置いとけ!」と叫んでまた髪を掻きむしる音がする。
戻ってくる足音が聞こえてきた。
枕に顔を埋める。
また覆い被さってきたら……私も愛してる、そう伝えてやろう。
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