斜陽街

日生ななめ

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三章 パンスペルミアの担い手

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「今から潜る地下収容室ってどんな所なの?」「……ん?」
足早にたどり着いたロッカールームにて、練習着としていたジャージを脱ぎながら、鰰は背後で戦闘服を装着する要に問いを投げる。
「ああ、『白い箱クローズガーデン』ね」要も生地の緩くなったパーカーをロッカーの中に押込み、硬くざらざらとした材質のシャツを引っ張り出す。袖を通しながら要は振り向くことも無く会話を続けた「結構広いけど隠れるところも少ないし密閉空間だから、脱走した異能者相手には戦いやすいと思うよ。まあそれも『プルーシア』の動向次第で変わって来るんだろうけど……」
「おいまて待て、『白い箱クローズガーデン』だぁ……?」聞きなれない単語に鰰は眉をひそめる。数日前から持ち込んで、ロッカーの中にほったらかしだったウエストバックを、ベルト代わりに腰に巻きつけながら、馬鹿にするような声を漏らす。
「異能者を詰め込むだけの地下室にまで専門用語付きかよ。随分洒落てんな」鼻で笑うようにため息を漏らす。
「それ正式名称じゃなくてで付けたあだ名だよ」
 ロッカー内の棚から、何本かに分割された警棒を取り出し、慣れた手つきで一本に連結させながら要は呟く。
 アキちゃんとかは知らないだろうから、あんまり言わない方がいいよ。とも続けた。吐き出された言葉に、僅かな怒りと悲哀が覗いた事に、鰰は気が付かなかった
「部外者が思ってるほど箱も悪くないよ。ちゃんと頼めばすればゲーム機とか文庫本くらいは届けてくれるし、ご飯もそれなりに美味しい。窮屈でひどく退屈な事以外は融通も効く」防刃繊維で編まれたシャツのボタンを閉じながら、要はどこかぶっきらぼうに、言い訳をするように、早口でしゃべり続ける。
「だから、彼らを憐れむのはやめなさい」

 ロッカーの中に下げられていたコートを引きずり出し、胴体の前からマントを翻らせるようにして背中に掛ける。
 コートの中敷きに用いられた軽く硬い装甲板がぎりぎり、がらがらと派手な音を立てる。鰰の耳には巨大な怪物が獲物を前に歯ぎしりをするようにも、小さく非力な虫が虚勢を張って威嚇をするようにも聞えた。
 つるぎを構えた女神のシンボル。異能研究課のサインを背負った要が、背中越しに顔を向ける。
「……この一大事に、隊服準備できなくてごめんね」「あ? ああ、別にいいよ。気にしてない」長丈の服あんまり好みじゃないし、重そうだし。
 甲冑のような要のコートを尻目に、斎藤も同じ服を着るのかと、鰰は上階に向かった先輩に思いを馳せる。


 ホールには既に、遥と茜が手持ち無沙汰な様子で待っていた。
 ひきしまった両腕をさらけ出したタンクトップに深緑色のカーゴパンツ、義手も暗い灰色の、角ばったパーツを組み合わせて構成された、無骨な仕様の物に交換されていた。
「斎藤君は?」「もらってる」僧侶が錫杖を鳴らしながら修行を行うかのように、要は六尺棒でタイルを軽く叩きながら茜の前に躍り出る。コートがかもし出すゆるりとしたシルエットも相まって、厳かで神聖な、不思議な雰囲気を醸し出していた。
「あとこれ。技術班が『役立つだろう』ってさ」傍らに置いていたアタッシュケースを持ち上げ、要の胴体に押し付ける。
「何? 新しい警棒?」「これ以上棒増やしてどうする気よ」受け取ったケースを叩きつけるように床に置き、握り手に足をかけて、蹴り上げるように乱暴に箱を開封する。
「丁寧に開けなさい! タイル割れる! 箱壊れる!」
「この開け方で壊したこと無いから大丈夫……おお!」茜の注意も聞き流し、要は箱の中身に目を輝かせる。しゃがみ込んで柔らかなスポンジで固定されていた物品を、丁寧に取り外す。
「見てみて皆! カッコよくない!?」取り出した物を大事そうに担ぎ上げ、自慢するように見せびらかす。

「……斧にしか見えねぇが」「斧だって説明されたからね」
 正円を四つに分割したような、幅広の推状の板に短い棒を取り付けた、そのものずばり斧としか例えようの無い物品が、掲げた要の掌に握られている。
 片手で扱うにはやや大きすぎるサイズの、原始的な凶器の刃には、樹脂のような光沢を放つ、角の削られた緑色のカバーが取り付けられ、露になっていれば鈍く輝くであろう鋭い刀身を、照明の反射と共に覆い隠していた。
「これでドアとか割って入れって言うんでしょ!? アメリカのお巡りさんみたいにさ!」クリスマスを迎えた子供のように、目を輝かせ、息を躍らせて要ははしゃぐ。
「アメリカンポリスそんな事するかな……?」後ろで腕を組みながらやり取りを眺めていた遥が、至極真っ当な疑問を漏らす。
「斧でドア割るのはシャイニングとか……強盗とか、悪役的な奴らじゃね?」手首の回転に合わせて斧を振り回し始めた要に慄き、半歩後ろに後ずさりながら鰰も突っ込む。
「というかあなた、武器凶器貰ってホントに嬉しい訳?」
「だって、僕の為にあつらえてくれたんでしょ!? それなら何貰ったって嬉しいじゃんかよ!」

「いい奴……」「何でこいつ人研財団で人狩りやってんの?」嘆くように呟かれた二人の問いに、茜が答えを返す。
「いやいや、逆、逆。異能研究課が要を捕らえてるんじゃなくて、元々この研究室自体……」

「あ、待ってこれもしかして……」茜の声は要の驚愕の声に遮られる。僅かに目を細め、口から細い息を吐く茜の表情は、どこか安堵しているようにも見えた。「どうした?」
 斧に夢中で放り投げられていた棒を、アタッシュケースをそうして開いたようにつま先で踏みつけ、蹴り上げて手元に持ってくる。
 ぱん、と掌を打つ子気味のいい音と共に手に収まった六尺棒を、器用に片手で回転させ、最初と同じ様に、地面に垂直に伸ばすように立てる。
「やっぱり……!」指の操作で先端(グリップエンド)先端グリップエンドを兼ねる刺突用のパーツが床に落ち、細く段落ちになった連結部が露わになる。瞬間、左手に備わっていた斧の握り手を、接続部に被せるように押し込む。
 かきん。と小気味いい音を鳴らし、斧と棒の連結が完了した。幅広で鈍重な様相だった大斧は、長柄と組み合わさり、相応しいバランスの戦斧戦斧ハルバードへと姿を変えた。
「おお、それならかっこいいじゃん」茜が微笑みを漏らす。

「……ふん!」頭上で手をそろえて横なぎに、掲げるように持ち替えて体の横で車輪のように、何度も構えを、姿勢を変えて舞を踊るように戦斧を振り回す。ぶおん、ぶおんと空を切る低い音が響き渡った。
「怖っ!」「振るなバカ! 危ないだろうが!」薙ぐように回される刃から、遥と鰰がステップを踏むようにして避ける。
「……うんっ、重さも、バランスもいい感じ!」グリップエンドで大きくぐるりと体の周りを回転させた後、勢いそのままに斧を肩に担ぎ上げる。

「……うわ、三國無双でも始める気ですか」背後からかけられた聞きなれた声に、要が振り向く。装甲服に着替えた斎藤が、ホールから伸びる通路の曲がり角から顔を覗かせているところだった。
「あ、斎藤君の制服もカッコいいな」
 外套に装甲とアタッチメントを取り付け、防御力と拡張性を重視した仕様の要の装備と違い、斎藤が纏った物はかなりシンプルな形状をしていた。
 要と同じ防刃繊維のシャツと、動きやすく伸縮性に富んだ生地のレギンスを基本とし、その上から重ね着とするように、膝上までを覆い、継ぎ接ぎ状の装甲が取り付けられたハーフパンツを履いている。
 上は腰まで伸びた外套の代わりに、格闘技の激しい動きを阻害しないよう、胸元を覆うように丈を切り詰め、しかし装甲は腕をぐるりと覆うように、肩の上面や胸などの急所を覆い隠すように、丁寧に複雑に配置されたジャケットを装備していた。
「ええ、上から階段で来ましたが、これは軽い」左手の拳と右の平手を胴体の前に構え、膝の動きで体を上下に揺らす。
 腰を回すように素早く体を捻り、ジャブの要領で何度か拳を突き出す。
「思っていた以上に動きやすいし、装甲の位置も考えられてる」
 腕を丸め、胸元に拳を添え、足を大股に開き腰を落とす。
 ジャケットの装甲は、関節の稼働や格闘技の特殊な体捌きの邪魔にならないよう、要の物以上に細かく、複数の材質をもって構成されていた。摩擦音の少ない素材も用いられているのか、装甲が擦れる音も少なかった。
「……悪くない、気に入りましたよ」
 構えを解き、いつになくにこやかに、静かに、満足げに。斎藤はどこか嗜虐的な笑みを浮かべる。

「さて、それじゃあ」要が発した声は重く真剣な空気を纏っていた。陽気な雰囲気に包まれていたホールが一気に張り詰める。辛く、苦しく、面白くもない仕事が始まる。無言でそう告げているようにも感じ取れた。
「要さん、新しい得物で大丈夫ですか?」「斎藤君こそ、せっかくの一張羅、汚さないようにね」斧を担いだまま、肩をぐるぐると回しながら、要と斎藤が目線を交わす。
「君らも行けるかい?」「準備は大丈夫だよな?」二人がするりと後ろを向いて、要と斎藤がそれぞれ鰰と遥に目を向ける。
「応ッ!」二人の返事は綺麗に重なった。鋭く細く光る瞳が、二人の背中越しに前を向いていた。
 担いだ斧を胴体の前に構え、軽く屈んで要は扉の開いたままのエレベータを臨む。「行くよ」
 四人が足並みを揃え、ゆっくりと入口へと進む。
「行ってらっしゃい! 全員、帰って来いよ!」茜がサムズアップで実働部隊の行進を見送る。窮屈な昇降機に全員が詰め込まれるのとほとんど同時に、静かに滑らかに、ドアが閉じられた。
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