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俺はヒーローになりたかった[大人組過去編]
「お兄さん」side智也
しおりを挟む薄暗い部屋の中、月だけが彼を見ていた。
(月だけが?本当に?)
熱が、体を覆って、脳が彼に告げる。
”コレ、は愛されている証拠だ”
薄暗い部屋の中、その部屋を照らすのは確かに月だけだった。けれど、彼を見ていたのは、月だけではない。
(どうして、心が泣いてるんだろう?)
回らない頭で、ふらふらと考える。けれど、その思考も下からの刺激で途絶えた。
(あぁ、僕は愛されている。)
理由もわからない涙が、彼の頬を伝った。
日常は、いくら崩れてもその平和を保とうとする。
お兄さんとの出会いから数日経った日だった。いつもみたいに、家を出て、公園でご飯を食べる。しかし、ふと、もう、学校に早く行ってもいいのだと思い出した。
(どうせ、テンテンはいない......。もし、いたって、僕のことなんて、どうせ、もう、気にも留めないんだろう。)
自分の中の何かにひびが入って、すべてがどうでもよくなりそうだった。けれど、どうしても、思い出してしまう。
僕はいらない、すべてが僕のせいだと否定され、どうでもいいと思わされた、そんな日に、ありがとうと言ってくれた僕の大切な人。僕がいて幸せだと言ってくれた人。きっと、君は、まだ、僕を心配して、僕のために怒ってくれる。優しさをくれる。
(それを、利用すればいいんじゃないのか?)
そんな悪魔の囁きにさえ、僕は頷けない。こんな思いをしてまで、君が傷付く可能性に進みたくないんだ。
ご飯を食べ終わって、学校に行く。ぼんやり考えながら歩いていたせいか、いつもよりだいぶ早く学校についてしまった。
(ま、もしテンテンに会っても、そういう気分だってことにしよう。一日くらいなら、なんとかなるでしょ。)
けれど、日常は、自分以外の世界でも、新しく構築されているものなんだ。
廊下を歩くが、人の気配がほとんどなく、まだ生徒がいないことが分かった。しかし、自分の教室に近づくと、教室の中から声が聞こえた。人がいないからか、それとも、自身の耳が声に敏感になっているっからか、かすかな声だったが太狼の声と木嶋 龍だとわかった。
「あー!もうっ!太狼、お前なんで伊藤みたいな奴と友達やってるんだ?」
急に、木嶋流が耐えきれなくなったように声をあげた。
「なんでって、あいつは良い奴だよ。疑問に思う点がわからない。」
「良い奴なの?」
「あぁ。それに、あいつの隣は安心するんだ。」
心臓が跳ねて、笑みが溢れた。まだ、自分はテンテンにとってまだ、隣にいていい存在なんだと思えた。
「なにそれ、妬けるんだけど。僕の隣は安心できないの?」
嫌な予感がした。
「あーもう、拗ねるなよ。」
呆れたような、それでいて、愛しいものに話すような優しく、少し照れたような声だった。
「お前が1番だよ。龍。」
僕は無意識に、涙を流していて、足が勝手に教室から離れていた。
(あー、だめだ。僕は、だめだ。)
「それは、嫉妬って気持ちかもしれないね。」
カフェの中、目の前にはこの間のお兄さんがいる。あれからなんとか、気持ちを保って授業にだけ出て、すぐにお兄さんに連絡をした。お兄さんは、二つ返事で僕をカフェへと誘ってくれた。
僕が今日のことを話すと、お兄さんは話してくれた。
「”自分以外の人の隣で、自分を必要とせず笑っている。自分じゃ無い人に向けての好意を感じた。”それが君にとって、とても感情を動かされることだった。って、ことだよね。」
お兄さんの言葉に頷いて、考える。
(僕は、嫉妬していたんだ……そっか……。)
テンテンの隣に木嶋龍がいる。テンテンは、僕にはくれない甘い声で、木嶋龍に囁く。自分じゃ無い、その人に「好きだ」と。
「君は、その人が本当に好きなんだね。この前も、”その人がいたから、生きられた”みたいな事を言っていたし。」
お兄さんは、僕の目を真っ直ぐと何かを覗くように見た。
「……もし、その人が、君に手を伸ばさなくなったら……その人の選択肢から君が消えたら、その時、君は、どうなるんだろうね。」
突然、淡々と、それでいて興味深い事を話すような楽しそうな声を含みながら、お兄さんは言った。
(テンテンから、僕が……消える?)
「なるほど、興味深いね。」
お兄さんはそう言って、僕の顔を見た。
「その人の世界から自分が消えるって、想像したのかな?もしそうなら、それだけでこんなにも自然に涙が流せるなんて…」
そう言われて、涙がポロポロと流れていることに気がついた。それと同時に、テンテンの存在が自分の支えになっていたことに気付かされた。
「もう少し、聞いてもいいかな。」
明らかにこの間とは違って、僕の話を研究の材料のように聞くお兄さんに違和感を感じた。けれど、その違和感すらどうでもなるくらいに、僕の心は削られていた。誰でもいいから、縋りたかった。
聞かれたことは、テンテンのことや僕との関係、木嶋龍についてだった。特に、テンテンの性格に関する事を聞かれた。
「君の苦しさをどうにかするためには、様々な選択肢がありそうだね。」
それからお兄さんは、とりあえずと言って3つの選択肢を僕に提示した。
まず、このままテンテンを諦めて、他の人を探す……つまり、テンテンを忘れるということ。
次に、テンテンの優しさに漬け込んで自分から興味を離さないようにすること。
最後に、何もしないでこのままでいること。
「でも、君は何もしないまま、苦しいままでいそうだから……えーと、心配しちゃいそうだな。」
お兄さんは、この間みたいに慈しむように僕を見た。
「僕は……幸せを、奪いたく無い…。」
もう、“お前がいなければ”なんて言葉を聞きたくなかった。だからこそ、何もできない。
「そっか……でも、君は…愛してくれる人が、必要なんじゃないかのかな。」
そう言って、お兄さんは僕の方に手を伸ばした。
頬にお兄さんの手が触れる。優しく頬を撫で、そっと離れた。
不思議と、自分の中に嫌悪感はなく、お兄さんの行動が自然に受け入れられた。それをお兄さんも感じ取ったのか、にっこり笑った。
「僕が、その人の代わりに君を愛す、なんて、どうかな?」
急な言葉に頭が追いつかず、お兄さんを見る。
「あ、今すぐに答えて欲しいわけじゃなくてね、ゆっくり考えていいから。ま、とりあえず、今日は帰ろうか。」
そう言って、お兄さんは僕を促しながら店の外へ向かった。頭の整理ができないままいると、お兄さんの手がまた、頬に触れた。
「嫌なら、避けてね。」
そう言われて、気がつくと、唇に何かが触れ、ハムっと下唇を食べられた。
(キス…されてるのか?)
唇が離れ、お兄さんを見ると優しく微笑んで、僕の頭を撫でた。
「じゃ、返事待ってるね」
混乱したままの僕に、そう言って、お兄さんは背を向けた。
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