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序章 旅立ち
第二話 夢見る青年
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「ジャンー! ご飯よー! 起きてらっしゃーい!」
「もう起きてるよー! すぐ行くー!」
ここは世界のはずれの島、イール島。その本拠地イール城の隣に位置する港町ペーシュの、とある家庭。町で評判の美男美女夫婦であるジェラールとマリア、そしてその一人息子で、両親と比べていささか間の抜けたところのある青年ジャンは、ごく普通の平穏な暮らしを送っていた。
「ほら、ジャン、ちゃんと髪を整えて。だらしがないわよ」
マリアは食堂に来たジャンの髪を手ぐしで整えた。
「いいよー、食べ終わってから直すから」
「もう、そんなこと言ってないでしっかりなさい。あなたもう十八なんだから」
「へーい」
ジャンは眠気眼のまま席に着いた。
「おう、ジャン。おはよう」
「んー、おはよ」
先に席について待っていたジェラールと挨拶を交わすと、ジャンはすぐに朝食に手を付けようとした。
「だめよ、ジャン。食べる前にちゃんといただきますしなさい」
マリアはそう言ってジャンをたしなめながら席に着いた。
「へーい」
ジャンがフォークを置くと、様子を見計らっていたジェラールがその場を仕切った。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
「「いただきます」」
いつもの段取りを済ませ、三人は朝食を食べ始めた。
しばらくして、ジャンは十代後半の少年がよく口にする夢見がちな願望を語りだした。
「あーあ、俺はこのまま魚の水揚げだけして一生を終えるのかー。外の世界でもっと活躍したいのになー」
このようなことを言うのはその日が初めてではない。彼はことあるごとに島を出たいとせがんできた。しかしマリアもそうやすやすと彼の希望に応えはしない。彼女は耳にタコができるほど言って聞かせたお説教をはじめた。
「またそんなこと言って、父さんを困らせるんじゃないの。いい、ジャン、あなたは父さんのあとを継いで漁師になるのよ。みんなそうやって、生きていくために日々コツコツ働らいて生計を立てているんだから。それにうちが漁師をやめたらみんなが食べるお魚が減ってしまうでしょ?」
ジャンもまた、マリアのお説教にお決まりの反論をする。
「いいじゃん別に。漁は他の家だってやってるんだしさー。うちが廃業しても他がその分獲って来るだろうし、お金は俺が外で稼いでくるよ」
「そんなの雲をつかむような話じゃない。だめよ。絶対だめ」
「ちぇっ、母さんのケチ」
いつもならここで話が終わるのだが、その日はいつもと少し違っていた。父のジェラールが意外な反応を示したのだ。
「なあマリア、ジャンの希望、聞いてやってもいいんじゃないか?」
「え? ほんと!? いいの!?」
ジャンはジェラールの予想外のひと言に目を輝かせた。
「なに言ってるのよ。ジャンひとりで外へ出るなんて危険よ。もしなにかあったら……」
マリアはそれでも反対した。しかしジェラールも適当なことを言ったわけではなかった。
「それはそうなんだが、ジャンももう十八だろ? 二十歳になる前に、一度ぐらい親元を離れてもいいだろう。俺たちだって若いころはいろいろ経験したんだし」
「それはそうだけど、わたしたちは事情が違うでしょ? なによりこの子ひとりで島の外へ出て行くなんて危険よ」
かたくなに反対するマリアだったが、ジャンは相変わらずお気楽な様子。
「だーいじょぶだって、母さん。俺、これでも剣術の授業の成績、かなり良かったんだぜ?」
「そういうところがだめなのよ。あなたはすぐ調子に乗るから」
なかなか納得しないマリアだったが、ジェラールもそこは考えていた。
「もちろんひとりではだめだ。だがニコラと一緒ならいい。彼は半年前に王室の見習い魔術師として士官が決まったはずだ。彼の親御さんの了解を得られたなら問題ない。ふたりで旅に出ることを許可しよう」
「ほんと!? やったぜ! それじゃあ早速ニコラの家に行くとするか! あ……でも、あいつを連れだすんだったら王様の許可を得ないと無理なんじゃ……」
「それは問題ない。俺が王様にお願いしておこう」
「え? 父さんって王様にそんなお願いできるの?」
ここでマリアが口を挟む。
「わたしたちがこの島に越してきたとき、少しのあいだ王様のお世話になっていたのよ。そこで三年、父さんは王様のお側で働いていたのよ」
「そうなの? はじめて聞いたんだけど?」
「それはそうよ。あなたが生まれてすぐに漁師に転職したんだから」
「ふーん。父さんたちもいろいろあったんだ」
そうこうしているうちに三人は食事を終えた。
「今日は休みだし、さっそく王様に事情を伝えに行くとするか」
「やった! サンキュー父さん!」
横で不満そうな顔をするマリアをよそに、ジェラールはクローゼットから一張羅を取り出し、王に会いに行く準備を始めた。
「それじゃあ挨拶がてらイール城まで行ってくる。昼ごろまでには帰ってくるから、よろしく頼む」
そういってジェラールは家を出た。
ジェラールを見送ったあと、マリアは先ほどよりも弱い調子でジャンに言った。
「ねぇ、ジャン。やっぱりやめない? 島の外はここと違って魔獣も出るし、悪いひとの手にかかることだってあるかもしれないのよ?」
「大丈夫だって、母さん。魔獣って言っても平野にいるのはそんなに強くないし、悪い奴らなんて危険な場所に近付かなきゃ出会わないだろ?」
「でも……」
「それに危険だと思ったらすぐに逃げるからさ、大丈夫だよ」
マリアはそれでも納得がいかない様子だった。もちろんジャンだって彼女の気持ちがわからないわけではない。しかしだからといって、外の世界を見てみたいというかねてからの願望を、棄てることはできなかった。
「もう起きてるよー! すぐ行くー!」
ここは世界のはずれの島、イール島。その本拠地イール城の隣に位置する港町ペーシュの、とある家庭。町で評判の美男美女夫婦であるジェラールとマリア、そしてその一人息子で、両親と比べていささか間の抜けたところのある青年ジャンは、ごく普通の平穏な暮らしを送っていた。
「ほら、ジャン、ちゃんと髪を整えて。だらしがないわよ」
マリアは食堂に来たジャンの髪を手ぐしで整えた。
「いいよー、食べ終わってから直すから」
「もう、そんなこと言ってないでしっかりなさい。あなたもう十八なんだから」
「へーい」
ジャンは眠気眼のまま席に着いた。
「おう、ジャン。おはよう」
「んー、おはよ」
先に席について待っていたジェラールと挨拶を交わすと、ジャンはすぐに朝食に手を付けようとした。
「だめよ、ジャン。食べる前にちゃんといただきますしなさい」
マリアはそう言ってジャンをたしなめながら席に着いた。
「へーい」
ジャンがフォークを置くと、様子を見計らっていたジェラールがその場を仕切った。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
「「いただきます」」
いつもの段取りを済ませ、三人は朝食を食べ始めた。
しばらくして、ジャンは十代後半の少年がよく口にする夢見がちな願望を語りだした。
「あーあ、俺はこのまま魚の水揚げだけして一生を終えるのかー。外の世界でもっと活躍したいのになー」
このようなことを言うのはその日が初めてではない。彼はことあるごとに島を出たいとせがんできた。しかしマリアもそうやすやすと彼の希望に応えはしない。彼女は耳にタコができるほど言って聞かせたお説教をはじめた。
「またそんなこと言って、父さんを困らせるんじゃないの。いい、ジャン、あなたは父さんのあとを継いで漁師になるのよ。みんなそうやって、生きていくために日々コツコツ働らいて生計を立てているんだから。それにうちが漁師をやめたらみんなが食べるお魚が減ってしまうでしょ?」
ジャンもまた、マリアのお説教にお決まりの反論をする。
「いいじゃん別に。漁は他の家だってやってるんだしさー。うちが廃業しても他がその分獲って来るだろうし、お金は俺が外で稼いでくるよ」
「そんなの雲をつかむような話じゃない。だめよ。絶対だめ」
「ちぇっ、母さんのケチ」
いつもならここで話が終わるのだが、その日はいつもと少し違っていた。父のジェラールが意外な反応を示したのだ。
「なあマリア、ジャンの希望、聞いてやってもいいんじゃないか?」
「え? ほんと!? いいの!?」
ジャンはジェラールの予想外のひと言に目を輝かせた。
「なに言ってるのよ。ジャンひとりで外へ出るなんて危険よ。もしなにかあったら……」
マリアはそれでも反対した。しかしジェラールも適当なことを言ったわけではなかった。
「それはそうなんだが、ジャンももう十八だろ? 二十歳になる前に、一度ぐらい親元を離れてもいいだろう。俺たちだって若いころはいろいろ経験したんだし」
「それはそうだけど、わたしたちは事情が違うでしょ? なによりこの子ひとりで島の外へ出て行くなんて危険よ」
かたくなに反対するマリアだったが、ジャンは相変わらずお気楽な様子。
「だーいじょぶだって、母さん。俺、これでも剣術の授業の成績、かなり良かったんだぜ?」
「そういうところがだめなのよ。あなたはすぐ調子に乗るから」
なかなか納得しないマリアだったが、ジェラールもそこは考えていた。
「もちろんひとりではだめだ。だがニコラと一緒ならいい。彼は半年前に王室の見習い魔術師として士官が決まったはずだ。彼の親御さんの了解を得られたなら問題ない。ふたりで旅に出ることを許可しよう」
「ほんと!? やったぜ! それじゃあ早速ニコラの家に行くとするか! あ……でも、あいつを連れだすんだったら王様の許可を得ないと無理なんじゃ……」
「それは問題ない。俺が王様にお願いしておこう」
「え? 父さんって王様にそんなお願いできるの?」
ここでマリアが口を挟む。
「わたしたちがこの島に越してきたとき、少しのあいだ王様のお世話になっていたのよ。そこで三年、父さんは王様のお側で働いていたのよ」
「そうなの? はじめて聞いたんだけど?」
「それはそうよ。あなたが生まれてすぐに漁師に転職したんだから」
「ふーん。父さんたちもいろいろあったんだ」
そうこうしているうちに三人は食事を終えた。
「今日は休みだし、さっそく王様に事情を伝えに行くとするか」
「やった! サンキュー父さん!」
横で不満そうな顔をするマリアをよそに、ジェラールはクローゼットから一張羅を取り出し、王に会いに行く準備を始めた。
「それじゃあ挨拶がてらイール城まで行ってくる。昼ごろまでには帰ってくるから、よろしく頼む」
そういってジェラールは家を出た。
ジェラールを見送ったあと、マリアは先ほどよりも弱い調子でジャンに言った。
「ねぇ、ジャン。やっぱりやめない? 島の外はここと違って魔獣も出るし、悪いひとの手にかかることだってあるかもしれないのよ?」
「大丈夫だって、母さん。魔獣って言っても平野にいるのはそんなに強くないし、悪い奴らなんて危険な場所に近付かなきゃ出会わないだろ?」
「でも……」
「それに危険だと思ったらすぐに逃げるからさ、大丈夫だよ」
マリアはそれでも納得がいかない様子だった。もちろんジャンだって彼女の気持ちがわからないわけではない。しかしだからといって、外の世界を見てみたいというかねてからの願望を、棄てることはできなかった。
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