鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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6巻

6-1

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 プロローグ 邪妖精暗躍


 わずかに時間をさかのぼる――
 魔獣不死ノ王リッチ驍廣たけひろによってめっせられ、魔獣騒動が収束したときのこと。私、リリス・アーウィンは、意識を失った驍廣と紫慧しえを賢獣サビオハバリー様の背に乗せ、麗華レイカ、レアンとともに翼竜街よくりゅうがいに戻った。
 平和になった街では、それまでの悲壮感が一気に払拭ふっしょくされ、その後数日間はまるでお祭りのような騒ぎとなっていた。
 街を挙げての対魔獣戦。しかも相手は、いにしえの伝承にあった魔獣不死ノ王リッチと、その眷属けんぞく。街の衛兵はもちろん、冒険者や討伐者たちも街を守るためと決死の覚悟を固めていた。翼竜街よくりゅうがいに住む職人や商人をはじめとした老若男女、全ての街民も、いくさおもむこうとしている彼らを支え、ともに街を守る決意をしていた。そんなときに私たちが届けた『魔獣不死ノ王リッチ討伐』の報で、人々が喜びを爆発させたのも無理からぬ話だろう。
 だが、私たちにとってその歓喜は他人事だった。
 なぜなら、喜びの中心にいるべき者が、常宿としている月乃輪亭つきのわていの一室で床に伏したまま、昏々こんこんと眠り続けていたからだ。
 同じく月乃輪亭が常宿の私は、世の中というものは思い通りになってくれないものだと忸怩じくじたる思いを抱き、日々を送っていた。
 そんなある日、麗華レイカが沈痛な面持ちで月乃輪亭を訪れた。

「すみませんが、わたくしとレアンは、今回発生した騒動の顛末てんまつを説明するために、竜賜ロンシで行われる領主会議におもむかなくてはなりません。本心を言えば、ここで驍廣が目を覚ますのを待ちたかった。ですが、わたくしは翼竜街を治める領主の公子として、また驍廣とともに戦い修羅場をくぐり抜けた仲間として、此度こたびの会議をないがしろにすることはできないのです。許してください」

 そう言って彼女は、驍廣と、数日前に目を覚まし、まだ復調しきれていない紫慧と、ギルドに勝手に休暇届けを提出して、先日から押しかけ看病をしているアルディリアに、深々と頭を下げた。

「頭を上げて、謝る必要なんてないよ! 大丈夫、驍廣は分かってくれると思うし、驍廣の世話はボクがしているから。麗華は、麗華がやるべきことをして」

 紫慧がそう言えば、すかさずアルディリアが、

「紫慧! 『ボクが』じゃない、ワタシもともに世話をすると言っているだろう! まったく……そんなわけだから、麗華は公子としての務めをしっかり果たしてきてくれ」

 と、少し紫慧を心配そうに見ながらも決然と告げた。その言葉に、麗華は強張こわばらせていた顔をゆるめて軽くうなずくと、レアンと一緒に部屋を後にした。私も、ちょうどギルドから呼び出しが来ていたところだったので、紫慧とアルディリアに軽く手を振って、麗華を追いかけた。

「麗華!」
「なんですの、リリス。貴女あなたまで部屋を出てくることはないと思いますが?」
「私は私でギルドから呼び出しが来ているのよ。ところで、領主会議で説明ってことは、貴女あなたが私たちの代表として今回のことを話してくるってことよね。大丈夫?」
「大丈夫って、どういうことですか?」
「どういうことって……貴女あなた、今回のことをそのまま話して信じてもらえると思うの? 実際に体験した私たちだって信じられない、とんでもないことだったのよ。聡明そうめい擁建ヨウケン様や、好奇心旺盛おうせいで剛毅な気質の泉怜センレイ様ならまだしも、擁掩ヨウエン様もいるのよ。間違いなく難癖なんくせつけてくるわ。最悪、驍廣を尋問じんもんするとか言い出しかねないわ!!」

 麗華もやはり、私と同じことを考えていたのか、表情をゆがめて、

「わたくしもそのことを心配し、お父様にご相談したのですが『何も心配せず、見たことをそのまま話せばよい!』と言われています。幸いフウ様もご同道いただけるとのことですので、なんとかなると思うのですが……」

 と、自信がなさそうに言葉をにごした。私は麗華を慰めるように、彼女の肩に手を置いた。

「ごめんなさい、貴女あなたも不安を感じていたのね。でも、安劉アンル様がそうおっしゃるのなら真実を話した方がいいと思うわ。もし難癖なんくせつけられても、安劉様だったら、相手をなぐり倒してでも驍廣を守ってくれるでしょうね。それに、そうなった方が面白いし♪」

 そう笑いながら冗談じょうだんを言うと、麗華も同じように笑みを浮かべ、

「そうですわね♪ お父様なら確実に驍廣を取るでしょうから。でも、実際にそうなったら……面白いですわ♬」

 と、いつもの元気を取り戻してくれた。
 天竜てんりゅう通りの分岐で麗華と別れ、ギルドに向かうと、入口にいつもとは違う生真面目きまじめな顔をしたフェレースが待ち構えており、問答無用で延李エンリ総支配人の執務室へと連れていかれた。
 いつもはニコニコしているフェレースの顔から笑みが消えるなんて、よほどのことが起きたのか? と緊張しつつ、執務室に入る。

「リリス・アーウィン、出頭いたしました」
「うむ、ご苦労。……これを……」

 延李様は眉間みけんしわを寄せ、私に一通の封筒を差し出した。封筒には古風な蜜蝋みつろうの封印が施され、その上にアーウィン家を示す家紋が押されていた。

「これは私の家からの? それをなぜ延李様が?」

 そうたずねると、延李様の横に控えていたフェレースが口を開いた。

「その封筒は、今朝、ダークエルフ氏族族長の使者を名乗る者が、翼竜街の領主――つまり耀ヨウ家に届けてきたもので、安劉様を経由し、ギルドにもたらされました。使者は封筒を渡す際、『この封筒を開封することなく、必ずアーウィン家息女、リリス・アーウィン様に届け、その封書に書いてある通りにするよう督促とくそくしていただきたい。もし、リリス・アーウィン様が封書に書かれた内容を実行しなかった場合、これまで築いてきた翼竜街と豊樹の郷フルフトバールバウム(ダークエルフのさと)との友好が重大な危機に直面するとお考えください』と告げたと聞いております。口上のあまりの内容に、安劉様も豊樹の郷に何があったのかをたずねられたそうですが、使者は一切話そうとしなかったとのことです」

 フェレースの表情は怒気をはらみ、思わず後退あとずさりしたくなるほどの迫力だった。
 私は、使者が無礼なのはさとで大事が起きたからではないかと、知らず知らずのうちにくちびるんでいた。
 かすかに震える手で封筒の封を切り、族長である父からの手紙を取り出し、書面を確かめる。そこには『急を要する事態が発生。至急、豊樹の郷に戻られたし』という一文と、族長リヒャルト・アーウィンの署名があるだけだった。
 これを知った延李様は、深くため息をくと、眉間みけんしわを一層深くし、

「ただ今より、翼竜街ギルド職員リリス・アーウィンに、無期限の休暇を与える。リリス・アーウィンが受け持ちし業務、討伐者窓口については、フェレースに一任。その他のは、アルディリアに担当を変更。リリスは即刻、豊樹の郷に出発せよ。これは、翼竜街ギルド総支配人、ショウ延李のめいである!」

 と告げ、そなえつけの呼び鈴を鳴らして保安部の者を呼んだ。
 執務室に入室してきた保安部職員に連れられ、私は耀家邸へと向かった。耀家邸では、執事長のバトレル殿が、竜賜行きの準備で忙しいにもかかわらず、私を待っているという、豊樹の郷からの使者のもとへと案内してくれたのだが……

「なぜヴァルトエルフ氏族が、『豊樹の郷』族長リヒャルト・アーウィンの使者を名乗り、翼竜街に来ているのですか?」

 耀家邸で私を待っていたのは、予想していたダークエルフ氏族ではなく、ヴァルトエルフ氏族の男だった。
 ヴァルトエルフ氏族はなぜか尊大な態度で、耀家の執事や侍女にあれこれと言いつけていた。その姿に頭を抱えたい思いを我慢しての詰問だったが、彼はさげすむような視線で私の体をめるように見たあと、下卑げびた笑みを浮かべた。

「リリス・アーウィンか? 早々の出頭、殊勝しゅしょうなことだ。これからも、その心がけを忘れぬことだな。そうすれば、道中の間はが見られるだろう。では行くぞ!」

 と、虫唾むしずが走るようなことを口にして立ち上がると、勝手に歩き出したヴァルトエルフ氏族。居合わせた者たちも怒りを感じたのか、表情に怒気がにじんでいた。
 もちろん、私がおとなしくこのゲスの言うことなど聞くわけがない。腰に巻いていたむちを一振りして拘束こうそくし、泣きが入るまでボッコボコに蹴り倒した。周りで見ていた人は引いていたが、それに構わず、私はこの男にニッコリ微笑ほほえんだ。

「それで、ヴァルトエルフ氏族が豊樹の郷の使者として来ているのかしら? 正直にお答えなさい♪」

 原形がわからなくなるほど顔がれ上がったヴァルトエルフ氏族は、カクカクと頭を縦に振って話しはじめたのだが、その答えは要領を得ないものだった。
 このヴァルトエルフ氏族は、元々輝樹の郷シエロバオムにいたという。族長に呼び出されて、豊樹の郷の使者として翼竜街へ行き、私を豊樹の郷まで連れてくるようにと命じられたらしい。そのため、豊樹の郷で何が起きているのかは全く知らないとのこと。
 仕方なく私は、彼を連れて郷里である豊樹の郷へ向かったのだが、そこで待っていたものは驚愕きょうがくの光景だった――


「こ、これは一体……これは一体どういうことなの!?」


 豊樹の郷は、天樹国てんじゅこくの最外周に位置し、シュバルツティーフェの森に隣接した輪状山脈のふところに抱かれ、多くの木々に囲まれる、緑豊かな、四季折々の花々が咲くうるわしのさとだ。
 そんなダークエルフ氏族の故郷で私が見たのは――さとを囲む木々はちて倒れ、本来咲き誇っているであろう花々は姿を消し、代わりに腐敗臭ふはいしゅうを放つけがれた土が広がっている光景だった。

穢呪あいじゅやまい

 土地が魔気(=瘴気しょうき)に侵され、生きものの活動を許さない場所へと変わる、原因不明の土壌病どじょうびょう
 一説には、うらみをその身に宿して穢獣アイジュウへと堕ちてしまったモノが、長く居続けたことで発生するという。その説もうわさの域を出ないが、天樹国てんじゅこくに住む妖精族に最も恐れられている土壌病どじょうびょう
 その『穢呪あいじゅやまい』が今、私の愛すべき豊樹の郷をみ込もうとしていた。

「……リリス、よく戻った」

 声をかけられるまで、誰かが近づいていたことに気づかなかった。驚いて声のする方を向いた私の目に映ったのは――

「お父様……。お父様! これは一体どういうことなのですか!? なぜ、さと穢呪あいじゅやまいが……」

 久しぶりに会えたというのに、私は問い詰めるような言葉しか出てこなかった。
 そんな私を父――ダークエルフ氏族族長リヒャルト・アーウィン――はそっと肩を抱き、

「リリス、まずは我が家へ。話はそれからだ……」

 優しくつぶやいた。その父の腕の中で、私は子供のようにすがりつき、いつの間にか口から嗚咽おえつが漏れていた。むせび泣く私の背中をいつまでもさすってくれた父。
 半刻ほど(三十分)だろうか、ようやく落ち着きを取り戻した私は、父とともにアーウィン家の邸宅へと向かった。
 族長の邸宅といっても、さとの他の家とそう変わりはない。
 ダークエルフ氏族は、族長をまとめ役(議長)とし、各家々からの代表者が出席する合議によってさとの運営が行われている。そのため、対外的には族長が豊樹の郷の代表という位置づけになるが、特に身分や貧富に差があるわけではない。
 外部から訪れた客を招く場はさとの中央にある『合議所ベラートゥングゼーレ』であり、さとの警備・司法・行政機能は合議所に隣接する『刑部所リヒトレッチゼーレ』に集約されていた。
 だから、族長の邸宅にもそれほど大きな規模を必要としない。自然とともに生活することを好むダークエルフ氏族にとって『家』とは、日々生活を送り、子供を育て、老いたあとの安らぎの場としての機能さえあれば十分なのだ。
 久しぶりに帰った我が家は、私が豊樹の郷から出奔しゅっぽんしたときと変わらない間取りだったが、雰囲気ふんいき様変さまがわりしていて、家に一歩踏み込んだ私の足は、意に反して動けなくなった。
 以前は、リーネお母様やリゼット兄様、妹リシュラの声で騒がしく感じるほどにぎやかだったにもかかわらず、今は誰の声も聞こえず、人のいる気配すらも薄くなっていて、寒々しい空気が私の体を包んだ。

「ああ、気づいたんだね。今この家にいるのは、わしとリーネの二人だけだ。リゼットはハイエルフ氏族のさと、輝樹の郷に向かい、リシュラはさとの者たちとともに一番近くにあるドワーフ氏族のさと響鎚の郷エアシーネハマーへと避難させた。今このさとに残っているのは、儂とリーネ、それに郷守役ヴォルストシュッツェンコッフェのアルヴィラとルイーズ夫妻だけ。さびしく感じても仕方のないことだろうね」

 そう父が教えてくれている間に、奥からお茶を持った母が姿を現した。

「リリス、久しぶりの帰郷がこのような形になってしまって……でも顔を見られて嬉しいわ。あなた、リリスも長旅で疲れているでしょうから、お話はお茶を飲みながらされてはいかがですか?」

 母は手早く、さとで採れた薬草でれた香草茶ハーブティー胡桃くるみで作った乾餅クッキーを並べた。香草茶ハーブティーからは、幼い頃から慣れ親しんできた芳香ほうこうが立ちのぼり、やっと我が家に帰ってきたんだと実感することができた。
 一息ついた私に、父が、

「リリス、急に呼びもどしたりして悪かった。安劉殿からも、お前が翼竜街ギルドで信頼され、日々頑張がんばっていると伝えられて、リーネと喜んでいたのだよ。さすがは自慢の娘だとね」

 と、微笑ほほえみながら話しかけてきた。私はあわてて――

「いいえ、お父様。私はただ好きなことをさせてもらっているだけです。それに安劉様は、きっといいことしかお父様たちにお伝えしていないのだと思います」
「そうなのかね? いや、確かにそうかもしれないね。豊樹の郷にいた頃は、よく麗華ちゃんたちと悪戯いたずらをしては私たちを困らせたものだったからね。そんな悪戯いたずら仲間の麗華ちゃんがいる翼竜街に行ったのだから、リリスがおとなしくしているわけはないか。アッハッハッハ♪」
「そ、そんな子供扱いをして! いつまでも子供ではありません! お父様の意地悪!!」
「おっ!? そうか? それはすまなかった。だが、私たちの話も聞かずにさとを抜け出した娘の言葉としては説得力に欠けると感じるのは、儂だけかな?」
「あなた、そんな風に言っては、リリスがかわいそうですよ」

 と、さと出奔しゅっぽんした私をやんわりとがめる父に対して、母は優しく擁護ようごしてくれた。

「ところで、今回私が豊樹の郷に呼ばれた訳は何ですか。そもそも、今のさとの様子はどうしたんですか。あの美しかった豊樹の郷が『穢呪あいじゅやまい』に侵されるなんて、私には信じられません! 一体何があったのですか?」

 私の問いに、父は静かに瞑目めいもくした。

「そのことだが、儂たちにもなぜこのようなことになったのか、皆目かいもく見当がつかないのだよ。事の起こりは、今より一季前のことだ。まだ翼竜街で魔獣不死ノ王リッチの騒動が起こる前だった。さとの外周林に突如にごった水溜みずたまりのようなモノができているのを、薬草を採りに出かけた女衆が見つけたのだ。そのときは、雨も降らぬのにおかしなこともあるものだと、さとの者たちは口々話すだけだった。その後すぐに翼竜街で魔獣騒動が起き、シュバルツティーフェの森に隣接するこのさとにも、少なからず魔獣の襲来があって、水溜みずたまりのことは忘れてしまった。おそらく、その間に水溜みずたまりは徐々に広がっていたのだろう。皆が改めて気づいたときには、外周林からさとの中へと侵入し――そして、急にそのにごった水が、まるで生きもののように外周林をみ込み、周辺に生える草花をくさらせていったのだ。今でこそ、その侵食は収まっておるが、またいつ動き出すか分からない。仕方なく、儂は族長の権限を行使して、さとの皆を響鎚の郷へと避難させたのだよ」

 沈痛な面持ちで顔を伏せる父。そんな父を慰めるように、優しく肩に手を置く母の表情も、悲しみに沈んでいた。
 きっと、父は思いつく限りのありとあらゆる方法で、さとから穢呪あいじゅやまいを払おうとしたのだろう。だが効果はなかったのだと思う。
 ダークエルフ氏族の中で、父は随一の水精霊ウンディーヌ術の使い手として知られている。
 水精霊ウンディーヌの力は治癒ちゆと洗浄。大抵の傷や病は、水精霊ウンディーヌの力によって治すことができる。
 その父の力をもってしても、侵食を押し留めることしかできない『穢呪あいじゅやまい』に、改めて戦慄せんりつした。
 だがそうであれば、私がさとに呼び戻された理由は一体なんなのだろう?
 私は父と違い、水精霊ウンディーヌ術を苦手としている。私が得意とするのは火精霊サラマンダー術。
 火精霊サラマンダーの力は、燃焼・浄化と活力補助、攻撃精霊術や身体強化といった、闘いにこそ威力いりょくを発揮する精霊術だ。
 戦いの場でならともかく、穢獣アイジュウの病が相手では、何の役にも立たないだろう。それとも火精霊サラマンダー術で穢呪あいじゅやまいを焼き払い、浄化しようとでもいうのだろうか?
 だが、それならば私よりも母の方が適任だ。
 フラムエルフ氏族から父のもとにとついできた母は、若い頃『火の姫巫ひめみこ』と呼ばれ、女性でなければフラムエルフ氏族の族長になっていただろうと言われるほどの火精霊サラマンダー術の名手。そんな母でさえ上手くいかなかったのならば、私の未熟な火精霊サラマンダー術では……
 様々な考えが浮かんでは消え、再び父に問いただそうとしたとき――

「リヒャルト殿、娘御むすめごが戻られたと聞いたのですが? おお、こちらが娘御むすめごのリリス嬢ですな。なるほどお美しい。これならば、お役目にかなうことでしょう。重畳重畳ちょうじょうちょうじょう、ヒッヒッヒッヒッヒ」

 そう言いながら、一人のヴァルトエルフ氏族が、ズカズカと家の中に入ってきた。その姿を見て、いつもはおだやかな父が声をあららげた。

殿! 我ら親子の語らいの場に図々しくも立ち入るとは何事か!」

 しかし、カイーブと呼ばれたヴァルトエルフ氏族は、まるで意に介さず、嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべた。

「そう声をあららげずとも、用件を伝えさえすれば、私は退散いたしますよ。先ほどから、なかなか本題に入りにくそうなご様子ゆえ、リヒャルト殿に代わって私が、リリス嬢に豊樹の郷に呼ばれた理由を教えてさし上げようと思いましてね」

 カイーブは私の方を向き、父に止める間を与えず、言い放った。

「リリス嬢、貴女あなたにえ。人身御供ごくうに選ばれたのですよ。豊樹の郷の穢呪あいじゅやまいがこれ以上広がらないようにねえ」

 ガックリとうなだれる父と母。そんな二人を見て、楽しそうに笑っているカイーブ。彼の邪悪な表情に、私は放たれた言葉の意味を考える余裕もなく、怒りの炎を燃え上がらせていた――


         ◇


「――ラクリア様、あと一季もすれば、ダークエルフ氏族の愚か者たちも、身のほどをわきまえることでしょう」
「そうですか。よくやりました、カイーブ♪ 残るはドワーフ氏族の頑固者がんこものだけですが、それも早々に排除できるでしょう、喜ばしいことです。それでは、すみませんが貴方あなたには次の仕事にかかっていただきましょう」
「はい、ラクリア様。すでに手の者が甲竜街こうりゅうがい公子・擁恬ヨウテンを翼竜街へと導いております。あとはかの地で不測の事態が起きるのを待つばかり。順調に進んでおります」
「そうですか。……そうだ、ついでに翼竜街のおお蜥蜴とかげも始末していただけますか? この際一気に事をし進めてしまっても、頭の悪い蜥蜴とかげ相手ならば大した手間ではないでしょう」
おお蜥蜴とかげ……翼竜街の耀安劉ですか。あそこには確か手練てだれの術者がいたかと」
手練てだれ? その者はすでに老いて、術者としては妖精族の中でも一、二を争うカイーブの敵ではありませんでしょ?」
「確かにの者は老いておりますが、老いとは経験。楽観視はできませぬ」
「では、ヴィーゼライゼン氏族の者を手駒てごまとして連れていきなさい。話を通しておきましょう。それでいかがですか?」
「それならば! では、安劉の首を持参し、その後豊樹の郷におもむき、改めてダークエルフ氏族に身のほどを知らしめることにいたしましょう」
「結構です。では、その時期に合わせてこちらも動くことにいたします。吉報を楽しみに待っていますよ、うふふふふ♪」
「では――」


 「は~、これでこの国全てが我が手中に落ちるのね♪ あとは愚かな妖精たちを使って蜥蜴とかげと争わせ……傲慢スペルヴィア様、間もなく貴方あなた様に新たな生贄いけにえを捧げます、もう少しお待ちくださいませ。うふふふふ♪」

 輝樹の郷の一室から、ラクリアの悪意の哄笑こうしょうが響き渡っていた――


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