Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第23話

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 翌朝、二人は遠く鳴り響くジェット音で目が覚めた。リモータを見ると七時過ぎ、シドは抱き枕を放り出して窓に駆け寄る。遮光ブラインドを上げた。

「すっげぇ、マジで戦闘機だ」

 一キロメートル以上はある二本の滑走路を蹴って、双発エンジンの四機の戦闘機が編隊を組み、まさに飛び立ったところだった。アフターバーナーに点火したらしく白い炎の尾を引いて戦闘上昇に移る。

 魚が上からは海の色に溶け込むよう、下からは日の光に紛れて見えないように背が濃い色、腹が白っぽい色をして一種の擬態をとることをカウンターシェーディングというが、ここの戦闘機も上からは地面に、下からは空と陽の光に馴染むような塗装をされていた。
 そのせいであっという間に見えなくなる。

「降りてくるよ。二機ずつに分かれてる」

 放り出された抱き枕、いや、ハイファが背後に立ってスナイパーらしく抜群の視力を披露した。二秒も経たずにシドにも視認が可能になる。

 戦闘機は二機一組で追いかけ合い始めた。高度を下げて互いの六時の位置、デッドシックスを取ろうと激しく尻に食い付き合うこれはドッグファイトの訓練、模擬戦闘なのだろう。

 食い入るように見つめるシドに髪を革紐でぐるぐる縛りながらハイファが言った。

「シド=ワカミヤ二尉にあってはとっととお帰りになりたいと申されましたが、その前に基地内の施設及び各種装備品を間近で御覧になりたくはありませんか?」
「滑走路及び格納庫周辺を重点的に視察する必要があるな」
「全く現金なんだから。基地司令の前には一緒に雁首揃えて貰うからね」
「分かってるって」
「なら顔洗って着替えて。六階と一階に食堂があるみたいだから朝ご飯にしよ」
「ああ、腹減ったぜ」

 僅かなりとも滞在する気になった今は目立たないであろう戦闘服が有難かった。羽織った対衝撃ジャケットからにょっきり突き出したシドの巨大レールガンの銃口と、こちらは丸見えのハイファのショルダーホルスタはご愛敬だ。

 部屋を出てロックすると六階まで階段で下りる。流して貰った配置図通りに食堂はあった。士官と下士官以下で食堂は分かれている。一応は士官扱いらしいので士官食堂に入った。
 士官食堂には意外なくらいの客がいたが、デカ部屋ほどもある広さでそれほど混み合っている感じはしない。セルフ方式で気遣いも要らなかった。

 トレイを持って進むとカウンターの中からプレート類が差し出される。それらを受け取って二人はなるべく隅の方のテーブル席に並んで腰掛けた。

 クロワッサンにベーコンエッグ、サラダにコーンスープ、デザートにヨーグルトの朝食を摂りながらシドは辺りを観察する。制服に戦闘服や整備服、飛行服の者もいた。制服は濃緑色の陸軍と濃紺の空軍が入り混じっている。

 何れにせよこちらへの関心が薄いのは結構なことだ。そう思っていると、ふいに目の前に一人の男が座った。空軍の制服の肩の階級章は一尉で上級者だ。
 他に席は沢山空いている以上、男は自分たちに用があるのだろうが全く口を利かない。コーヒーらしき紙コップを弄んでいる。こちらが食事を終えるのを待っているようだ。

 注がれる視線の瞳は薄い茶色、きっちりと整えられた髪も茶色だった。歳は二人よりも上、テラ標準歴で二十七、八といった辺りか。目鼻立ちは整っていて多少線の細い感じがする。
 軍にあって首から下ではなく頭脳派として生きている雰囲気というのがシドの受けた印象だった。戦闘服より制服勤務だろうと踏む。

 制服の左胸にタワーを模した銀色の徽章があり、これは何だろうかと思った。

 食事も終わりに近づきシドが二人分のコーヒーの紙コップをセルフで持ってくるに至って、どうやら待っていてくれたらしい男はようやく口を開く。

「自分はローレンス=ハイド一等空尉で管制官です」

 管制官と聞いてタワー型の徽章はそれかと納得しながらも、シドはここでもハイファに丸投げするつもり満々で官姓名だけ名乗った。

「ハイファス=ファサルート二等陸尉です」
「シド=ワカミヤ二等陸尉だ」
「昨夜は無茶なフライトをされましたね。いえ、今朝ですか」

 少し考えてハイファが訊いた。

「昨日の管制官がハイド一尉だったんですね。なら僕らのことも知ってる?」
「ええ。それで貴方がたのお世話を仰せつかりました」
「お世話なんてとんでもありません。それにハイド一尉は夜勤明けですよね?」

 気を遣って見せたがローレンス=ハイド一尉は涼しい顔で首を横に振る。

「夜のシフト明けでも私は一向に構いませんし、差し支えもありません。それに基地司令直々の命令でこれも任務ですから」

 任務だ命令だと言われれば文句を言う筋合いではない。少しばかり窮屈な気もするが、案内人がいるツアーも悪くはないだろうと傍でシドは暢気に思った。

「と、いうことで基地司令が待っています。本部庁舎までご一緒しましょう」

 席を立ってトレイを返却しながら、それがあったかとハイファは思い出す。こうなったら最低限の社交辞令以外は別室特権を振り翳すしかない。

 三人でエレベーターに乗り一階に下りる。エントランスを出て仰ぐとウェザコントローラに頼ってか空は快晴で恒星アルナスの光が眩しかった。

 車は使わずにファイバブロックで固められた地面を歩く。様々な建物が建っているが、本部庁舎は基地の中心寄りで、BOQのある隊員宿舎よりも航空団のエリアから離れていた。十五分ほど歩くうちにうっすらと汗ばんでくるような陽気で、ハイファがぼうっとしている間に五階建ての横に細長い本部庁舎に着いてしまう。

「ここの五階です」
「はあ……」

 スロープの車寄せになった、開放された中央エントランスから中に入りエレベーターで最上階に上がる。開いた扉の真ん前がもう基地司令室になっていた。オートドア脇のパネルにはデジタル表示で『在室』とある。

「私はここで」

 そう言ってローレンス=ハイド一尉は待つ態勢に入った。ここまで来たら仕方がないとハイファは腹を括り別室員の顔を作る。パネルにリモータを交互に翳した。

「中央情報局、ハイファス=ファサルート二尉、入ります」
「同じくシド=ワカミヤ二尉、入ります」
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