あなたがここにいてほしい~Barter.7~

志賀雅基

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第7話

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 充実した休日を過ごした霧島と京哉は月曜の朝も仲良く出勤した。敢えて言うなら京哉の足腰が少々ガタついていたが、普通に立ち歩く分には支障はない。

 朝から隊員たちの引き継ぎ交代の立ち合いに、お茶汲みに、署内メールのチェックにと忙しく過ごす。そんな二人ははっきり言って約一名が欠けていても気にも留めなかった。

 その一名である小田切は八時半の定時を三十分も過ぎてから姿を現す。

「副隊長、遅刻ですよ」
「分かってるさ……は、ハックション!」

 くしゃみと目の下のクマが何もかも物語っていた。あのままエンジンを切った覆面の中で眠って風邪を引いた上に、死体を見ただけでなくキスまでしてしまった後遺症でロクにものが食えなかったに違いない。

 最近は霧島という癒しの存在プラス出くわす事件の影響か、少しずつ他人のことも考えるようになってきた京哉は、風邪を引いた原因の一端が自分たちにもあるような気がして、とっておきの梅昆布茶を淹れて小田切に配給してやった。
 これなら何とかいけるらしく、小田切は熱々の茶を吹きながら黙って啜っている。

 ノートパソコンに向かい書類仕事に熱中していると十時頃になって捜一の三係長がやってきた。真城市の二名射殺事件で帳場に携わり忙しい筈の三係長は隊長のデスク前のパイプ椅子に腰掛ける。すかさず京哉が濃い目の茶を淹れてきて手渡した。

「あー、ありがとさん。これを隊長さんにお願いしようと思ってきたんだわ」

 隊長のデスクに置かれたのは封筒とUSBフラッシュメモリが一個だった。まずは霧島が封筒の中身を検めた。出てきたのは本日付けで発付された通常逮捕状と捜索差押許可状である。

「先週金曜の古本屋の万引きが事後強盗になった件、マル被が特定できましてな。裏取りも殆ど終わったんだが、捜一うちも引っ張って聴取する人員が割けん状態でして」

 三係長は朗らかに言ったが霧島は即答しない。裏取りまで終えた案件の山場ともいえる逮捕の権利をただで譲られることに抵抗を感じない訳にいかなかった。

「人員が足らんなら令状フダの執行時に隊員を貸し出すこともできるが、どうですか?」
「そう遠慮せんで。この案件は元々隊長さんとこが持ってきたヤマだ。それにこのホシは所轄の献上品みたいなもんでしてな。だから誰も文句は言いません。たらい回しの後始末を任せるようで申し訳ないんだが、助けると思って頷いてくれんかね?」

 僅かに考えた霧島だったが、忙しい捜一の係長をいつまでも引き留めておけない。

「ふ……ん、分かった。この件はうちが引き継ぐ」
「厄介を押しつけて悪いですな」
「いえ、お互い様ですから」
「そう言って貰えると有難い。じゃあ、すんませんが宜しく」

 胡麻塩頭を掻きながら茶を飲み干すと三係長は案外のんびりした足取りで去った。見送った霧島はノートパソコンにUSBメモリを挿して文書ファイルを開く。京哉だけでなく仲間外れを良しとしない小田切も寄ってきて三人で中の資料を読み始めた。

「へえ、マル被は貝崎かいざき市に住んでいるんですか」

 貝崎市は白藤市を挟んで真城市と対岸にある、海に面した土地である。

「マル被は高見たかみ浩介こうすけ、二十六歳。パチンコ店アルバイトって怪しくないかい?」
「職業で差別するのは宜しくないぞ。とはいえ強盗致傷を起こして逃げた訳だが」
「でも古川書店の店主は捻挫も軽く済んで良かったですね。で、どうするんです?」
「この資料に依ると高見は月曜がバイトの休日だ。今日をおいて他にはあるまい」
「もしかして僕ら三人で動くんですか?」
「どんな凶悪犯でも俺は京哉くんを守り抜くから心配は要らないよ」

 やつれた顔をして甘い言葉を囁いた小田切に霧島は「ふん」と鼻で笑って言った。

「この案件を持ってきた栗田と吉岡を同行させる。小田切、貴様の出番などない」

 丁度今日は金曜と同じく三班の上番日だ。佐々木三班長に指示して警邏中の機捜五を呼び戻した。戻ってきた二名の隊員に状況を説明したのち出掛けることにする。

 機捜も捜査し被疑者逮捕に踏み切ることは珍しくないため、栗田も吉岡も気負っているようには見えない。京哉も機捜に異動する前は真城署刑事課の強行犯係に所属していたので捕り物には慣れている。やはり一番肩に力が入っているのは現場経験のない小田切だった。

 秋雨前線も勢力を弱め、久しぶりに秋の高空から降り注ぐ穏やかな光に満ち溢れた中、逮捕組は出発した。

 メタリックグリーンの機捜一に霧島と京哉に小田切、ガンメタリックの機捜五に栗田と吉岡が乗って二台連なる。機捜一のステアリングを握るのは霧島、通常走行で助手席の京哉と雑談しながら最短で高速道路に乗った。

 白藤市のビルの谷間をうねる高架を走り、都市から脱すると二十分ほどで高速を降りて貝崎市方面に向かう。海岸通りに出て右折した。この辺りは京哉も良く知る道だった。何故なら事ある毎に世話になっている霧島カンパニーの保養所があるからだ。

 その保養所に向かう看板のない左折路を通り過ぎ、左手にマリーナを眺めて暫く走行すると一本内陸側の道に入る。すると大規模なパチンコ店と右手の高台にマンション群が佇んでいるのが見えた。結構な数の集合住宅が建ち並んでいる。分譲と賃貸が半々らしい。

「この団地のA2号棟ですね」
「ああ。三階の三〇二号室だ」

 右折しマンション群のふもとに辿り着く。幸いA2号棟のすぐ裏に来訪者用の駐車スペースがとられていて機捜五と並べて霧島は覆面を駐車した。
 男五人は降車してマンションを見上げる。

 造りの古い団地でオートロックなどの侵入者を遮るものがないのは確認済みだ。第三者との交渉なく執行可能なのは僅かなりとも気が楽である。
 皆で頷き合ってコンクリートの階段を上り三〇二号室のドアの前に立った。小窓からキッチンらしい白い蛍光灯の光が洩れ、明らかに人のいる気配がする。

「高見は独り暮らしでしたよね?」
「有難いことにな。今は付き合っている人間もいないらしい」

 言いつつ霧島は無造作にチャイムを鳴らす。不信を誘わないよう二度で鳴らし止めて、隊長に目で示された栗田がインターフォンに声を吹き込んだ。

「すみませーん。県警の者ですが、ちょっと宜しいでしょうか?」

 それだけで素直にドアチェーンが外れる音がしてロックが解かれる。内側からドアが開いて細身の男が顔を出した。それを見て反射的に京哉は人形みたいだと思う。色男とは聞いていたがそれ以上、思ってもみなかったくらいに高見浩介の顔立ちが整っていたのだ。

 上品とも云える風貌は警察の厄介になるタイプに見えない。

 だが同じことを考えたとは思えないが同じ人物を目にして小田切が「ああっ!?」と叫ぶ。その声のデカさに皆が振り向いた。
 余計な不信を買うだけでなく、ご近所にまで参入されると面倒になりかねない。

「あっ、えっ、ちょっ……嘘だろ、おい!」

 その驚き方に霧島が眉をひそめ灰色の目で小田切を睨んだ。低い声で問い詰める。

「何なんだ、貴様は。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「……香坂こうさか、どうしてお前がこんな所にいるんだ?」

 訊かれて男は僅かに微笑んだように京哉には見えた。しかし男は首を傾げる。

「僕は香坂じゃなくて高見っていうんだけど。で、何の用?」

 そこで霧島が逮捕状及び捜索差押許可状を高見に見せて読み上げた。執行するのは簡単だった。大人しく高見は捕縛され、室内の捜索で万引きしたと思しき文庫本一冊も押収する。
 真っ昼間の逮捕にも関わらず非常に高見が素直だったため、野次馬が集まることもなく静かに覆面まで移動できた。

 乗せたのは機捜一、京哉と小田切が高見を挟んで座る。
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