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第3話

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 想いが叶ってシドと結ばれた、途端にハイファはそれまでのような別室任務が遂行不可能になってしまったのだ。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシド以外を受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのである。

「参ったよ。頭痛に吐き気に眩暈に貧血で三回も任務失敗してサ」
「んで、あわやクビになるのを救ったのが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なる別室戦術コンの御託宣って訳だな」

「お蔭で僕は惑星警察に左遷、と」
「惑星警察が左遷先で悪かったな」
「一般的な見方を言ったまでのことだよ。貴方と二十四時間バディシステムなんて僕にとっては天国なんだから。ねえ、責任取ってくれるんだよね?」
「ん……まあな」

 と、言いつつハイファに腕を取られそうになって振り解く。

「やめろって! 勤務中、署内だぞ」

 つれない愛し人は階段を一階まで下りきり、ぐいぐい歩いて行ってしまう。そのまま本来の職場である右側のオートドアを無視し、向かったのは署のエントランスだ。

「ちょ、シド、戻るんじゃなかったの?」
「戻ってもどうせヒマだからな」
「ヒマったって課長に報告は? 昨日までの書類は? 溜まった始末書は?」
「あとでいい。缶詰はもう沢山だ」

 エントランスのオートドアを抜けると正面のオートスロープではなく脇の階段を降りて、ふと二人は振り返った。太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署刑事部機動捜査課の刑事デカ部屋の窓から、我らが上司ヴィンティス課長が青い目を剥いてシドを見ていた。

「あーあ、隙を突かれて課長も可哀相に」
「放っとけ、可愛い部下を何処でもいいからよそに押し付けようって鬼畜だぞ」

 事件発生率を建築基準法違反並みに積み上げる部下を六日前に捜一に追いやって安心していた課長は、血の気の引いた悲愴な顔をしていた。

「いいのかなあ、本当に」

 完全防音の窓の向こうでは課長が「も・ど・れ~っ!」とハンドサインを寄越している。

 二人が所属する機動捜査課は殺しやタタキといった凶悪事件の初動捜査を担当するセクションで、課員は普通、同報という事件の知らせをデカ部屋で待っているのが仕事だ。だが今どき人々は醒めていて同報など殆ど入らない……イヴェントストライカ自身が入れる以外には。

「お前が留守番したいなら止めねぇぞ」
「やだよ、貴方が行く所には僕も行く。で、今日は何処に行くの?」
「昼メシはリンデンバウムで食う。しかしいい天気だな」

 超高層ビル群に切り取られ、それらを串刺しにして繋ぐ交通機関のスカイチューブに分断された空は、気象制御装置ウェザコントローラに頼ってのことか見事に高く晴れ渡っていた。

「こんな日に缶詰なんか勿体ねぇだろ、行くぞ」
「雨でも歩くのやめないクセに」

 ポーカーフェイスながらも深い付き合いだからこそ分かる嬉しげな表情に、文句を言いつつもハイファは従う。シドが嬉しければ自分も嬉しいのがハイファだ。
 それに『足での捜査』と称してシドが外回りばかりしているのは、何もヴィンティス課長に嫌がらせをするためではない。歩いていなくては見えてこない犯罪から人々を護ろうとしているのだ。少しでも『間に合おう』として毎日のように足を棒にしているのである。

 それをハイファは充分理解していて、文句も言わず日々一緒に靴底を減らしているのだ。

 だがランチにありつくまではやはり数々の通過儀礼を経なければならなかった。

 官庁街を抜ける前にひったくりを押さえて現逮、シドの後輩であるヤマサキをリモータ発振で呼びつけたのを皮切りに、次のショッピング街に入った所で右側の大通りを走るコイルが玉突き衝突を起こして交通課を呼んだ。

 現代で最もポピュラーな移動手段であるコイルはAD世紀の自動車と形も殆ど変わらないがタイヤはなく、小型反重力装置を備えていて、僅かに地から浮いて走る。殆どの場合、座標指定してオートで走らせるものだ。停止し接地する際に車底から大型サスペンションスプリングが出るのでコイルと呼ばれるようになったらしい。

 オートである以上、事故など滅多に起こらない。だがシドの前ではこの有様だ。
 更にショッピング街を進むと大通り向こうの公園入り口でオートドリンカ荒らし、いわゆる飲料泥棒を遠目に発見し駆けつけて現逮、これもヤマサキを呼ぶ。

 ショッピング街に戻ってアパレル関係の店舗が多い辺りでは、ウィンドウショッピングにいそしむ妙齢のご婦人方が多数いるにも関わらず、痴漢に尻を撫でられそうになったのはシドとハイファ、揃って蹴りを入れ容赦ない鉄拳制裁でこれは釈放パイだ。

 アパレル関係の店舗の間の小径を曲がって裏通りに出ると、そこは夜遊び専門の歓楽街である。バーやスナック、ゲームセンターにクラブや合法ドラッグ店が軒を連ね、昼間の今は殆どが電子看板を消して静か……だと思ったら、ゲーセンから出てきた青少年十二名の大乱闘だ。
 暫し若者のストレスを発散させてからシドが大喝する。

「惑星警察だ、両手を挙げて頭の上で組め!」

 これで半数はセオリー通りに蜘蛛の子を散らすように逃げた。だが熱くなりすぎた半数は過激なじゃれ合いをやめない。そのうちに見ていたシドにまでガンをつけ始め、イヴェントストライカも強制参加だ。
 殴り掛かってきたのをスリッピングで避けつつ、みぞおちにこぶしを叩き込む。背後からの気配に回し蹴りを放っておいて、前方からむしゃぶりついてきた男の勢いをそのまま利用、片袖と胸ぐらを掴んで身を返し、背負い投げてファイバの地面に叩きつけた。

 僅か五秒足らずで三人を地に沈め、ふいに飽きたらしいシドは銃を抜く。

「全員動くな、撃つぞ!」
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