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第19話

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 直後にガクンとBELは異常機動、一気に数十メートルの高度を失った。G制御装置も間に合わない急機動に、たちまち超高層ビル群の屋上が迫ってくる。

「どうした、何があった!?」

 スミスが叫ぶもパイロット席のノアは舌を噛んだらしく答えられない。後部座席からシドがコンソールに飛びついた。機体モニタを素早くチェックする。

「垂直尾翼に損傷!」

 損傷というのは控えめな表現だった。モニタ上で垂直尾翼は完全に吹き飛んでなくなっていた。コーションランプは飛行不可能を示し、緊急事態のブザーが鳴り響く。

「ハイファ、飛ばせられるか?」

 操縦席に駆け寄ったハイファがコンソールを操作、オートパイロットを切る。切れない。まだ空港管制のコントロールから逃れていないのだ。

「だめ、墜ちるよ!」

 まだ姿勢制御装置だけは生きていて、高度を下げながらもよたよたと浮いている。しかしこのままではハードランディングは免れない。下は大都市だ、これは拙い。

「別室コマンドでコントロールを切れ!」
「やってる!」

 リモータから引き出したリードをコンソールに繋いだハイファは超速でキィ操作、空港管制の中枢コンに『内容は明かせない緊急任務中の別室員』が乗員であることを認識させる。

「切れた! 空港の隅まで持って行くからね!」

 操縦桿を握ったハイファはいうことを聞かない機を宥めつつ、Uターンして一路きたルートを戻り始めた。だがものの十秒ほどでハイファの制御も受け付けなくなる。

「拙い、対ショック!」

 シドが叫んだ途端に急降下し、不吉な無重力を味わった直後、BELはザザザーッとスキッドをファイバの地面に擦り付けた。スキッドが折れたらしい、機体は斜めになって滑り出す。
 数十メートルを滑ったBELは何かに激しい勢いでぶつかった。機体は振り回されるようにスピンしたのち、ようやく停止する。

 コンソールに掴まっていたシドは、身を起こしてまずはハイファの様子を窺った。

「大丈夫か、ハイファ?」
「何とか。貴方も怪我はない?」

 互いの無事を確認し、シドは機内を見回した。上下も分からなくなるような機動で中の人間も振り回され、パイロット席のノアと後部座席のジャンキーが気を失っている。額に血を滲ませたスミスはかろうじて片手を挙げてみせた。

 揺さぶり起こしてみたが、ジャンキーは多少の打撲以外は無傷、一方のノアは頭でも打ったのかどうしても目覚めず、救急に任せるしかなかった。

 傾いだ低い方のスライドドアを開け、シドは外に降りてみる。降りてみればそこは見事に空港面の隅で、ライトも眩しい中を空港の救急コイルが走ってくるのが見えた。
 欠損した尾翼を眺めているとハイファとスミスがジャンキーを伴って降りてくる。

「すまない、事故に巻き込んでしまったようだ」

 シドはスミスに切れ長の目を向けた。

「事故? 違うな。あれ見ろよ、尾翼は綺麗に溶けてやがる」
「溶けて……どういうことだ?」
「ビームライフルで射たれたんだ、たぶん空港ビルの屋上から……ロジャー=フリップ、お前の身柄ガラを欲しがる奴らは、おそらくまだ狙ってくるぜ」

◇◇◇◇

「だからネオニューヨークはヤバいって言ったじゃないッスか!」
「五月蠅い、黙って乗ってろ」

 無人コイルタクシーの前部座席で不機嫌にシドは唸った。空港医務室での簡易スキャンでマーティン=ノアの脳に僅かな挫傷が発見されていたのだ。回復は見込めると云う話で病院に運ばれたのだが、タクシーに同乗のスミスはバディ、心情を考えれば騒いではいられない。

 空港から三十分くらいだという厚生局ネオニューヨーク本部へと向かっていた。
 黙ってシドは窓外を眺める。煌めく都市の大通りは片側が四車線、歩道には深夜にも関わらず通行人が多く、セントラルエリアよりも浮き足立っているような気がした。
 二十分ほど走らせオフィス街らしき地区へと入る。

「狙ってはこないみたいだな」

 ホッとしたようなスミスにシド、

「甘いな。尾行つけられてるぞ」

 ナビシートのハイファを含めて三人が振り返る。後続二台の車間距離が異様に狭い。

「前を向いてろ、くるぞ!」

 シドの警告とともにガツンと衝撃。コイルがノーズを突っ込んできたのだ。

「頭、下げてろ! 撃たれるぞ!」

 大声を出しつつシド、座標指定モニタに警察手帳を押し付ける。コマンドを打ち込んでオートモードを解除、ステアリングを左手で握ってアクセルを踏み込んだ。
 大音響でリアウィンドウが割れる。二発、三発と銃撃。貫通した弾がフロントガラスにもヒビを入れた。ジャンキーが悲鳴を上げる。姿勢を低くしてハイファが振り返る。

「シド、スミスが!」

 ルームミラーを瞬間ずらして目に入ったのは、ジャンキーに覆い被さるようにして上体を倒したスミスだった。その右肩からは血が溢れ出ている。
 他のコイルを縫うようにして走らせながらシドがキレて喚いた。

「くそう、ここはロニアじゃねぇんだぞ!」
「早く病院につれて行かなきゃ!」
「ハイファ、ナビしろ!」
「第一大学付属病院、この先ふたつめの信号を左!」

 返しておいてスピード表示を見たハイファはギョッとした。時速百六十キロを超えていて、夜中で交通量が少ないとはいえ幹線道路でこれは心臓に悪すぎる。
 だがリアウィンドウが枠ごと外れかけたタクシーは目印を背負ったも同然で、ここはシドのドライビングテクニックに任せて後続を引き離すしかなかった。車体をバンクさせながらタクシーは左折する。そこからは片側三車線に減り、次の右折の指示で更に二車線になった。

「真っ直ぐ、信号手前の左側が病院だよ」
「このまま乗り捨てるからな、リモータ発振しておいてくれ」
「乗り捨てるって……やるの?」
「ったり前だ、好きにさせておいて堪るか」
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どうやら、我慢する必要はなかったみたいです。

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