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第2話
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一方の霧島は京哉と知り合って暗殺肯定派の存在も知り、関係者全ての検挙を目論んで企てを密かにスタートさせた。たった独りで様々な要素を計算し尽くして組み立て、最終的に警視庁による暗殺肯定派の一斉検挙に至らせたのだ。
京哉の秘密もあるので検挙の罪状は汚職ではあったが、それも霧島の計画の内だった。当時の状況や派閥は入り組んでいて、京哉も霧島が全てを企て動かしていたと知った時は畏怖すら覚えたものだ。
お蔭でその気になればスパコン並みの計算をやってのける男も『知りすぎた男』の仲間入りし、上層部とパイプのできた二人はセットで否応なく特別任務を課せられ、殺さなくては殺されるシチュエーションも既に数えたくないくらい経験してきた。
出会った時には既に暗殺者だった自分はともかく、霧島にそんな真似はさせたくなかった京哉は随分悩み、今でも自分と関わってしまったからこそ霧島を殺人者にまでしてしまったのではないかと思うことがある。
けれどやはり霧島の背を護り命を預け合うバディは自分以外にいない、誰にも譲れないのだとも思うのだ。
霧島自身は京哉のようにウダウダ悩むことを知らない男なので既に吹っ切っているようである。だからこそ、自分たち二人が生きる側に回るため叩き折った他人の命はやはり二人で背負っていこうと決めていた。そして納得し真っ直ぐ前を向いて生きて行くのだと霧島に言われ京哉も覚悟している。
そんなことを思い出しながら眼鏡をかけようとしたら霧島がトレイを持ってきた。大皿にたっぷり盛りつけられた様々なサンドウィッチに、熱々のカップスープとインスタントコーヒーがロウテーブルに並べられた。
サンドウィッチの盛り方が洒落ていて、やはりこういう処は料理の先輩である霧島に敵わないなあと京哉は思い、眼鏡を掛けようとする。
「何だ、京哉。もうそれをかけてしまうのか?」
「いけませんか? 職場では外すと却って怒るクセに」
「それは私だけのお前を皆にまで見せるからだ。今少し眺めてもいいだろう?」
「仕方ないですね、大サーヴィスですよ。一分百円ですからね」
「ケチ臭いな。大体、それは日本でサーヴィスと言わん」
笑いながら伊達眼鏡をロウテーブルに置いた京哉を見て霧島は灰色の目を眇めた。この薄い目の色は霧島カンパニー会長の愛人だったハーフの母譲りのものだ。生まれてすぐに認知されたため、喩え帰化しても外国人を採用しない不文律が存在する日本の警察に入庁できたという経緯がある。
それも入庁に際しては最難関の国家公務員総合職試験をトップの成績で突破した優秀極まりないキャリアとしての採用だった。だが本来ならキャリアが進むべき内務ではなく、現場のノンキャリア組を背負ってゆくことを何より強く望んだため、現在二十八歳という若さにして機動捜査隊長を拝命している。
しかし警察を辞めたら霧島カンパニー本社社長の椅子が待っていて、父親の霧島会長もあの手この手で社長の椅子に座らせようと画策してくるのだが、警察を辞める気など微塵もなかった。犬猿の仲のクソ親父の言うなりになって堪るかと思っている。自分より京哉の方が霧島会長と仲が良く『御前』などと呼んで親しんでいるのも気に食わない。
そんな霧島は見た目も見事で切れ長の目が涼しく怜悧さすら感じさせる。長身はスリムに見えるが鍛えていて、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っている猛者だ。まさに眉目秀麗・文武両道を地でゆく他人から見たら非常に恵まれた男である。
普段はオーダーメイドスーツに身を包んで颯爽としているため、当然のことながら異性受けするが、生来の同性愛者だという事実を隠してもいないので京哉はやや安心していられるのだ。
「では頂きまーす。って、忍さん、そんなに見ないで下さい、恥ずかしいですから」
「頂きます。だが今更、人に見られて恥ずかしがることもあるまい。県警内で婦警五十名超えの『鳴海巡査部長を護る会』まで出来た上、常に私と共にいるのだからな」
殺されかけた京哉を助けた件で当時の県警本部長が暗殺肯定派だったため、霧島は機捜を勝手に動かした責任を問われ、異例なまでに厳しい懲戒処分を食らった。
普通は懲戒を食らうと以後の昇任が殆ど不可能になるために誰もが依願退職するが、己の処分すら企ての計算範囲内だった霧島は警察を辞めなかった。
表向きはやましいところなどないという正論だが、じつはその頃まだ進行中だった企てを内側から監視し、イレギュラー要素が発生したら対処するという意味もあった。それに交代人事で現在県警本部長に就いているのは、かつての暗殺反対派の急先鋒でそういう人物を後釜に据えるところまでもが霧島の計算だったのだ。
結果として現在は上層部から極秘の特別任務を下されるほど重用されている身である。風向きも良い方向に変わりつつあると思われた。事実として警視正昇任はおそらく霧島が同期トップだろうと、キャリアの狭い世界では予測されているらしい。
それはともかく懲戒処分の停職中に京哉と密会しているのを某実録系週刊誌にスクープされたのを皮切りに、警察の記者会見や霧島カンパニー絡みで何度もメディアに露出している霧島だ。ルックスも加えて何処にいても人目を惹くのが当たり前となっていた。
おまけに霧島忍という男はどちらかと云えば奇人・変人の類である。
その霧島とバディでパートナー、つまり四六時中一緒にいるのが鳴海京哉だ。いい加減に京哉も注目する女性陣だの噂好きの同僚だのの視線をさらりと流すことくらい覚えていた。
京哉の秘密もあるので検挙の罪状は汚職ではあったが、それも霧島の計画の内だった。当時の状況や派閥は入り組んでいて、京哉も霧島が全てを企て動かしていたと知った時は畏怖すら覚えたものだ。
お蔭でその気になればスパコン並みの計算をやってのける男も『知りすぎた男』の仲間入りし、上層部とパイプのできた二人はセットで否応なく特別任務を課せられ、殺さなくては殺されるシチュエーションも既に数えたくないくらい経験してきた。
出会った時には既に暗殺者だった自分はともかく、霧島にそんな真似はさせたくなかった京哉は随分悩み、今でも自分と関わってしまったからこそ霧島を殺人者にまでしてしまったのではないかと思うことがある。
けれどやはり霧島の背を護り命を預け合うバディは自分以外にいない、誰にも譲れないのだとも思うのだ。
霧島自身は京哉のようにウダウダ悩むことを知らない男なので既に吹っ切っているようである。だからこそ、自分たち二人が生きる側に回るため叩き折った他人の命はやはり二人で背負っていこうと決めていた。そして納得し真っ直ぐ前を向いて生きて行くのだと霧島に言われ京哉も覚悟している。
そんなことを思い出しながら眼鏡をかけようとしたら霧島がトレイを持ってきた。大皿にたっぷり盛りつけられた様々なサンドウィッチに、熱々のカップスープとインスタントコーヒーがロウテーブルに並べられた。
サンドウィッチの盛り方が洒落ていて、やはりこういう処は料理の先輩である霧島に敵わないなあと京哉は思い、眼鏡を掛けようとする。
「何だ、京哉。もうそれをかけてしまうのか?」
「いけませんか? 職場では外すと却って怒るクセに」
「それは私だけのお前を皆にまで見せるからだ。今少し眺めてもいいだろう?」
「仕方ないですね、大サーヴィスですよ。一分百円ですからね」
「ケチ臭いな。大体、それは日本でサーヴィスと言わん」
笑いながら伊達眼鏡をロウテーブルに置いた京哉を見て霧島は灰色の目を眇めた。この薄い目の色は霧島カンパニー会長の愛人だったハーフの母譲りのものだ。生まれてすぐに認知されたため、喩え帰化しても外国人を採用しない不文律が存在する日本の警察に入庁できたという経緯がある。
それも入庁に際しては最難関の国家公務員総合職試験をトップの成績で突破した優秀極まりないキャリアとしての採用だった。だが本来ならキャリアが進むべき内務ではなく、現場のノンキャリア組を背負ってゆくことを何より強く望んだため、現在二十八歳という若さにして機動捜査隊長を拝命している。
しかし警察を辞めたら霧島カンパニー本社社長の椅子が待っていて、父親の霧島会長もあの手この手で社長の椅子に座らせようと画策してくるのだが、警察を辞める気など微塵もなかった。犬猿の仲のクソ親父の言うなりになって堪るかと思っている。自分より京哉の方が霧島会長と仲が良く『御前』などと呼んで親しんでいるのも気に食わない。
そんな霧島は見た目も見事で切れ長の目が涼しく怜悧さすら感じさせる。長身はスリムに見えるが鍛えていて、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っている猛者だ。まさに眉目秀麗・文武両道を地でゆく他人から見たら非常に恵まれた男である。
普段はオーダーメイドスーツに身を包んで颯爽としているため、当然のことながら異性受けするが、生来の同性愛者だという事実を隠してもいないので京哉はやや安心していられるのだ。
「では頂きまーす。って、忍さん、そんなに見ないで下さい、恥ずかしいですから」
「頂きます。だが今更、人に見られて恥ずかしがることもあるまい。県警内で婦警五十名超えの『鳴海巡査部長を護る会』まで出来た上、常に私と共にいるのだからな」
殺されかけた京哉を助けた件で当時の県警本部長が暗殺肯定派だったため、霧島は機捜を勝手に動かした責任を問われ、異例なまでに厳しい懲戒処分を食らった。
普通は懲戒を食らうと以後の昇任が殆ど不可能になるために誰もが依願退職するが、己の処分すら企ての計算範囲内だった霧島は警察を辞めなかった。
表向きはやましいところなどないという正論だが、じつはその頃まだ進行中だった企てを内側から監視し、イレギュラー要素が発生したら対処するという意味もあった。それに交代人事で現在県警本部長に就いているのは、かつての暗殺反対派の急先鋒でそういう人物を後釜に据えるところまでもが霧島の計算だったのだ。
結果として現在は上層部から極秘の特別任務を下されるほど重用されている身である。風向きも良い方向に変わりつつあると思われた。事実として警視正昇任はおそらく霧島が同期トップだろうと、キャリアの狭い世界では予測されているらしい。
それはともかく懲戒処分の停職中に京哉と密会しているのを某実録系週刊誌にスクープされたのを皮切りに、警察の記者会見や霧島カンパニー絡みで何度もメディアに露出している霧島だ。ルックスも加えて何処にいても人目を惹くのが当たり前となっていた。
おまけに霧島忍という男はどちらかと云えば奇人・変人の類である。
その霧島とバディでパートナー、つまり四六時中一緒にいるのが鳴海京哉だ。いい加減に京哉も注目する女性陣だの噂好きの同僚だのの視線をさらりと流すことくらい覚えていた。
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