やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第5話

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 そこでふと気づくと京哉が反応していない。

「おい、京哉? 京哉!」

 床に仰向けで脱力した京哉に慌てて取り縋り、霧島はバイタルサインを看る。何もかもが少し速いが正常値内で自分たちに限って良くあることなのだが、つまりはまたも失神させてしまったと知り、溜息をつくとシャワーで自分と京哉を流した。

 そのまま京哉を抱いて再びバスタブに浸かり、躰を温めてからバスルームを出る。京哉の躰を拭き、警察官にしては少し長めの髪をドライヤーで乾かした。
 自分は適当に拭いて京哉にバスローブを着せ自分も羽織ると京哉をセミダブルベッドに運ぶ。横にさせると京哉が黒い瞳を見開いた。

「大丈夫か、京哉?」
「ん……水、飲みたいです」

 嗄れた声に慌ててグラスの水を調達する。口移しで何度も飲ませるとグラス半分で京哉は溜息をついた。霧島は枕元に腰掛けて京哉のさらりとした黒髪を撫でる。

「すまん……あ、いや、いつもお前は構わんと言うが、負担をかける構造ですまん」
「……ぶほっ!」

 大真面目なのが分かるだけにおかしくて京哉は吹き出さずにいられなかった。

「すみません。でも身体の作りとか本能とかって生まれつきで本人のせいじゃないでしょう。僕はそんな忍さんも含めて愛しているんですから謝られるのは心外ですよ」
「そうか、ならいい。だがすぐには釣り続行という訳にいかんようだな」

「でも約束の夜釣りは行きましょうよ。今度こそは賭けるのもいいですしね」
「強気発言もいいが、後悔するんじゃないぞ」
「忍さんこそ『書類は腐らん』なんて口癖も言えないようにしてあげますからね」

 そんなことを言い合い、何とか京哉が起き上がれるようになると着替えた。また今夜の釣りに備えてジーンズにチェックのシャツとセーターである。普段着がドレスシャツとスラックスの霧島も今日はシャツにセーターと厚手のコットンパンツだ。

 着替え終わると同時にチャイムが鳴って、霧島がドアを開けるとワゴンを押したメイドを従えた今枝が登場する。時計を見ると十六時過ぎ、遅いティータイムだ。

 だがそのあとから入ってきた人物を見ていきなり霧島が叫ぶ。

「今枝、何故こいつをつれてきた!」
「喚くでない、忍よ。おう、鳴海も元気そうじゃの」

 渋い色合いの和服を着て白髪を綺麗に撫でつけた姿勢のいい老人は、巨大霧島カンパニー会長の霧島光緒みつおその人だった。隙あらば自分を本社社長に据えようと画策してくる父親に対し、敵意剥き出しで霧島が吼える傍ら、京哉は会長とハイタッチだ。

「お蔭様で。御前もお元気そうで何よりです。今日はどうしてここに?」
「今日明日、流星群と聞いてやってきたんじゃ。鳴海、おぬしも見るがいい」
「はあ、流れ星とは相変わらず風流ですね」

 遅くにできた息子を差し置いて御前と京哉は話を弾ませる。二人は気が合うだけでなく正義感の塊のような霧島とはできない少々黒い話も交わせる、ある種の同志といった側面もあった。

 そうしているうちにフランス窓の傍の丸テーブルに茶の支度が整う。機嫌を損ねた霧島が猫足の椅子にドスンと座り、御前と京哉も静かに腰を下ろした。

「本日のお茶はダージリン、本年度のオータムナルでございます」

 やや渋みの強い茶が淹れられ、お絞りで手を拭いた三人は三段のケーキスタンドから好きな物を食し始める。必要に駆られれば誰よりも完璧なマナーと、貴族的なまでの優雅な振る舞いを自然にこなす人種だが、今はマナーにこだわらない穏やかな時間だった。

 けれど腹を立てた上に先程の運動が効いている霧島がバリバリと三分の二以上を食したために緩やかな筈のティータイムはすぐに終焉を告げる。食後は喫煙者の常として京哉と御前は煙草タイムを取ったが、霧島は「早く出て行け」とばかりに御前を睨み続けた。

 だが当てつけで御前は悠々と三本も吸い、出て行く間際も「べーっ」と舌を出す。

「晩餐もご一緒するからの。そなたたちの獲物を相伴に与るぞい」
「ふん、流れ星にぶち当たって、さっさと逝け!」

 酷い暴言で父親を追い出しておいて、霧島はソファに腰掛けるとTVを点けた。丁度夕方のニュースの時間である。大した事件も報道せずニュースはトピックスになった。トピックスでは中央アジアの国、リンドル王国の皇太子が訪日していることを伝えていた。

「リンドル王国って、あの宝石や石油がざっくざくで大金持ちの国でしたよね?」
「そのようだな。皇太子が東京見物とは、警視庁の警備部も気の毒なことだ」

 その皇太子が乗ってきたプライヴェート・ボーイング777機だの、リンドル王国がかつて大国の植民地だったことからキリスト教徒が多いため本国にも教会が多数あるだのといった、どうでもいいような映像とリポートが流れ、霧島は大欠伸する。

「眠いならお昼寝でもしたらどうですか?」
「そうだな、昨夜も寝るどころではなかったしな。来い、抱き枕」

 さっさと白いシルクサテンのパジャマに着替えると、二人は腕枕と抱き枕になってベッドに横になった。三分後には二人揃って穏やかな寝息を立てている。
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