5 / 53
第5話
しおりを挟む
そこでふと気づくと京哉が反応していない。
「おい、京哉? 京哉!」
床に仰向けで脱力した京哉に慌てて取り縋り、霧島はバイタルサインを看る。何もかもが少し速いが正常値内で自分たちに限って良くあることなのだが、つまりはまたも失神させてしまったと知り、溜息をつくとシャワーで自分と京哉を流した。
そのまま京哉を抱いて再びバスタブに浸かり、躰を温めてからバスルームを出る。京哉の躰を拭き、警察官にしては少し長めの髪をドライヤーで乾かした。
自分は適当に拭いて京哉にバスローブを着せ自分も羽織ると京哉をセミダブルベッドに運ぶ。横にさせると京哉が黒い瞳を見開いた。
「大丈夫か、京哉?」
「ん……水、飲みたいです」
嗄れた声に慌ててグラスの水を調達する。口移しで何度も飲ませるとグラス半分で京哉は溜息をついた。霧島は枕元に腰掛けて京哉のさらりとした黒髪を撫でる。
「すまん……あ、いや、いつもお前は構わんと言うが、負担をかける構造ですまん」
「……ぶほっ!」
大真面目なのが分かるだけにおかしくて京哉は吹き出さずにいられなかった。
「すみません。でも身体の作りとか本能とかって生まれつきで本人のせいじゃないでしょう。僕はそんな忍さんも含めて愛しているんですから謝られるのは心外ですよ」
「そうか、ならいい。だがすぐには釣り続行という訳にいかんようだな」
「でも約束の夜釣りは行きましょうよ。今度こそは賭けるのもいいですしね」
「強気発言もいいが、後悔するんじゃないぞ」
「忍さんこそ『書類は腐らん』なんて口癖も言えないようにしてあげますからね」
そんなことを言い合い、何とか京哉が起き上がれるようになると着替えた。また今夜の釣りに備えてジーンズにチェックのシャツとセーターである。普段着がドレスシャツとスラックスの霧島も今日はシャツにセーターと厚手のコットンパンツだ。
着替え終わると同時にチャイムが鳴って、霧島がドアを開けるとワゴンを押したメイドを従えた今枝が登場する。時計を見ると十六時過ぎ、遅いティータイムだ。
だがそのあとから入ってきた人物を見ていきなり霧島が叫ぶ。
「今枝、何故こいつをつれてきた!」
「喚くでない、忍よ。おう、鳴海も元気そうじゃの」
渋い色合いの和服を着て白髪を綺麗に撫でつけた姿勢のいい老人は、巨大霧島カンパニー会長の霧島光緒その人だった。隙あらば自分を本社社長に据えようと画策してくる父親に対し、敵意剥き出しで霧島が吼える傍ら、京哉は会長とハイタッチだ。
「お蔭様で。御前もお元気そうで何よりです。今日はどうしてここに?」
「今日明日、流星群と聞いてやってきたんじゃ。鳴海、おぬしも見るがいい」
「はあ、流れ星とは相変わらず風流ですね」
遅くにできた息子を差し置いて御前と京哉は話を弾ませる。二人は気が合うだけでなく正義感の塊のような霧島とはできない少々黒い話も交わせる、ある種の同志といった側面もあった。
そうしているうちにフランス窓の傍の丸テーブルに茶の支度が整う。機嫌を損ねた霧島が猫足の椅子にドスンと座り、御前と京哉も静かに腰を下ろした。
「本日のお茶はダージリン、本年度のオータムナルでございます」
やや渋みの強い茶が淹れられ、お絞りで手を拭いた三人は三段のケーキスタンドから好きな物を食し始める。必要に駆られれば誰よりも完璧なマナーと、貴族的なまでの優雅な振る舞いを自然にこなす人種だが、今はマナーにこだわらない穏やかな時間だった。
けれど腹を立てた上に先程の運動が効いている霧島がバリバリと三分の二以上を食したために緩やかな筈のティータイムはすぐに終焉を告げる。食後は喫煙者の常として京哉と御前は煙草タイムを取ったが、霧島は「早く出て行け」とばかりに御前を睨み続けた。
だが当てつけで御前は悠々と三本も吸い、出て行く間際も「べーっ」と舌を出す。
「晩餐もご一緒するからの。そなたたちの獲物を相伴に与るぞい」
「ふん、流れ星にぶち当たって、さっさと逝け!」
酷い暴言で父親を追い出しておいて、霧島はソファに腰掛けるとTVを点けた。丁度夕方のニュースの時間である。大した事件も報道せずニュースはトピックスになった。トピックスでは中央アジアの国、リンドル王国の皇太子が訪日していることを伝えていた。
「リンドル王国って、あの宝石や石油がざっくざくで大金持ちの国でしたよね?」
「そのようだな。皇太子が東京見物とは、警視庁の警備部も気の毒なことだ」
その皇太子が乗ってきたプライヴェート・ボーイング777機だの、リンドル王国がかつて大国の植民地だったことからキリスト教徒が多いため本国にも教会が多数あるだのといった、どうでもいいような映像とリポートが流れ、霧島は大欠伸する。
「眠いならお昼寝でもしたらどうですか?」
「そうだな、昨夜も寝るどころではなかったしな。来い、抱き枕」
さっさと白いシルクサテンのパジャマに着替えると、二人は腕枕と抱き枕になってベッドに横になった。三分後には二人揃って穏やかな寝息を立てている。
「おい、京哉? 京哉!」
床に仰向けで脱力した京哉に慌てて取り縋り、霧島はバイタルサインを看る。何もかもが少し速いが正常値内で自分たちに限って良くあることなのだが、つまりはまたも失神させてしまったと知り、溜息をつくとシャワーで自分と京哉を流した。
そのまま京哉を抱いて再びバスタブに浸かり、躰を温めてからバスルームを出る。京哉の躰を拭き、警察官にしては少し長めの髪をドライヤーで乾かした。
自分は適当に拭いて京哉にバスローブを着せ自分も羽織ると京哉をセミダブルベッドに運ぶ。横にさせると京哉が黒い瞳を見開いた。
「大丈夫か、京哉?」
「ん……水、飲みたいです」
嗄れた声に慌ててグラスの水を調達する。口移しで何度も飲ませるとグラス半分で京哉は溜息をついた。霧島は枕元に腰掛けて京哉のさらりとした黒髪を撫でる。
「すまん……あ、いや、いつもお前は構わんと言うが、負担をかける構造ですまん」
「……ぶほっ!」
大真面目なのが分かるだけにおかしくて京哉は吹き出さずにいられなかった。
「すみません。でも身体の作りとか本能とかって生まれつきで本人のせいじゃないでしょう。僕はそんな忍さんも含めて愛しているんですから謝られるのは心外ですよ」
「そうか、ならいい。だがすぐには釣り続行という訳にいかんようだな」
「でも約束の夜釣りは行きましょうよ。今度こそは賭けるのもいいですしね」
「強気発言もいいが、後悔するんじゃないぞ」
「忍さんこそ『書類は腐らん』なんて口癖も言えないようにしてあげますからね」
そんなことを言い合い、何とか京哉が起き上がれるようになると着替えた。また今夜の釣りに備えてジーンズにチェックのシャツとセーターである。普段着がドレスシャツとスラックスの霧島も今日はシャツにセーターと厚手のコットンパンツだ。
着替え終わると同時にチャイムが鳴って、霧島がドアを開けるとワゴンを押したメイドを従えた今枝が登場する。時計を見ると十六時過ぎ、遅いティータイムだ。
だがそのあとから入ってきた人物を見ていきなり霧島が叫ぶ。
「今枝、何故こいつをつれてきた!」
「喚くでない、忍よ。おう、鳴海も元気そうじゃの」
渋い色合いの和服を着て白髪を綺麗に撫でつけた姿勢のいい老人は、巨大霧島カンパニー会長の霧島光緒その人だった。隙あらば自分を本社社長に据えようと画策してくる父親に対し、敵意剥き出しで霧島が吼える傍ら、京哉は会長とハイタッチだ。
「お蔭様で。御前もお元気そうで何よりです。今日はどうしてここに?」
「今日明日、流星群と聞いてやってきたんじゃ。鳴海、おぬしも見るがいい」
「はあ、流れ星とは相変わらず風流ですね」
遅くにできた息子を差し置いて御前と京哉は話を弾ませる。二人は気が合うだけでなく正義感の塊のような霧島とはできない少々黒い話も交わせる、ある種の同志といった側面もあった。
そうしているうちにフランス窓の傍の丸テーブルに茶の支度が整う。機嫌を損ねた霧島が猫足の椅子にドスンと座り、御前と京哉も静かに腰を下ろした。
「本日のお茶はダージリン、本年度のオータムナルでございます」
やや渋みの強い茶が淹れられ、お絞りで手を拭いた三人は三段のケーキスタンドから好きな物を食し始める。必要に駆られれば誰よりも完璧なマナーと、貴族的なまでの優雅な振る舞いを自然にこなす人種だが、今はマナーにこだわらない穏やかな時間だった。
けれど腹を立てた上に先程の運動が効いている霧島がバリバリと三分の二以上を食したために緩やかな筈のティータイムはすぐに終焉を告げる。食後は喫煙者の常として京哉と御前は煙草タイムを取ったが、霧島は「早く出て行け」とばかりに御前を睨み続けた。
だが当てつけで御前は悠々と三本も吸い、出て行く間際も「べーっ」と舌を出す。
「晩餐もご一緒するからの。そなたたちの獲物を相伴に与るぞい」
「ふん、流れ星にぶち当たって、さっさと逝け!」
酷い暴言で父親を追い出しておいて、霧島はソファに腰掛けるとTVを点けた。丁度夕方のニュースの時間である。大した事件も報道せずニュースはトピックスになった。トピックスでは中央アジアの国、リンドル王国の皇太子が訪日していることを伝えていた。
「リンドル王国って、あの宝石や石油がざっくざくで大金持ちの国でしたよね?」
「そのようだな。皇太子が東京見物とは、警視庁の警備部も気の毒なことだ」
その皇太子が乗ってきたプライヴェート・ボーイング777機だの、リンドル王国がかつて大国の植民地だったことからキリスト教徒が多いため本国にも教会が多数あるだのといった、どうでもいいような映像とリポートが流れ、霧島は大欠伸する。
「眠いならお昼寝でもしたらどうですか?」
「そうだな、昨夜も寝るどころではなかったしな。来い、抱き枕」
さっさと白いシルクサテンのパジャマに着替えると、二人は腕枕と抱き枕になってベッドに横になった。三分後には二人揃って穏やかな寝息を立てている。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~
御崎菟翔
キャラ文芸
【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】
★第9回キャラ文芸大賞エントリー中!
「選ぶのはお前だ」
――そう言われても、もう引き返せない。
ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。
そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。
彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。
「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。
なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに!
小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。
その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる――
これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。
★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』
この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる