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第25話
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聞いて納得したのか、オルファスは行き先について言い募ろうとしなかった。代わりに身を乗り出して伊達眼鏡をかけた京哉と、京哉の抱いたソフトケースを見比べる。
「まさかあんなに離れたビルの敵を斃したのか?」
「まあ、倒れはしましたけど、斃していませんよ。動けなくしただけです」
「恐ろしいまでの腕だな、生かすも殺すも自由自在とは」
「皇太子さま、こんな妃を貰ったら大変ですよ」
「確かに夫婦喧嘩でもしたら、背中も向けられんな」
一瞬怯えたような目をしたオルファスに対し揶揄するように言ったが、意外にもオルファスは唇に笑みを湛えて身を乗り出してきた。そして京哉の薄い肩に手を置く。
「だが俺はもっとそなたが欲しくなったぞ! 素晴らしい腕前ではないか!」
「そこの皇太子! 貴様は京哉に触るな、手を退けろ!」
「霧島こそ喚くでない、触れたくらいで妊娠する訳でなし」
暢気に言ったオルファスの額に霧島の投げた車載ドリンクホルダーがヒットした。
「痛い、何をする、霧島!」
「いいから手を退けろ、今度は撃つぞ」
腹の底に響くような低音に霧島の本気度を悟ってオルファスは手を引っ込める。
「ときに貴様、本国に子供は何人いる?」
「第一王妃に長男一人と第二王妃に長女一人しかおらぬ。周りは『何かあってからでは遅い、もっと作れ』と五月蠅いが、それこそまるでスペアではないか。俺は俺のような跡目争いを次代にまで持ち越したくないのだ」
「ふん。そこで同性の京哉は好都合とでも思ったのか?」
「そこまで下衆な考えなど持ってはおらぬ。侮辱も大概にせよ」
「だからといってキリスト教主体の宗教観では、同性結婚も無理なのだろう?」
「だが俺は鳴海を誰より幸せな妃にするつもりだ」
「日陰者にしてか? 皇太子の立場をかさに着て京哉を侮辱しているのは貴様だ。誰よりも誇り高いこの鳴海京哉を妻と公言できんクセに、幸せな妃とは笑わせる」
勢い言い放つと図星を突かれたのか、オルファスはルームミラーの中の霧島を睨みつけながらも返す言葉を失ったようだった。あまりに可哀相になって京哉が口を挟む。
「システマチックに決められたとしても、シュワシュワのアワアワや服までお土産に買ったくらい、お子さんたちや今のお妃さまたちを愛しているんでしょう?」
「ああ、俺は家族を愛している」
「それならそのまま大事に愛してあげて下さい」
「だが俺はそなたに一目惚れし、スナイパーのそなたに二度惚れしてしまったのだ」
霧島とタメを張る磊落な性格故か臆面もなくオルファスは言ってのけた。そんなオルファスを京哉は柔らかい声ながらぴしゃりとたしなめる。
「そこまでです。それ以上は忍さんが言った通りになっちゃいますからね。皇太子になったのは貴方の意志じゃないのかも知れないけれど、貴方の言葉は間違いなく近い将来の王の言葉なんです。そんなことで権力を振り翳しちゃだめです」
「権力を振り翳してなどいない。俺は自由に人も愛せないというのか?」
「ええ、それが貴方の立場というものです。ご自分の言葉の重さを分かって下さい」
静かな京哉の言葉こそ重たく受け止めたらしく、オルファスは黙考しつつ指先で本革張りのシートをほじくり始めた。やがてオルファスは気付いて顔を上げる。
いつの間にか日も暮れた中、黒塗りは電子看板も眩い繁華街を走っていた。いや、走るというより殆ど歩むようなスピードである。
ここは白藤市駅に近い裏通りで、会社を出てそのまま飲みに来たサラリーマンやOLたちで歩道も車道も区別がつかないのだ。
「まさかあんなに離れたビルの敵を斃したのか?」
「まあ、倒れはしましたけど、斃していませんよ。動けなくしただけです」
「恐ろしいまでの腕だな、生かすも殺すも自由自在とは」
「皇太子さま、こんな妃を貰ったら大変ですよ」
「確かに夫婦喧嘩でもしたら、背中も向けられんな」
一瞬怯えたような目をしたオルファスに対し揶揄するように言ったが、意外にもオルファスは唇に笑みを湛えて身を乗り出してきた。そして京哉の薄い肩に手を置く。
「だが俺はもっとそなたが欲しくなったぞ! 素晴らしい腕前ではないか!」
「そこの皇太子! 貴様は京哉に触るな、手を退けろ!」
「霧島こそ喚くでない、触れたくらいで妊娠する訳でなし」
暢気に言ったオルファスの額に霧島の投げた車載ドリンクホルダーがヒットした。
「痛い、何をする、霧島!」
「いいから手を退けろ、今度は撃つぞ」
腹の底に響くような低音に霧島の本気度を悟ってオルファスは手を引っ込める。
「ときに貴様、本国に子供は何人いる?」
「第一王妃に長男一人と第二王妃に長女一人しかおらぬ。周りは『何かあってからでは遅い、もっと作れ』と五月蠅いが、それこそまるでスペアではないか。俺は俺のような跡目争いを次代にまで持ち越したくないのだ」
「ふん。そこで同性の京哉は好都合とでも思ったのか?」
「そこまで下衆な考えなど持ってはおらぬ。侮辱も大概にせよ」
「だからといってキリスト教主体の宗教観では、同性結婚も無理なのだろう?」
「だが俺は鳴海を誰より幸せな妃にするつもりだ」
「日陰者にしてか? 皇太子の立場をかさに着て京哉を侮辱しているのは貴様だ。誰よりも誇り高いこの鳴海京哉を妻と公言できんクセに、幸せな妃とは笑わせる」
勢い言い放つと図星を突かれたのか、オルファスはルームミラーの中の霧島を睨みつけながらも返す言葉を失ったようだった。あまりに可哀相になって京哉が口を挟む。
「システマチックに決められたとしても、シュワシュワのアワアワや服までお土産に買ったくらい、お子さんたちや今のお妃さまたちを愛しているんでしょう?」
「ああ、俺は家族を愛している」
「それならそのまま大事に愛してあげて下さい」
「だが俺はそなたに一目惚れし、スナイパーのそなたに二度惚れしてしまったのだ」
霧島とタメを張る磊落な性格故か臆面もなくオルファスは言ってのけた。そんなオルファスを京哉は柔らかい声ながらぴしゃりとたしなめる。
「そこまでです。それ以上は忍さんが言った通りになっちゃいますからね。皇太子になったのは貴方の意志じゃないのかも知れないけれど、貴方の言葉は間違いなく近い将来の王の言葉なんです。そんなことで権力を振り翳しちゃだめです」
「権力を振り翳してなどいない。俺は自由に人も愛せないというのか?」
「ええ、それが貴方の立場というものです。ご自分の言葉の重さを分かって下さい」
静かな京哉の言葉こそ重たく受け止めたらしく、オルファスは黙考しつつ指先で本革張りのシートをほじくり始めた。やがてオルファスは気付いて顔を上げる。
いつの間にか日も暮れた中、黒塗りは電子看板も眩い繁華街を走っていた。いや、走るというより殆ど歩むようなスピードである。
ここは白藤市駅に近い裏通りで、会社を出てそのまま飲みに来たサラリーマンやOLたちで歩道も車道も区別がつかないのだ。
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